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第47話 討伐

馬車の揺れが続く。

未舗装の道を進むたび、車輪の弾みがわずかな振動として体に伝わる。

木製の車軸が軋む音が、不規則なリズムを耳に刻む。


幌の骨組みにもたれ、後方へ流れる景色をぼんやりと眺めていると、

遠くの地平線は霞んでおり、かすかな風が草原の香りを運んできた。


進行方向の前方には、団長のユーハンと副団長のラウリが腰掛けに座り、

迷宮の作戦について小声で話し合っている。

言葉の断片が時折耳に届くが、ほとんどが難しい戦術の話だ。


ラウリが地図を指でなぞりながら、何かを説明しているのが見えた。

ユーハンは眉間に皺を寄せ、真剣な表情で頷いている。


自分のすぐ横では、カーリナが膝を抱えながら目を閉じている。

揺れに合わせて体が少しずつ揺れているのを見ると、

眠っているのかもしれない。

普段は元気いっぱいだが、こうして静かにしていると、

年相応の少女らしさが見えてくる。


レオノールは後部の側板に肘をかけ、景色をぼんやりと眺めていた。

時折、指先で何かを数えている様子が見える。

レオノールの眼差しはどこか集中していて、何か考え事をしているようだ。

何を考えているのか、少し気になる。


「もうすぐ到着します」


御者台から声が飛んできた。

手綱を預かるのは若い従騎士だ。

手綱を軽く引き、馬の歩調を調整する様子が見えた。


声に反応して、団長のユーハンが静かに立ち上がる。

すっと立ち上がる姿が妙に落ち着いて見えた。


「到着したら速やかに準備を整えろ。遅れるなよ」


ユーハンの声は静かだが、命令の重さがはっきりと感じ取れた。

ユーハンが指示を出すと、誰もが即座に動き出す。

その声を無視する者は誰もいない。


「了解しました」


数名の騎士たちが声を上げた。

これが騎士団の一糸乱れぬ動きの理由なのだろう。

自分も小さく頷き、気を引き締めた。


馬車が徐々に減速する。

車輪の回転音がだんだんと静かになり、ついに止まった。

御者が馬をなだめる声が聞こえる。

幌の外では、別の馬車が次々と到着する音が響いていた。


「着いたぞ、降りろ」


幌の幕がめくられると、乾いた空気が流れ込んできた。

地面はしっかりとした土の感触で、

踏みしめるたびにわずかな砂が靴の裏で音を立てる。


見渡せば、小さな建物が一つ見える――見慣れた小屋だ。

その手前には、すでに数台の馬車が停まっており、

騎士たちが物資の運搬を始めている。


「荷物を降ろせ!武具を整えろ!」


ラウリの大声が響き渡ると、騎士たちは無駄なく動き出した。

荷台から木箱がいくつも降ろされ、すぐに物資の仕分けが始まる。

剣や槍の手入れをしている騎士もいる。


小屋の前では、呪術師らしき者が儀式の準備をしていた。


カーリナは一気に目を覚まし、ぱっと立ち上がった。

小さく伸びをしながら、すぐに槍を背負う。

眠気が完全に吹き飛んだのが、動きから分かる。


「師匠、さっそく行きましょう!」


カーリナがこちらを振り返り、目を輝かせている。

その元気な声に、思わず肩をすくめた。


腰の剣に手を伸ばし、鞘に収まったままの剣の感触を確かめる。

いつもと変わらないその感触だが、

これから始まることを考えると、いつも以上に重く感じる。


***


小屋の前に立つと、ひんやりとした風が肌を撫でた。


クリスとキャットの姿は……まだ迷宮の中だろうか。

周囲を見渡しても、それらしい影は見当たらない。


迷宮内にいるなら、何か任務中なのかもしれない。

だとしたら、昨日から働きっぱなしじゃないか!

ガド騎士団の労働環境は過酷だ。

間違っても、自分が騎士団に入ることはないな。


目を向けると、

騎士たちが迷宮の入口前に一糸乱れぬ整列を完成させたところだった。

中部駐屯地からの後方支援部隊60名が合流し、

総勢120名による大規模な隊列である。


その光景は、思わず目を奪われるほどの壮観さだった。

ずらりと並ぶ騎士たちの鎧が日光を浴びて重厚な光を放ち、

剣や槍の金属がわずかにきらめく。

誰も無駄な言葉を交わさず、ただ、これから始まる作戦に向けて、

それぞれが心を整えているのが感じ取れた。


緊張感を漂わせる静寂を、ユーハンの声が切り裂いた。


「これより、小迷宮オタラの作戦を開始する!」


その声は、耳だけでなく体の芯に響くような力強さがあった。

その一声で、この場の全員が動き始める、そんな重みがある。


副団長ラウリがすかさず続ける。


「各自、配置につけ! これより指揮系統は分隊長に移行する。

 第一分隊より迷宮内へ順次入れ!」


その号令が響いた瞬間、周囲の騎士たちが一斉に動き出した。

足音が一定のリズムを刻むたびに、

6人1組の小さな隊列が次々と迷宮の中へと消えていく。


カーリナとレオノールも緊張の色を見せず、しっかりと前を見据えている。


「行くぞ」


短く告げ歩き出すと、カーリナが元気よく答える声が背中から聞こえた。

レオノールも続いて頷く気配を感じる。


迷宮の入口がその暗い口を大きく開けて待っているのが見えた。

何度も入った迷宮だが、

今日はまるで、大きな獣が獲物を飲み込もうとしているようだ。


暗く、空気の重さがいつもと違う。

いや、変わったのは自分の気持ちかもしれない。


足を一歩踏み出すたび、

自分の存在が徐々にこの迷宮に取り込まれていく感覚があった。

足音が反響し、音が吸い込まれるように感じる。

後ろからついてくるカーリナとレオノールの気配が心強いが、

それでも背中に冷えた感触が残った。


小迷宮オタラの作戦が、今まさに始まった。


***


魔法陣の光が消えると、14階層の中間部屋に到着した。

部屋の中央には、後方支援部隊がまとめた荷物が整然と並べられ、

物資の整理が進んでいる様子が見て取れる。

ユーハンたちの姿はどこにも見当たらない。

すでに魔物部屋へ向かったようだ。


壁際では昨日から働き続けている先発部隊が休息を取っている。

その中にクリスとキャットが見えた。

二人は壁にもたれかかり、

まるで体力を使い果たしたかのようにぐったりと座り込んでいる。

自分が近寄ると、二人もこちらに気付いた。

クリスの肩は落ち、瞼は半ば閉じかけている。

キャットは目を閉じたまま、呼吸が深くなっているのが見える。

その姿は、まるで意識を手放しているかのようだった。


迷宮の中では、単なる魔物との戦闘以上に体力と気力の両面で負担がかかる。

常に神経を張り詰めているせいで、疲れ方が尋常じゃないのだ。


「ヒデキ殿、後はお願いします……

 ほら、キャット行くよ。これでやっと休める……」


悲鳴にも似たクリスの言葉には力はなく、

壁に手をつきながらゆっくりと立ちあがった。

足元がふらつき、睡魔に襲われているのが如実に感じ取れた。


「クリス――あたしもうダメみたい……」


キャットが壁に背を擦りながらズズズーッと床に寝ころぶのを見て、


「ダメだって! 寝るのは地上に戻ってからだよ。わたしだって――」


何かを言おうとしたクリスが言葉を飲み込んだ。

弱音を吐くことで、

ギリギリのところで保っている精神が崩壊すると察したのだろう。

クリスが近くにいた騎士に手で合図をすると、

騎士二人がかりでキャットを引き起こした。

キャットはまるで子供のように嫌だ嫌だと駄々をこねている。


「ヒデキ殿、ご武運を」

「えっ、ああ、ありがとうございます」


思わず、そちらこそご武運をと言いかけたが、何とか言いとどまった。


魔法陣の光に包まれる二人は立つのがやっとの様子だった。

二人がこの迷宮に戻ってくるのは、しばらく先になるだろうな、

そんなことを考えながら二人を見送った。


「さて、始めるか」

「うん!」「はい、師匠!」


カーリナとレオノールはすでに槍とナイフを手にし、探索の準備を整えている。


***


自分たちの任務は至って単純である。

中間部屋から14階層奥にある魔物部屋の間を往復し、

遭遇する魔物全てを討伐するだけだ。


前線部隊が魔物部屋に集中できるようにするのと、

後方支援部隊が魔物部屋へ物資を輸送する経路確保が目的らしい。

鐘が鳴れば休憩を取って良いと事前に言われているが、

言い換えると、鐘が鳴るまでは往復を繰り返さないといけないということだ。

単純だが単調な任務だ。


迷宮はカーリナを先頭にして進む。

地図を清書した甲斐もあり、完璧に道順が頭に入っているそうだ。

それに、レオノールの耳が魔物の音を察知し、位置を知らせてくれる。

二人とも何とも頼もしい限りである。

そして、自分はステータス調整による武器攻撃力13倍のおかげで、

一撃で魔物を倒すことができる――我ながら何とも頼もしい自分である。

ひょっとすると、自分たちのパーティーは最強なんじゃないか?


しかし、倒しても倒しても、魔物が尽きることはない。

これならいっそ倒さなくても同じ結果なんじゃないかとぼやいてしまう。

いったい、魔物はどこから発生しているのだろう。

突如として空間に出現するのだろうか。

それとも、地面から這い出たり、天井から降って来るかもしれない。

もしかしたら、忍者屋敷みたいにどんでん返しで現れるのかもしれないな。


単調な任務に飽きてしまい、つい非現実的な妄想が膨らんでしまう。

しかし、魔物が存在する時点で、元の世界からすれば非現実なのだから、

この妄想も意外と真実かもしれないな。


***


何往復しただろう。

回数なんて数えていなかったが、カーリナが四の鐘が鳴ったと教えてくれた。


「ようやく休憩かー。よし、中間部屋に戻ろう」


戻った中間部屋はがらんどうとしていた。

荷物はそのままだが、通常ならいるはずの後方支援部隊の姿がない。


「えっ!……誰もいない?」


カーリナが不安そうな声を漏らした。


「もしかして休憩のために戻ったのか?」

「そうだとしても何人かは残るはずですよ、師匠」

「まあ、そのうち戻って来るだろう。それよりも休憩だ」


若干の違和感を覚えたが、

水筒の水を飲みながら、壁に背を預けて腰を下ろした。

レオノールはすでにリュックを床に下ろすと、

回収したドロップアイテムを数え始めていた――今回も大量だ。


「レオノールちゃん、

 何回も同じ道を通るから、回収は最後にした方がいいと思うよ」

「えー、でも誰かに取られたらイヤだから」

「……おっ、おう。そうか……でも重いでしょ?」


可愛らしい見た目と違って、意外とレオノールは欲深いんだな。

ちょっとだけショックだ。


「いっぱい売ったら、お兄ちゃんとお姉ちゃんの役に立てるでしょ。

 だから、あたし全部拾うの!」


なんていい子なんだ――欲深いなんて思ってごめんね。

つい嬉しくなって頭を撫でると、レオノールも嬉しそうに微笑む。

自分に娘がいたらこんな感じなのかなと思いながら、

カーリナに視線をやると、

未だに不安そうにしてうろうろ歩いていた――あっちの娘は手が焼けるな。


「カーリナ! 心配してもしょうがない、休憩しなさい。

 この後もまだあるんだから!」

「師匠、やっぱりおかしいですよ。支援部隊が誰もいないんですよ!

 こんなことありえません。絶対、何か起こっていますって」


その一言が、胸に小さな棘のような不安を突き立てた。

たしかに、誰ひとりいなくなる理由が思い浮かばない。


「レオノールちゃん! 近くに人はいるかな?

 ほら、何回かすれ違った分隊、あの人たちは近くにいる?」

「ん-っとね……人はね……魔物がいっぱいいる部屋にしかいないよ」


レオノールが耳をピクピクさせ周囲の様子を探って答えた。

カーリナの表情は理解できないといった感じだが、

槍を握る手には力が入っている。

魔物部屋にしか人がいない?

自分たちと同じように魔物を討伐している分隊はどこへ行った?


「でもね、そんなにいっぱいじゃないよ。人が少ないみたい」


――何かおかしい。


頭の中でその言葉が反響する。

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