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第66話 覚醒

迷宮入口の空は薄曇りで、午後の陽光が地面を鈍く照らしていた。

風がないせいか、湿った土の匂いが鼻をくすぐる。


「レオノールちゃん、準備は大丈夫?」

「うん、大丈夫だよ、お兄ちゃん」

「カーリナ、2階層の地図は?」

「もちろんあります」

「よし、じゃあいつも通り、カーリナが先頭で進んでくれ。

 ただし、今回はあちこち探索するだろうから、

 迷子にならないように、常に地図を確認するように」

「わかりました。任せてください、師匠」


午後の探索のため、再び迷宮へと足を踏み入れる。

目的は、2階層の奥に棲むAランク魔物の討伐だ。


2階層の中間部屋を出ると、すぐにBランクのフライトナイトと遭遇した。

骨の軋む音を立てながら、大剣を掲げて迫ってくる骸骨騎士だ。


「師匠、いきます!」


カーリナの鋭い突きが骨の胸骨を貫いた。

次の瞬間、フライトナイトは黒煙と化して崩れ、

乾いた音を立てて骨が床に散らばった。


相変わらずの瞬殺っぷりだ。

2階層ならカーリナひとりに任せておいても十分だろう。

しかし、ドロップアイテムは相変わらず……骨。


レオノールがしゃがみ込み、石床に散らばった骨を覗き込む。

手に取った一本をまじまじと見つめると、眉をひそめた。


「……この骨、血が付いてる」

「えっ、血? まさか……」


受け取った骨の一部には、たしかに、赤黒い斑点がこびりついていた。

見ようによっては、乾いた血痕のようにも見えるが、

フライトナイトは骸骨騎士なので、付くような血などあるはずがない。

じゃあこれは……誰の血だ?


「それ、レアアイテムかもしれませんよ、師匠」

「これが、レアアイテム……?」


半信半疑で鑑定スキルを使うと、視界に文字が浮かび上がる。


血の付いた骨


そのまんまだな……いや、カーリナが言う通り、レアアイテムってことか?


「師匠、ボク聞いたことがあります。

 たしか、錬金術の素材として使われるとかで、

 レアなドロップだったと思いますよ」

「なるほど。いや、たしかに鑑定結果は『血の付いた骨』だったよ。

 アイテムは骨ばかりと思っていたけど、

 たまにでも、レアが混じっていると考えたら、戦い甲斐があるか」


レアな骨をレオノールに渡すとマジックバックへそっとしまう。

気のせいか、なんだか嬉しそうに見えた。


その後もフライトナイトを倒しながら進んだが、

骨以外のドロップはなく、『血の付いた骨』はあの一本だけだった。


「んー、なかなか血の付いたの出ないね……」


そんなレオノールの呟きが聞こえたと同時に、通路の先に異質な気配を感じた。

視界の奥に浮かび上がったのは、マントをたなびかせた首無し騎士。

待ちかねたAランクの魔物だ。


「ファントムフェンサーです」


カーリナの声に合わせ、レオノールがクロスボウを構える。


魔物の首元の切断面は暗く、底知れぬ空洞を覗かせ、

手には細身の西洋剣、身に纏う鎧は漆黒に近い鈍色。

そして、翻る銀朱のマントが異様に映える。


「来たな……厄介そうなのが」


首無し騎士はマントを揺らしながら、静かに間合いを詰めてくる。

顔が無いのにこちらが見えているのか?


ワンドを構えた瞬間、首無し騎士が静かに腰の剣に手をかけた。

こちらの動きに反応する所作は、やはり見えているとしか思えない。

だが……どこから見ている?


「カーリナ、前に出すぎないように。レオノールちゃんは後ろに下がって」

「了解です、師匠」「うん、わかった」


すでに構えていたレオノールが一歩退き、カーリナが正面に立つ。

自分は一歩後ろから魔法の支援にまわる。


首無し騎士の剣がわずかに持ち上がると、

カーリナは迷いなく踏み込み、槍を突き出した。


その刹那、首無し騎士がマントを翻すと、

裏地が仄かに光ったような違和感があった。


「……今のは」


言葉に出した瞬間、カーリナが槍を取り落とし膝をつき、

背後のレオノールもクロスボウを手放してその場に倒れ込む。


「カーリナ! レオノールちゃん!」


声をかけても反応はない。

二人とも瞼が重く、うつらうつらとした表情で意識が朦朧としている。

攻撃を受けたようには見えないが、あのマントの動き……あれが原因か?


再び、音もなくマントが翻る。

何か来る!


――しかし、何も起きなかった。

なぜだ?

ポケットの中で指先に触れたのは――覚醒の鍵。

考えられるのは催眠攻撃。


いや、今はその理由よりも行動が先だ。


こちらの準備にお構いなしで、首無し騎士が剣を持ち上げる。

姿勢は低く、確実に斬り込むつもりらしい。

すかさず距離を取り、牽制に魔法を放つ。


「アクア・バレット!」


連続で放った水弾が鎧を叩く。

金属音が耳を打ち、水しぶきが空中で散った。

手応えはあるが、致命打にはほど遠い。


首無し騎士が剣を振り上げながら突進してくる。

間合いが詰まる。

焦るな、冷静に対処するしかない。


「アクア・スパエラ!」


時間差で膨らむ水球。

遅いが、威力は段違いだ。

正面からの衝突の寸前、水球が敵の胸部に炸裂する。

銀朱のマントが濡れてしぼみ、動きが一瞬止まった。


ここで一気に距離を詰め……るわけにはいかない。

下手に近づけば剣の餌食、今は遠距離から削るのが最善だ。


再び水弾で牽制しながら、敵の動きを観察する。

右肩の動きが鈍い。

先ほどの一撃が効いているようだ。


「アクア・バレット!」


さらに水弾を打ち込むと、鎧の継ぎ目が軋む音がした。

もう一押し。


「アクア・スパエラ!」


放たれた水球が首無し騎士の顔――いや、首のない胴体を直撃する。

ガクンと体勢が崩れ、ついに膝をついたところへ、追撃の水弾を浴びせた。


最後の水弾が、鎧の隙間を突き抜けると、

黒い煙が立ち上り、首無し騎士が消え去った。


石床には鍵が一つ落ちていた。

念願かなって、ようやく手に入れた鍵を鑑定する。


覚醒の鍵


二つ目の覚醒の鍵を握りしめて思うことは――正直なところ、別のが良かった。

贅沢な悩みだと分かってはいるが、

苦労して手に入れたのだから、思う分にはバチは当たるまい。


カーリナとレオノールはまだ眠ったままだ。

まずは、彼女たちを起こすことから始めよう。


カーリナとレオノールの顔を順に覗き込む。

瞼は重たそうだが、呼吸は落ち着いていて、外傷も見当たらない。

意識が戻るまで、そう時間はかからないはずだ。

二人が目覚めるまで、自分は腰を下ろし、息を整えることにした。


首無し騎士との一対一、魔法の連発、それに催眠攻撃の謎。

緊張の余韻がまだ手の指先に残っていた。


「我ながらよくやったと思うよ」


誰に聞かせるでもない独り言が、静かな空間に溶けていく。


ほどなくして、カーリナがうっすらと瞼を持ち上げた。


「ん……あれ、師匠……?」

「気がついたか。大丈夫か、どこか痛いところはない?」

「ううん……ボク……あれ、戦ってたような……?」

「途中までな。でも、急に倒れたんだ。レオノールちゃんも」


名前を呼ばれたかのように、レオノールも身じろぎを始める。

カーリナが隣に膝をつき、そっと肩を支えた。


「お兄ちゃん……? えっと……さっき、何かが……」

「ふたりとも、もう大丈夫だ。原因はたぶん、あのマントだ」

「マント……」

「翻った時に、なにかがあった。たぶん催眠だ。

 自分は覚醒の鍵を持ってたから、耐性があったんだと思う」


カーリナがぽつりと呟く。


「催眠……ボク、聞いたことあります。

 ファントムフェンサーは、そういう攻撃を使うって……

 でも、マントが関係してるとは知りませんでした」

「あくまで推測だけどね。

 そういえば、戦いのあとでこんなものが出たんだけど――」


戦いの末に手に入れた覚醒の鍵を二人の前に差し出した。


「これって、覚醒の……」


カーリナが息をのむ。

レオノールも目を丸くして、小さく言った。


「よかったね、お兄ちゃん」

「師匠、おめでとうございます」


二人の言葉に、思わず笑みがこぼれる。


「それでだ。これを誰が持つかって話なんだが、

 レオノールちゃんに装備してもらおうと思うんだけど、どうかな?」


その問いに、レオノールが顔を上げ、目を瞬かせた。


「えっと……お姉ちゃんが持った方がいいと思う」

「えっ、なんでかな?」

「あたしもお兄ちゃんも後ろから攻撃するでしょ。

 でも、お姉ちゃんは前で戦うから、もし催眠にかかっちゃったら、

 誰も助けに行けないと思うから」


カーリナが小さく目を丸くする。


「ノーラちゃん、ちゃんと状況を見てたんだね」

「うん、見てた」


そのやりとりを聞きながら、自分はレオノールの成長をひしひしと感じていた。

最初は迷宮に入るのさえ恐れていた子が、

今では状況を見て、判断し、言葉にしている。

たぶんこの鍵は、彼女の判断力に報いるべきものだ。

だがそれはまた別の話だ。


「なら、これはカーリナが持つことにしよう。

 次に鍵がでたら、その時はレオノールちゃんに渡す、それでいいよね」


鍵を手渡すと、カーリナはそっと頷き、

すでに持っている解毒の鍵に括りつけて一緒に懐にしまい込んだ。


気が緩んだのも束の間だった。

通路の奥、曲がり角の向こうから、不意に重たい気配が迫ってきた。

空気の流れが変わる。

その気配は……異質だ。


「来るぞ。たぶん、Sランクだ」


カーリナとレオノールが再び構えを取り直し、

自分も立ち上がって、ワンドを握り直した。


通路の奥から姿を現したのは、

ぶかぶかの黒いマント、尖った帽子、

そして魔法の杖を手にした人型の魔物。


見た目は若い女性で、魔女っ娘と呼べなくもないが、

それにしては古典的な魔女のようだ。


カーリナの声が震える。


「ネクロマンサー……です!」


その姿を見て、カーリナの肩がわずかに強張り、

レオノールは小さく息を呑んだのが聞こえた。


魔女のようなその人型魔物は、一歩も動かぬまま静かに杖を掲げていた。

杖の先端に浮かぶ小さな髑髏が、うっすらと紫の光を帯びる。

それに呼応するように、ネクロマンサーの背後に五つの影が浮かび上がった。


鈍色の鎧に銀朱のマントをまとった姿――首無し騎士たちだ。

苦労してようやく一体倒したところだと言うのに、そんな首無し騎士が五体、

ネクロマンサーの命令を待つように静かに並び立っている。


「レオノールちゃん、例の催眠攻撃がくるかもしれないから下がって!

 自分と一緒に援護にまわろう」

「うん!」

「カーリナ、前衛は頼んだぞ」

「まかせてくださいっ!」


自分はカーリナより後方へと下がりながらワンドを構え先手を打つ。


「アクア・バレット!」


放たれた水弾が魔物たちの正面へと飛ぶ。

しかし、ネクロマンサーが杖を軽く振る仕草をみせると、紫色の障壁が展開し、

水弾が直撃する寸でで、障壁に弾かれ四散した。


なんだあれ、魔法か……?


ほぼ同時に、レオノールの矢が飛んだ。

何の抵抗も受けずに矢は壁を通過し、ネクロマンサーが体を躱すと、

背後にいた首無し騎士の肩に命中し、甲高い金属音が通路内に響く。

矢が刺さった騎士はわずかに後ろへよろめいたが、

ダメージはないのだろう、すぐに姿勢を整えた。


それにしても、あの紫の壁は一体……

魔法を防ぐが物理は通す、そういう仕組みか……

いや、どういう理屈なんだ?


「ノーラちゃん、もう少し下がって! また催眠が来るよ!」


カーリナの声を受けたレオノールが、

一歩後ろへ退きながら、再び矢を番えていると、

五体の首無し騎士のマントが揺れる。

催眠攻撃だ。


「来るぞ、マントに気をつけろ!」


同時に、視界の端でマントの裏地が一瞬だけ淡く揺らいだように見えた。

その直後、レオノールが膝を折り、その場に崩れ落ちた。

カーリナが素早く位置を変えて前に出る。


「カーリナ、ノーラちゃんを守りながら動いてくれ。自分は魔法で援護する」

「了解っ!」


やはり覚醒の鍵はレオノールに渡すべきだったか。

いや、その場合、カーリナが眠らされていただろう。


そもそも、あの催眠攻撃を耐えるのではなく、防ぐ必要がある。

覚醒の鍵の効力ははっきりとは分からないが、

催眠を完全に無効化するものではないはずだ。

仮に発動確率を下げるだけなら、敵が五体もいる以上、

いずれ誰かが眠らされる。


であれば、攻撃そのものを遮断する方法を探るべきだ。


ネクロマンサーは魔法攻撃を防ぐ壁をだした……

こちらにも防御魔法があってもおかしくはない。

自分は魔法一覧を開き、ざっと確認する。


水の指輪によって水系魔法が強化されているので、

選択するのはアクアなにがしだ。

グレーアウトしていないのは……目に入ったのは二つの魔法――


アクア・パリエス

アクア・テンペス


効果までは表示されていないが、試してみれば何かわかるだろう。

取り敢えず上から順番に使ってみるか。


「アクア・パリエス」


口にすると同時に、目の前に半透明の壁が現れた。

水の壁が現れたが、視界が歪んで攻撃の線が読みづらい。

邪魔だ……しかも、解除方法もわからない。

今はこのまま放っておくしかないか。

次の魔法を選ぶ。


「アクア・テンペス」


足元から水流が巻き上がり、五体の首無し騎士を呑み込むように広がった。

だが、ネクロマンサーの障壁により阻まれる。

やはり、あの壁は魔法攻撃を弾くようだ、厄介だな。


「カーリナ、狙うのはネクロマンサーだ! 突っ込め!」

「はいっ!」


カーリナの槍が紫の魔法障壁を貫くように突き出された。

その一撃がネクロマンサーの胴に届くと、動きがわずかに揺らいだ。


「カーリナ! その杖を落とせ!」


カーリナがさらに一歩踏み込み、槍を横に払うように振り抜いた。

障壁の向こうで、杖が跳ね飛ばされるのが見えた。


その直後、ネクロマンサーが大きくのけぞると障壁が消え、

その代わりに黒煙が噴き出す。


ネクロマンサーの崩壊と同時に、五体の首無し騎士が一斉に動き出した。

主を失ったことで制御が切れたのか、動きは荒く、足元も不安定だ。


「今のうちに一気に叩く!」


自分は再びワンドを構え、渦を巻く水流を放つ。


「アクア・テンペス!」


足元から広がる強烈な水流が、首無し騎士たちをまとめて巻き込んだ。

カーリナがそれに合わせて駆け込み、槍を次々と突き立てていく。

ファントムフェンサーは一体、また一体と、黒煙を上げて消えていった。

五体目が煙に変わると、通路にいくつかのアイテムが転がっていた。


拾いながら鑑定していくと、銅の塊が二つ、覚醒の鍵が二つ、

そして奇妙な形をした髑髏杯が一つ。

最後にネクロマンサーが落とした淡く光る水晶のようなものを鑑定。


幻影水晶


やはり水晶だったか、それも幻影って、

ネクロマンサーのドロップアイテムらしいな。

カーリナがこちらを見ていない隙に、そっと懐にしまい込んだ。


しかし……これで覚醒の鍵が合計四つになってしまった、どうしよう。

あれだけ欲しがっていた鍵だというのに、

一つ余って、悩みの種になるとは、何とも皮肉なものだ。


カーリナはまだ眠ったままのレオノールの隣にしゃがみ、声をかけていた。


「ノーラちゃん、もう終わったよ」


まぶたがぴくりと動き、やがてゆっくりと目を開けた。


「あっ、お姉ちゃん。それに、お兄ちゃんも……あたし寝ちゃったの?」

「うん、でも終わったよ」

「レオノールちゃん、受け取ってくれるか?」


そう言って、覚醒の鍵のひとつを手渡す。


「あっ、鍵だ。ありがとう……」

「よかったね、ノーラちゃん。これで三人お揃いだ」


レオノールが小さく頷くのを見届けて、自分は残った鍵に目を落とす。

あと一つの処分は……夕飯でも食べながら相談するか。


残りの首無し騎士のドロップアイテムもレオノールに預けた。

ネクロマンサーの幻影水晶だけは自分が持っておくことにした。

どうせ、二人が売らずに取っておこうって言い出すのに違いない。

今はまだ黙っておこう。

水系初級魔法

アクア・スパエラ・・・水の球/単体攻撃

アクア・バレット・・・水の弾/単体攻撃

アクア・テンペス・・・水の嵐/全体攻撃

アクア・パリエス・・・水の壁/防御

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