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第4話 魔物の暴走(それぞれの主張)

食事を終えた者が、次々と部屋から出て行く。

午後の仕事に取り掛かるのだろう、

よく働きなさる。


自分も食後のお茶を飲み終わったので、

外でタバコを吸いに席を立とうとしていたところに、

見覚えのある男が部屋に飛び込んできた、

確か名前は……覚えてない、誰だっけ。


「やべー村長!!大変だ」

「どうしたアンス、騒がしいな」

「そっ、村長!それにバルコもここだったか。

 丁度いい一緒に聞いてくれ。

 ま、また魔物だ。今度はゴブリンだ……数も多いぞ」


ドン!


バルコが机を叩いた音が部屋に響き、村人の中に緊張が走った。

この状況で食後のタバコは吸いに行けそうにないな……。

というかここで吸ってもいいんじゃないか?

この世界に分煙の考えなんてないだろうし……。


一応、確認を取ろうとバルコを見たが、

怒っているようなので聞けそうにない。

じゃあ代わりに村長に……頭を抱えている、

こちらにも聞けそうにないな。


ゆっくり息を吐き、落ち着きを取り戻したバルコが尋ねる。


「アンス、ゴブリンは今どの辺りかわかるか」

「俺が見た時は、4つ目の藻場の奥辺りを歩いてた。

 俺、めいっぱい走って来たから、今はたぶん3つ目辺りだ」

「そうか、じゃあまだ時間はあるな……。

 親父!…………俺は村を守りたい」


村長は頭を抱えたままバルコの方を向く。


「バルコ、お前本気か?相手は武器を持ったゴブリンだぞ。

 数日前に来た騎士団が言ってただろう、

 これはたぶん魔物の暴走だ。

 仮にゴブリンを倒せても、その後から別のヤツが来るぞ」

「だったらどうすんだよ、何もせず村を手放せって言うのか。

 俺は死んでもこの村を……俺が育った、

 俺が大好きなこの村を守る」

「お前の気持ちはよくわかる。だがな、それは無謀ってんだ。

 それにカーニャとアレーナはどうなる。

 お前が死んでまで守ったこの村で、

 お前がいないカーニャとアレーナは幸せか?」

「……だったら……だったら、どうしろって言うんだよ!」


村の将来、村人の生死について、村長とその息子が熱く議論をしている。

異常を察したのか、一度出た男達がいつの間にか部屋に戻って来ていた。

自分は部外者なので、村の方針に口出しするつもりはない。

だが、これ以上我慢できない。

場違いなのは重々承知の上で、ここは思い切って聞いてみよう。


ここでタバコを吸ってもいいかを。


「あのーバルコさん、ここで一発、ヤニを……」

「ヒデキ!すまん、また力を貸してくれ。

 なぁ、親父!ヒデキがいたら倒せるかもしれねー」

「確かにブルースライムを倒したヒデキだ、ゴブリンも倒せるかもな。

 でもなバルコ、今度は数が多いって言ってたぞ。

 アンス、数はどれくらいだ」

「じゅう……15匹ぐらいだ……無理だよ、魔物を倒すなんて」

「なっ!……」「……」


バルコは言葉を失い、村長はまた頭を抱えた。

部屋にいる誰もが声を発そうとせず、沈黙の時間だけが流れる。

いかん、これでは何の解決策もでないまま時間だけが過ぎていく。

事態は急を要するのだ。


こうなったら、勝手に吸おう!


「ヒデキならどうする」


バルコがなんか言ってるが知ったこっちゃない。

吸いたい時に吸えないストレスは喫煙者しかわからないのだから。

せめてもの情けとして換気はしてやろう。

窓を開けようと立ち上がった時に、心の声が漏れた。


「迷っていてもしょうがない、時間の無駄だ。

 やりたいようにやって、ダメだったら逃げればいい……

 (そして、外で吸えばいい)」

「んっ!そうだなヒデキ。なぁ親父!やっぱり守ろう!」

「はぁ?……バルコさっき言ったろ、守って死んでもしょうがねーんだ」

「いや、誰も死なねー、死なせねー、もちろん俺も死なねーよ。

 こっちにはヒデキが、英雄さまがいる。

 やれるだけやって、ダメだったら逃げる。

 それだったらいいだろ、やらせてくれ親父!!」


バルコの話しを聞き終わった村長は黙ったままだ。

部屋にいる全員が村長の返答に注目している中、

村長が指でトントンとテーブルを小刻みに叩く音だけが鳴る。


指で叩く音が鳴り止むと、村長が口を開く。


「あーもー、わかった、わかった。

 お前に任せる、好きにしろ。

 でもな嫌がる奴を無理に手伝わせるなよ。

 それと絶対に誰も死なすんじゃねーぞ」

「ありがとう親父。

 アンス!皆を建物の前に集めてくれ、説明は俺からする。

 ヒデキ!俺は準備があるから先に行く、あとで外に来てくれ」


バルコは村長に礼を言い、男達を連れだって部屋から出て行った。

部屋には自分と村長の二人だけが残された。


村長は誰もいない扉を見たまま黙して語らない。

そしてゆっくり目を閉じた。

見送ったバルコの背中を記憶に刻んでいるように見える。

これがバルコとの最後かもしれないと考えているのだろうか……。

目を開き、だが視線は扉を向いたままで村長が尋ねてきた。


「ヒデキ、魔物に勝てるか」

「……大丈夫です。バルコさんとまた会えます」


こちらを向き直した村長が言う。


「ヒデキ、あいつを死なせないでくれ……頼む」


これは村人を思う村長ではない、一人の父親としての言葉だ。

自分も村長の思いに答えよう。


「私に任せてください。バルコさんが死ぬようなことはありません。

 この村の誰一人として悲しませません。

 その代わりと言ってはなんですが――」


そう言って村長と硬い握手を交わし、部屋でタバコを吸う許可をもらった。

村長は自分の熱意も汲んでくれた。

自分一人を残し、村長が部屋を出る際にボソっと呟いた。


「ヒデキ、お前タバコ吸うのか……金持ちなんだな」


***


ようやっと獲得した部屋での喫煙権を行使した後、

バルコに会うため建物の外へ向う。

部屋から出ると、女の子と楽しそうに話しているアスル君を見かけた。

確かあの子はバルコの娘、アレーナちゃんだ。

さてはアスル君、この子のために村に戻って来たかったのか。

このおませちゃんめ。

スライムへの攻撃回数の件は水に流してやろう。

邪魔すると悪いので声をかけるのはやめた。


建物の入口にラタさんが立っていた。

先程まで泣いていたのか目は真っ赤だ。


「村長から聞きました。ヒデキさん、これからゴブリンと戦うのですね」


そう言って何かを手渡してきた。

見ると、紐が通された薄紅色の貝殻だ。


「これは?」

「村のお守りです。どうか受け取ってください。

 私に出来ることはこれくらいしかありません。

 ……。

 まだ助けて頂いた……お礼も……できていないのに……」


ラタさんが泣きだした。

受け取ったお守りを自分の首に掛けながらラタさんに声をかける。


「大丈夫です、必ず村を守ってみせます。ほら、お守りもありますし」

「うぅ……」


ラタさんは堪えきれなくなったのか、泣きながら去っていった。

こっちは村まで救ったら、どんなお礼になるか楽しみにしていると言うのに、

ラタさんは自分が死ぬのを信じてやまないようだ。

まるで死の戦地に赴く兵士を見送るって感じじゃないか……。

戦地……急に不安になってきた。

首からぶら下がったお守りを強く握りしめながら建物から出た。


建物の外ではバルコを中心に男達が作戦会議をしていた。

何やら地面に絵をかきながら、あーでもない、こーでもないと言っている。

こちらに気付いたバルコに強制的に会議の輪に参加させられてしまった。


バルコの作戦はこうだ。

作戦に参加するのは男達のみ、女性や子供、老人はこの建物に残る。

村に被害が出ないよう、ここから少し行った1つ目の藻場で魔物を迎え撃つ。

予防線として高台や崖の上に続く道にバリケードを築き、

魔物を浜から出さない。

戦術は地の利を生かしたもので、男達を浜班と崖班の二手に分ける。

男達の役割は魔物を倒すのではなく、あくまで足止めすることに留める。

あとはヒデキが浜で頑張る。


おいおい最後のはなんだ、随分と随分だな。

英雄さま一人で戦えってか?

とんだ上司だな、バルコは部下に降格だ。

浜班はわかるが崖班ってなんだよ?


「バルコさん、参加するのはここにいる人達で全員ですか」

「ああ、ここにいる約20人だ」

「崖の上の人達は何をするのですか」

「今、取りに行かせてるんだが、崖の上から網を打とうと思う。

 魔物の足止めだ、俺達漁師ができることと言ったらこれくらいだ。

 魔物がうまくかたまっててくれたら一網打尽だ。

 引っかからなかったヤツをヒデキが倒してくれればいい。

 丁度、1つ目の藻場んとこは崖が高くなっててな、

 大人でもちょっとやそっとじゃ登れねーから、心配しなくても大丈夫だ」


バルコよ、崖の上にいるヤツの心配なんかしていないから大丈夫だよ。

うまく網に引っかからなかったら……不安しかない。


「安心しろ、網を打つネッドは村一番の投網の名手だ。

 大船に乗ったつもりでいてもらって構わねーぞ」


津波で大型の漁船が流されて、小型の漁船しか残ってない村人がよく言うよ。

泥船よりかはましか……。


「それとヒデキには、これを渡しておく」


そう言うとバルコが剣を渡してきた。

おっ!初めての武器らしい武器だ!


「数日前に騎士団がこの村に来たって、親父が言ってただろ。

 そん時に魔物の暴走が起きるかも知れねーって、

 護身用にと2本置いてったんだ。受け取ったのはいいが、

 剣なんて誰も使ったことねーから、もらったまんま納屋にしまっといたんだ。

 でも本当に魔物の暴走が起きちまうとはな……。

 ヒデキ!これ使って魔物を倒してくれ、頼む」


受け取った剣に鑑定スキルを使うと、銅の剣だった。

これ大丈夫かな、錆びてないかな……。


***


1つ目の藻場にやって来た、バルコも一緒だ。

砂浜の先を見ると、ゴブリンの群れがこちらに向かってゆっくり歩いている。

まだ距離があるためか鑑定は使えないようだ。


ゴブリン達は手に何かを持っているが、

この距離だと武器かどうか判別がつかない。

んー、よく見えないが棍棒のような物かな。

バールのような物じゃなければいいが……。


ゴブリンを数えると、1、2、3……全部で16匹いた。

事前情報の15匹に対しプラス1匹、まぁまぁ誤差範囲だな。


崖の方を見上げると、迎え撃つ準備をしている男達の姿があった。

あの中の一人が投網の名手の……誰だっけ。

どうも人の名前が覚えられない。

重要人物ならともかく、

その他大勢クンの名前までは、ちょっと……。


ゴブリンの群れとの衝突までもう少しありそうなので、ステータスを確認する。

村人はLv.6のままだが、戦士がLv.5になっていた。

これに伴い、スキルポイントも7になっている。

確認してよかった、今の間にステータスを調整しよう。

相手は魔物だ、1つのミスでも命取りになる。

このステータス確認が命を守る行動だ。

今後はステータス確認を癖付けなければならないな。


ゴブリンは武器を持っているようなので、防御力UPは必須だ。

武器・防具ステータス設定画面を開き、

スキルポイントを使い切って、防御力3倍に――。


ん?まてよ、これって……。


違和感を覚え、手を止めた。

初めて出会った魔物のでかいネズミは、蹴りを受けてもピンピンしていたが、

棍棒の攻撃は嫌がったし、それに棍棒で倒せた。

攻撃力13倍の効力によって棍棒の攻撃威力が上がったからだ。


つまり、攻撃力13倍は自分自身の攻撃力が上がったのではなく、

自分が装備している物に対して作用したことになる。

そりゃそうか武器・防具ステータスだもんな。

そうすると防御力を3倍まで上げる防具って……。


自分が身に着けているのは、上下スウェット……。


スウェットの防御力を3倍にしたところで、

ゴブリンの攻撃を耐えられる気がしない。

ゴブリンからの攻撃は当たるものだと考え、

HP回復速度を上げよう。


ヒデキ・トモナガ 15歳 戦士 Lv.5

HP回復速度   3倍  使用スキルポイント7

攻撃力     13倍  使用スキルポイント66

獲得経験値UP  5倍  使用スキルポイント17

二乗効果    25倍  使用スキルポイント17

 ┗対象:獲得経験値UP

サブジョブ数  1   使用スキルポイント2

 ┗村人 Lv.6


ステータス設定を終え、次はバルコから受け取った銅の剣を手に取る。

鞘から抜くと、剣身が太陽の光を反射しキラリと輝いている。


おお…………剣だ……。


それ以外に何も感想が出てこない。

剣なんて持ったことがないので良し悪しがわからない。

錆びてはいないが少しくすんでいる、新古品といった感じだ。


騎士団が護身用として置いていったものらしいので、

恐らくこれは騎士団員への支給品なのだろう。

となると業物でもなんでもなく、ただの初期装備品、

武器自体の攻撃力はあまり期待できそうにない。

今の棍棒よりも高いことを願う。


剣はある程度の重さはあるが、片手で振り回せない程ではない。

ただ、ずっと振り続けるとなると体力の消耗が心配だ。

慣れないうちは両手で持っていた方が良いだろう。


さて、この剣を使ってどう戦うかだが、

頭をフル回転させて剣に関する知識を記憶から呼び起こす。


宮本武蔵の五輪の書では、

『千日の稽古で鍛え、万日の稽古で技を練り上げる』とある。

鍛錬の語源だ。

要するに、めちゃ頑張って、更にめちゃめちゃ頑張るってことだ。


自分は魔物を目前にし、

『数回の試し振り、稽古なしのぶっつけ本番』で挑もうとしている。

到底、鍛えたり技を練り上げたりはできない。

五輪の書にはない『攻撃力13倍』に期待するしかない。


腕が痛くなってきたので素振りは数回で早々にやめ、

どのようにしてゴブリンと戦うかを考える。

初めて戦ったでかいネズミは必死だったので戦術どころではなかった。

次のスライムは単純そのもの、目の前で飛び上がったのに対し、

タイミング良く棍棒を振るだけだ、カウンター攻撃と言っていいだろう。


これまでの戦いが、いかに低レベルだったかを改めて気付かされた。

村人達の話によると、ゴブリンは武器を持っているらしいので、

カウンター攻撃一辺倒とはいかないだろう。

素人が剣を使って、相手の攻撃を受けたり受け流したりは無理だ。

できるとしたら……ヒットアンドアウェイ……かな。

理想は、相手の隙を突いて攻撃……そして直ぐ離れる……。

どちらも難しそうだ。

こちらの攻撃が当たったら反撃が来る前に離れるとしよう、追撃はなしだ。


素人なりに戦術を考えていたところに、声がかかる。


「我が村の英雄さまよぉ〜、頼むぜ!」


少しふざけた口調でバルコが声をかけてきたが、顔はこわばっていた。

これから魔物と対峙するのだ無理もない。


それにしても今の姿は自分が想像する英雄像とはだいぶかけ離れている。

剣こそ手にしているが、部屋着の上下スウェットに、

足元はバルコにもらったサンダル。

どう見積もっても近所のコンビニに立ち寄る姿、英雄ではない。

逆に、この姿でコンビニに行ったら警察を呼ばれてしまう。


そんな自分を、警察を呼ぶことなくバルコ達は英雄と呼んでくれる。

称号か愛称かは別として……。

この漁村の人達を守りたい気持ちが沸き上がって来た。

ラタさんからお礼をたっぷり頂かないといけないし。

やるなバルコ、一言でモチベーションを上げさせるとは、

部下から上司に昇格だ。

気を引き締め直し、魔物を迎え撃つ。

キャラクター設定

漁村タンペの村人


ネッド

タンペ一の網の名手

名前の由来:スペイン語の網/red

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