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第72話 鬼退治

28階層の中間部屋で、壁に背を預けながら一服。

視線の先で、カーリナは槍の穂先を手入れしている。

その隣では、レオノールがトロールの指輪を布で磨いている。


先程、21階層でレッドヘアーがドロップした指輪である。

一回で手に入るとは思っていなかったが、

きっとラビットフットのおかげなのだろう。


この28階層でも、オーガの指輪を取得できるかもしれない。

ただ……敵はSランクのオーガプリンセス。


あの鬼姫との戦いは、ナヨキ北の15階層が初めてだった。

クリス、キャット、トラヴィスを加えた六人で、

Lv.45のオーガプリンセスをようやく倒せた。


しかし、今の自分たちは――三人。

人数が減ったうえに、今回は前回よりもここは13階層も深い。

つまり……オーガプリンセスはLv.58か……


ちらりと視線を向けると、

レオノールは手入れの手を止め、自身の指をじっと見つめていた。

どこか落ち着かない様子で、膝の上に乗せた手が小刻みに動いている。

カーリナは普段通り槍を点検しているが、動作がほんの少しだけ遅い。

緊張しているのかもしれない。


増援の二文字が頭をよぎる。

ギルドに戻って、アンニたちへ依頼をすべきだろうか。


格上の敵に三人で挑むのは無謀だろうか。

レベルの違いをどうしたら埋められるだろう。

――レベル、そういえば……


ふと、自分のレベルが今いくつだったか、思い出そうとして、

ステータスをしばらく見ていなかった事に気が付いた。


ステータスオープン


目の前に現れた画面には、現在のジョブとレベル、

スキルポイントが一覧で表示された。


おっ、サブジョブに付けていた魔法使いがLv.11に上っている。

それに、スキルポイントも余っている。

これは振り直しの好機だ。


まず、現在の自分は後衛で魔法攻撃を主としているから、

剣攻撃の名残である武器攻撃力13倍を解除して――

これで66ポイントが浮いた。


次に防御力も5倍から3倍へと下げ、さらに10ポイントが余った。

36ポイント消費して、経験値獲得を8倍へ、二乗効果を64倍へ設定。


残りは……

オーガプリンセスは魔法攻撃を無効化してくる。

恐らく、あれは状態異常攻撃なのだろう。

耐状態異常を3倍から8倍に上げると、残りのスキルポイントは2となった。

これを使ってMP回復速度を2倍にしてと。


カーリナのステータスも軽く調整しておくか。

メインジョブは村人、サブジョブに戦士、冒険者、槍使い、薬師が並び、

スキルポイントが余っていた。


あれ? 結局、魔法使いは付けていなかったか。

今更サブジョブに付けるにしても、

ポイントを消費するだけなのでやめておこう。


HP回復は2倍に設定していたんだっけ。

だから、あんなに元気なんだな。

攻撃力は5倍のままで、防御力を5倍に上げた。

これで、前衛として頑張ってもらおう。


問題は……レオノールだな。

メインは村人で、サブジョブに付けていた運搬人が、

もうLv.12まであがっている。

しかし、新しいジョブは得ていないようだ。


既に、HP回復は2倍なので、攻撃力と防御力を調整するか。

それぞれ3倍にするとスキルポイントが4余る。

2ポイントを使って、状態異常耐性を2倍にしておこう。


***


足音が反響するたび、壁の向こうから誰かに覗かれているような感覚がした。

……空気が重い。

湿気ではなく、敵意そのものが充満している感じがする。


慎重に進む道すがら、筋肉質な体躯が通路を塞ぐように立っていた。

現れたのは、棍棒を構えた三体のブルーオーガだった。


青い肌に鋭く濁った目、ひときわ太い唸り声をあげながら、

青鬼たちは棍棒を振り回し、同時にこちらへ突進してくる。

Bランクの魔物だが、こちらのステータス調整は済んでいる。

数で押されることさえなければ問題ない。


自分は一歩退いて、カーリナの左斜め後ろへ位置を取った。


「カーリナは先頭のを! レオノールちゃんは後ろから狙って!」

「はい!」「うん!」


カーリナが突き出すように槍を構え、一体目のブルーオーガへと踏み込む。

その動きに迷いはなく、さっきの中間部屋の緊張が嘘のようだ。


レオノールはカーリナの動きを見ながら、矢を放つ。

ブルーオーガの左目に深く突き刺さると、低い唸り声が上がる。


自分は残る二体に集中。

両手でワンドを構え、水弾を連続で放つ。

魔法が炸裂し、足を止めたブルーオーガたちの動きが鈍くなる。


――十数秒の攻防の後、三体の巨体が倒れ黒い煙となった。


三人の連携に問題ない。

ブルーオーガを倒しつつ、オーガプリンセスを探す。


しばらく進むと、空気が変わった。

闇がわずかに揺らぐその奥に、ひときわ異様な気配が立ち上っていた。


長身の女性――


肩で切り揃えられた白銀の髪が、仄暗い光に静かに揺れている。

額からは前方に伸びる二本の角。

詰襟の黒い装束に紺色の袴、そして黒いロングブーツ。

背筋は真っ直ぐに伸び、腰に帯びた長刀の柄が淡く光っていた。


その幽鬼めいた剣豪は動かない。

ただそこに、静かに立っているだけ。

なのに、全身の毛が逆立つような圧迫感。

言葉にならない緊張が背骨を伝い、掌がじっとりと汗ばむ。


オーガプリンセス――


自分の記憶がよみがえる。

ナヨキ北15階層で出会ったあの鬼姫とは、ギリギリの戦いだった。

斬撃は風を巻き、動きの一つ一つが洗練されていた。

目の前の個体は、あの時よりも明らかに強い。


迷宮の階層が違う。

魔力密度が違う。

同じ種とは思えないほどの、異様な“完成度”がある。


「……全員、気を抜くな」


喉が強張り、出た言葉は低く、短かった。

その瞬間、オーガプリンセスがわずかに首を傾ける。

帯刀した長刀の鞘に手を添え、重心を沈めるように脚を開いた――


あれは、居合の初動だ。


踏み込みと同時に、風の斬撃を引き起こし、石床すら抉るあの技。

斬られる前に下がらなければ、巻き込まれる。


カーリナがわずかに前へ出た。

レオノールは背負った荷の重さを気にしながらも、

自分の背中を追うように位置を整える。


三人の呼吸が静かに、しかし確かに揃っていく。


次の瞬間――


オーガプリンセスが、わずかに膝を沈めた。


***


ギルドの灯りが、疲れ切った目にまぶしい。

椅子に腰を下ろすと、ようやく背中から力が抜けた。

カーリナに手当てしてもらった肩が、まだじんわりと熱を持っている。


「おっ、戻ったか」

「お帰り……あれ? なんか、すごい顔してない?」

「やっぱ無理だったろ? 次は護征契約でどうだ?」


アンニが片眉を上げる隣で、アイニェータが心配そうにこちらを見ていた。


「……まあ、なんとか倒しましたよ」

「えっ! そうなのか?」

「ええ、ギリギリでしたけど」

「で、出たのか? 指輪」


アンニの問に、円卓にうつ伏せていたカーリナが顔を上げ、静かに首を振る。


「……出ませんでした。紅い石が、一つだけです」


すぐ隣で、レオノールが荷袋を開けて、小さな鉱石をそっと差し出す。

濃い紅色の玉――紅玉髄。


「へぇ、レア鉱石か。いい値段になりそうだな」

「ちょっと待ってよ、それってオーガプリンセスのドロップアイテムじゃない」

「えっ、あっ、そうか。おい、何でトロールじゃないんだよ」

「別れたのって21階層よね? あれから28階層に行ったの?」


アイニェータの問いに、レオノールが顔を上げる。


「ううん、トロールの指輪は拾ったよ」

「……ちょっと待って、アタシ理解できないんだけど、

 今日だけでSランクを二体倒したってこと?」


アイニェータが目を丸くし、思わず前のめりになる。

アンニは納得したように小さく息を吐く。


「そりゃ、顔が死ぬのも無理ないわけだな……」


椅子の背にもたれ、目を閉じる。


ラビットフットがあれば、何とかなると思っていた。

戦って、勝てば、欲しいものが手に入る。

そんなふうに、どこかで決めつけていた。


実際、トロールの指輪は一発だった。

だから、次も――なんて、甘かった。

たまたま上手くいっただけで、実力とは限らない。

確率の壁は、そう簡単には超えられない。


欲しかったのは、奇跡なんかじゃない。

ただ、確実に“揃える”こと。それが、最短の道だと信じていた。

けれど現実は、その期待を平然と裏切る。


「迷宮はそんな甘くねえよ」


ぼそっと呟いたアンニの声に、目を開ける。


「そうですね」


返した声が、思ったよりも素直だった。

アイニェータが、苦笑混じりにフォローしてくれる。


「でもまあ、無事に帰れたなら、御の字じゃない?」


たしかに、それは正しい。

誰かが欠けていたら、ドロップどころの話じゃない。


自分が黙ったまま考え込んでいると、レオノールが口を開いた。


「お兄ちゃん、次は出るといいね」


荷袋を胸に抱えながら、控えめに笑っている。


あの小さな手で、必死に集めていたことを思い出す。

いつの間にか、ずいぶん馴染んできたな、冒険者の姿が。


「じゃあ、次も頼むよ――幸運の女神」


レオノールが目を瞬かせ、少し照れたように微笑んだ。


目の前の成果は小さい。

でも、失ったものは何もない。

今日の失敗を、次に活かせるなら、それで十分だ。


明日は29階層、相手はスライムだ。

ステータス調整


ヒデキ 戦士Lv.16

MP回復速度2倍、獲得経験値UP64倍(二乗効果)

防御力3倍、耐状態異常8倍

サブジョブ数5

(村人Lv.16、冒険者Lv.16、剣士Lv.15、騎士Lv.12、魔法使いLv.11)


カーリナ 村人Lv.24

HP回復速度2倍、攻撃力5倍、防御力5倍、耐状態異常2倍

サブジョブ数4

(戦士Lv.15、冒険者Lv.15、薬師Lv.15、槍使いLv.12)


レオノール 村人Lv.12

HP回復速度2倍、攻撃力3倍、防御力3倍、耐状態異常2倍

サブジョブ数1

(運搬人Lv.12)

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