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第64話 お宝探し

昼食を済ませたクリスたちがゲートに消えた後、

小屋の周囲はすっかり静けさを取り戻していた。

焚き火を囲み一服していると、カーリナが小さく息を吐いた。


「師匠、午後はどの階層にしましょうか?」


カーリナが広げている迷宮の地図に目を落とすと、

走り書きされたメモのようなものが、枠外のあちこちに書かれている。

おそらく、魔物に関する情報やドロップアイテムだと思うのだが、

いかんせん、こちらの世界の文字が読めないもので、何が何やらさっぱりだ。


「んー、鍵か指輪が欲しいんだけど、

 カーリナが手頃な階層を選んでくれないかな?」

「指輪だと、またSランクを相手にすることになりますが……」

「そうか、流石に今日はやめておこう。じゃあ、鍵からにするかな」

「それでしたら……えーっと、10階層のバロメッツにしましょうか?」

「バロメッツって、あの木に刺さったヒツジだっけ? 金色の。

 たしか、『覚醒の鍵』を落としたんだよな」

「ええ、攻撃してこないので手始めには良いかと思います」


すでに覚醒の鍵は自分が一つ持っているが、

この際だから、カーリナかレオノールの分も確保しておきたい。

レオノールに視線を送ると、

会話に参加できず、黙って例の苦いお茶をすすっている。


「よし、わかった。10階層は決まりだな。

 初めはヒツジを倒すとして、その後はどうしようか?」

「以前戦ったことがある魔物の階層を回るってのはどうでしょう?」

「それ良いね。戦闘経験がある相手なら流れを読みやすいし」

「でしたら、ウシ、頭足類、ウマ、ネズミ、あとは……アリ・ハチですね」


ウシ、ウマ、ネズミはAランクの魔物とは戦った記憶がないのだが……

まあ良いだろう。


「わかった、それで行こう。これで今日鍵をドロップしなくても、

 毎日戦っていれば、そのうち鍵が手に入るだろう」

「それは違いますよ、師匠。

 Aランクの魔物は一度倒してしまうと、次に現れるまで五日前後かかります」

「えっ、そうなの!?」

「はい。ついでに言うと、Sランクは三十日前後かかります」


カーリナが小声でフォローを入れる。

レオノールはそっと目を丸くして、自分とカーリナを交互に見ていた。


この小迷宮に数日通って、鍵の大量獲得を狙っていたが、

下手したら空振りで終わる可能性もありそうだな。

それならそれで、他のドロップが狙えれば良いか。

まあ、流石に坊主ってことはないと思うが。


「よし、レオノールちゃんお待たせ、10階層の中間部屋に行くよ。

 狙うはバロメッツの『覚醒の鍵』だ」

「はいっ」「うん」


カーリナの返事に合わせて、レオノールもコクリと頷いた。


***


10階層の中間部屋から出発し、奥のエリアへと進む。

途中で遭遇する魔物は、立ったまま器用に眠るヒツジ、スランバー。

こちらから攻撃を仕掛けない限り、眠り続けるヒツジである。

お陰でバロメッツにたどり着くのは容易だった。


通路の中央で、自分たちの行手を阻むように、それは静かに佇んでいた。


人の背丈ほどの木の先に、黄金の毛並みを持つヒツジが突き刺さっている。

体全体が光を浴び、淡く発光しているようにも見えた。


相変わらず、バロメッツは一切の動きを見せない。

本当に、ただそこに刺さっているだけの存在だ。

今回も鍵を落としてくれるといいが……


「よし、じゃあ始めるか」


相手は半分植物だから、ここは火魔法だろうな。

ワンドを構えると、カーリナが前に出て小さく頷いた。


「じゃあ、いきます」


そのまま勢いよく跳び上がり、槍を振り下ろすと、

ヒツジの体がぶるりと震え、柔らかく弾けた。

続けざまに木を狙って火球を放つ。


「イグニス・スパエラ」


燃え盛る火球に飲み込まれた木が、炎の抱擁の中で軋みながら崩れ落ちる。

と思ったが、炎はすぐに消え去り、

木肌が少しだけ黒く炭化しただけで、太い幹はびくともせずそこにあった。


バロメッツはノンアクティブだが、ヒットポイントが高いんだよな。

その後もカーリナと一緒に攻撃を繰り返して、

最後はカーリナの一撃によって、

バロメッツの黄金の毛がふわりと舞うと、

黒い煙となって跡形もなく消えていた。


静寂の中に、ぽとりと何かが落ちる音が響いた。

地面に転がっていたのは、白っぽい束のようなものだった。


カーリナが拾い上げて、眉を下げた。


「……木綿ですね」

「そっか。鍵じゃなかったか」


背中に小さな落胆が走る。

レオノールがそっと近寄ってきて、木綿の束を見つめた。


「……ハズレなの?」


あのふわふわした表情が、ほんの少しだけ残念そうに見えた。


「まあ、そう簡単にはいかないってことか」


初手から鍵を期待しすぎたか。

とはいえ、これで当面の流れは掴めた。


「よし、切り替えて次に行こう。たしかウシだったかな?」

「はい、次は5階層です」


***


次に向かったのは、5階層の奥に棲む魔物――ロングホーン。

巨大な牛の頭部を持ち、筋骨隆々の二足の獣人で、

突進してから腕を広げ、ラリアットを繰り出してくる。

どうやら、この攻撃が主力らしい。


カーリナが正面から突っ込み、体を斜めにずらしながら腕を受け流すと、

そのまま背後に抜け、畳み掛けるように攻撃を仕掛ける。

自分はその隙を狙い、水魔法を放つ。


「アクア・スパエラ」


水球がロングホーンの脇腹に命中し、体勢が揺らぐと、

すかさずカーリナが横薙ぎに槍を振い、打ち倒した。


地面に落ちたのは、飾り細工のように滑らかな牛の角だった。

悪くはない収穫だが、鍵ではない。


続いて8階層、魔物はアンモナイトライダーだ。

地を這う巨大なアンモナイトに、小人の騎士が跨っている。

以前戦った時は、その俊敏さにてこずったが、今回は準備万端である。


カーリナが素早く前方へ誘導し、自分が足元へ向けて火弾を撃ち込む。

石床の一部が爆ぜると、アンモナイトの動きが乱れたその瞬間、

カーリナの槍が、小人騎士をめがけて薙ぎ払われる。

小人の体が宙を舞い、地面へと転がった。


すかさずレオノールが矢を放つと、小人の胸に突き刺さり、

短い声も上げず、小さな黒い煙へとなって消えた。


「すごいよ、ノーラちゃん!」

「……うん、ちょっと緊張したけど、当たった!」


落ちたのは、硬質な殻の欠片。

これも、狙いの品じゃなかった。


9階層では、木馬の魔物のトロイと交戦。

突進力は驚異的だったが、直線的な動きのため、

三人でうまく回避しながら脚を狙って破壊。

ドロップされたのは木材。


続いて11階層。巨大なヌートリアのようなランページコイプー。

突進と噛みつきで暴れまわる大ネズミに苦戦するも、

距離をとっての水弾と矢で体力を削り、

最後はカーリナのトドメで黒煙に変わった。


落ちたのは、大きな肉の塊。


「美味しそう……」

「そうだね、ノーラちゃん、あとで食べようね」

「お姉ちゃん、いいの? やったーっ!」


二人が肉の塊を目の前にしてはしゃいでいるが、それネズミの肉だぞ。

ひょっとして、夕食に出てくるのか?

聞かなかったことにして、次の階層へ向かった。


***


階段に向かって通路を進んでいると、空気が変わったのを感じた。


まるで風が止まったかのような静寂が通路の奥から染み込んで来た。

気付けば、あたりの空気がねっとりと湿り気を帯びている。

その中を、ひときわ異彩を放つ影が静かに歩いて来る。


艶やかな黒髪、細く整った輪郭、優雅な所作。

身に纏うのは紅消鼠色の、重厚で気品あるドレス。

高貴な貴婦人のような佇まい。

だが、その足元に広がる光景がすべてを裏切っていた。


無数のネズミたちが黒い絨毯のように蠢いている。

壁際にもぎっしりと詰め寄り、通路全体を塞いでいた。

ざっと数百はいそうだ、体格も毛色も異なるネズミの群れが、

マウスクイーンを取り巻くようにして、こちらを睨んでいる。


「……Sランクの魔物か」


思わず口をついて出たその言葉に、カーリナが頷いた。


「師匠……あれはマリーです。

 マウスクイーンの異名を持つSランクの魔物です」

「ネズミの女王ってことか、なるほどな……」

「記録では、病気をもたらす魔物だとあります。

 自身は直接攻撃せず、ネズミに命令して戦わせるそうです」


なるほど、だからこちらに歩いてくるだけで、何もしないわけだ。

しかし、女王を護衛するネズミの兵隊たちはすでに殺気を帯びていた。


「来るぞ、構えろ!」


次の瞬間、地面を這うように黒い影が一斉に襲いかかって来た。


前衛に立ったカーリナが、槍を大きく振るって複数を蹴散らす。

レオノールもクロスボウを素早く構え、左右に散開するネズミを狙撃していく。

自分は火魔法をネズミの塊へと投げ込む。


「イグニス・スパエラ!」


爆ぜた火球が数匹を焼き尽くす。

攻撃が当たったところから黒煙が立ち上がる。

ネズミ一匹は簡単に倒せそうだが、この数の暴力に圧倒されそうだ。


群れは怯まず、また押し寄せて来る。

広範囲に攻撃可能なカーリナを中心に、

レオノールと自分が援護する形で攻撃の波を捌いていく。


その間、本体のマリーは瞼を伏せたまま、静かに微笑んでいた。


徐々に数が減り、最後の一群がカーリナの槍で吹き飛ばすと、

ようやく、通路に静寂が戻った。


その時、マリーがそっと目を開けた。

その瞳の奥には淡い光とわずかな諦めの色が宿っていた。


何かを悟ったかのような表情を見せる彼女を、

足元から黒い煙が包み込み、跡形もなく消え去った。


足元に転がっていたのは、淡い黄色に透ける石。


「これ、黄玉ですね。とっても綺麗……!」


カーリナが手に取ると、夕日を閉じ込めたような輝きが浮かぶ。


「宝石か……これは高く売れるかもね」

「えっ! 売るんですか?」


カーリナとレオノールが、同時にこちらを見た。

やばい、昨日もあったぞこの展開。

蒼炎石を拾った時と全く同じだ。

あの時も、二人して同じ顔で「売るのはダメ」と言ってきたんだった。


「いや、そりゃまあ……高ければ……」

「ダメに決まってるじゃないですか、師匠!

 絶対に売らないでください。いいですか?」

「あたしも売って欲しくない。お願い、お兄ちゃん」


二人の目は真剣そのもので、

売った金で二人の武器を買うと提案しても却下されてしまった。

二人にとって、宝石は何物にも変えられない優先一位のようだ。


ひとつ息を吐いてから口を開く。


「わかった。これは売らずに取っておこう」


二人は顔を見合わせて、小さく頷いた。


***


本日最後の14階層を進んでいると、耳に不快な音が飛び込んできた。


ヴゥィィーン――


金属をこすり合わせたような羽音が耳の奥で共鳴する。


「来た!」


声を上げると同時に、空中から鋭い影が飛び込んできた。

黄色と黒の警告色、針のような突起を携えた巨大な蜂、ビーダッシュである。


体長は大型犬ほどあり、羽ばたきの勢いで空気が揺れる。


カーリナが前に出て、その突進を槍で受け止めたが、

勢いを殺しきれず、ビーダッシュの体が自分の方へ流れる。


「アクア・バレット!」


咄嗟に水弾を放ったが、次の瞬間、左腕に鋭い痛みが走った。


「……ッ!」


頭がぐらりと揺れ、視界が傾いた。

左腕はぴくりとも動かず、熱を帯び、そこから痺れが広がると、

脚に力が入らなくなってその場に片膝をつく。


呼吸が浅くなり、思考も濁る。

しまった……毒だ。

ビーダッシュは……猛毒だったはずだ、早く解毒を……


「ノーラちゃん、ボクがあれを倒すから、その間に師匠の解毒をお願い!」


カーリナの声で、すぐ傍にレオノールが駆け寄って来た。


「レオノールちゃん、毒……を……」


必死で言葉を繋ぐと、彼女は慌てて荷袋を漁った。


「たぶん……これ、毒消し草……!」


差し出されたのは一枚の葉っぱ。

自分の腕を見たレオノールは、迷いなく患部に押し当てた。


手当の感触はないが、すぐに沁みるような痛みが走り、

その奥に溜まっていた痺れが少しずつ薄れていく。

呼吸が落ち着いた頃、カーリナがビーダッシュを槍で貫き、

黒い煙が立ち上がる。


「もう大丈夫です。倒しました」


なんとか体を起こし、レオノールに礼を言う。


「……助かった。ありがとう、レオノールちゃん」

「う、ううん……よかった」

「ノーラちゃん、念の為もう一枚使って」

「わかった」


安堵の笑みを浮かべるレオノールの背で、カーリナが何かを拾い上げた。


それは掌に収まるほどの、小さなガラス瓶だった。

中には、黄金色のとろりとした液体が入っている。


「これは……ハチミツですね」

「蜂だからって、本当に蜜を落とすとはな……」

「これ、高く売れると思いますよ。高級品ですから」


まさか蜂の毒にやられて、ハチミツを拾うとは――

レオノールの肩を借りながら、自分はようやく立ち上がった。


***


ようやく地上の小屋へと戻って来た頃、とっぷりと日が暮れていた。


荷物を下ろしてから、焚き火に火を入れ直すと、

じわじわと薪が爆ぜ始める。

濃くなった闇の中で、その光が静かに揺れていた。


ようやく今日という一日の終わりが実感として滲んでくる。


「結局……鍵は出なかったな」


思わず口にした言葉に、カーリナがすぐに応じた。


「でも、牛の角にアンモナイトの殻、それに木材や……肉も出ましたし」

「あと、綺麗な石とハチミツもだよ、お姉ちゃん」

「そう! これって、けっこういい成果だと思いませんか、師匠?」


二人の言葉に、気持ちが少し軽くなる。


「たしかに。鍵は次の機会に期待しよう。

 しかし、今日は順調だったな。二人が頑張ってくれたおかげだよ。

 特に……解毒してくれて助かった、レオノールちゃん」

「えへへ……どういたしまして」

「じゃあ明日は……どうします?」


カーリナが迷宮の地図を広げる。


「鍵が欲しいから、未踏の階層に挑んでみようかと思ってる。

 今日の手応えなら、行けそうな気がする」

「えっ、新しい階層……!」


レオノールがぱっと顔を明るくする。


「楽しみ! 色んなアイテムが拾えるね」

「……ああ。指輪も鍵も、きっとその先にあるさ」


成果は思うようにいかなかったが、得るものは確かにあった。

明日という未知の階層に、淡い期待と静かな決意を込めていると――


「では、師匠! 明日のためにも、夕飯はこのお肉を食べましょう」

「やったー、ご馳走だ!」


二人が嬉しそうにネズミの肉を準備している。

明日の冒険よりも、今夜の夕食の方がよほどの試練になりそうだった。

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