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第57話 祝賀会

馬車の揺れが次第に収まり、難民キャンプの入口で停車した。

通常であれば、そのまま内部まで進入できるのだが、

今日は事情が異なるようだ。


「申し訳ないが、今日はここで止めてもらう」


見張りの村人が手を挙げて制止の合図を送り、低い声でそう告げた。


どうやら、何らかの理由で通行規制が敷かれているらしい。

ボスコが軽く頷くと、手綱を引きながら馬車を静かに停止させた。


「面倒だがしゃーねーな。おい、聞こえただろ? ここで降りてくれ」


カーリナが身を乗り出し、幌の隙間から周囲の様子を窺う。


「今日はずいぶんと人が多いですね……

 普段の雰囲気とは違います。でもなんだかみんな楽しそうです」

「確かにな」


そう答え、荷台から飛び降りると、足元の乾いた土が軽く舞い上がる。

カーリナも後に続き、ボスコは御者台から降りると馬の首筋を軽く撫でた。


「とりあえず馬に水を飲ませておくか」


ボスコは革袋から水を注ぐと、馬は喉を鳴らしてそれを飲み始めた。

その間、自分は改めて周囲を見回す。


キャンプ内では人々が慌ただしく動き回り、

焚火を囲んで何かの準備を進めている。

騎士たちは甲冑の音を響かせながら巡回し、

村人たちはどこか落ち着かない様子だ。


どこか、祭の前のような雰囲気が漂っている。


「魔力禍の影響で、今年は遅れたが……ようやく『光送り』が始まったんだな」


ボスコは周囲を見渡しながら、静かに言葉を漏らした。


「光送り?」

「なんだ、知らねぇのか?

 迷宮で命を落とした者たちを弔う祭だ。何百年も続いている儀式でな、

 戦で倒れた者や、この地で生き抜いてきた人々の魂を送り出す意味がある」


日が沈む中、広場に向かって歩くと、

広場の奥から大小さまざまな蝋燭の明かりが灯り始めた。

蝋燭立てに並べられた炎が風に揺れ、温かな光がゆっくりと闇を照らしていく。

その光景は幻想的で、

普段目にする日常とはまったく異なる雰囲気を醸し出していた。


「こうやってな、蝋燭に名前を記した布を添えて、最後は村の道に並べるんだ。

 亡くなった者の魂が、迷わず旅立てるように、ってな」


カーリナはそっと手を組み、道脇にある蝋燭の光を見つめる。


遠くでは若者たちが舞を捧げているのが見える。

彼らは手に光る鉱石を持ち、静かに円を描くように踊っている。

低く響く太鼓の音が空間全体に広がり、穏やかな荘厳さを漂わせていた。


「……静かで、厳かな祭だな」

「本来はもっと賑やかなんだがな。今年は規模を縮小しているようだな」


ボスコは馬の手綱を引きながら、静かに言葉を続けた。


その時、焚火の周囲で騎士たちが酒を注ぎ始めるのが目に入った。

どうやら、何かの集まりが始まるようだ。


疑問に思っていると、甲冑の擦れる音が近づいてきた。

振り向くと、副団長ラウリが歩み寄ってくる。


「ヒデキ殿、警ら任務ご苦労様でした」

「ああ、ありがとうございます。ところで、騎士団で何か行うんですか」

「ささやかですが、

 迷宮封印完了と先般のシェリー討伐祝いを騎士団で行います。

 一番の功労者であるヒデキ殿には特等席を準備させますので、

 是非ご参加ください。準備があるので私はこれで」


ラウリが去ると、ボスコが軽く肩を叩いてきた。


「おい、特等席だってよ。高い酒が飲めるんじゃないか? 良かったな」


祝賀会と言ったところか。

迷宮の封印は成功し、一区切りついたので祭りと合わせて催すのだろう。

まあ、普段過酷な任務の団員への労いにはちょうど良いだろうな。


カーリナが少し落ち着いた表情で、こちらを見上げる。


「師匠、どうします?」

「……そうだな、折角だから末席にでも参加させてもらうか、

 って、特等席だったか。ボスコさんもご一緒にどうですか?」

「おお、ありがてぇ。馬を休ませたら追いかけるから、先に行っといてくれ。

 酒か……」


軽い足取りで去るボスコの後ろ姿を見てカーリナがボソリと呟いた。


「ボスコさんが期待しているような高級なお酒は出ないと思いますけどね」


焚火の揺れる明かりの中、ゆっくりと祝賀の場へと足を向けた。


***


ラウリに誘われた足で、カーリナと共に祝賀会の会場へ向かう。

だが、レオノールを連れていない以上、今はあくまで様子見だ。

どれほどの規模の集まりかも分からないまま誘われたのだから、

まずは様子を見て、それから呼びに行く判断でも遅くはない。


焚火の灯りが揺れる広場の隅。

すでに人が集まり始めていて、騎士団の者たちが簡素な机や樽を囲んでいる。

その中に、ローレンツの姿を見つけた。

彼の隣にはレオノール、さらに少し離れてアイノさんもいる。

レオノールを迎えに行く手間が省けた。


鍛冶師まで来ているとなれば、騎士団の内輪の集まりではなさそうだ。

視線を巡らせると、補給部隊の装備を身につけた者や、

冒険者風の姿もちらほら見える。

なるほど、今回の封印作戦に関わった者が招かれているらしい。


そのとき、会場の空気が一変した。

誰からともなく声を潜め、皆が一方向に視線を向けている。


――ユーハンだ。


団長の姿が見えた瞬間、騎士たちは自然と姿勢を正す。

壇上の方へと歩いていくその背に、場の空気が引き締まっていくのがわかる。


「ヒデキ殿、お席へ案内します。こちらへ――」


近づいてきた騎士に声をかけられた。

名前は知らないが、見覚えのある顔だ。

思わずカーリナと顔を見合わせたが、彼女も小さく頷いている。


促されるまま案内人に付いて行くと、椅子が用意されていた。

しかしここは……壇上。


椅子に腰かけるも妙に落ち着かない。

壇の下から送られてくる視線が居心地の悪さを引き立てている。

皆が自分を見ているわけではないと分かっていても、どうにも背中がむず痒い。


……ここが、ラウリの言っていた『特等席』というやつか。


やがて、ユーハンが壇上の中央に立った。


「小迷宮オタラの封印任務、完了を報告する。

 ひとりの犠牲者もなく、この任務を終えられたことを誇りに思う」


その第一声に、場の空気が少し緩む。

誰も死ななかった――それだけで、十分すぎるほどの成功ということか。


「この成果は、ここにいるすべての者の協力によって得られた。

 隊を率いた各分隊長たちには、特に感謝を述べたい」


壇上から見渡す視線の先、何人かの騎士が微かに頭を下げている。


「そして、最大の功労者として、ここに特別な感謝を捧げる」


ユーハンの視線がこちらへ向く。


「ヒデキ殿、前へ」


一歩前へ出ると、ユーハンは懐から小さな鍵を取り出した。


「貴殿が示した勇気と知略、

 そして揺るぎなき忠誠心に感謝の意を込め、ここに『騎士の鍵』を送る」


団員から漏れ出るどよめきと、送られる拍手の中、その小さな鍵を受け取った。

隣のカーリナは笑顔を見せながら、一緒になって拍手をしている。


「師匠、おめでとうございます」

「ああ、ありがとう。ところで、この鍵ってどんな効力があるんだ?」


覚醒の鍵ならば睡眠攻撃耐性、解毒の鍵ならば毒攻撃耐性が付与される。

この騎士の鍵の効力は果たしてどんなものだろう。

騎士の反応を見る限り、そうとうなものだろうと期待できる。


「騎士団の移動用ゲートが使用できます」


え……それだけ?

攻撃力が上がるとかではなく、ゲートが使えるだけ?


たしか、騎士団のゲートは悪用防止のため金属製の扉が設置され、

施錠されていたはずだ。

あれを開け閉めできる鍵か……


「その騎士の鍵を係の者に見せると、鍵を開けてくれます」


ん……見せると開けてくれる?

この『騎士の鍵』で直接開けさせてもらえないのか?

つまり、騎士の鍵は象徴であって実用的なものではないということか。


少しがっかりしていると、カーリナが更に補足した。


「その『騎士の鍵』を所有しているのは団長と副団長のみです。

 限られた人しか持つことが許されていません。

 ガド騎士団以外で送られたのは師匠だけです。

 おめでとうございます!」


あらためて騎士たちに視線を向けると、まだ拍手が続いている。

鍵の重さを実感しながらお辞儀をして一歩後ろに下がった。


「最後に一言。任務はまだ終わっていない。

 だが、今日だけは、皆で成果を祝おう」


その言葉と共に、会場がゆっくりと和らいでいく。

小さな拍手が波紋のように広がり、

それが次第に賑やかな声へと変わっていった。


席へ戻ろうとしたその時、後ろから聞き慣れた声がかかった。


「おいヒデキ! 鍵を貰えるとはすげーなお前。

 それでこそアイノの未来の旦那だ」


ローレンツだ――手には酒の杯を持ってご機嫌といった感じだ。


「もう酔っぱらってるんですか?」

「馬鹿言え、まだ10杯目だぞ。こんなもんで酔うわけねーだろ。

 これからが本調子だ。ところでよ――」


唐突に声の調子が変わる。


「前に見せてもらった火を出す魔道具、あれ見せてくれるか?」

「以前も言いましたがあれは魔道具ではなくてですね――」


そう返しながら、懐からオイルライターを取り出す。

ローレンツはそれを受け取ると、興味津々といった様子で細部を観察し始めた。


「ふーん……やっぱり、よくできてやがるよな……」


その目つきは、ただの好奇心ではなかった。

まさか、これを自作しようとしてるのか……?


ローレンツがライターを観察している横で、

カーリナはいつの間にか席に戻り、こちらを気にしていた。

そのとき、すぐ隣から低い声がかかった。


「ヒデキ殿。少し、今後についてお話させてください」


ユーハンだった。

演説のときとは違い、杯を片手にした穏やかな口調だが、

話の内容はそれなりに重そうだ。


「中部で進めていた封印作戦は、南部からの連隊によって引き続き行われます。

 おかげで今のところ順調です」


そこまで言って、ユーハンは杯を少し傾けた。


「しばらくしたら、中部市街連隊を北部へ動かします。

 次は北部に残る小迷宮の封印を進めます」


ライターに視線を落としていたローレンツが、ちらりと顔を上げた。


「おう、そうだ。俺もそろそろ北に行くぞ。

 ギルトから通達があってな。支援の要請だ。

 数日中には出ることになるが、ヒデキ、お前はどうする?」


問いかけられる前から、答えは決まっていた。


「迷宮探索を続けるつもりです。武器を新調したいので金策が目的です」


こう言えば、ひょっとしたらローレンツが武器をくれると言い出すのでは、

と期待したが、ローレンツはライターから視線を外すことは無かった。


自分の答えに、ユーハンはゆっくりと頷いた。


「それなら、ノルデを拠点にするのがいいでしょう」


……ノルデ? 聞いたことのない地名だった。


「ここから東にある冒険者の街です。

 周囲の小迷宮はすでに調査済みで、封印対象にはなっていません。

 探索は問題なく行えます」

「なるほど、稼げそうですね」

「探索者が活動するには悪くないといえるでしょう」

「……しばらくは、そこで活動してみます」

「それがよいでしょう。それと……頼みが一つあります――」


ユーハンの声が少しだけ落ち着いた調子で響く。


「今後騎士団との連絡係としてカーリナを任命したい。

 ヒデキ殿と行動を共にさせて、定期的に状況を報告してほしい」


カーリナはすでに話を聞いていたようで、こちらに向けて小さく頷いた。


「……わかりました。彼女とは今後も一緒に行動します」


それ以上、言葉を加える必要はなかった。

この旅を始めてから、いろいろなものを背負ってきた。

今さら、誰かを任されたくらいで動揺することもない。

けれど、不思議とその責任は、居心地のいいものでもあった。


ユーハンは軽く杯を掲げ、短く言った。


「頼みました、ヒデキ殿」


杯を掲げ返しながら、

これから始まるノルデでの日々を静かに思い描いていた。

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