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第71話 レッドヘアー

「よし、中間部屋に到着。じゃあ、ウチと一緒に魔物を確認するのは――」

「はい、それ、ボクが行きます。師匠とノーラちゃんは待っていてください」

「なんだ、カーリナか。ウチはノーラがよかったな。まあ、いいか」

「わかった、カーリナよろしく。無茶しないように」

「わかってますって、師匠!」

「アンニも確認だけよ。戦ったらダメだからね」

「わかってるって!」


中間部屋の出口から出て行くアンニとカーリナの後ろ姿を見送る。


ノルデの迷宮7、17、28、29、30階層を周り終え、

最後にこの21階層を案内してもらった。

ここ21階層ではトロールのSランクが落とすと言う魔物の指輪が狙いだ。


7、17階層までは他の冒険者たちをちらほら見かけたが、

この21階層にはその姿は見えない。


「アイニェータさん、21階層だと冒険者はいないんですね」

「そうね、11階層からは出てくる魔物が三体になるから、

 探索できる冒険者も限られてくるわ。

 さっきの28、29、30階層も冒険者はいなかったでしょ」


階層が深くなれば、迷宮が冒険者を選んでいるということか。


「さっ、二人が戻ってくるまで時間があるから、座って待ちましょう」

「うん。アイニェータさん、さっきの続き聞かせて」

「いいわよ、ノーラちゃん。

 アンニが別のパーディーだったところまでは話したわよね。そこから――」


レオノールはすっかりアイニェータと仲良しになっている。

アンニにも気に入られたようだったし、誰にでも好かれるのは才能だな。


壁にもたれかかり、タバコを銜えようとしていると、

カーリナとアンニが早々に中間部屋へと戻って来た。


「――どうした!? 何かあったのか、カーリナ」

「師匠! 21階層で間違いありません。直ぐそこにトロールがいました」


カーリナは強く槍を握りしめ、今直ぐにでも戦いたいといった様子だ。

肩に斧を担いだアンニが近づいてくる。


「これで契約完了だな」

「アンニさんありがとうございました。

 それと、アイニェータさんもご苦労様でした」

「いいのよ、それが契約だから。ノーラちゃん、お話はまた今度ね」

「うん……」


カーリナたちの予想よりも早い帰還に、

アイニェータの話しを聞けずにレオノールは少しがっかりしているようだ。


「ノーラ、そんなしょぼくれるなって。しばらくはギルドで案内をしてるから、

 寂しくなったら、いつでもウチに会いに来なって」

「そうよ、いつでも歓迎よ。……ってなんでアンニに会いたがるのよ。

 ノーラちゃんは、ガサツなアンニよりも、

 お淑やかで優しい“アイニェータお姉ちゃん”の方が好きなの」

「いいや、ひょろひょろのアイニェータなんかよりも、

 強い”アンニお姉さま”に憧れてるに決まってるだろ!」

「ちょっと、何よそれ!」


二人の大人が一人の子供に気に入られようと必死になっている。


「あの……二人に会いに行くね」


レオノールが大人の対応を見せて、その場を取り持った。


「ヒデキ、直ぐにギルドに依頼出しに来いよ。

 次は同行契約でなくて、ウチの希望の護征契約な。

 そうだ! 今から契約を変えないか? ギルドに内緒で安くしとくから」

「アンニ! バカなこと言って。ギルドに知れたら、また追放されるわよ」

「じょっ、冗談だって。本気になるなって」


また追放という言葉が引っかかる。

過去にアンニは何かやらかしたのだろうか?

無事に階層案内も済んだことだし、追放された理由の詮索は止めておこう。


「機会があれば是非。えーっと、しばらくって、何処かに行かれるんですか?」

「ええ、あたしたち拠点をエリアスへ移そうと思ってるの」

「エリアス……」


どこかで聞いたことがあるが……思い出せない。


「カーリナ、エリアスって何だっけ?」

「城郭都市エリアス。聖騎士団が護衛している所です」

「あっ、そうかそうか、前にカーリナから聞いたんだっけ?

 そのエリアスに用事があるんですか?」

「ああ、あっちの方が、稼ぎがいいからな。でも、宿代も飯も高くてなー、

 こうやって依頼をこなして、金策してるってわけ。

 男どもの稼ぎはあてになんないから、この感じだと夏頃になりそうだけどな」


都会へ出稼ぎに行くようなものか。

手取りは良いが、その分、出費もかさむ。

物価高な都会ならではのあるあるだな。

上手く軌道に乗らなければ、生活苦に陥りそうだ。


「迷宮から戻ったら、ギルドに顔出してくれよ。じゃあな、ノーラ」

「またね、ノーラちゃん」


魔法陣に立ったアンニとアイニェータを香色の光が包み、

一瞬、部屋全体が明るくなり、その光が弱まると二人の姿は消えていた。


レオノールは二人が消えるまで手を振って見送っていた。

こういうところが人に好かれるポイントなんだろうな。

自分の視線にレオノールが気づいた。


「どうしたの? お兄ちゃん」

「いや、何でもない。ここからは三人だな」


騒がしい二人が去ったことも相待って、中間部屋は静寂に包まれている。


「さっ、師匠! 行きましょう。早く、師匠!」


騒がしいのが一人残っていたか。


***


トロールのBランクはスタウトトロール。

朽葉色の皮膚に分厚い脂肪と筋肉を纏い、

こんぼうを振りかざしながら唸り声を上げて突っ込んでくる魔物だ。

それが一度に三体出現。

威圧感こそあるが、動きは緩慢で読みやすい。


カーリナの槍が一閃し、突撃してきた一体の胸板に深く突き刺さる。

悲鳴を上げる暇もなく、魔物は黒煙に変わって消えた。


「師匠、次、行きます!」


カーリナは息を切らすこともなく、二体目へと飛び込んでいった。

その背後ではレオノールが落ちたドロップアイテムを丁寧に回収している。


自分もワンドを構え、三体目を狙って水球を放つ。

トロールの顔面で飛沫を上げると、

怯んだ隙にカーリナの槍が止めをさすと、黒い煙が舞い上がる。


魔物としては申し分のない強さだが、

今の自分たちにとっては“時間を食う雑魚”でしかない。

だが――


何度目の戦闘だろうか。

十数組目を相手にした頃、足元の感覚に違和感を覚えた。

床の石が微かに振動している。

視線を上げた瞬間、前方の通路の先にそれは現れた。


――赤


それは、血のような色をした髪をなびかせながら、こちらを凝視していた。

色白の肌に、緑の瞳が光る。

人間の女性のような姿。


「カーリナ、Sランクだ」

「はい……レッドヘアーです」


鎧の隙間からのぞく肩には赤銅の肩鎧が付き、大剣を片手に軽々と担いでいる。

視線を交わしただけで、全身の筋肉が緊張するのがわかる。

スタウトトロールがこちらを襲ってきたときには、

重心移動を見てからでも余裕で回避できた。


だが、あれは違う。

気配の端々から伝わるのは、鋭さと速さ。

それに、どこか剣の使い手としての“格”のようなものまで感じられる。


カーリナが槍を引き、レオノールも矢を番え一歩下がった。


レッドヘアーは一歩だけ、こちらへ足を踏み出す。

その動きは獣のような滑らかさで、

まるで空気を切り裂いてくるかのようだった。


距離はまだあるはずなのに、剣がもう届きそうな錯覚を覚える。


レッドヘアーの姿が、一瞬、揺れた。

いや、違う――動いたのだ。

ほとんど音もなく、一直線にこちらへ。


「カーリナ!」


警告の声が届くより早く、カーリナは槍の穂先を突き出していた。

だが、レッドヘアーの動きは、それを嘲笑うかのように滑らかで、

槍の間合いの外で、すっと身を沈め、地面を滑るようにして右へ回り込む。


次の瞬間、大剣が唸りを上げ、金属が空を切る音が耳を突いた。


カーリナは一歩も引かずにそれを受け止めた。

槍の柄で受け流し、体勢を崩さぬよう地面を蹴る。

衝撃は明らかに、それまでのスタウトトロールの比ではなかった。


「大丈夫か!?」

「問題ないです、師匠!」


カーリナの返事に続けて、レオノールの矢が放たれる。

狙いは正確――

しかし、レッドヘアーは上半身をほんの僅か傾けるだけでそれを避けた。


風を切って飛ぶ矢が、赤髪のすぐそばを掠めて通り過ぎる。

まるで、矢の速度を見切っていたかのような動きだった。


まずい。

正面からでは、反撃の隙すら作れない。

自分はすかさず、ワンドを振りかぶった。


「アクア・スパエラ」


放たれた水球が、レッドヘアーの背中側から襲いかかる――

レッドヘアーはわずかに肩を振るだけで、

まるで視界に入っていたかのようにそれを回避。


すぐさま反転、大剣を振り抜いてカーリナに迫る。

ごうっ、と空気が唸った。


カーリナが槍を横に薙ぎ払い、辛うじて打ち下ろされた剣を逸らすと、

火花が飛び散る音が響いた。


攻防の一瞬一瞬が、研ぎ澄まされていく。


「ノーラちゃん、もう一本! 角度変えて!」

「うん!」


レオノールの二射目。

今度はレッドヘアーの足元を狙った一撃。

だが、それすらも片足を軽く浮かせて回避。


女戦士の姿をした魔物が、にやりと笑ったように見えた。

遊んでいる……?

いや、違う、力を測っている。

こちらの出方を。


「カーリナ、動きを変えるぞ! 回り込め!」

「了解!」


自分はあえて正面に立ち、魔力を込めたワンドを構えた。

レッドヘアーの緑の瞳が、自分に向けられる。

その隙を、カーリナが見逃すはずがなかった。


後方へと回り込み、槍の穂先が背中を狙って閃く。

振り向いたレッドヘアーが剣で受けようとしたその瞬間、

地面に蹴りをつけたカーリナの踏み込みが加速する。

あの槍撃は受けきれない。


刺さる――そう確信した。


だが、レッドヘアーの動きはそのさらに上をいった。

踏み込みを見てから、片足を軸に後ろへ大きく跳ねる。

回避だけではない、剣の一撃を同時に振り抜くことで牽制を加える。

まるで、戦い慣れた兵士の動きだった。


自分が撃った二発目の水球も、赤髪を掠めるだけで外れる。

このままでは、押し切られる。


足を止めたままでは、じわじわと押し切られるだけだ。

レッドヘアーの剣筋は洗練されていて、

こちらの全攻撃をかわしているというより、“予測して”さばいている。

このままでは、カーリナも、レオノールも、徐々に削られる。


なら――もう一手、変化が必要だ。


「レオノールちゃん、カーリナに続いて、囮をやる。うまく援護してくれ」

「……え?」


レオノールの戸惑いに応える余裕はなかった。

自分はワンドを下げ、レッドヘアーとの距離を詰めるべく走り出した。

正面から、まっすぐに。


反応したのはカーリナだった。


「師匠、待って――!」


その声が裏返った。

レッドヘアーの視線がすっとカーリナに向いた、その瞬間だった。

緑の瞳が、柔らかく、濡れたような色を帯びる。

まるで恋人にでも向けるような、甘く誘うような眼差し。

カーリナの動きが止まった。


――状態異常攻撃か、Sランク魔物にありがちな特殊能力。


カーリナの顔が赤らみ、目に焦点が合っていない。

まずい、想定外だ。

完全に正面に立っている自分へ、

レッドヘアーの大剣が振り下ろされようとしていた。


身体が強張る。

これは、失敗だ。

策として、愚かすぎる……


視界の端で、何かが動いた。

鋭い踏み込み。

赤毛に風が巻いた。


レッドヘアーの横腹へ、槍が突き込まれていた。

カーリナが戻った――


誘惑の効果が解けたのか、それとも意思の力で押し返したのかはわからない。

だが、その一撃は確かにレッドヘアーの動きを止めた。


槍が鎧の継ぎ目に刺さり、レッドヘアーが一歩、ぐらつく。

その顔が、自分の目の前に迫っていた。


――今だ。


「アクア・スパエラ!」


水球が放たれ、至近距離からレッドヘアーの顔面に叩きつけられる。

鈍い音とともに水飛沫がはじけ、赤髪が濡れて視界が遮られた。


すかさずカーリナがもう一撃を入れにかかる。

自分は一歩退いてワンドを再び掲げる。


「アクア・パリエス!」


水の壁がレッドヘアーの背後に展開され、退路を塞ぐ。

これで後退はできない。

あとは――叩くしかない。


「今だ、レオノールちゃん!」

「うんっ!」


レオノールの矢が、レッドヘアーの膝を正確に射抜いた。

崩れるレッドヘアーに水弾を連射する。


「アクア・バレット」


片膝をついたその体を、カーリナの渾身の突きが貫いた。

ごう、と空気が鳴ったかと思えば、

赤毛の戦士の姿が崩れ落ち、黒煙となって四散していく。


霧散した煙の中、自分たち三人だけがそこに立っていた。


レオノールの声が、かすかに震えていた。

自分は肩で息をつきながら、ぬかるんだ床に膝をつく。

無茶は、するもんじゃないな。


だが、結果が出たことだけは――


「よく踏みとどまった、カーリナ。レオノールちゃんも、完璧だった」

「師匠こそ……無茶です、ほんとに!」


呆れたようなカーリナの声が、やけに嬉しかった。


「じゃあ、次は28階層に行こうか」

「師匠! ちょっと待って下さい」

「ああ、わかったって、次は無茶しないって」

「そうじゃなくて――」

「えっ?」


振り返ると、レオノールが駆け寄り、手の平を見せてきた。

その上には指輪が――あ、そうか。


鑑定スキルを発動させると、


トロールの指輪


激しい戦闘だったので、討伐に満足してしまったが、

目的は魔物の指輪だった。

魔物設定

トロール/troll

系統:魔獣、種類:トロール、ランク:C

弱点:土、耐性:風、特殊:―

攻撃:こん棒攻撃、迷惑行為

特徴:こん棒を振り回すトロール

ドロップアイテム:素材/トロールの爪、武器レア/木のこん棒


スタウトトロール/stout troll

系統:魔獣、種類:トロール、ランク:B

弱点:土、耐性:風、特殊:―

攻撃:こん棒攻撃

特徴:トロールよりも一回り大きい、朽葉色の皮膚、動きは遅い

ドロップアイテム:素材/トロールの皮、カード/体力のカード


グラディエータートロール/gladiator troll

系統:魔獣、種類:トロール、ランク:A

弱点:土、耐性:風、特殊:―

攻撃:剣攻撃

特徴:剣と防具を装備したトロール、兜から見える顔は水縹の皮膚

ドロップアイテム:素材レア/トロールの石、薬/薬草、武器/鋼鉄の大剣、

         鍵/真相の鍵


レッドヘアー/red hair

系統:魔獣、種類:トロール、ランク:S

弱点:土、耐性:風、特殊:誘惑

攻撃:大剣攻撃

特徴:赤毛の美しいトロール、素早い動き

ドロップアイテム:アイテム/チョーカー、アイテムレア/赤髪、

         武器レア/トロールの大剣、宝石/紅玉、

         指輪/トロールの指輪

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