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第67話 売却

朝の光が街路に差し込み、石造りの街並みを明るく照らす。

通りには荷を積んだ馬車と商人の掛け声が交差し、

冒険者の街ノルデは朝から活気に満ちていた。


昨夜、一つ余った『覚醒の鍵』について話し合った結果、

売ってしまおうという事になり、

ここ数日の探索で集めたアイテム売却も兼ねて、

ノルデの冒険者ギルドにやって来た。


街の中心に位置する冒険者ギルドの建物に入ると、

各カウンターでは冒険者たちが依頼の受付や報酬の受け取りをしており、

すでに汗と土埃にまみれた姿の者もいれば、まだ顔に眠気を残す若者もいる。


空いていた窓口に近づくと、

紺色のベストを纏った女性職員がこちらに気づいて顔を上げた。


「おはようございます。お取引でしょうか?」


話し方は丁寧だが、過剰に堅苦しいわけではなく、穏やかな声音だった。

狸耳の彼女は、柔らかな茶色の瞳と同じ色のロングヘアを揺らしながら、

落ち着いた動作で手元の帳簿に視線を落とす。


「ええ、アイテムの買い取りをお願いしたいんですが……」

「かしこまりました。担当をさせていただくマチルダと申します」

「えっ、あっ、これはご丁寧に……どうも」

「――認識票をご提示いただけますか?」

「認識票……?」

「冒険者登録がお済みでなければ、こちらでお手続きをご案内できますが、

 いかがなさいますか? 手数料は500ラルが必要となります」

「師匠、認識票を持っていますよね? キュメンで作ったはずですよ」


完全に頭から抜けていた。

ポケットから金属製の小さなプレートを取り出し、そっと差し出す。


「ヒデキ……トモ?……トモナーガ様ですね」


また間違えられた。

いちいち訂正しても仕方ないが、どうもこの世界ではトモナガが難読の様だ。


「それではアイテムはこちらへお願いします」

「はい。レオノールちゃん、アイテム出してくれるか」

「うん」


マチルダは備え付けの台へ移動したので、

そこへレオノールがアイテムを並べ始める。


骨、糸、枝――戦利品はそれなりに多いが、

マチルダの動きは丁寧で、

品物を一つひとつ確認しながら、控えを取り始めている。

これは、少し時間がかかりそうだな。


アイテムを並び終え暇そうにしていたレオノールに声をかけた。


「レオノールちゃん、ちょっとギルド内でも見てくるといいよ。

 カーリナ! 付き添ってもらえるか?」

「いいの、お兄ちゃん?」

「了解です、師匠。目の届く範囲で見てきますね」


二人が軽く手を振ってロビー奥へ向かっていくのを見届け、

視線をマチルダへ戻す。


「あのーマチルダさん……ちなみに、なんですが……」


懐からそっと幻影水晶を取り出し、カウンターの影で彼女に見せる。


「これって、買い取り価格はどれくらいですかね?」

「幻影水晶ですね。珍しい品です。

 市場では特定の幻術系魔法具の素材として重宝されます」


マチルダは声を落とし、小さく言葉を続けた。


「ただし、お持ちの方によっては記念や装飾として保管されることもあります。

 無理に手放す必要はないかと」

「なるほど。参考になります」


説明を聞くと売るには惜しい品だと思えてきた。

どうせあの二人に相談したら反対されるに決まっているし、

これは売らずに残しておくか。


幻影水晶を懐に戻し、代わりにもう一つ、別のアイテムを取り出す。

一つ余ってしまった覚醒の鍵と、

火のラベル――あのジャンキーが落としたものだ。


「これなんですが、何かに使えるものでしょうか?」

「ラベルですね。付与用の素材です。

 武具に火属性効果を与えることができます」

「売らずに取っておいた方が良いですかね?」

「そうですね――装備を整えてから付与を検討されるとよろしいかと」


マチルダの回答に頷いていると、ローレンツの顔が浮かんだ。

ローレンツに相談してからでも遅くないだろう。


「ありがとうございます。では、それも売却はやめておきます」


ラベルを袋に戻し、仕分けが終わるのを静かに待った。


「それと、こちらの覚醒の鍵についてですが――」

「はい?」

「競売に出される選択肢もございます。手数料はかかりますが、

 希少性の高いアイテムゆえ、通常売却よりも高値がつく場合がございます」

「競売か……」

「開催地は中部の冒険者都市、ヴァルケアです。

 お立ち寄りの際に出品なさってみてはいかがでしょうか」


その話は興味深い。

今は無理でも、中部へ行く機会はまたあるはずだ。

一つ残っている鍵の使い道としては、十分に検討に値する。


「それでは、買い取り価格は――2千3百ラルになります」

「ああ、それでお願いします」

「承知いたしました。銀貨23枚、お確かめください」


銀貨を受け取っていると、マチルダは柔らかな笑みを浮かべたまま、

最後の一言を添えるのも忘れなかった。


「また売却アイテムがありましたら、お持ちいただければ幸いです、ヒデキ様」

「……ありがとう、マチルダさん。助かりました」


狸耳がぴくりと揺れた。


ギルドを出ると、通りには朝よりもさらに人が増えていた。


「さて、とりあえず売却は済んだな」

「はい、師匠。買い取り価格も良かったですね」

「うん。マチルダさん、優しかった」


カーリナとレオノールの笑顔にうなずきながら、

ギルド前の石段を降りかけたときだった。

見慣れた輪郭が、人波の向こうからこちらへ歩いてくる。


クリスだ。


軽鎧に身を包み、腰には細身の剣。変わらぬ凛とした足取りが、

通行人の間でもひときわ目を引いていた。


「おはようございます、ヒデキ殿」

「クリスさん。またノルデで任務ですか?」

「はい。今朝から、調達任務でこちらに来ております」


軽く一礼を交わすと、クリスはちらりとカーリナとレオノールに目をやる。


「二人も元気そうで何よりです」

「うん、ありがとうクリス」

「おはよう、クリスさん」


短いやりとりの後、ふたたび視線が自分に戻る。

このタイミングで競売について話しておくのが良さそうだ。


「実は今回の探索で、『覚醒の鍵』が手に入ったんです。

 ただ……三人ともすでに装備していて、一つ余りまして」

「……ということは、『覚醒の鍵』を四つもお持ちなのですか!?」

「一つは競売にかけてみようかと考えていたところです」


クリスの声にははっきりと驚きが含まれていた。

すぐに表情を引き締めると、顎に手を添えて小さく頷く。


「なるほど……

 それでしたら、ラウリ副団長にご相談なさってはいかがでしょう」

「副団長がノルデに?」

「ええ。ちょうど、御用商人との面会のため詰所に滞在されています」


クリスの提案は理にかなっていた。

直接取引が可能であれば、競売よりも効率が良い場合もある。

それにガド騎士団の御用商人が取引相手であれば、悪い話ではない。


「ご案内できます。もしご都合がよろしければ――」

「助かります。ぜひお願いできますか」

「もちろんです。それでは、こちらへ」


振り返ったクリスの背に続き、自分たちは騎士団詰所へ向かって歩き出した。

思わぬ展開だが――悪くない流れだ。


***


冒険者ギルトから目と鼻の先の騎士団詰所に移動すると、

クリスに案内されながら、詰所の中を進んでいく。


すれ違う騎士たちは皆一様に軽く頭を下げ、

通路の向こうからは訓練中と思しき掛け声も聞こえてきた。


「こちらです。副団長は応接間で御用商人と会われておりましたが、

 今はお一人のようです」

「ありがとう、クリスさん」


扉をノックすると、中から低く通る声が返ってきた。


「入ってくれ」


クリスが扉を開け、自分たちはそのまま部屋の中へ入る。

応接室のような静かな一室だった。

装飾はほとんどなく、壁には騎士団の旗がかけられているだけ。

だが、椅子も卓も整えられており、落ち着いて話すには十分な空間だ。


副団長ラウリは地図に向かって腕を組んでいたが、

こちらに気づくと振り返った。


「……これは、ヒデキ殿」

「ご無沙汰しております、副団長」

「おお、そちらはレオノール嬢。元気そうで何よりだ」

「こんにちは、ラウリさん」


カーリナは「周辺の小迷宮について、情報を集めておきます」と言って、

一人で受付カウンターの方へ向かっていったため、

ラウリとの面談は自分とレオノール、そしてクリスの三人だけだ。


「お忙しいところ失礼いたします。実は、覚醒の鍵のことで――」


ラウリの目が細くなる。

話を続けると、彼は小さく頷き、机の椅子に腰を下ろした。


「なるほど、鍵の競売をご検討中とのことですか」

「ええ。中部のヴァルケアにある競売会場について、

 冒険者ギルドで教えてもらいまして」

「ヴァルケアの会場は確かに実績があります。

 ただ、御用商人のルートで取引できれば、

 より確実かつ迅速に資金化することも可能です」

「そう伺って、もし可能であればそちらの手段も検討したいと……」


ラウリは顎に指を当て、小さく頷く。


「よろしければ、私が御用商人への紹介状を書かせていただきます。

 彼は今日、ノルデに滞在しております」

「それは、ありがたい申し出です」


この展開は予想していなかったが、間違いなく好機だった。

騎士団の保証がついた取引なら、競売よりも安定している可能性は高い。


ラウリは懐から羊皮紙を取り出し、手早く筆を走らせた。

その筆致には迷いがなく、

すでに頭の中に書く内容が整理されているのだと分かる。


「この者は我らガド騎士団の信頼に足る人物であり、売却を希望する品は――」


小声で内容を読み上げながら、彼は数分で一通の手紙を完成させた。

最後に封蝋を押し、手紙を折って卓の上に置く。


「こちらをお渡しください。

取引が成立すれば、その詳細を私どもにもご報告いただければ幸いです」


受け取った手紙は、重厚な封蝋で封じられていた。

中を見るまでもなく、それが正式な推薦状であることが伝わってくる。


「ありがとうございます。大変助かります」

「いえ、こちらこそ迷宮封印の際にご尽力いただいたこと感謝しております」


ラウリは立ち上がると、微笑んだ。

その眼差しに、淡い信頼の色が宿っていた。


「では、我々はこれで――」

「クリス、君も武具調達だったな。一緒に行くといい」

「はっ。では、案内いたします」


軽く頭を下げて部屋を後にすると、

ちょうどタイミングを見計らったように、

カーリナがカウンターから戻ってきた。


「師匠、リストができました。近隣の小迷宮、7つあります」

「おお……それは役に立ちそうだな」


リストの内容はまた後で確認するとして――

まずは、紹介状を持って、御用商人に会いに行くとしよう。

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