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第70話 契約

昨夜の食事は、やけに賑やかだった。

ノルデの宿屋の一角、木の温もりが残る食堂で、四人の食卓を囲んだ。

照明は明るすぎず、ほのかに揺れる灯火の下で、

テーブルには焼き魚と香草入りのスープ、炙った根菜の皿が並べられていた。

迷宮から帰ってきた身体には優しい味……と言うよりも薄い味。


素朴な食事をつつきながら、最初に口を開いたのはクリスだった。


「ヒデキ殿、この後は、どの小迷宮に入られるのですか?」

「そうですね……特に考えてはないのですが、ラビットフットもありますし、

 鍵や指輪が集められる迷宮ならどこでもいいかなと思っています」

「それでしたら、せっかくノルデに滞在されているので、

 こちらの迷宮を探索してみるのはいかがですか?」


唐突とも思える提案だったが、考えてみればもっともだ。

目の前に迷宮があるのだから、入らない理由は何処にもない。

わざわざ遠くの小迷宮に出向く必要などない。


「そうですね。ここノルデの迷宮は何階層まであるんですか?」


スプーンの手を止めて訊き返すと、クリスはコクリと頷いた。


「はい。小迷宮とは違い、ノルデは”迷宮”なので、33階層まであります。

 深層になれば魔物も強くなり危険が伴いますが、その分、

 希少アイテムの出現率も高くなるので、お勧めします」


危険をお勧めされてもな……

でも、レアアイテムの可能性が高くなるのか。

確かに、あちこち浅い階層の小迷宮を巡るよりかは効率的だな。


しかし――33階層。

ずいぶんと深い場所だ、そんな深層に本当に踏み込んでいいのか?

そもそも、このパーティーで持ちこたえられるだろうか?

自分はともかく、カーリナやレオノールは……


考えていると、正面に座っていたカーリナが、ぱちんと手を打った。


「ボク、それ賛成です! 師匠、ノルデに潜りましょう!」


まるで前から考えていたかのような即答。

口元には小さな笑みが浮かび、スープを飲み干すと、

どこか誇らしげに言葉を継いだ。


「小迷宮ばかりじゃなくて、深層に挑戦してみたかったんですよ。

 33階層……ふふ、燃えてきた!」


なんだか、鼻息が荒くなってきたように見えるのは、自分の気のせいだろうか。


「カーリナ!」


クリスがカーリナを宥めるように指を立てた。


「騎士見習いが19階層より下に入るのは、本来は禁止事項。自重しなさい」

「えー、でも――」

「でもじゃない。軽率な行動を取ると、また減給になるよ」

「……」

「もう、すぐそうやって……

 まあ、ヒデキ殿に随行であれば、取り立てて問題にならないでしょう」

「でしょ!? 師匠、お願いします!」

「それに! 目的のアイテムを落とす階層だけを狙えば、

 そこまで深く入る必要もありませんし」


クリスの視線がこちらに向けられる。

自分の返答を待つような、けれど強制ではない静かな眼差し。

それよりも強烈な眼差しのカーリナ。

何故だか、レオノールまでも熱視線を送って来る。


ラビットフットが手元にある今、確かに深い階層での探索には意味がある。

幸運を引き上げるアイテムというのならば、使わない手はない。

ただ、やはり33階層という数字には、心が構えてしまう。

いや、クリスが言うように、別に最深部に行く必要はないのか。


「まあ……そうですね。行けるところまで、行ってみましょうか」


曖昧に笑ってそう答えると、

カーリナが嬉しそうにスプーンを握りしめ、笑顔のレオノールと顔を合わせた。


ノルデの迷宮に入ることは決まったが、ここで問題が一つ発生した。

先の小迷宮探索では、クリスが迷宮案内の冒険者を用立ててくれたが、

今回は都合がつかないらしい。

と言うのも、これまでは、騎士団の任務である小迷宮巡回にかこつけていたが、

冒険者の街の迷宮に入る建前がないとのこと。


「ヒデキ殿、ご心配には及びません。ギルドで依頼すればいいのです。

 案内を請け負ってくれる冒険者がいますよ」

「へえ、そんな援助があるんですか――」


そんなこんなで、朝早くから冒険者ギルドへとやって来た。


***


朝の光が差し込むギルドのロビーには、

すでに数人の冒険者たちが集まっていた。

各自の装備を手入れしたり、受付で何やら交渉していたりと、

それぞれの準備に余念がない。


空いている窓口を探すと、カウンターの奥から現れたのは、

昨日と同じマチルダ。

狸耳を揺らし、小脇に書類を抱えている。

制服の胸元には小さなブローチが光り、

背筋の通った立ち姿は、どこか凛とした印象を与える。


こちらに気付くやいなや、爽やかな笑みを浮かべた。


「おはようございます、ヒデキ様。本日もご利用ありがとうございます」


変わらぬ丁寧な口調で言葉をかけてくる。

その一瞬で、空気がふわりと明るくなるような心地よさを感じる。


「おはようございます。実は、ノルデの迷宮で探索を行いたいのですが……

 ギルドで階層案内をお願いできると聞きまして」

「かしこまりました。どちらの契約になさいますか?」

「契約……?」

「はい。階層への案内のみの同行契約と、

 階層踏破まで行う護征契約がございます」

「えーっと、案内だけでお願いします」

「同行契約ですね。承知いたしました」


マチルダが手元の書類を手際よく整えながら続ける。


「本日ご案内可能な冒険者パーティーをお調べします――

 なお、案内につきましては、

 ギルドが仲介する形で冒険者に依頼していただく流れとなっております」

「ええ、よろしくお願いします」

「それでは紹介料として、150ラルを頂戴いたします」

「え? 有料なんですか?」

「はい。既に手数料は含まれておりますので、

 これ以上の追加費用はございません」


なるほど、そういうことか……

昨夜のクリスの口ぶりでは、てっきり無料のサポートだと思ったのだが、

考えてみれば当然だ。

誰が好き好んで見ず知らずの迷宮探索に付き合ってくれるものか。

世の中は善意だけで動いてはいないということだな。


それにしても150ラルか、昨日の宿代300ラルからして、結構するな。

階層踏破の契約なら、いったいいくら請求されるのやら。


「……わかりました。お願いします」


懐から銀貨を一枚と大銅貨五枚を取り出し、カウンターに並べる。

マチルダは礼を述べ、帳簿に名前を記しながら続けた。


「それでは、現在待機中の冒険者パーティーをお呼びいたします。

 今回ご案内を担当するのは、パーティー『舞の女王』の方々です。

 ……少々お待ちくださいませ」


マチルダがギルド内の壁際にある円卓に向かって声をかける。

その声に応じて、円卓のひとつに腰かけていた銀鎧の女性が、

すっくと立ち上がった。


赤毛をミディアムでまとめた、気の強そうな顔立ち。

重そうな斧を担ぎ、軽やかな足取りでこちらへと近づいてくる。


「早速、お客さんか。早起きはするもんだ。

 ウチが案内役のアンニ。よろしく」

「こちらこそ、よろしくお願いします」


軽く頭を下げると、青い瞳がこちらを見据えながら、

カウンター越しにマチルダへ木札のようなものを渡すと、

引き換えに大銅貨九枚を受け取った。


「なんだ飛ばしか、踏みたかったんだけどな。

 まあ、いいや。それで今日は――」


アンニはレオノールに気付くと、少しだけ顔をしかめた。


「まさか、この子も一緒ってなわけないよな?」

「いえ、この子も一緒に迷宮に行きます」

「は!? こんな小さな子……

 お嬢ちゃん、本当に迷宮に入るの?」

「うん、よろしくおねがいします」

「――まあ、ウチは貰うモン貰えれば、それでいいけど……

 あんま無理しないでくれよ、こっちの寝つきが悪くなるから」


そう言って、少し肩をすくめる。

ただ、その声色はどこか優しさを含んでいた。

小さな子どもを迷宮に入れることへの戸惑いが、透けて見える。


「あんた、今日は何階層まで行くのさ? 深いとこだと準備が要るよ」

「魔獣系が出る階層をお願いしようと思います。

 カーリナ、昨日クリスさんが言ってたのって何階層だっけ?」

「えっと……確か、21階層のトロールは倒されていて、

 7階層のゴーレムが数日前に倒されたばかり、

 17階層のゴブリンも、昨日やられたって言ってました」

「へえ、あんたらSランクを狙ってるのか。

 因みに、トロールは一昨日目撃されたから、21階層に行くのは確定として、

 それ以外だと、28のオーガと29のスライム、最後はサイクロプスが30か」

「アンニさんはその全ての階層に移動できるのですか?」


自分の質問にアンニが片目を細めた。


「まさかだけど、ウチが案内すると思ってんの?」

「え……? 違うんですか? だって――」

「なに言ってんのさ、ウチはどう見ても斧使いでしょーよ。

 移動するのは冒険者の仕事。ウチはその護衛だって」


階層間を移動するだけなのに、護衛が必要……?

依頼したのが階層踏破なら理解できるが、

各階層へ魔法陣で連れて行ってもらうだけなのだが、

もしかして依頼方法が間違ったのか?

その疑問は、すぐにアンニが察してくれた。


「あんたもしかして初めて? なら仕方ないか。いい?

 入り口か中間部屋へ移動したら、通路に一度出んの。

 目的の階層が合ってるか、確認しなきゃならないでしょ?

 そん時に魔物が襲ってきたら困るから、念のための護衛ってわけ。

 わかった?」


なるほど、それなら納得だ。


「それで冒険者の方は?」

「ん? ああ、もう来るって。あっちで待ってようか」


壁際に並ぶ円卓を四人で囲むと、

アンニがすぐに立ち上がって、ギルド入り口の方に向かって声を発した。


「アイニェータ、こっちこっち」


アンニの声に反応し、早足で近づいてくるのは、

腰までもあるブロンドを揺らす若い女性。


「もう、アンニったら。そんな大きな声出さないでよ。恥ずかしいじゃない」


小言を口にする彼女は、見た目二十歳ぐらいだろうか、

動きやすそうな革の鎧に身を包み、両腰には剣を携えている。


「そんなことで、カリカリしなさんなって。

 えー、これがさっき言った冒険者。名前はアイニェータ。

 アイニェータ、こっちが今日案内する……

 そうそう、名前聞いてなかった、あんた名前は?」

「ヒデキです。こっちがレオノール、それとカーリナです」

「え!? ちょっとまって、こんな小さな子――」


先ほど行ったアンニとのやり取りをもう一度行った。


***


アイニェータが円卓の向かい側に腰を下ろし、

剣の鞘を椅子の背に立てかけた。

その隣で、斧の柄を膝にかかえたまま腕を組んでいるアンニが口を開く。


「さて、改めてだけど、今日は魔獣の階層、その同行契約でいいんだよな?」

「はい、それでお願いします。確認なのですが、案内してもらえるのは、

 魔獣が出る階層全てということでいいですか?」


自分の質問に、アイニェータが髪をかき上げながら答える。


「もちろんよ。全てアタシたちが連れて行ってあげるわ。

 同行はそういう契約だからね。なんだったら、33階層全部でも案内するわよ」

「いや、魔獣の階層だけで問題ありません」

「あら、そう。

 ノルデには魔獣の階層は6つあるけど、その入口への案内でいいのかしら?」

「いや、中間部屋でお願いします。狙いが階層の奥なので」

「階層奥……

 もしかしてだけど、あなたたちって、Sランクを狙ってるのかしら」

「ええ、まあ、一応」

「見たところ、あなたたちって、とても若そうだけど、ホント大丈夫?

 もう少し浅い階層から始めた方がいいと思うけど」


アイニェータの緑色の瞳がカーリナとレオノールを見定める。

それに反応したのはカーリナ。


「ボクも、ノーラちゃんも魔物と戦えるし、師匠は強いのでご心配なく」

「「師匠!?」」


アンニとアイニェータが怪訝な視線を自分に向ける。

こうなるのがわかっているから、あまり人前で師匠と呼んでほしくない。

説明が面倒なのだ。


「えーっと、何と言いますか――」


返答に困っていると、カーリナが割って入る。


「師匠は凄い方なんです。あの騎士の鍵も持っていますから」

「……騎士の鍵? アイニェータは知ってるか?」

「アタシも初めて聞いたわ。騎士団のこと詳しく知らないから。

 もしかして、カーリナさんのその恰好って、騎士団の方なの?」

「それな! ウチも気になってたんだ。あんたら騎士団なのか?」

「師匠とノーラちゃんは違いますが、

 ボクはガド騎士団中部駐屯地ランペ所属の騎士見習いです。

 師匠との出会いは――」


ああ、案内してもらうだけだと言うのに、どんどん話がややこしくなっていく。

初めて会う人の前で、師匠と言わせるのを禁止しないといけないな。

カーリナの話しはまだ続いている。

迷宮案内が終わったら、カーリナにお灸をすえよう。


「へぇー、迷宮封印に貢献したってことで、鍵を貰ったってことか」

「凄いのねヒデキさん」

「ふふふ。お二人も師匠の凄さに気付かれたようですね。

 ですが、もっと驚いてください。

 騎士の鍵というのは選ばれた者のみが持つことを許され、

 現職だと団長と副団長だけが――」

「あーもういいよカーリナそのぐらいで。

 アイニェータさん、案内は魔獣の階層だけでお願いします」

「わかったわ。それだったら、こうしましょう。

 入口と中間部屋の両方を案内するわ。それでいいわよね?」

「はい、問題ありません。では行きましょうか」


円卓から立ち上がると、アンニが止めるように声をかけた。


「ん? あんたら三人パーティーなのか?」

「ええ、そうですけど……」

「冒険者は自己責任だけど、ホント大丈夫? 他にメンバーはいないの?」


アイニェータが髪を耳にかけ直しながら、心配そうな眼差しを向けてくる。

深層に近いから、三人だと少し心許ないといった表情だ。


「いいですか、師匠はあの騎士の鍵を――」

「ああ、大丈夫です。アンニさんのパーティーも二人だけなんですよね?」


カーリナがまた鍵の話しを始めないように、話題をアンニたちへ変えた。


「ウチラのパーティーは四人いる。今日は同行だから二人で十分だけど、

 探索する時は全員で潜るようにしている」

「そうよ。四人でも深層階に潜るのはちょっと大変なのよ」

「ご心配なく、師匠なら何ら問題ありません」

「そう……? ならいいけど」


全員が席を立ち、ギルド入口へ歩き出す。


「アイニェータ、ビョルンとゴランはまだ寝てただろ?」

「ええ、部屋の前を通った時は、高イビキをかいてたわ。

 昨日は随分と飲んでたから、あれは昼まで起きないわよ」

「ったく、ウチの男どもときたら、だらしないな」


どこか呆れたような口ぶりのアンニとともにギルドを後にした。

キャラクター設定

マチルダ(ノルデ冒険者ギルド受付)

種族:獣人族(狸耳)

性別:女

年齢:22歳

ジョブ:村人Lv.1

瞳:ブラウン

髪型:ライトブラウンロング

服装:冒険者ギルド職員制服

一人称:私


孤児院出身で将来は孤児たちのためになる仕事・活動を志している。

しかし、ギルド職員として真面目に働いているが、

給与は生活費でほぼ消え、将来の夢に近づけないことに焦りを感じている。


休暇日には城郭都市「エリアス」まで足を運び、冒険者相手に売春をしている。

目的は金銭を得ることであり、心を殺して行動しているが、

罪悪感と矛盾を抱えている。

顔は伏せるように心がけ、

ノルデの知人には決して知られないよう配慮は怠らない。


アンニ

種族:人族

性別:女

年齢:29歳

ジョブ:斧使いLv.18

身長:171.1cm

瞳:ブルー

髪型:赤毛ミディアム

服装:銀の鎧

一人称:ウチ


アイニェータ

種族:人族

性別:女

年齢:23歳

ジョブ:冒険者Lv.26

身長:166.1cm

瞳:グリーン

髪型:ブロンドロング

服装:革の鎧

一人称:アタシ

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