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第52話 地図

天幕で難民キャンプへ向かう準備をしていると、

外から自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。


「迎えが来たようですね」


カーリナが少し弾んだ声で布を捲ると、

そこにいたのはクリスとキャットであった。


「ヒデキ殿、お迎えにあがりました」


軽く手を挙げて挨拶し、まとめた荷物を肩に担ぐと、天幕を後にした。


「クリスさんたちは、難民キャンプへ帰還ですか?」

「ええ、私たちもキャンプ周辺の警らに当たります」

「ああ、そうなんですか」


つくづく騎士団は勤勉だな、休暇という概念がないのだろうか。

そんなことを考えながら、クリスの後を歩くと、

小屋に向かっていることに気づいた。


「移動は馬車じゃないのですか?」

「はい、ようやくキャンプにゲートが設置できたので、ゲートで移動します。

 これで人員と物資輸送が格段に捗ります」


クリスがどこか嬉しそうに説明する。

たしかに、馬車に比べるとゲート移動は時間短縮にはなるが――

あのゲート酔いが不安だな。


これまでに何度かゲートを通ったが、

その都度、どうしようもない吐き気に襲われてしまう。

こういったものは、大抵は慣れで何とかなるはずなのだが、

未だに苦手意識が抜けない。

そろそろ慣れてもいい頃かとも思うのだが……


小屋の中には、数人の騎士がゲート前で待ち構えていて、

すでに準備が整っているようだ。

暫く気をもみながら待っていると、

ゲートの淵が青白く光り、表面がもやもやと動き出すと、中から男が現れた。


「お待たせしました。どうぞ」


男は短く言葉を残し、再びゲートの中に消えて行った。

どうぞと言われてもな、まだ心の準備ができていないのだが。


「さあ、ヒデキ殿、参りましょう」

「あっ、いや、心の準備が――」


自分の返事を聞く事もなく、クリスとキャットがゲートに入っていった。

踏ん切りがつかずに、ゲート前で立ち尽くしていると、

肩越しに見えたカーリナが、自分の心の内を知ってか、小さく頷いている。


いや、わかってる、わかってるんだよ。

ただ、自分のタイミングで行かせてくれ。

まずは、大きく深呼吸をして……


「カーリナ! やっぱ馬車で――」

「師匠、すみません」


カーリナに背を押され、ゲートの中へ飛び込んだ。

次の瞬間、視界が歪み、意識が一瞬の空白に沈む。


……やはり、この感覚にはどうしても馴染めそうにない。

瞬きをすると、目の前には難民キャンプが広がっていた。


胃がぐるりと回るような不快感に襲われ、視界が歪んだ。


「うっ……」


思わず膝に手をつく。いつまで経っても、この感覚には慣れない。

ふらつく足で数歩進むと、今度は別の違和感を覚えた。

階段? 普段のゲートにはない段差があり、

視界が狭い中、足元を確かめつつ慎重に降りる。


振り返って見ると、

幾つもの車輪が付いた巨大な台座があり、その上にそびえ立つゲート。

この形って……なんか、処刑台みたいだな。

そう思うと、背筋が少し寒くなった。


「ヒデキ殿、大丈夫ですか?」


苦しむ自分を見てクリスとキャットが心配そうな表情で声をかけてくる。


「大丈夫で……うっ! ないです」

「慣れていない人はゲート酔いをすることがあります。

 正直なことを申しあげると、わたし、こんなに酔う人は初めて見ました」


クリスの哀れみの視線が辛い。


カーリナとレオノールがゲートを抜けて来た。

カーリナはゲート移動に慣れているだろうが、レオノールは初めてだろう。

さぞかし――


「お兄ちゃん、どうしたの?」


……こっちはこんなに気持ち悪いのに、なんでそんな涼しい顔してるんだよ。

ますますもの寂しい気持ちになった。


「さて、私はここで失礼します。

 夕食前に警らの説明があるので、それまでは自由に過ごしておいてください」

「……わっ……わかりました……」

「キャット、ヒデキ殿を宿泊天幕へお連れして」


クリスが簡単に説明を済ませると、そのまま騎士団の任務に向かった。


「じゃあ、宿泊天幕を案内するよ」


キャットの案内に従い、天幕へ向かう。


天幕に荷物を置いた後、少し休みたい気持ちを押し殺し、

ローレンツに会いに行くことにした。

と言っても、ローレンツはどこにいるだろう。

取り敢えずアイノさんの作業場へ出向いてみるか。


キャットも一緒に同行すると言い出した。

何やら数日前、胸当ての留め具が緩むことに気づき、

アイノさんに調整を頼んでいたらしい。

その仕上がりを受け取りに行くとのこと。


***


作業場の前では、ローレンツが大きな木箱からさび付いた剣を取り出し、

刃の部分を指でこすりながら眉をひそめた。


「こりゃひでえな……アイノ、これ研げるか?」

「んー、この程度なら大丈夫でしょ。アタイに任せて父さん」


受け取った剣を太陽にかざしながらアイノさんが軽く頷いている。


「ローレンツさん、こんにちは」

「おお、ヒデキ! 戻ったか。

 騎士団から聞いたぞ、お前。シェリーを倒しちまったそうだな」

「ええ。でも、団長たちと一緒に戦ったので、ひとりじゃないですよ」

「でもよ、とどめはお前が刺したんだろ?

 Sランクの魔物を倒すなんて、お前の方がよっぽど化け物だな」

「いやいや。ところでこれ大量にありますけどどうしたんですか?」

「ああこれは、騎士団のだ。今朝、鍛冶師ギルドに大量の依頼がきてな、

 なんでも、特急で武器調達と調整をやって欲しいんだとよ。

 ギルド総出で対応してんだ」

「あっ、それ南部から連隊が来たからだね」


キャットの補足にローレンツが軽く頷く。


「そうか、これ南部のやつのか……

 それにしても、あいつら剣の使い方も知らねーのか?

 ユーハンが戻ったら一言言わねえとな」


騎士団長に直接抗議できるのは、ローレンツが元騎士団ならではだな。

そんな気炎をあげるローレンツを見て、レオノールがカーリナの背後に隠れる。

職人らしいローレンツの荒っぽい口調に、思わず身を縮めたようだ。

そんなレオノールにアイノさんが微笑むと、

その肩の力がわずかに抜けたように見えた。


「初めまして、アイノよ」

「……は、はじめまして。レオノールです」


アイノさんの柔らかな口調に、レオノールもようやく小さく頷いた。


「ん? ヒデキ、誰だこの子?」

「実は――」


レオノールとの出会い、自分がレオノールの面倒を見ることを説明し、

明日以降、警らの間、レオノールを預かってもらえないかを相談する。

しかし、ローレンツは多忙なため、すぐには快諾しなかった。


「ちょっと厳しいな。今はこの通り仕事が立て込んでいて、

 その上、人手も足りなくてよー」


アイノさんがローレンツをちらりと見上げ、少し強い口調で反論する。


「何言ってんのよ、父さん!

 私もいるし、ちょっとくらい面倒見てもいいでしょ?」

「……まあ、お前がそう言うならいいか。

 よし、作業場で大人しくしてるなら面倒見てやる」


ローレンツは渋々ながらも了承した。


「ありがとうございます!」


カーリナとレオノールが礼を言う中、キャットがアイノに声をかけた。


「アイノ、頼んでた防具、できてる?」

「うん、仕上げたよ。革紐は新しくして、金具もしっかり締め直しておいた。

 試しにつけてみて」


キャットは胸当てを装着し、肩を回して確認する。


「おお、バッチリだよ! これなら戦闘中もズレる心配もなさそうだ」


キャットが満足そうに胸当てを叩く様子を見て、ふと考える。

自分も武器の相談をしたかったんだが、今は都合が悪そうだ。

忙しいローレンツに頼んで良いものかと気を回していると、

カーリナが勢いよく口を開いた。


「ローレンツさん! ボク、新しい武器が欲しいです。

 強くてカッコイイ槍をください」


カーリナのど直球なおねだりに、

ローレンツが目を見開いたまま、視線を自分に向けた。


「いや、あの、新しい武器を考えていて……

 あっ、もちろん、ちゃんと払うつもりです。

 仕事が落ち着いてからで良いので、考えてもらえませんか」


ローレンツが髭を撫でた後、口を開いた。


「まーそうだな。すぐにって訳にはいかねーが、

 手が空いたら、ギルマスからかっぱらってきてやるよ」

「ありがとうございます! やりましたね師匠、また武器が貰えますよ」


カーリナよ、お礼だけにとどめておけ、余計なことは口にするんじゃないよ。

明朝、レオノールを預けに来ると言い、ローレンツたちと別れた。


***


騎士団の天幕に足を踏み入れると、すでに数名の騎士が集まっていた。

その中にはクリスの姿もある。


天幕の中央に置かれた大きな木製の机の上に、

いくつもの小地図が重なり合った全体地図が広げられている。

指揮官がその上に手を置き、集まった騎士たちへ向けて説明を始めた。


「よし、これで全員だな。

 明日より、難民キャンプ周辺の集落に対する警らを開始する。

 各隊は担当区域を巡回し、魔物の兆候調査と村人の安全確保を行うこと」


騎士たちはそれぞれ自分の役割を確認するように地図を見つめている。

指揮官は一呼吸おくと言葉を続けた。


「明らかに危険な場合のみ、避難を促す。

 ただし、現在、難民キャンプの収容人数はすでに限界に近い。

 安全が確認できる限り、村人にはそのまま生活を続けてもらう方針だ」


指揮官は地図の一部を指で示しながら続ける。


「各隊の巡回担当区域だが、まず北部が――」


指揮官の説明では、警らの対象区域は北部、東部、西部、南部、中央、

そして外縁部の六つに分かれており、各隊がそれぞれの区域を受け持つ。

クリスは北部の集落を担当するようだ。

自分は事前にラウリから依頼された通り南部を担当する。

南部の集落は最も数が少なく三つしかないが、担当範囲は広い。


担当地区を告げられた者から地図を取り巡回ルートを確認している。

南部の詳細図に手を伸ばしたカーリナを見て、声をかける。


「カーリナ、副団長から貰った地図があるからいいよ」


そう言って、ラウリからもらった折りたたまれた地図を見せると、

指揮官が反応した。


「その地図、確認しても?」

「あっ、どうぞ」


指揮官が手に取ると、二枚の地図を見比べ、小さく息をつく。


「これは古いな……例えば、このシエナという集落はもうありません」


指揮官が指差した場所は、騎士団が準備した地図からは消えていた。


「数年前の大雨で土砂崩れが発生し、馬車が通れる道が埋まってしまいました。

 集落そのものへの被害はなかったのですが、

 孤立状態が続き、森の中にあったいくつかの集落の住人は、

 やむなく周囲集落へ移住し、今はもう誰も住んでいません」

「つまり、今はただの森か」


自分の言葉に、クリスが小さく頷くと、付け加えた。


「はい、シナルとソヴィの直線上にありましたが、もう道がありません。

 当時、大雨の中、偵察に向かったので覚えています。

 森を抜けられないので遠回りが必要になります」


地図を指でなぞりながら、カーリナと巡回ルートを考える。

自分たちが担当するのは、アシャー、シナル、ソヴィの三つの集落だ。


「この配置なら、まず一番近いアシャーへ向かうのが順当だな」

「はい、その次は南東のシナルへ進みましょうか」

「そうだな。そっちが近いからね。そこから西の森を抜けて――」

「師匠、シナルから西に向かう道はありませんよ」

「そうか、道がなくなってたんだったな。森を抜けられないとなると……」

「一度、南に下ってから北東に進むしかありませんね」

「大回りになるけど、それしかないか」


カーリナが頷き、地図を丁寧に折り畳んだ。


「明日からの警らの開始に向けて、準備を整えておけ」


指揮官の言葉を受け、自分たちは天幕を後にした。


「明日から、警らか……」


遠くに広がる森を見つめながら、これからの巡回のことを考える。

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