第54話 予定外
広場の中央には背中に剣を刺され倒れている人物、
その傍らには井戸に腰かけ見下ろしている男がいる。
その光景を斜面の茂みに身を隠しながら、カーリナと見守っていると、
静寂を破るように、乾いた足音が響いた。
ひとりの男がゆっくりと歩きながら近づいている。
「なんだ。結局、やっちまったのか?」
「最後まで口を割らなくてな」
近づく男にそう答え、井戸に腰かけていた男はゆっくりと立ち上がると、
倒れている人物の頭を足で押さえつけながら、背中から剣を抜き取った。
ピクリとも動かないのを見ると、あの人物は既に亡くなっているようだ。
「本当に何も知らなかったのかもな」
「ふん……結局、役に立たねぇ奴だったな」
「そうだな。最後に役に立ってもらうか」
そう言いながら、抜き取った剣先の血を亡くなった人物の服で拭うと、
男は剣を腰の鞘に収め、無造作に足を振り、死体を転がした。
「何してんだ?」
「っ……!」
突然、背後から声がかかり、肩が跳ねた。
カーリナも息を呑み、槍を構えかけるが、
振り返るとそこにいたのはボスコだった。
「なんだ、ボスコさんか。驚かせないでくださいよ」
「お前が勝手に驚いてんだろ? で、何見てんだ?」
ボスコは腕を組みながら、自分たちの視線の先を追う。
「……あれです」
広場の方を指さすと、倒れた人物と、周囲を見回す男たちの姿があった。
じっとその光景を見つめたボスコが小さく息を吐く。
「あそこは……シエナだな」
「え?」
「シエナだ」
そう言われ、カーリナが慌てて地図を開いた。
自分も覗き込むが、地図にはそれらしい集落は見当たらない。
確か、シエナは数年前に廃村になったはず……
戸惑うカーリナを横目に、もう一つの地図を取り出す。
ラウリにもらった地図――そこには、森の奥に小さな集落が記されていた。
「ここ……か?」
ボスコがその地図を覗き込み、指で一点を示す。
「今、俺たちがいるのはここだ」
「ここって、廃村……のはずですよね?」
カーリナが不安げに呟く。
「そうだ。昔は人が住んでたが、もう誰も住んでいない」
「だとしたら……あいつらは?」
再び広場の二人に目を向ける。
「盗賊かもしれないな」
ボスコの言葉を確かめるため、鑑定スキルを発動した。
アルマ 人族 男 24歳 盗賊 Lv.12
ラードゥロ 人族 男 25歳 盗賊 Lv.13
「……間違いないな」
ボスコの予想通り、こいつらは盗賊だ。
「つまり、誰も住んでないシエナは盗賊の根城になってるってことか……」
そう呟いた瞬間、ボスコが顔をしかめ、男の一人を指差す。
「おい、あの男……見たことあるやつだな」
「知ってるんですか?」
「ああ。シナルで武器を売ってたやつだ」
「……!」
カーリナが息を呑む。
「じゃあ、あの商人は……師匠、やっぱり盗賊でしたね」
「ああ、それに、シナルでニワトリが盗まれたって話があったが、
あの盗賊の仕業だろうな」
再び盗賊たちに視線を向ける。
カーリナがじっと盗賊たちを見つめながら、小さな声で言った。
「師匠、盗賊たちを捕まえますか?」
「……は?」
確かに警らのために集落を見回っているが、
それは魔物討伐であって、盗賊を捕まえるのは別だ。
まして、集落外の盗賊を捕まえるのは任務外じゃないのか。
カーリナの顔を見ると、いつもの真剣な表情で、
騎士団の責務のように話している。
「盗賊を捕縛するとガド騎士から報奨金が出ます」
「ほう……報奨金とな」
「師匠どうします?」
「治安維持のためだ、捕まえるか」
「わかりました。やりましょう」
「因みに……どれくらい貰えるのかな? その報奨金ってのは」
「盗賊の危険度や手配書の有無で変わるんですけど、
詳しい金額はちょっと……」
「大体どれくらいなんだ?」
「ボクが聞いた話だと、ひとり銀貨50枚くらいだったと思います」
ということは、ひとり捕まえると5千ラルの報奨金
――日本円にして……大体10万円くらいか。
盗賊が二人ってことはないだろうから、ひょっとして三桁万円もいくか?
いやいや、これは……笑いが堪えられない。
はたと、カーリナの冷たい視線に気づく。
思わずニヤけてしまっていたようだ。
「ああ、いや、決して報奨金目当てとか、そんなことは断じてないからな」
「……」
心のどこかで懐が潤うことを想像してしまった。
いかんいかん、こんな動機で動いてはいけない。
「とにかく、あいつらは危険だ。
ここを拠点にしているなら、今後も周囲に被害が出るだろう。
野放しにはできない」
自分に言い聞かせるように言い、剣の柄を握り直す。
「捉えるぞ」
カーリナが小さく頷き、槍を構える。
ボスコは腕を組みながら、じっとこちらを見つめてくる。
どうやら自分たちのやり取りに呆れているらしい。
「……やるのか?」
「ええ、全員を生け捕りにします」
「まあ、止めねえが、どうするつもりだ?」
真正面から行くのは悪手だ。
相手の数を把握できていないのだから、無闇に飛び込むとこちらが不利になる。
まずは隠れながら様子を探る必要がある。
「ボスコさん、どこか隠れる場所はありますか?」
「ある。ここは元々、そこそこ大きな集落だったんだ。廃屋や物陰は多い」
「使えそうな場所は?」
ボスコは広場の外れを指差した。
「井戸の向こうに、崩れかけた家が見えるだろ?
あそこなら気づかれずに接近できる」
「よし、まずはそっちへ移動しよう」
ボスコの案内で崩れかけた家へ、慎重に身を潜めながら移動する。
足音を立てないように滑り込んだ廃屋の影から広場を観察すると、
井戸のそばには先程の二人がまだいる。
そして、少し離れた場所では焚き火を囲んだ三人の男が談笑していた。
盗賊は全部で五人。
「散らばってますね……」
カーリナが小声で呟きながら、槍の柄を握り直す。
「うまく各個撃破しないと、囲まれるな」
まともに戦えば数で押し切られる。
ここが盗賊の拠点なら、あとから増援が来る可能性もある。
確実に1人ずつ捕らえなければ。
孤立してるやつはいないか……
そう考えていると、焚き火の男のひとりがナイフを片手に席を立った。
片手にはニワトリを掴んでいる。
あれをしめるつもりか……
ナイフを振るうためか、少し影になった場所へ歩いていく。
仲間と距離があり、周囲への注意も薄い。
「カーリナ、あいつを静かに捕らえる」
「はい、師匠」
低く身を屈め、慎重に距離を詰める。
カーリナも足音を消しながら並走する。
盗賊がナイフを持ち、ニワトリを押さえつけた瞬間――
一気に踏み込んだ。
「ん……?」
背後から腕を取って捻り上げる。
「うんぐっ……!」
バランスを崩した盗賊が地面に倒れ込む。
「これを使え」
ボスコがどこからか縄を持ってきた。
カーリナが縄を受け取ると、手際よく盗賊を縛り上げる。
「……一人目確保」
盗賊の口元にも布を巻き、音を出させないようにする。
そのまま男を廃屋の影へ引きずり、もう一度広場を確認する。
「次は井戸のそばの二人を狙う」
カーリナが静かに頷く。
「ただ、二人同時は厄介ですね……」
確かに、一人が倒れてももう一人が大声を出せば、
残りの盗賊に気づかれてしまう。
「なら、音で気を引くか……」
ボスコが足元の小石を拾うと、広場の逆側へ向かって投げた。
ガサッ、サッ……
草むらに落ちた小石の音が静かな広場に響く。
「なんだ?」
「ネズミか?」
片方の男が立ち上がり、音のした方へゆっくりと歩いていく。
「今だ」
物陰から飛び出し、井戸のそばに残った男の背後へ回る。
カーリナがすかさず、槍の柄を男の脇腹に打ち込む。
「ぐっ……!」
苦痛に顔を歪めながらも、男は腕を振り回して抵抗しようとする。
「まだ動くか……!」
カーリナが体重をかけて押さえ込み、そのまま縄で手足を縛る。
「二人目、確保!」
しかし、すぐ後ろで音がした。
「お前ら、どこから――」
三人目の男がカーリナの背後に回り、剣を振りかざしていた。
瞬間、カーリナが腕を畳んで身を沈める。
剣の切っ先が髪の毛をかすめ、空を切った。
剣を振り下ろした勢いでバランスを崩した男に、カーリナが膝蹴りを叩き込む。
「ぐっ……!」
衝撃で男がよろめいた隙に、槍の柄をもう一度叩き込む。
男が地面に崩れ落ちたところを、素早く縄で拘束した。
「三人目、確保!」
カーリナが縄を締め上げたその瞬間、
「しまった!襲撃だ!」
焚き火の周りにいた盗賊たちが声を上げる。
「カーリナ、前衛!」
槍を構えながら駆け出す。
「うおっ……!」
盗賊の一人が慌てて武器を抜くが、槍の勢いに押されてよろめいた。
その隙に、相手の腕を取って地面に投げ倒す。
最後の盗賊が背後に回ろうとするのを察し、
ボスコがまた石を拾い、焚き火のそばへ投げる。
「ぐっ……!」
火の粉が舞い、盗賊が一瞬注意をそらした。
「五人目、確保!」
カーリナが背後から組み伏せる。
***
捕らえた盗賊たちの縄を締め直し、納屋に閉じ込める。
念のため口と目も塞いでおいた。
「なんとか、終わったな」
「はい、師匠」
カーリナが槍を下ろし、安堵の表情を見せる。
盗賊たちを捕らえたのはいいが、問題はその処遇だった。
「ソヴィには連れて行けませんね」
カーリナが槍を収めながら、眉を寄せる。
確かに、縛ったまま連れ歩くのは現実的ではない。
「騎士団に引き渡すのが筋だが、問題はどう連絡を取るかだな」
ここは迷宮ではない。
討伐した魔物のドロップアイテムを持ち帰れば終わり、
というわけにもいかない。
このまま放置すれば、縄を解いて逃げる可能性もあるし、
仲間がいれば助けに来るかもしれない。
「俺はシナルに戻るつもりだ」
「え!? ボスコさん」
「お前らも、ここにずっといるわけにはいかねぇだろ?」
ボスコが無造作に背後の森を指し示す。
たしかに、ソヴィへ向かうためにここへ来たのに、
ずっと足止めされるのは本末転倒だ。
「シナルに戻って、騎士団に連絡をお願いできますか?」
ボスコが肩をすくめる。
「言うだけならな。俺は騎士団の人間じゃねぇし、
すぐに動いてくれるかはわからねぇぞ」
「どうしますか師匠?」
カーリナの問いかけに、どうすべきかと考えていると――
「ぎゃぁぁぁあああっ!」
納屋の方から、悲鳴が響いた。
「……何だ!?」
瞬時に剣の柄を握り、駆け出す。
カーリナも槍を構えながら、後に続いた。
盗賊が逃げ出さないように閉めたはずの、納屋の扉が半開きになっている。
その扉の前には、一人の女性が立っていた。
タイトなモスグリーンのロングドレス。
肩にはケープを羽織り、大きなバラの帽子を被っている。
まるで貴族の貴婦人のような佇まい――
だが、その足元には、縄で縛られた盗賊がひとり倒れている。
ギィィ……
開かれた扉の隙間から見えたのは、納屋の中に転がる盗賊たちの姿。
いや、正確には――
ムシャ……ムシャ……
何かに喰われている。
影の中から伸びるのは、まるで蔦のような触手。
その先端は口のように開き、盗賊の肉を食んでいた。
「し、師匠……あれ……」
カーリナの手がわずかに震えている。
女性の背後から、無数の触手が蠢く。
鑑定スキルを発動する。
ベアトリーチェ Lv.42
人型の魔物――Sランクの魔物に間違いない。
「な、なんだこりゃ……っ!?」
ボスコが地面に尻餅をついた。
震える手で支えようとするが、膝に力が入らず、
その場から逃げることすらできない。
ベアトリーチェは、ゆっくりと顔を上げた。
その足は地面を踏みしめているはずなのに、
まるで滑るようにこちらへと近づいてくる。
触手が空気を切る音すら立てずに、するりと這い回っていた。
キャラクター設定
ボスコ
シエナ出身の村人
名前の由来:イタリア語の森/bosco
スコントロ
アルマによって殺された村人
名前の由来:イタリア語の小競り合い/scontro
アルマ 盗賊Lv.12
スコントロを殺害した男
名前の由来:イタリア語の凶器/arma
ラードゥロ 盗賊Lv.13
商人に扮してシナルで武器を売っていた男
ニワトリを盗んだ張本人
名前の由来:イタリア語の泥棒/ladro
マネッテ 盗賊Lv.10
ニワトリをしめようとした男
名前の由来:イタリア語の手錠/manette
デリット 盗賊Lv.14
名前の由来:イタリア語の罪/delitto
クリミナーレ 盗賊Lv.14
名前の由来:イタリア語の犯人/criminale




