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第55話 バラの女王

鼻腔を満たす血と肉の生臭さ。

その中に紛れる微かな甘い香気が、場の異質さを際立たせていた。

視線を凝らせば、納屋の薄闇の中で蠢く細長い影が見える。

その先で、何かが湿った音を立てながらゆっくりと噛み砕かれている音が響く。


……何かを食っている?


夕陽に照らされる納屋の前、

黒緑のドレスを纏い、巨大なバラを模った帽子を被った女の姿。

その背後から伸びる触手が、納屋の奥に横たわる遺体を絡め取り、

器用に貪り喰らっていた。


その正体は魔物ベアトリーチェ Lv.42


その足元には、一人の盗賊が倒れていた。

呻き声すら上げないが、かすかに肩が動いている。

まだ生きているのか。

納屋の奥から、怯えた息遣いが聞こえる――三人か。


「師匠……!」


カーリナの小さな声が震えている。

視線を向けると、ボスコが腰を抜かして地面にへたり込んでいた。

今すぐにでも逃げ出したいはずなのに、恐怖が彼の身体を硬直させている。

ベアトリーチェが発する気配が、ボスコの逃走本能を完全に封じているのか。


その瞬間、ベアトリーチェの視線が滑るようにこちらへ向けられた。

まるで、食卓に並ぶ料理を品定めするかのような静かな眼差し。


「カーリナ、ボスコさんを避難させろ!」


だが、ボスコがこの状況で動けるとは到底思えない。

少なくとも、ベアトリーチェがこっちに意識を向けている間に――


背中の触手が一斉に跳ねた。

蛇のようにうねりながら納屋の奥へと滑り込むと、

怯えていた盗賊たちを絡め取る。


夕焼けの中、触手に巻き付かれた二人の男がゆっくりと持ち上げられていく。

捕らえられた男たちは暴れ、叫び、だが逃れられない。


――夕陽に照らされた異形の花が咲いたようだった。


あまりにも異常な光景に背筋に冷たいものが走る。

この触手の力、間違いなく厄介だ。


納屋の外では、もう一人の盗賊が触手によって地面へ押さえつけられていた。

力の加減が違うのか、高く持ち上げられることはなかった。


「ボスコさんを連れて、早く!」


カーリナがボスコを引きずるようにして距離を取る。

だが、その間にも、ベアトリーチェの瞳はじっとこちらを見据えていた。

次の獲物を狙うように。


ベアトリーチェの足元で倒れていた盗賊が僅かに体を揺らし、

ぐらつきながらも立ち上がると、不安定な足取りでこちらへ駆け寄る。


「……助けて……くれ……!」


掠れた声が耳に届いた瞬間、伸びた触手が素早く男を背後から捉えた。

その顔に浮かぶ恐怖が、次の瞬間、絶望へと塗り替えられる。


――瞬時に放り投げられた。


「――っ!」


悲鳴が喉に詰まる間もなく、男が納屋の壁へ叩きつけられる。

衝撃で木の板が砕け、納屋全体が軋みながら崩れ始める。


触手の攻撃は迅速かつ強靭。

剣を振るだけでは捌ききれない。

思考を巡らせている間にも、視界の端で何かがうねる。

ベアトリーチェの触手の一本が、カーリナを狙っていた。


「カーリナ!」


警告と同時に、カーリナがボスコを庇うように身を翻した。

その瞬間、振り下ろされた触手が、肩をかすめる。

傷は浅いが、衝撃でわずかに体性が崩れた。


しかし、カーリナは即座に槍を構え直し、迫る触手を迎え撃つ。

槍の穂先が鋭く閃き、触手を切り裂こうとするが、完全には断ち切れない。

切り口から粘ついた液体が飛び散り、

ベアトリーチェがわずかに顔をしかめたように見えた。


ボスコは依然として地面にへたり込んでいる。

このままでは十分に避難させることもできない。

冷静に策を練る時間がない。

このままでは消耗戦になる。


火の魔法が使えるか? 魔物が植物系であるなら、炎に弱い可能性が高い。

そう考えるのは理にかなっている。


魔法を試そうとしたが――飛ばない……!

火の玉が思うように発射されない。


焦る意識の中、触手が再びカーリナに襲いかかる。

カーリナは槍を再び振るうが、複数の触手を相手にするには厳しい。

巧みに槍を扱い触手を打ち返しているが、

ボスコを庇いながらの防戦では、身のこなしに限界がある。

反撃の余地はなさそうだ。

この状況が続けばジリ貧である。


現状を打破できないのはベアトリーチェも同じようで、

微かだが顔をしかめている。

攻撃が通らないことに苛立ちを覚えているように見える。


かくいう自分も触手攻撃に手を焼いていて、三つ巴の様相を呈している。

いや、カーリナは自分の味方だから三つ巴ではないか……

このままでは埒が明かない。

こちらから攻撃を仕掛けなければ。


次の瞬間、カーリナの目の前で触手の動きが止まり、

先端が膨らんだと思うと、淡い煙が噴き出した。

とっさのことに避ける間もないカーリナ、その全身を煙が包んだ。


「カーリナ!」


呼び掛けに答えることなく、カーリナは力なく膝をから崩れ落ち、

槍を杖のように突き立てるが、その手から力が抜け、

ゆっくりと地面に倒れ込む。


毒、いや、麻痺か?

とにかく状態異常攻撃を受けたに違いない。

助けなければ。


しかし、駆けつけようにも触手が行く手を阻み、

その触手の先端がゆっくりと膨らみ始めた。


やばい――


今度は自分に向かって煙が噴きかけられた。

思わず顔を背けるが、もう間に合わない。

煙が視界を覆う。


しかし――意識ははっきりしている。

幾分か吸ってしまったが、特に体に異常は感じない。


煙は何の攻撃だったんだ……?


再びカーリナの方を見ると、脅威が去ったと判断したのだろうか、

ベアトリーチェの触手攻撃が収まっていた。

そんな状況でボスコがカーリナの肩を揺さぶっている。


「ボスコさん、カーリナは!?」

「おい、ピクリともしないぞ。……いや……寝てるだけだ。息はしてる」


寝てる? そうか、あの煙は催眠攻撃だったのか。

催眠……ズボンのポケットに入れたままの『覚醒の鍵』を思い出す。

これが効いてくれたんだな。

ならば、カーリナに渡したら目を覚ますかもしれない。

いや、まずは目の前の敵を倒さなければ。


ベアトリーチェに視線を戻すと、こちらを見て首を傾げている。

まるで、催眠が効かないことに驚いたかのように。


この隙を逃すわけにはいかない。

剣を構え、一気に距離を詰める。


しかし、ベアトリーチェは触手を揺らし、

こちらを牽制しながら反撃の構えを取る。

単純な力押しでは崩せない。


そんな中、地面に押さえつけられていた盗賊が転がるように飛び出した。

もがきながらも拘束を抜け出したのか。

それとも、ほんの一瞬、隙が生まれたのか。

荒い息を吐きながら、反射的に駆け出す。


逃げ出す盗賊を視界に捉えたベアトリーチェが僅かに動きを止めると、

捕らえている二人の盗賊を触手で締め上げる。

短い悲鳴が上がり、次の瞬間、二人の身体がぐったりと力を失った。


ベアトリーチェはそのまま触手を振り回し、二人を弾き飛ばしてきた。

飛んできた影が視界を塞ぐ。

咄嗟に身を翻し、衝突を回避する。

だが、その間に別の触手が逃げ出した盗賊を狙い、鋭くうねった。


盗賊の逃げ足は速いが、触手の動きはそれ以上だ。

このままでは捕まる。


剣を握る手に力を込め、瞬時に駆け出した。

刃が閃き、盗賊を襲う太い触手を切り払う。

裂けた触手が跳ね、ベアトリーチェの動きが一瞬鈍った。


「師匠、頭下げて!」


カーリナの声が響くと同時に、熱風が頬をかすめた。

炎の塊が視界を横切り、一直線にベアトリーチェの触手へと飛ぶ。

直撃した触手が焼かれ、弾けるようにちぎれると、盗賊へと迫る勢いが鈍った。


「師匠、今です!」


カーリナの声に反応し、刃を逆手に持ち替え、剣を振るう。

だが、斬撃が浅く、決定打にはならない。

剣では仕留めきれないのか――焦りが募る。


火の玉――飛ばせないなら、迷う必要はない。

直接ぶつけるまでだ。

手のひらに生じた火の玉を、そのままベアトリーチェの顔面に押し付けた。


炎が瞬く間に広がり、髪や衣服を舐めるように燃え上がる。

空気が熱で歪み、焦げた植物のような異臭が立ち込めた。


「――ッ!!」


炎が燃え広がり、ベアトリーチェが苦しげに暴れた。

剣を振り下ろした瞬間、カーリナの槍も炎の中に突き立った。

ベアトリーチェが激しく身をよじる。

立て続けに攻撃を加えながら、カーリナも声を上げる。


「師匠、いける!」


剣の切っ先が炎に包まれ、魔物の身体を焼き裂いた。

ベアトリーチェの身体が崩れ、黒い煙となって渦を巻く。

揺らめきながら形を変え、次第に薄れると風に溶けるように消えていった。


***


燃え盛る火の玉をそのまま押し付けるなんて、無茶をしたものだ。

手を開けば、火傷の跡がじんじんと脈打っている。

やはり、ちゃんと飛ばせるようにならないと、

毎回火傷するわけにはいかないからな。

手を握り直し、ゆっくりと息を吐く。


視線を落とすと、地面に黒い煤が広がっている。

ベアトリーチェの消滅とともに、すべての痕跡が黒い煙となり消えたはずだ。

……なのに、ひとつだけ、そこに残っているものがあった。


バラの帽子。


ベアトリーチェがかぶっていたものだが、ドロップアイテムか?

焦げているところを見るとアイテムではなさそうだ。


魔物が倒されれば、その身にまとう装飾品や武器も含め、

すべてが黒い煙となる。

それが、自分が知るこの世界のルールだ。


それなのに、なぜこれは残った?

考えても答えは出ないが、ひとつの可能性が頭をよぎる。

もしかして……バラの帽子はベアトリーチェが作ったのか?

装飾をし、飾ることを知っていた?

そんなものを必要とするほどの意識があったというのか?


魔物の知性とはどこまでのものなのか。

何が理性で、何が本能なのか。

答えの出ない疑問を残したまま、風が帽子をさらっていった。


「師匠、すごかったです!」


カーリナの声が響く。

彼女の笑顔には、戦いの疲れは見えない。


「助かったよ。カーリナのおかげだ」


そう答えると、カーリナは少し照れたように頬をかいた。


「そういえば、ドロップアイテムが……これです」


カーリナが小さなガラス製の小瓶を渡してきた。

瓶の中で、金色の液体が揺れ、微かに光を反射していた。

鑑定スキルを使う。


薔薇精油


「カーリナ、これの用途って知ってるか?」

「えっと……ボク、初めて見ました」


カーリナが知らないのなら、それほど珍しいものなのか。

小瓶を指で弾くと、透き通った音がした。

魔物設定


ジャイアントネペンテス/giant nepenthes

系統:植物、種類:食人植物、ランク:C

弱点:火、耐性:水、特殊:催眠

攻撃:酸攻撃

特徴:巨大ウツボカズラ

ドロップアイテム:薬/魔力草、薬レア/魔薬


リトルショップ/little shop

系統:植物、種類:食人植物、ランク:B

弱点:火 耐性:水 特殊:催眠

攻撃:噛みつき

特徴:脚のような根で歩く、緑色の牙のある花

ドロップアイテム:食材/ローズヒップ、カード/精神力のカード


ラフレシア/rafflesia

系統:植物、種類:食人植物、ランク:A

弱点:火、耐性:水、特殊:催眠

攻撃:催眠、鞭打ち

特徴:ラフレシア、赤い花びら、太い蔓で力強く鞭打ち

ドロップアイテム:薬/睡眠薬、鍵/覚醒の鍵


ベアトリーチェ/beatrice

系統:植物、種類:食人植物、ランク:S

弱点:火、耐性:水、特殊:催眠

攻撃:触手、催眠

特徴:タイトなモスグリーンロングドレス、ケープ、大きなバラの帽子

ドロップアイテム:素材/薔薇の花びら、素材レア/薔薇の種、

         アイテム/魔法の種、アイテムレア/薔薇精油、

         薬/鎮痛剤、薬レア/催淫剤、

         武器/薔薇の鞭、防具/薔薇の盾、

         宝石/薔薇柘榴石

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