表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
68/80

第68話 商人

「お待たせしました、ヒデキ殿。商館へご案内いたします」

「クリスさん、よろしくお願いします」


クリスの先導でノルデの大通りを北に向かってしばらく歩くと、

右手にある、ひと際立派な建物の前で足が止まった。


「うわー大きいね、お姉ちゃん」

「うん、そうだね。話には聞いていたけど、ボクも来るのは初めてだから、

 こんな建物だとは知らなかったよ」


商館の規模にレオノールとカーリナが感心している。

ここがガド騎士団御用達の商館か。

さすが御用達だけあって、面構えに品を感じる。


入り口には例の剣とクジラをあしらった騎士団のエンブレムが掲げられ、

扉は真鍮製の取っ手が輝いていた。


「ヒデキ殿、こちらです」


取っ手に手をかけたクリスの声に従い、建物の中へと足を踏み入れると、

両壁を埋め尽くす帳簿棚と、正面奥に長いカウンター。

その雰囲気に少し圧倒されかけたところで、

カウンターの奥から年配の使用人らしき男が静かに歩み寄ってきた。


「これはクリス様。本日はどのようなご用件で?」

「ああ、副団長ラウリよりこちらの御仁を商館主に紹介するよう承ってな。

 エルンスト氏はご在席だろうか?」


クリスが慣れた口調で答えると、

使用人は軽く一礼して応接室へと案内してくれた。


中へ通されると、陽光を遮るカーテンがかかり、

室内は程よい薄暗さに包まれていた。


革製のソファーと彫刻が施された楕円形のテーブルが置かれ、

テーブル中央には一輪の小花が飾られている。

客をもてなすには十分な空間だ。


使用人が丁寧に一礼して部屋を後にし、静かな時間が流れる。


……妙に落ち着かない空間だ。

高そうな家具に囲まれると、ちょっと背筋が伸びる気分になる。

やがて、扉の向こうから革靴が床を打つ音が近づき、

ノックの後、扉が開かれた。


「ほう……これは、またお会いできるとは思いませんでしたよ」


現れたのは短く整えられた髭、濃紺のチュニックを着た男、

発した言葉には、どこか含みがあった。

腰には重厚なレザーベルトが、少しふくよかな腹に悲鳴を上げているが、

仕草の一つ一つが品のある老練な商人のそれだった。

この男、どこかで……


「ご無沙汰しております。エルンストでございます」

「あっ、ジェルベールの……」


思い出した。

キリルで出会った、傭兵を雇うと話していた男だ。

しつこくあれこれ質問され困ったが、

お店の綺麗なお姉さんと楽しい事ができると教えてくれた男だ。

結局、お楽しみはお預けに終わったが……


「さあ、どうぞお座りください。

 ――しかし、私の事を覚えていただいていたとは光栄です」

「その節はどうも。あっ、ヒデキと申します」

「ほう、ヒデキ様ですか。なかなか珍しいお名前で。

 それにしても、やはりガド騎士団の関係者であられたのですね。

 私の目利きは正解だったということでしょうか?」

「まあ、関係者かと言われると、ちょっと違う気もするんですが……」


騎士団のクリスとカーリナを従えて訪れたのだ、

関係者だと思われてもしかたない。

しかし、関係者というよりかは、良いように使われている場面が多い気がする。

まあ、今回は騎士団を良いように使って商館へ来られたのだから、

否定するのも変な話だ。


エルンストとのやり取りに、

要領を得ない顔つきのクリスがこちらの様子を伺っている。


「ヒデキ殿はエルンスト氏とお知り合いだったのですか?」

「知り合いと言うか……一度、ジェル、いや、とある場所で……」


返答に困っていると、正面に座るエルンストが助け舟を出した。


「ええ、こちらのヒデキ様とは、

 私が傭兵を雇うため訪れたキリルのジェルベールで、

 少しお話させていただいただけでして、会うのは二度目です。

 ところでヒデキ様、あの後はお楽しみいただけましたかな?」


あっ、このオヤジは何を言い出すんだ。

お姉さんと良い事しようと企んだばかりに、後々カーリナから幻滅されたのだ、

その店名自体、カーリナの前では禁句だと言うのに。


うぐっ


背中に冷たい視線が刺さる感触が、これはカーリナのものだろう。

槍使いらしい刺しっぷりだ。

しかし、刺すのは槍だけにして欲しい、

特に師匠の身体を貫くような視線は勘弁だ。

もう少しで自分の胸からカーリナの視線が飛び出てしまうぞ。


針の筵の渦中、表情に出さないように努めたが、

状況を察したのか、エルンストが本題に入った。


「ヒデキ様、本日はどのようなご用件で?」

「そうでした。まずはこちらを読んでいただけないでしょうか」


エルンストにラウリに書いてもらった紹介状を渡すと、

重厚な封蝋に、ガト騎士団からのものだと気付いたのか、

やはりといった感じで軽く頷いている。


「やはりヒデキ様はガド騎士団の……いや、では拝読させていただきます――」


脇の引き出しから小綺麗なペーパーナイフを取り出し開封すると、

エルンストは無言でラウリの紹介状に目を通し、

一通り終えたところで口を開いた。


「わかりました。私エルンストに全てお任せください。

 ヒデキ様のご期待に応えてみせましょう」

「えっ、あっ、よろしくお願いします」

「覚醒の鍵は、魔物の鍵の中で比較的手に入りやすい部類ですので、

 値がそれ程付きませんが、そこは商人の腕の見せ所、心配ご無用です」


こうもあっさりと引き受けてもらえるとは思わなかった。

ガド騎士団の副団長からの紹介状ともなると、効力は絶大なのだな。


しかし、覚醒の鍵は入手しやすいのか、

ファントムフェンサーとの戦闘は苦労したんだが。


いや、そうか、最初の鍵はバロメッツのドロップだったはずだ。

あれは攻撃を仕掛けてこないどころか、動きすらしない。

難易度を考えると、覚醒の鍵が欲しい場合はバロメッツを狙うのだろう。

そういうことなら入手しやすいというのも納得だ。


「では、お品物を預からせていただきますが、現在お持ちでしょうか?」

「はい、あります。これです」


そう答えて懐から覚醒の鍵を取り出しかけたところで、

エルンストが手を軽く上げて制した。


「恐れ入ります」


そう言うと、彼は脇の棚から小ぶりな黒革のトレーを取り出し、

その上に丁寧に手をかざした。

内張りは深い緋色のベルベット。

そこに一切の埃もなく、まるで祭壇のように清められている。


「こちらにお願いできますでしょうか」


促されるまま、覚醒の鍵をそっとトレーの中央に置くと、

硬質な音がわずかに響き、空気が静かに張り詰める。

まるで美術品でも扱うような所作に、

値段以上の意味が込められている気がした。


再びエルンストが口を開いた。


「それにしても……ラウリ様の書かれた内容がまた、興味深い」

「そうなんですか?」

「ヒデキ様は火と土のラベルの両方をお持ちだとか。

 宜しければ優秀な鍛冶師を紹介できますが、いかがなさいますか?」


ラウリはラベルのことまで書いていたのか、

火のラベルは確実に手元にあるが、土のラベル……

ちょっとどこにあるかはわからないが、無くしてはないはずだ。

ホント、あれどこいったんだろう。


ラベルの所在を思い出そうとしていたのを見て、

恐らく、判断に迷っていると思ったのだろう、

カーリナとレオノールが割って入って来た。


「師匠、ラベルはローレンツさんに相談の後でもいいかと思います」

「お兄ちゃん、アイノお姉ちゃんに頼もうよ」

「ああ、そうだね。せっかくの申し出ですが、そういうことなので――」

「いやはや、既に先約済みでしたか、これは失礼いたしました」

「やはり、ラベルは売らずに武具に付けるのが一般的なのですか?」

「いえ、鍛冶師の紹介料と天秤にかけると、

 どちらかと言いますと、売却されるお客様が多いですかね」


そう言いながらエルンストは後ろの棚から分厚い帳面を取り出した。


「こちらは、ここ最近の取引価格を記録したものです。

 ラベルは属性によって相場が異なりますが、

 火は比較的高めで2千ラルといったところで、

 土はやや低めで千ラルいけば良い方でしょうか……

 ですがどちらも希少性には変わりません。

 いずれも、武具に付与して効果を発揮するものですから」


日本円にして2万円から4万円程度か、まあそこそこといったところか。

それで効果が得られるのなら、

売らずに武具に付与した方がいいかもしれないな。

ローレンツならタダでやってくれそうだし、

仮に断られたとしても、

こっちにはレオノールのおねだり攻撃がある。

最終兵器の彼女を使えば、ローレンツも首を縦に振るだろう。


「それにしても、希少なアイテムをお持ちということは、

 ヒデキ様はラビットフットをお持ちなのでしょうか」

「ラビットフット……ですか?」


思わず訊き返すと、エルンストは笑みを浮かべて首を傾げた。


「これは失礼、てっきりラビットフットをお持ちかと思ったもので――

 ヒデキ様、いかがでしょう、もし、お時間があるようでしたら、

 アイテムについてご説明差し上げましょうか?」

「それは是非、お願いします」


こちらの返事に、軽く頷いたエルンストは、

テーブルの端に置かれていた帳簿を手元に寄せ、指先でページを繰っていく。


「魔物が落とす指輪には、魔法と魔獣の二種類がございます。

 ヒデキ様の指には……ほう、水属性の指輪ですか。お目が高い」


思わず左手を見下ろす。

石座の半透明の青い宝石が鈍い光を放っている。

一目見ただけで水の指輪だとわかるものなのか?

恐らく属性によって石の色が異なるのだろう。


「そちらは魔法用で、着用者の属性適正を高める働きがあります。

 反対に、魔獣の指輪はそういった機能的な効果は持ちません。

 ですが、非常に希少で、持つ者の財力や武功を示す象徴とされております」

「それで……指輪は売られることもあるんですか?」

「そもそもの出現率が低いので、市場に流れることは滅多にございません。

 私どもの商館でも指輪の取引実績は数えるほどでございます」


なるほど、実用的な魔法の指輪と、象徴である魔獣の指輪。

どちらも売られるようなことはないのか。


「鍵にも二種類ございまして、魔法と魔物の二つがございます」

「ああ、それは聞いたことがあります」

「左様でございますか――」

「あのー、エルンストさん。(うい)の鍵か(つい)の鍵ってありますか?」


それまで黙っていたカーリナが口を開いた。

(うい)(つい)の鍵――

確か、キュメンで初めて買い物に行った際、

カーリナが武具屋の店主に聞いていたものだ。


「当館で扱う鍵は全て中級以上ですので、

 (うい)(つい)の鍵の取り扱いはございません。

 一つ上の劈頭と掉尾の鍵ならお取引がございます。

 一つ1万ラルを頂戴いたしますが、ヒデキ様、直ぐにご入り用でしょうか?」

「あっ、いや、そのー、本日は結構です」


カーリナめ、余計な事を言うんじゃないよ、

一つ20万円もする鍵を勧められたじゃないか。


「そうですか――最上級品の徹頭徹尾の鍵もございますので、

 ご購入を検討される際には、是非当館へお声がけいただければと」

「因みに、その最上級品ってのは――おいくらほどでしょうか?」

「50万ラルでございます」


1千万円相当だと!?

とてもじゃないが、逆立ちしたって買えやしない。

騎士団の御用達の商館ともなると、扱う品は値が張る物が多いのだろう。

一般市民の自分にとって、縁遠い物ばかりだ。


「では次に、こちら――」


エルンストは机の下から、薄い木箱を取り出して開いた。

中には小瓶と、金属製の丸い器具が収められている。


「これは香料、そして専用のポマンダーです。

 前者は、Sランクの魔物を引き寄せる効果があり、

 後者はそれを装着して持ち運ぶための道具です」

「これと同じものですね?」


そう言って、自分の鞄からポマンダーを取り出して見せると、

エルンストの眉がわずかに上がった。


「おや、すでにお持ちでしたか。それはまた……

 やはり商機は間違いないようですな」


小声で呟いたその声音には、確かな手応えが滲んでいた。


「ポマンダーは職人の個性が反映され、数多く取り扱っております。

 新しいポマンダーに買い替えや、予備をご検討の際は、是非当館を」

「ええ、その際はお世話になります」


ここで買う訳ないだろ。

どうせまた高いポマンダーを勧められるに違いない。

目的である鍵の売却を依頼できたことだし、

そろそろお暇させてもらおう。

このままだと、何か買わされそうで恐ろしい。


「いや、ホント、非常に勉強になりました。

 希少なアイテムが必要になったら、またご相談に伺わせてもらいます」

「ヒデキ様。だからこそ、必要なのが――ラビットフットなのです」


話を切り上げようとした途端、エルンストのギアが一段階上ってしまった。


「先程も出ましたが、ラビットフットって何なんですか?」

「ラビットフットは希少アイテムのドロップ率が上がるアイテムです」

「そんなアイテムが――」

「ただし、ラビットフットそのものも非常に稀少です。

 Sランクのウサギ魔物からのドロップのみ、

 しかも確率は極めて低いものとなっています。

 ですが、手に入れれば以後の探索効率が劇的に向上します」


レアアイテムのドロップ率を上げるためのアイテム自体が、

レアドロップだという矛盾。

高価なアイテムだと容易に推測される。

エルンストは自分にそれを売りつけようとしているのか?


「そ、それは……どれくらいするのでしょうか?」

「お恥ずかしながら、当館での取引実績がございません。

 それほど希少な物だとご理解ください。ですので……

 ヒデキ様がお持ちでしたら譲っていただけないかと思った次第です」

「そうでしたか」

「はい。しかし、入手できましたら、真っ先にヒデキ様へご案内いたします」


よかった、高価な商品を売りつけられることはないようだ。

しかし、案内はされてしまうようだ。

ここは最優先でラビットフットを手にする必要があるな。


「はっ、ははは……あの、覚醒の鍵に話を戻しますが、手数料は?」

「いえいえ、騎士の鍵をお持ちのヒデキ様に、

 そのようなものはいただけません」

「いや、それだと――」

「ご安心ください。私が責任を持って競売にかけましょう。

 もちろん、ヒデキ様に不利のないように」


エルンストは意味ありげに笑みを浮かべた。

騎士の鍵を見せていないのに……

ラウリの紹介状にそう書かれていたのだろう。

ありがたいことだが、ちょっと過剰な扱いじゃないかとも思えてくる。


いずれにせよ、一つ余った覚醒の鍵は無事に売却できそうだ。

この男とのやりとりは、こちらにとって悪いものではなさそうだ。


──次なる目標は、ラビットフット。

レアアイテムを手に入れれば、レアアイテム入手が格段に上がるはずだ。

初の鍵・・・低確率で先行攻撃が可能

終の鍵・・・低確率で敵の攻撃直後に反撃が可能

劈頭の鍵・・・初の鍵の確率UP

掉尾の鍵・・・終の鍵の確率UP

徹頭徹尾の鍵・・・先行攻撃と反撃攻撃が可能

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ