表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/67

第49話 四面楚歌

「討伐対象のシェリーを確認! 全員攻撃態勢を取れ!」


ユーハンが剣先をシェリーに向けると、

それを合図に騎士たちは次々と武器を構え、魔法使いたちが詠唱を始めた。


この人数ならSランクの魔物一体は何とかなるかもしれない。

しかし、規格外の巨体なAランクの魔物が五体、

あの取り巻きを考えると、そう易々とは……思わず剣を握る手に力が入る。


「目標、シェリー一体のみ! 風魔法、集中攻撃!」


ラウリが攻撃合図を出すと、魔物部屋の四方八方から激しい風切り音が立ち、

風の塊のようなものがシェリーに向かって飛んでいった。

そして、風の塊がぶつかり重なり合うと、

より一層激しい轟音が部屋に響き渡る。


どうやら初手から一気に最大火力で攻撃するようだ。

いや、風魔法なのだから火力とは表現しないか、風力……?


部屋中の土埃と壊れた防柵が吹き上げられ、

一瞬にして部屋内の視界が奪われた。


視界が戻ると、シェリーを庇うように、

炎をまとった二体のバーニングゴーレムが立ちはだかっていた。


あれ? 魔法が効いていないのか?


バーニングゴーレムは周囲の空気が歪むほどの熱を放っていて、

威圧感が視界全体を支配している。


シェリーが振り返り、

何やら後方に控える三体のバーニングゴーレムへ手で合図を出すと、

ゴーレムたちは巨体を揺らしながら、

魔物部屋の隅に控える魔法使いへ近づいて行く。


シェリーがあの風魔法が厄介だと判断したのだろう。

攻撃として効いているのか、

それとも、単に煩わしいだけかはわからないが……


「ひるまず、風魔法を続けろ! シェリーからゴーレムを引き離せ!」


ラウリの声を受けた魔法使いたちが再び風の塊を放ったが、

シェリーの盾となっていた二つの巨体が魔法攻撃を弾き返し、

その剛腕で防柵を崩しながら周囲の騎士たちを薙ぎ払う。

所々からは黒い煙が立ち上がるのが見え、

味方の魔物さえも巻き添いになっていることがわかる。


「よくやった、ゴーレムが離れた。戦える者は私に続け!」


剣を構えたユーハンがシェリーに向かって走り出すと、

それに続くように騎士たちが一斉に駆け出した。

自分も手汗で剣の柄が滑りそうになるのを強く握り直し、その後へと続く。


しかし、ユーハンの目の前に熱を帯びた二つの巨大な拳が振り下ろされ、

その行く手を阻まれた。

この二体のバーニングゴーレムを倒さなければ、

目と鼻の先にいるシェリーに近づけそうにない。

バーニングゴーレムの次の攻撃に身構えたが、攻撃を仕掛ける様子はなく、

じっと固まったままで、ただの防壁となっている。


不思議に思っていると、シェリーがゆっくりと向かって来て、

バーニングゴーレムの防壁を挟み、不敵な笑みを浮かべこちらを見ている。

その余裕たっぷりな振る舞いがますます自分を焦らせる。

自分の一撃が届く未来を必死に思い描こうとするが、

一方で、シェリーは落ち着きを持った貴婦人のようにその場を支配している。

魔物の分際で人間様を馬鹿にしやがってー!!


このっ! このっ! このっ!


目の前にある巨大な拳に剣を何度も叩きつけた。

倒そうという気概というよりも、いわば八つ当たりだ。


このっ! このっ! このっ……え!?


何度目かの攻撃で、目の前の拳が黒い煙となった。

一瞬、何が起こったか理解できなかったが、

いち早く反応したのはシェリーであった。


シェリーが指で合図を送ると、

バーニングゴーレム四体が防柵の残骸もろとも、

騎士たちを部屋の隅へ押し寄せたのだ。


部屋の一掃が終わったバーニングゴーレム四体は、

部屋中央に立つシェリーを囲むように位置した。

防柵の残骸から這い出たユーハンがラウリに指示を出す。


「ラウリ、作戦変更だ!」

「全員退避! シェリーは通路で迎え撃つ。

 フレデリック、怪我人を運び出す時間を稼げ」


一斉に矢と風魔法が放たれる中、騎士たちと共に通路に向かった。


***


騎士たちは通路の幅いっぱいに横一列に並び、

盾を構えて壁のように連なっていた。

鉄製の重厚な盾が迷宮の光を受けて鈍く光り、

盾の表面が微かに輝きを放っている。

その隙間なく連なる姿は堅固な砦のようだ。


騎士たちが固める前線の後ろでは、魔法使いたちが詠唱を始めていた。

詠唱の声が重なり合い、低く響く旋律が通路全体に広がり、

耳に重く残るようだった。

その音が戦場の空気を切り裂き、耳元で鼓動するような感覚を生み出していた。


魔物部屋から出て来たバーニングゴーレムがじりじりと距離を詰めてくる中、

ラウリの指示が響いた。


「風魔法! 一斉攻撃!」


詠唱を終えた魔法使いたちが、全力で魔法を放ち、

冷たい風の刃がゴーレムたちを襲う。


ゴーレムの炎を一瞬揺らめかせ、通路内を乱舞する風と共に土埃が舞い上がる。

しかし、ゴーレムたちは炎をまとったまま、

その巨体を揺らしながら前進を続けた。


巨体の動きで地面が震え、振動が盾を構える騎士たちの足元にまで響いた。

その衝撃で、一部の騎士たちは足元を滑らせそうになりながらも、

互いに支え合って必死に踏みとどまった。


「全力で防御を固めろ!」


ユーハンが叫ぶと、前線の騎士たちは盾を強く構え直し、

ゴーレムが放つ熱気に押されながらも、

汗を滲ませながら必死に足を踏ん張り続けていた。

後方の魔法使いたちは次の詠唱に備えて静かに息を整えている。


一体のゴーレムが地響きを立てながら突進してきた。

前線の盾を弾き飛ばすと、金属が砕ける悲鳴が通路全体にこだまする。

騎士たちは崩れた盾の隙間を埋めるべく必死に押し戻す。


後方では魔法使いたちが詠唱を繰り返しながら、次の魔法を準備していた。

このままでは持たないと焦りつつも、隙を見て攻撃の機会を狙った。


「カーリナ、準備は――」 「できてます!」


カーリナの返事を聞き、自分は剣を握り直した。


「全員、ゴーレム一体に集中攻撃せよ!」

「「「オオー!!!」」」


ユーハンの指揮によって騎士たちの声が通路に響き渡り、

武器を振り上げた騎士たちが一斉に前進する。


剣と槍が一体のゴーレムに集中し、

その炎の隙間を狙うように何度も突き刺さった。

ゴーレムが揺れるたびに熱波が通路全体を襲い、汗が滴り落ちる。


「今だ!」


ラウリの合図で、後方の魔法使いたちが詠唱を終え、

風の刃がゴーレムの側面を切り裂くと、

炎を揺らめかせながらゴーレムは体をのけぞらせた。


その隙を突き、自分とカーリナも前へ踏み込んだ。

カーリナの槍がゴーレムの足元を貫き、

続けざまに自分の剣が炎の中心に突き立った。


耳をつんざくような音とともに、

ゴーレムの巨体が崩れ落ち、黒い煙が視界を覆った。


「一体撃破! 残り三体!」


ラウリの叫び声が響く中、

黒い煙の中から二体のバーニングゴーレムがこちらに突進してきた。

二体同時では、通路は狭く壁に肩をこすりながら向かって来る。


両側の壁が削られる音が通路全体に響き、騎士たちの前線が突破されてしまい、

通路の前後を囲まれる形になってしまった――これはまずい状況だ。

弾き飛ばされた騎士たちが通路に倒れている。

あっ、カーリナたちは!?


レオノールとカーリナの姿を少し離れた後方に確認した。

盾を構えているレオノールと、その隣で槍を構えるカーリナ。

ひとまず二人の無事を確認し、安堵の息をつく。


「二人とも、怪我はないか?」

「ノーラちゃんとボクは無事です!」


カーリナの元気な声が通路に響いたが、

それをかき消すように、ユーハンの声が響いた。


「このままでは前後から押し潰される! 何か打開策はないのか!」


その言葉を受け、フレデリックが力強く提案を申し出た。


「団長! 魔法部隊全員を集中させれば後方のゴーレムを撃破できます。

 ただし、詠唱に時間がかかります!」

「よし、それで行け! ラウリ、前線を維持だ。時間を稼ぐぞ!」

「はっ! 戦える者は前方のバーニングゴーレムに集中!」


盾を握り直したフレデリックが鋭い視線を後方に向けていた。

肩で息をしつつも、その目には決意が宿っている。


これまでバーニングゴーレムに対し、

決して魔法が有効といえるものではなかったが、

更に強力な魔法で殲滅を図るのだろう。


「螺旋カノンの準備を始める! 魔法使い全員、詠唱に入れ!」


フレデリックの声が響くと、魔法使いたちの詠唱が聞こえ始めた。

魔法使いたちは互いの声に耳を傾けながら、

何度も詠唱を繰り返し、少しずつ転調させていく。


空気が震え、微かな風が渦を巻くように流れ込む。

まるで各々の旋律が調和し、通路全体に共鳴しているようだ。


「魔法が完成するまで前線を死守しろ!」


ユーハンが騎士たちを鼓舞したその時、魔物部屋から新たな魔物が現れた。

メタルゴーレムの重々しい足音、ブルーピーコックの不気味な鳴き声、

そしてナイトメアの幻惑するような瞳が通路を埋め尽くす。


折角、バーニングゴーレムを通路に誘い込んだというのに、

これでは魔物部屋の二の舞だ。


「団長たちは、バーニングゴーレムに集中してください。

 残りは私が一手に引き受けます。

 カーリナ、聞こえるか! 手伝ってくれ!」

「おお、ヒデキ殿、かたじけない。フレデリック、魔法はまだか!」


ユーハンの焦りの声が響き渡り、

騎士たちは全力でバーニングゴーレムを押し返しながら、

時間を稼ごうと奮闘していた。


詠唱が頂点に達した瞬間、魔法使いの足元に魔法陣が浮かび上り、

周辺の風がうねりを伴って渦巻き、通路全体が鳴動し始めた。

全力で呪文を放つべく、魔法使いたちは両手を掲げ、

その全身から魔力を解き放った。


渦巻く風によって通路全体が満たされ、

眩い閃光が後方のゴーレム二体に向かって放たれた。

――やったか!?


迷宮全体が振動する中、黒い煙が立ち上がり、

一体のゴーレムが現れた。


「……くそ、もう一体残ってるぞ!」


ラウリが叫ぶ。

その残ったゴーレムが突進し、魔法使いの防衛陣を力任せに押し崩した。

魔法使いたちは必死に退避しようとするも、

その巨体に触れるたびに吹き飛ばされ、床に倒れ込む者もいた。


詠唱を続けようと声を張り上げる者もいたが、その声は轟音にかき消され、

混乱が広がる中で隊列は完全に崩壊してしまった。


これでは、あの強力な魔法の再発動は不可能だ。

状況はさらに絶望的なものとなってしまった。


前方では、シェリーが冷たい目を騎士団に向けている。

その隣にはバーニングゴーレムが一体、

後方にはまだ無数の魔物たちが控えている。


「全力で防御しろ! 何としても持ちこたえろ!」


ユーハンの指示が通路に響く中、戦場は混乱の極みに達していた。

さらに、魔物部屋の魔物流出はとどまることを知らず、

自分とカーリナの二人では手が回らない。

騎士たちがバーニングゴーレム以外の相手もせざるを得ない状況になってきた。


そんな中、ブルーピーコックを剣で牽制していたラウリが、

爆発に巻き込まれ地面に倒れ込んでしまった。


「ラウリ! 副団長が被弾! 副団長を守れ」


ユーハンが叫ぶが、すぐに前方のバーニングゴーレムが攻撃を仕掛け、

ユーハン自身が盾を構えたまま壁に吹き飛ばされてしまう。

騎士たちがラウリのもとへ駆け寄ろうとするが、次々に押し返される。


「師匠、足元にブルーピーコックです」

「またこいつか! こいつが戦場をかき乱しやがって……

 いや、これしかない!」


ブルーピーコックを拾い上げると、

目の前で騎士たちをなぎ倒しているバーニングゴーレムの顔目掛けて、

全力で投げつけた。


――ドォォォォン!!


爆発音と共に炎の巨体が崩れ落ち、黒い煙が立ち上る。

それに反応したシェリーが手を上げると、

後方のバーニングゴーレムが騎士たちを蹴散らしながらこちらに向かって来た。


挟み撃ちを狙っているのか?

しかし、シェリーは黒のドレスの裾を静かにひるがえし、

ゆっくりと魔物部屋へ向かって歩き出した。


撤退だと? ここまで来て逃げられてたまるか!


「団長! 私がシェリーを倒します」

「ボクも行きます!」

「よし、カーリナ! シェリーを倒すぞ!!」


カーリナと共に、目の前の魔物を次々に煙に帰しながら、

シェリーの背中を追いながら突き進んだ。


シェリーに対峙すると、一瞬だけ驚きの表情を浮かべたが、

次の瞬間には冷たい目に戻り、鋭い視線で静かに見据えた。

近くのメタルゴーレムにシェリーが目配せをすると、

周囲にいた三体が盾のように立ちはだかった。


「カーリナ!」


カーリナが槍で横薙ぎに払うと、メタルゴーレム三体が黒い煙に変わる。

煙の中に佇むシェリーに目駆けて突きを放つ。


「これで終わりだ……!」


剣先がシェリーの胸元に突き刺さった瞬間、

鋭い衝撃が手元から全身に伝わり、冷気のような波が駆け抜けた。

彼女の冷たい表情が一瞬歪み、驚愕と恐怖が入り混じる目でこちらを見つめた。

シェリーの瞳が閉じると同時に、迷宮全体に震えるような叫び声が響き渡り、

その体が黒い煙となって消えていった。


次は残りのバーニングゴーレム一体、振り返ると――

バーニングゴーレムも同時に消滅し、通路が黒い煙で満ち溢れていた。


「全員、後退! 中間部屋に退避するぞ!」


ユーハンの命令で、騎士団は崩れた陣形を立て直しながら、

通路を後退していく。


***


中間部屋に辿り着き、ようやく息をついたが、

まだシェリーにとどめをさした感触が手に残っている。

小刻みに震える腕を抱えていると、

レオノールが近づき、小さな箱を差し出した。


「お兄ちゃん、これ……拾ったよ!」

「これはどうしたの?」

「お兄ちゃんが、あの女の人を倒した後、床に落ちてた」

「女の人……ああ、シェリーのことか」


この小箱がシェリーのドロップアイテムってことか。

ゆっくり箱を開けると、中には指輪が入っていた。

鑑定スキルの結果は『ゴーレムの指輪』であった。

ゴーレムの指輪か、貴重なアイテムなんだろうな。

無くさぬようにふたを閉め、小箱をポケットにしまう。


しかし、あんな状況でよく拾ったな……

感心してつい微笑むと、レオノールも微笑み返してくれた。

そのレオノールの表情を見て腕の震えが止まったことに気付いた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ