第31話 キャンプイン
今日の予定は朝からガド中部の難民キャンプへ移動し、
そこで待つ騎士団長ユーハンに会う事になっている。
ユーハンから魔物討伐依頼を聞くためなのだが、
詳細については直接会ってからという事で教えてもらえていない。
ユーハンとしてはガド中部まで呼び付けさえすれば、
どんな依頼であっても自分が断りづらいとの算段なのだろう。
それとも自分ならユーハンの期待を裏切らない、
とでも思っているのかもしれない、
そうであるなら買いかぶりだぞユーハン。
娘であるカーリナを従者として付けているので、
それなりに自分を信頼しているのかもしれないが、
例えユーハンから面直で魔物討伐を依頼されたとしても、
内容次第では気分が乗らないと自分が言い出す可能性も一考して欲しい。
無下に依頼を断るつもりは無いが、
自分は聖人君主ではない、どこにでもいる凡人なのだ。
考えは利己的だし打算的に動く。
従って、徳が無ければ依頼は引き受けないだろうし、
少しでも危険だと思えば簡単に逃げだすのだから。
自己分析していると何だか悲しい気持ちになってきた。
まぁ、事前報酬としてタバコを貰ってしまった手前、
今回の依頼については断る選択肢がないのだが。
それに依頼を受ければ追加でタバコを貰えるかもしれない……
やはり見返りを期待して行動してしまうな。
恐らくそれも見越しての事前報酬なのだろう。
そうすると受け取ったタバコはユーハンなりの先行投資と言ったところか。
硬いベッドから体を起こし木箱からタバコを一本取り出すと、
ランプで火を点けて再びベッドに横になる。
そのまま寝タバコよろしくで迎えが来るのを待つ。
果たして今朝はカーリナが迎えに来るだろうか。
昨日のカーリナは相当御冠だったから迎えは別の人だろうな。
昨日のキリルでつい性欲に負けカーリナの前で下手を打ってしまった。
綺麗なお姉さんと良い事をしたいという欲望をむき出しにしてしまったのだ。
むき出しの欲望にカーリナは幻滅し、
キリルからの帰りの船では一切口を利いてくれなかった。
夕食の時も一言も発する事もなく、
カーリナから聞こえてくるのは咀嚼音だけの黙食であった。
辛うじて就寝前におやすみなさいとだけ言ってくれたが、
その際、目は合わせてくれなかった。
今朝のカーリナは機嫌を直してくれているだろうか。
コンッコンッ
扉を叩く音の後、部屋にカーリナが入って来た。
えも言われぬ緊張が走る。
「師匠、おはようございます」
「おっ、おはようカーリナ」
「朝食の準備ができているので食堂へ移動お願いします」
「わかった」
昨日のお怒りモードが嘘のようにいつもと変わらぬ挨拶だ。
吸いかけのタバコを消して部屋を後にする。
目の前を歩くカーリナはもう怒っていないようだ、
だが自分にはわだかまりというか、しこりというか、
何だかもやもやしたものが心の中にある。
その為だろうか、カーリナが何事もなかったかのように、
努めて振る舞っているようにも感じる。
だからこそ心苦しく逆に気まずい。
黙っておくのは精神衛生上よろしくない。
どこかの誰かが何かに書いていた、
喧嘩したら直ぐに謝った方が良いと。
「あのー、カーリナ」
「はい、何でしょうか師匠」
自分の呼びかけに振り向いたのは普段通りのカーリナ、
ここで昨日の話しを持ち出したら怒りが再燃しないだろうか。
しかし昨日の出来事を話す訳ではないのだ、
配慮に欠けた自分の行動について非を認め謝罪するのだから、
大丈夫だろう――大丈夫であってくれ。
「カーリナ昨日はごめんね」
「いいえ、ボクの方こそすみませんでした」
どうやら一夜明けて冷静を取り戻したのだろう、
カーリナも自身で反省すべき点があると自覚してくれたようだ。
一晩寝れば忘れてしまう単純な性格なのかもしれない、
ネチネチカーリナでなくて良かった。
自分も安心したので冷静な思考を取り戻した。
思えばそうだよな、師と仰ぐ自分に理不尽な事を言われたとしても、
いつまでも機嫌を損ねられたらこっちだってたまったもんじゃない。
良く考えても見ろ、
自分が綺麗なお姉さんと二人っきりで楽しい事が出来そうだったのだ、
邪魔な弟子を無下にするのは当然であり必然だろう。
そこは説明せずとも汲み取ってもらいたいものだ。
自分に反省点があるとすれば、
カーリナがまだまだお子ちゃまだと忘れていた事だ。
14歳の女の子に男心を理解しろというのが酷だったかもしれない。
いつかは師匠として弟子に男心と下心を手ほどきしてやらなければな。
とにかく、カーリナの機嫌が直って良かった。
胸の痞えが下りた頃、食堂に到着した。
***
食堂に入ると副団長直属部隊所属のクリスティーナが食事を取っていた。
同席しているのは同じ所属部隊のキャスリーンだ。
硬いパンにかぶり付いていたクリスティーナだが、
こちらに気付くと席を立ち挨拶をしてきた。
「ヒデキ殿、おはようございます。(ほら、キャットも立って)
本日は副団長直属部隊がヒデキ殿を中部へお連れします。
朝食が済みましたら一度部屋に戻って待機してください、
準備が整い次第お迎えにあがります」
「わかりました、よろしくおねがいします」
「これから朝食ですよね。
キャット、ヒデキ殿の朝食を持って来て」
「ああ、自分で取りに行きますので――」
「師匠は座ってここで待っててください。
キャット、ボクも行く」
クリスティーナの向かいの席に付く。
話す事がないので何となく気まずいので話題を考えていると、
クリスティーナの方から話を振ってきた。
「昨日は何をされていたのですか」
「パーティーメンバーを増員しようと思いキリルへ行ってました。
良さそうな人はいたんですけどね、
何でも冒険者の皆さんは中部へ移動してしまったようで、
結局は見つからず、すごすごと帰って来ましたよ」
「今の状況なら仕方がないですね。
中部の方が稼げると思うので冒険者なら移動して当然でしょう」
「あっ、でも料理は美味しかったですよ。お店の名前は……」
キャットと共に食事を持ってきたカーリナに店名を聞く。
「師匠、お店の名はジェルベールです」
「あっ、あそこですか!確か魚料理が名物なのですよね。
評判なのでわたしも一度行ってみたいと思っていたお店です」
店名を聞いたクリスティーナの耳がピーンと立つ。
あの店はこのあたりで有名店だったようだ。
確かに料理も美味しかったし、試せなかったけどお姉さんも美味しそうだった。
中部から戻ったら絶対にもう一度行くぞ!
「クリス、そんな事ないよ。ボクも師匠と一緒に行ったんだけど、
実際食べてみたら凄く濃い変な味だった。ボク残しちゃったもん。
煮込み料理を注文したんだけど、はっきり言ってあれは煮込み過ぎ。
魚も芋も野菜も簡単にフォークで崩れちゃうし、
何よりパンまでも柔らかいんだよ。中身がないのかと思っちゃった。
絶対に行かない方が良いよ」
おいおいカーリナよ、自身の食の好みを他人に押し付けるんじゃありません。
カーリナみたいなヤツが評価サイトで一つ星を付けるんだな。
カーリナの低評価を聞いたキャットが話す。
「そーなんだー、なぁーんだ残念だな。
この前ね、あたしとクリスでキリルへ行く用事があったんだけど、
用事を済ませた後、そのお店に行こうかって話ししてたの。
結局行かなかったんだけど。
カーリナの話しだと、行かなくて正解だったねクリス」
ほらー、キャットがカーリナの評価を信じちゃったじゃないか。
悪い点を評価に入れるんじゃありませんよ、良い点だけで評価しないと。
それに美味しいと評価した自分を目の前にして、
行かなくて正解だったとは、このキャットは無神経な奴だな。
「んーそれでもわたしは食べてみたいな。
カーリナの感想は好みが入っていると思うし、
本当にカーリナの言う通りだったら評判にならないと思うから、
一度は自分で確かめてみたいな。
でも……南部に戻って来られるのは相当先だろうな……」
ほほう、このクリスは他人の評価に頼らず、
自身の舌で確かめたいとはなかなか見込みがあるではないか。
自分ももう一度食べたいので誘ってみるか。
「皆さんで一緒に行きませんか。どうですかクリスティーナさん。
キャットさんも一緒にどうですか、何事も試してみないとわかりませんよ。
そうだ!私がお二人にご馳走しますよ。中部から戻ったら行きましょう」
「宜しいのですか?是非行ってみたいです。
カーリナも一緒に行こうよ、食べた料理が口に合わなかっただけだって。
他の料理なら美味しいかもよ。だって評判店なんだから」
キャットは何も返事をしなかったが、
少なくともクリスティーナはよろこんでくれた。
カーリナまでも入れると4人か……
あの店の料理は高かったので金銭的に厳しいが、
旨い料理を旨いと言ってくれる仲間が増えるかもしれないのだから、
良しとしよう。
クリスティーナの誘いに嫌そうな顔つきでカーリナが答える。
「お店の評判が高いのは料理が美味しいからじゃないと思うなー」
「だから、それは食べた料理が合わなかっただけで――」
「ほら!クリスも知ってるでしょ。あのお店ってそーゆー事ができるって。
料理じゃなくてそっち目的のお客に評判だと思うんだ」
「んーそれだけじゃないでしょ。料理も美味しくないと――」
「違うんだ。すっごく綺麗な給仕さんばっかりで、
師匠なんてずっと鼻の下を伸ばしっぱなしだったし」
「それは……ヒデキ殿だって男なんだから仕方ないでしょ。ねー、ヒデキ殿」
「えっ、あっ、はい」
「その中でもとびっきり綺麗な給仕さんがいて、
師匠がその人を気に入ったのでボクに一人で帰ってろって言ったんだよ」
「うわー、それはサイテーだ」
「でしょキャット。結局何もなく師匠と一緒にキュメンへ帰って来たんだけど」
「それは……健全な男子なら仕方がないよカーリナ、
確かにヒデキ殿の言動は配慮に欠けるけど……」
おいおいカーリナ、人前で何を言い出すのだ、
昨日の事はもう手打ちにしたはずではなかったのか。
女子三人がこちらを見ている。
恨み節を言うカーリナに対し、必死に自分を庇い中立なクリスティーナ、
カーリナの偏向感想を鵜吞みにしたキャットは自分を睨んでいる。
ここは一つ、食事も終わったので退散しようとするとキャットが口を開いた。
「そう言えば一昨日の夜。あたしがヒデキ殿の護衛に付いていた時、
ヒデキ殿が部屋に誘ってきたの」
「えっ!師匠、何を考えているんですか!!」
「えっ、あっ、はい」
「ちょっとカーリナ落ち着いて、ここは食堂なんだから。
キャットは大丈夫だったの?」
「うん、ちゃんと断ったから結局何もなかったんだけどね」
「ヒデキ殿、キャットの今の話しは看過できかねます。
店で娼婦を買おうとするのはヒデキ殿の自由ですが、
騎士団では団員に対しそのような行為はおやめ下さい」
暫くクリスティーナからお説教を受けてから部屋に戻った。
***
騎士団ゲートを使用しガド中部の難民キャンプへ移動。
しかしゲートを設置していないため直接キャンプには行けないとのことで、
キャンプ近くの冒険者の街まで一旦移動し、そこから馬車でキャンプイン。
毎度ながらゲート酔いになり使いものにならない自分は、
馬車での移動は終始横になったままであった。
どの道、昨日、一昨日の自分の行動に幻滅した女子三人が、
自分と口を利いてくれず気まずいので丁度良かった。
ただカーリナだけが気分が悪い自分の手を握ってくれていた。
何だかんだ言ってカーリナはお子ちゃまでバカ舌だけど優しいな。
「師匠、到着しましたよ。気分はいかがですか」
「ん、あ、うん、だいぶましにはなったかな。大丈夫一人で降りれるよ」
馬車から降りると、
キャンプは広い草原、幾つもの天幕があり大勢の人が行き交っている。
武具を付けていないので近くの村から避難してきた村人達だろう。
遠くには鍛冶師だろうか金属を叩いている男達がいる。
そう言えばローレンツが所属する鍛冶師ギルドも来ているはずだ、
やたらと高価な呪物を貰ったお礼を言わないといけないので、
後で顔を見せに行こう。
クリスティーナの先導で団長のもとへ向かう。
「団長、クリスティーナです。ヒデキ殿をお連れしました」
見覚えがある天幕へクリスティーナが入って行く、漁村で見たのと同じ物だ。
傍らにクジラと剣をあしらった騎士団の旗が建てられている、
あの時と同じなのでこの旗が団長の天幕である目印なのだろう。
天幕に入ると机を囲んだ男達の中にユーハンを見つける。
「おおヒデキ殿……ご足労感謝します」
握手を求めて来たユーハンは数日前にキュメンで会った時に比べると、
やつれた顔をしている、ちゃんと食事と睡眠を取れているのだろうか。
カーリナと自分だけを残し人払いを済ませるとユーハンが話し出す。
「ヒデキ殿……時間もありませんので本題に移らせていただきます。
早速ですがヒデキ殿には近くの迷宮へ向かってもらい、
そこでの魔物討伐を引き受けていただきたいと思います」
ユーハンの依頼内容は、
ここ難民キャンプ近くにあるオタラと言う小迷宮での魔物討伐。
僻地にありもとより小迷宮に入る冒険者が少ないうえ、
魔力禍現在ではわざわざ危険を冒してまで誰も立ち寄らないらしい。
騎士団を向かわせれば良いが昼夜問わず魔物が難民キャンプに出現、
数は少ないが断続的に魔物が来襲するので、
思うように周辺迷宮での魔物討伐が進んでいないとのこと。
自分への討伐依頼期間は明日から6日間、
南部より呼び寄せた第三大隊が到着する7日後までとなる。
詳細は直接会って説明すると聞いていたが、
前回と同じ小迷宮での魔物討伐依頼だ。
迷宮が違うだけでやる事に変わりはない。
これなら引き受けても良いだろう、タバコも貰ったし。
「わかりました。その依頼引き受けましょう」
「おお……ありがとうございます。では明日の朝移動をお願いします。
今回もカーリナを従者に付けますが、
戦況が厳しいため後方支援は付けられません。
ですが最低限の物資輸送は行うのでよろしくお願いします」
前回はトラヴィス達が後方支援部隊として付いてくれたが、
それが無いとなるとプル型ではなくプッシュ型支援になるのかもな。
でも最重要物資であるタバコは確保済みなのでどちらでも良いか。
しかし、戦況が厳しいとなるといつまでタバコが貰えるかわからない、
折角、団長と直接会っているのだから気になっている事は聞いておこう。
「団長、戦況は理解しているつもりなので、後方支援の件は承知しました。
ですがこれまで通りの魔物討伐を進めているだけでは防戦一方に思えます。
何か抜本的な対策はお持ちなのでしょうか」
「ヒデキ殿が仰る通り……
騎士団としても難民を守りながらの魔物との戦闘に限界が来ています。
従って小迷宮を潰す事を決定しました。
先程までここにいた各大隊長に指示していたところです。
中部の三大隊に加え南部より呼び寄せた三大隊、
計六大隊で中部にある80の小迷宮の大半を一斉に潰します」
悪化している戦況の打開策として魔物出現元を断つようだ。
迷宮を潰すとはどうやるのだろう、物理的に入口を防ぐのかな?
それだと簡単過ぎるか。
興味本位で訊ねようとしていると天幕に人が入って来た。
「おぅ、ヒデキ!」
「あー、ローレンツさんお久しぶりです」
「ユーハン、話はもう終わったか?ヒデキを借りたいんだが」
「ああ……依頼は引き受けてもらった。
時間もないので明日から移動してもらうことになった」
「そうかそうか、じゃあこっちも時間がねーな。
ヒデキ付いて来い!娘のアイノに合わせる、未来の嫁さんだ」
「なっ、何だとローレンツ!抜け駆けはしない約束だったろ。
ヒデキ殿の妻に相応しいのはうちのカーリナだ!」
「いいじゃねーかユーハン。ヒデキはアイノに一度も会ってねーんだから」
「だめだ!ヒデキ殿がオタラから戻られた後だ」
「だったらよーカーリナは従者に付けないのか?付けるんだろ?
後方支援もなしにオタラの小屋で二人っきりにさせるんだろ?
そんなもん、仕上がっちまうじゃねーか。それこそ抜け駆けってもんよ。
だったらよー、その前にこっちもアイノを仕込んどいて手を打たないとだな」
二人の会話を聞いたカーリナが呆れかえっている。
おいおい、何てことを話してくれているのだ、
この後カーリナと気まずくなるではないか。
それにそう言った話題は只今センシティブなのだ、
またジェルベールでの一件をカーリナが蒸し返えしかねない。
「とにかくだ、今からヒデキにはアイノに会ってもらうぞ。
ほら行くぞヒデキ!」
ローレンツに腕を引かれ天幕を後にした。
キャラクター設定
話しに盛り込めなかったキャラクター達
エヴィン/キュメン部隊長
種族:人族 性別:男 ジョブ:騎士
家族:妻、愛人多数
歴代の愛人を騎士団詰所職員として勤務させている。
キュオスティ/キリル部隊長
種族:人族 性別:男 ジョブ:騎士
家族:妻(三人目を身ごもっている)、息子二人
キリル司祭が定期的に開く乱交パーティーに参加するのが楽しみ。
嫌がる男子信徒の陰茎を銜え自慰行為をするのに興奮を覚える。
クリストファー/キリル冒険者ギルドマスター
種族:人族 性別:男 ジョブ:冒険者
家族:独身
乱交パーティーの参加者、男子信徒に無理やり挿入させる。
ブライアン/キリル教区司祭
種族:人族 性別:男 ジョブ:神官
家族:独身
未成年の男子信徒を部屋に呼び定期的に乱交パーティーを開いている。
ゲストに同じ趣味を持つ騎士団隊長、冒険者ギルマスを招く。