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第59話 藁束

薄曇りの空の下――

宿屋の前に出ると、朝露を含んだひんやりとした空気が肌を撫でた。

冷たさに身が引き締まるが、それでも胸の内は軽やかだった。


右手に握るのは、昨日買ったばかりの黒く細身のワンド。

装飾も派手さもないが、どこか落ち着きを感じさせる佇まいが気に入っている。

見た目だけではない。

魔法発動の補助としての性能も一応は保証されているらしい。


これでようやく魔法を放てるに違いない。

なにせ、銀貨60枚もしたのだ、

少なくともその程度の性能は備わってもらわないと。

カーリナとレオノールの武器を諦めてまで購入した代物なのだ、

大いに期待させてもらわなければ。


明日にはクリスが全階層を案内してくれる予定だが、それまで待てなかった。

一刻も早く、このワンドで魔法を撃ってみたい。


思えば、ベアトリーチェ戦では火球を手から放てず、

結局、直接押し当てる羽目になってしまった。


その後、魔法使いガイの指導の下、発射の練習をしてきた。

最後まで発射することは叶わなかったが、

魔法発動の補助に期待し、藁をも掴む気持ちでこのワンドの購入に至った。


これで、自分も魔法使いとしての第一歩を踏み出すことになるわけだ。

多少なりとも胸が高鳴るのは否めない。


「師匠、準備はいいですか」

「ああ、カーリナもレオノールちゃんも、今日はよろしく頼むね」


レオノールが小さく頷き、カーリナが胸を張って応える。


三人で宿を出て目指すは騎士団のゲート小屋だ。

騎士団詰所に顔を出すと、昨日の受付が慌てて駆け寄り、

ガド騎士団特製の地図を渡してくれた。

これから向かうナヨキ北にある迷宮の全階層が描かれているとのこと。

お礼を言ってカーリナが受け取った。


ゲート小屋では、昨日の騎士が敬礼をして待っていてくれた。

前もってゲートをつなげていてくれたようだ。


さあ、お膳立ては完璧、役者は揃った。

これから魔法使いヒデキ劇場の開幕だ。

押さえきれない高揚感を胸に、颯爽とゲートに足を踏み入れた。


***


ゲート酔いのため、しばし小屋で小休止。


気を取り直して、いざ迷宮へ。


迷宮では地図を持つカーリナを先頭に、自分とレオノールが後に続く。

魔物に遭遇した際は、直ぐ後衛に回るようレオノールに伝えてある。


カーリナの背を見つめながら歩を進めると、

最初の角を曲がったところで音がした。


「師匠、前方に反応……魔物です」

「了解。レオノールちゃん、後ろに下がって」

「うん」


カーリナが構えを取ったその瞬間、前方から小柄な影が飛び出してきた。

ゴブリンが一体、ネギならぬ、こん棒を担いでこちらに向かって来る。

丁度いい、ヒデキ様の魔法の餌食にしてやろうではないか。


「カーリナ、少し下がってくれ」


呼吸を整えてから、そっとワンドをゴブリンに向かって構え、

その先端に意識を集中させる。


イグニス・スパエラ


魔法を口にした瞬間、ワンドの先に赤い光が集まり、

火の球が生まれると、ゴブリン目がけて飛び出した。


一直線に走る激しく燃える球はゴブリンの胴を正確に捉えた。

おお、火の球ストレートのデッドボールだ。


しかし……


あれ、効いてない?

当たったよね?


火球は確かに当たった。

だが、ゴブリンは少しのけぞっただけで、すぐに態勢を立て直した。

体毛すら焦げていない。


もしかすると特殊個体!?

だとすると、カーリナひとりでは荷が重い。

ここはもう一発……


うぅ、何とも言えない倦怠感が身体を押し潰すように重くのしかかる。

ん……これは、ひょっとしてMPが切れたのか?

なんてことだ、カーリナを助けなければならないというのに。


「師匠、行きます!」


カーリナが素早く踏み込み、槍を一閃。

見事に胸を貫かれたゴブリンは小さな悲鳴を上げると、黒煙と化した。


特殊個体をこうもあっさりと倒すとは。

ん……これは、ひょっとして自分の魔法が弱いだけなのか?

どうやら、緞帳はまだ重く閉じたままだったようだ。


「お兄ちゃん! 魔法、飛んだね!」「師匠、おめでとうございます!」


レオノールが目を輝かせながら声を上げ、カーリナは笑顔で頷いている。

魔法で倒せなかったことではなく、

魔法が飛んだことに二人が喜んでくれている。

これはこれで悪い気はしないが、やはり気恥ずかしさが残る。


しかし、変なプライドなどは捨て、

二人のように、飛ばせたことを喜ぶべきなのだろう。


「う、うん……ありがとう。カーリナも助かったよ」

「さあ、師匠、どんどん進みましょう!」


その後も、遭遇した全てのゴブリンに火球を放り込んでみたが、

一度として倒せることはなかった。


だが悪い事ばかりではない。

魔法回数を重ねる度に、徐々に倦怠感を覚えなくなっていった。

これは使えるMPが増えたのかもしれない。

欲を言えばMPの総量よりも魔法の威力が増して欲しいところだ。

いやはや、魔法とは実に奥が深い。


***


中間部屋に着いたので、小休止がてら、ドロップアイテムの確認を行った。

レオノールがマジックバッグからアイテムを取り出し床に並べていく。

しかし、ローレンツに貰ったこのバッグはホント優秀である。

一見すると小さなバックパックなのだが、

その見た目に反し、物が次から次へと入る、入る。


マジックバッグの性能に感心させられるが、

それとは裏腹に出て来たアイテムは……火打石が13個――しょぼいな。

1階層のゴブリンが相手なのだ、ドロップアイテムはこんなものだろう。

ワンドへの初期投資回収は、まだまだ先になりそうだ。


中間部屋を出て奥へ進むと、視界の先――通路の奥に、

先ほどまでとは体格も気配もまるで異なる魔物を発見。

黒緑の肌に、大きく膨らんだ上半身。

こん棒を肩に担ぎ、ゆっくりとした足取りでこちらへ迫ってくる。


「……ホブゴブリン、来ます」


カーリナが目を細め、槍を構える。

自分は即座にワンドを握り直したが、

さっきの火球がゴブリンに効かなかったことを考えると、

たぶん、こいつにも効かないんだろうな。


「カーリナ、正面から引きつけて。自分が側面を取る」

「了解です!」


カーリナが素早く前へ出ると、

ホブゴブリンが大振りでこん棒を振り下ろした。

カーリナはそれを軽く躱すと、反撃の槍を突き出す。

だが、ホブゴブリンはこん棒を振り上げて、その槍を弾くと、

カーリナがわずかにのけぞった。


その隙をついて自分が準備していた火球をぶつける。

やはり威力は低く、黒い肌をかすめただけでほとんど影響はなかった。


だが、その直後――カーリナが踏み込んでの二撃目が、正確に腹を貫いた。

呻き声とともに、ホブゴブリンはそのまま黒煙となって崩れ落ちた。


「……ふう。思ったより手強かったな」

「そうですか? 簡単に倒せましたよ」

「いや、そうだけど。1階層の魔物は強敵ではないが、油断しないように!」

「……はい、わかりました」


そんなカーリナとのやり取りの間、

レオノールがドロップアイテムをマジックバックにしまいながら、

そっと申し訳なさそうな顔をする。


「お兄ちゃん……葉っぱが一枚だけだった」

「ま、まあ。たぶん薬草だからそれ、火打石よりはマシだよ……」


レアドロップなど滅多に落ちるものではないとわかっていても、

こうも続くと、何か運の流れそのものが悪い気さえしてくる。

ワンドを買ったのは、時期尚早だったかな。


その後に遭遇したホブゴブリン戦でも、

いずれもカーリナと自分の連携で難なく撃破。

まあ、一度として魔法で手ごたえを感じることがなければ、

カーリナも弱い相手に、歯ごたえを感じず満足していないようだ。

しかし、レオノールのドロップ回収も安定し、

少しずつだが、三人での探索が板についてきたなと思い始めた頃、

カーリナが地図を見てその足を止めた。


「地図によると……この先に次の階層への階段があります」


カーリナの言葉にうなずき、再び歩を進める。

先ほどの戦闘で少し汗ばんだ額をぬぐいながら、魔法の発動を振り返る。

火力こそ今ひとつだったが、タイミングと連携次第で活用の余地はある。

だが、その思考を切り上げざるを得ない光景が、その先に待っていた。


そこには、ひとりの少女がいた。


通路の一角、まるでそこに置かれたように、微動だにせず立ち尽くしていた。

その装いは、中世の農村に暮らす娘のようで、

薄茶色のブラウスにベスト、膝丈のスカート、

足元は布靴で、髪は無造作にまとめられている。


瞳は虚ろで、肩をすくめ何かに怯えているようにも見える。

両手には、小さな藁束を握りしめていた。


「師匠……あれ……」


カーリナもレオノールも、声を潜めて見つめている。

正体不明の少女はその場から動こうとしない。

次の瞬間、その目がかすかに揺れ、何かを恐れるように脇へと逸れた。

思わずその視線の先を追うと、


「周囲、来ます!」


カーリナの声とともに現れたのは、巨大なゴブリン――しかも、複数。

黒色の肌、他のゴブリンとは一線を画す巨体。

その手に握られていたのは、丸太を削って鉄片を打ちつけたような粗野な槌。

材質は雑だが、握りの部分には革が巻かれ、使い込まれた跡がある。

視界の中で、同じような姿が次々と現れる。


「全部で……五体」


カーリナが呟いた数と同じだけのゴブリンが少女に近づき、

取り囲むように立ちはだかった。

そのうちの一体が、槌を地面に引きずりながら、

ゆっくりとこちらに向かってきた。

槌が石床に擦れるたびに不快な音が響く。


「カーリナ、迎撃!」

「はい!」

「レオノールちゃんは下がって!」

「うん!」


カーリナが先制して踏み込み、ゴブリンの一体に鋭く突き込む。

自分は横合いからゴブリンの顔へ火球を放ち、牽制に徹する。

やがて、最初の一体が黒煙と化すと、他の四体も順次動き出した。


唯一の救いは、ゴブリンたちが一斉に襲いかかってくるのではなく、

一体倒すたびに、次の一体がこちらに敵意を向けてくることだ。

それまでは少女の周囲から離れる素振りすら見せなかった。


カーリナと連携して確実に一体ずつ仕留め、

最後の一体が倒れると、少女の周囲から圧がすっと抜けた。


少女がゆっくりと顔をこちらに向け、小さく首を縦に振った。

次の瞬間、

ふわりとその身体は空気に溶けるようにして、黒い霧へと変わっていった。

あれは――お礼だったのか?


「師匠、今の……」

「……ああ。囚われていたんだろうな」


手に持っていたあの藁束は――

誰かの助けを待つ、せめてもの祈りだったのかもしれない。

それとも、藁をも掴む思いで握っていたのか、真実はわからない。

けれど、あの頷きは、言葉にならない感謝のしるしだった。

少女が最後に見せた、わずかな意志の光。

その存在に応えられたことが――自分にとっての『救い』だった。


レオノールが地面を調べて、小さなアイテムを拾い上げる。


「これ、落ちてた」


手渡されたのは鍵。

鑑定スキルの結果は『動作の鍵』であった。


「カーリナ、『動作の鍵』ってどんな効力があるの?」

「え!? それ『動作の鍵』なんですか?

 ボク、初めて見ました。麻痺の耐性が上がる魔法の鍵ですよ」

「動作が麻痺……なのか?

 まあ、わかった。その魔法の鍵っていくつあるんだ?」

「全部で七種類あるって言われています」


七つ? そんなにあるのか。

確かこの鍵を持っているとキーホルダーと呼ばれ、

酒場のお姉さんにモテるとカーリナが言っていたな。

七つも持ってたらモテモテになっちゃうな。


「今あるのが覚醒と解毒、それにこの動作。これ以外にはどんなのがあるの?」

「石化耐性がある軟化の鍵と、誘惑耐性の真相の鍵、

 それに沈黙耐性が付く述懐の鍵です。

 あとは爽快の鍵、これは憂鬱耐性があります」

「……なるほど、そういう仕組みか。集めたくなるな、こういうの」

「師匠、今ので三つ目ですよね。なかなかいませんよ三つも持っている人なんて。

 もうエリートキーホルダーの仲間入りですよ。

 それに、騎士の鍵なんて、持ってるのは団長と副団長だけですから」


なるほど、騎士の鍵まで入れたら、超モテモテじゃないか。


「そうか。……意識すると、次も欲しくなるな。よし、目下の目標にしよう!

 とりあえず、この『動作の鍵』はレオノールちゃんが持っておいて」

「あたしが持っててもいいの?」

「ああ、これで三人がそれぞれの鍵を持つから、

 どんな攻撃が来ても誰かが動けるでしょ?」

「これでノーラちゃんもキーホルダーだ。」

「うん、三人お揃いだね」


嬉しそうなレオノールを見て、カーリナがほっとしたように微笑む。

魔法の実践はイマイチだったが、

連携の成果といい、そしてこのレアなアイテムといい、

今日の探索、なかなか悪くないな。

魔物設定


ゴブリン/ goblin

系統:魔獣、種類:ゴブリン、ランク:C

弱点:水、耐性:火、特殊:麻痺

攻撃:こん棒

特徴:小柄、草色の肌

ドロップアイテム:アイテム/火打石、武器レア:木のこん棒


ホブゴブリン/ hob goblin

系統:魔獣、種類:ゴブリン、ランク:A

弱点:水、耐性:火、特殊:麻痺

攻撃:こん棒

特徴:大柄、黒緑の肌

ドロップアイテム:薬/薬草、ラベル/麻痺のラベル


ゴブリンキング/ goblin king

系統:魔獣、種類:ゴブリン、ランク:B

弱点:水、耐性:火、特殊:麻痺

攻撃:槌

特徴:巨大、黒色の肌

ドロップアイテム:素材レア/ゴブリンの耳、アイテム/火の石、

         防具/皮の盾、鍵/動作の鍵


ストローガール/ straw girl

系統:魔獣、種類:ゴブリン、ランク:S

弱点:水、耐性:火、特殊:麻痺

攻撃:ノンアクティブ

特徴:中世の農村の少女のような姿、薄茶色のブラウス、ベスト、

   膝丈のスカート、布靴、手には藁束、髪は無造作にまとめられている

   ゴブリンキング五体に拘束されている

ドロップアイテム:アイテム/金の藁、アイテムレア/糸車、宝石/翠玉、

         指輪/ゴブリンの指輪

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