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第29話 キリル

キリルへの移動まで、時間を潰す目的で教会へ立ち寄ってみたものの、

昼まで女神像を眺めても間が持つわけもなく、早々に教会を後にした。


他に行きたい場所は……街ブラしてみるも、

騎士団から当分のタバコを受け取ったので例の雑貨屋に用も無く、

他に見て回りたい店も思い当たらず、

時間をもてあまし、二の鐘が鳴る頃には音を上げてしまった。


「カーリナ、もぉー限界。なぁーんもやることないよ。

 昼には早いけど、もう行っちゃおうか」

「そうしますか。ユホ兄さんの話だと、次は昼便まで無いらしいですが、

 もしかしたら早めに行ったら乗せてもらえるかもしれませんしね」


カーリナもこれ以上は時間を潰せそうにないと思っていたのだろう、

自分の提案をすんなりと聞き入れると街外れに向かい歩き出した。


街外れまでやって来たが馬車の停留所は見当たらない。

そもそも地面に(わだち)が見られず、馬車が通った形跡がない。

一人不思議がっている自分をほっぽらかし、

カーリナは歩みを止めずそのまま街の外へ出ていった――停留所は街の外か。


街を出ると目の前には穏やかに流れる大河が横たわり、

対岸に目的地であるキリルだろうか、壁に囲まれた街が見える。

だがしかし視界には橋なんてものは無い、

どこか川幅が狭い所にでも橋が架かっているのだろうか。


「師匠、こっちです」


カーリナが川上に向かって更に歩みを進める。

今はカーリナに言われるがまま付いて行くしかない。


歩くのに飽き始めた頃、

川辺に船宿らしき建物が軒を並べているのが見えてきた。

どうやら渡船場のようだが、となるとキリルには船での移動か。

カーリナに確かめると渡し船以外でキリルに行く手段は無いらしい。


恐らくどこまでも川幅は変わらず、

大河に橋を架けるような技術がこちらの世界にはないのだろう。

そこで交通手段として渡し船がお出ましということか、

それでもってこの渡船場から複数の小型の船が出るようだ。

だが……

船が一隻も見当たらないぞ。


「カーリナ、ここには船がないのだが」

「えーっと、まだ少し先まで続いているので、

 もうちょっと川上に行ってみましょう」


更に川上に歩き続けると渡し船が停泊している古びた船宿が現れた。

船頭と思われる男が岩に腰掛け、退屈そうに客待ちしている。

ここは街からはかなり距離があるので、

手前の船宿に客を取られ、そうそう客が訪れないだろうに。

自分達に気付いた船頭が話しかけてきた。


「おっ、キリルまでかい」

「ああ、頼みます」

「あいよ、二人だね。じゃー100ラルね」


渡し賃は一人50ラルかー、結構するな。

カーリナの分と合わせ銀貨一枚を船頭に渡す。


「確かに。んーじゃーちょっと待っといて」


そう言うと船頭は受け取った銀貨を懐にしまい、船を出す準備を始めた。

あれ?船は昼に出るのではないのか?


「あのー次は昼便だと聞いたのですが、もう船を出してもらえるんですか?」

「昼まで待つかい?お客さんが良けりゃ待ってもいいが。

 ひょっとしたら別の客が来るかもしれないから、

 こっちは昼まで待たせてもらった方がありがたいけど、どうする?」

「出してもらえるなら直ぐにお願いします」

「あいよ」


船の準備を再開した船頭が渡し船について話してくれた。


ここキュメンとキリルの間は渡し船が交通手段となっている。

各船宿は渡船ギルドと言うものに所属しているが個人事業主であり、

キュメンとキリルの両岸で船宿を営んでいる。

その多くは代々家業として受け継がれているとのこと。


街からの距離による不公平が起きぬように、

渡船ギルドの取り決めで朝、昼、晩の一日三便しか出航しない事になっている。

しかしそれは建前であって実態は交渉次第で何時でも船は出せるようだ。


そもそも船は対岸へ行ったきりという訳には行かない、

しかし戻って来るにも何も乗せないのは勿体ない。

となると帰りはキリルで客待ちすることになる。

それはキリルからキュメンへ来た船も同じことであり、

つまり一日三便の取り決めなど機能せず、

出航時間などあって無いようなものらしい。


船頭の話しを聞いている間も他の客は来ることなく、

出航の準備ができたと船頭に言われ渡し船に乗り込む。

船は木造で詰めれば十人は乗れそうだが、

板子一枚下は地獄、自分達以外に団体客が来たら譲ろうと思っていたが、

客は自分達二人だけ、杞憂に終わりほっと胸を撫でおろした。


船頭が()を漕ぎ出すと船が揺れる、だが思ったほど酷くはなく、

のんびり大河を眺めながら渡って行く。


「キリルへは迷宮かい?」

「いやパーティーメンバーが見つかればと思って」

「そうかいそうかい、見つかるといいな」


船頭と中身のない会話を交わす。


「お客さんも中部へ向かうのかい?」

「ええそうですけど、他の冒険者も中部へ行っているんですか」

「俺も詳しくは知らないんだけど、この前乗せたお客さんが言っててな、

 なにやら中部の魔物が活発になってて、それを倒しに行くんだとさ」

「へぇー、じゃーお客さんが減って大変ですね」

「そうなんだよ、普段から冒険者がそんな多くないのに、

 そこへもってきて中部へ行っちまったら、商売上がったりだよ」


聞けば、キュメンとキリルの住人は街の内で生活が事足りるので、

互いの街を行き来することはないそうだ。

船を利用するのは冒険者くらいで、その冒険者も大半がゲートを使って移動し、

ゲート使用料が高くて払えない駆け出しの冒険者が、

船を交通手段として用いるらしい。

だが一人50ラルの渡し賃だと、駆け出しの冒険者でも厳しそうだが。


元より利用者が少ないのに加え、

ここ数日は、魔物が活発な中部へ一攫千金を狙い移動する冒険者が多くなり、

更に利用者が減っているそうだ。

つい先日も近くの船宿が一軒廃業したとのこと。


この船頭は家族を養うため、生活のため、運賃の値上げを検討しているそうだ。

駆け出しの冒険者がおいそれと使えない渡し賃になれば、

益々利用者が減ると思うのだが、負のスパイラルに陥っているな。


「カーリナ、騎士団はゲートで移動するんだっけ」

「はい、ただ許可制なので事前に申請して受理されないと利用できません。

 なので、個人で移動する際は渡し船を使う事が多いですね」


そうか、自分も数日前に申請していればゲートが使えたのか。

でもキリルへの移動は今日思いついたからどのみち無理か。

いや、自分は団長の大切な客人だ、割り込みできたかも。

と言うかトラヴィスに頼み込めば何とかなったかもしれない。

だめだ、トラヴィスは中部へ移動だからそもそも無理だったか。


***


昼を知らせる三の鐘が鳴る前にキリルへ到着。

キリルの街へ入ると一人の男がカーリナに話しかけてきた。


「ようっ!こんな所で合うなんて珍しいな」

「あっ!久しぶりだね。元気してた?

 そうだいきなりで悪いんだけど知ってたら教えて。

 冒険者を雇える店って――」


カーリナと会話をしているこの男も騎士団なのだろう、

街の入口にいるから衛兵だろうな。

それに年齢は……カーリナと同じくらい、もしくはちょい下の成人前だな。

んー、しかしやけに親しげだなー、なんか気になってしまう。


「助かったありがとー」

「またな。中央に行くなら気を付けろよ」

「ありがと、じゃーねー」


衛兵から情報収集したカーリナを先導にキリルの街を歩く。

街の作りはキュメンと同じ、街の中心にある迷宮までの一本道を進む。

それよりも先程の男が気になってしまい、

ついカーリナにつまらない質問をしてしまった。


「カーリナ、さっきの人とは知り合いなの」

「はい、彼もボクと同じ騎士見習いで、

 魔力禍になってから一緒に南部へ派遣されました」

「んーそうか、彼とは知り合って長いのかな」

「彼はボクと同じ年に騎士見習いになったので、

 4年間、ずぅーっと一緒でした」

「えっ、んーそうか、4年か……」

「どうされました師匠?あれれーもしかして師匠」

「何だよカーリナ」

「ひょっとして彼に妬いています?」

「そっそんな事ないよー、ばっ馬鹿な事言うんじゃないよー」

「ふふふ。心配されなくても大丈夫ですよ師匠、彼とはただの友達ですから」

「心配なんか……するわけないだろ」

「それにボクは男の子には興味がないので」

「えっ!?」

「あっ、見えてきましたよ師匠。あそこのお店です。

 紹介所を兼ねた食堂らしいので、昼食も済ませちゃいましょう」


心配ないさーと言うカーリナの一言に安堵した束の間、

予期せぬ一言を発したカーリナが食堂の中へ入って行った。

何故自分はカーリナの言葉に安心したり驚いたりしているのだろう。


やきもきした気持ちでカーリナの後に続くと、

昼前だが店内はそこそこの賑わいを見せていた。

空いている壁際の席に座ると店員が注文を取りにやって来た。

胸元に白のレースをあしらった紺色のブラウスに、ライトグレーのスカート、

髪はブロンドで三つ編みお団子を作っていて、笑顔が素敵な女性だ。


「ジェルベールへようこそ」

「店のおすすめを二人前頼みます。カーリナもそれで良いよね」

「はい、ボクもそれでお願いします」

「それからここは冒険者の紹介も行っていると聞いたのですが」

「お客さん、ここは初めて?まずはこの紙に自分のジョブとLv.を書いて。

 あと金額も忘れずにね。その三割をお店が紹介料として頂く事になってるの。

 雇ってくれる人が見つかったら連絡するから宿泊先も記載しといてね」


素敵なお姉さんの説明を鼻の下を伸ばしながら聞いていると、

急に膝に痛みが走った、向かいに座るカーリナに蹴られたようだ。

見るとカーリナが首を横に振っている。

そうか、こちらが雇う側だった。

ありがとうカーリナ、でも蹴る事ないだろ。


「あのー私達は雇う側で来たのですが」

「あら、ごめんなさい。お兄さん若いから私てっきり――」

「いいんです。冒険者を雇いたい場合はどうしたらいいんですか?」

「それならこれと同じ紙があっちの壁に貼られているから、

 気に入った人を見つけてカウンターまで持って来て。

 書かれている金額をお店に払ってもらって、

 お店が一割頂いてから残りを冒険者の方に渡すの」


説明を終えると素敵なお姉さんは店の奥へと消えて行った。

お姉さんの後ろ姿に見惚れていると、

カーリナが咳払いをしてから席を立ち、

貼り紙がある壁に歩いて行ってしまった。

自分はこちらの世界の文字が読めないので、カーリナに任せよう。


***


店がそれなりに混んでいるためか、注文したおすすめが来ない。

何がおすすめなのか知らずに注文したが、

調理に時間がかかる物だったのだろうか。

カーリナも必死に貼り紙を見ている。

一人寂しく手持ち無沙汰にしていると、

隣りの席に座る身なりの良い男が話しかけてきた。


「もし、貴方も傭兵を求めてこの店へやって来られたのですか?」

「いや、パーティーメンバーを増やそうと思いまして」

「そうでしたか。お連れは騎士団の方ですか?」

「えっ、はいそうですけど……失礼ですがどちら様でしょうか」

「これは失礼。私、エルンストと申します。

 ガド騎士団の御用商人をやっております」


御用商人?ガド騎士団の?

そんな男がここで何をやっているのだ?

あー早くカーリナ戻ってこないかなー。


「お連れの方が見慣れた革の鎧を身に付けられていたので、

 もしやと思い、お声がけさせてもらいました」

「あぁ、そうでしたか」

「しかし……貴方様も騎士団でいらっしゃるのですか?

 見た所、冒険者の方の様ですが」

「はい、私は冒険者でして――」

「ほぅーそうでしたか。騎士団の方とご一緒されている冒険者の方。

 ただでさえ珍しい組み合わせでいらっしゃるのに、

 それだけでなくパーティーメンバーを雇いに来られている。

 ほぅーこれは何やらありそうですな」


何とも回りくどい言い方をする男だ。

早く会話を終わらせたいので団長の名前を借りた。


「団長から頼まれごとを受けたもので、

 それにはパーティーメンバーを増やした方が良いかなと思って来ただけです」

「ほぅーこれまた珍しい、あのユーハン団長からの依頼ですか。

 今は中部への部隊移動で慌ただしいなか、貴方様へ依頼をされたと……」

「えぇ、まーそんなところです」

「よろしければ少しお話を聞かせてもらっても宜しいでしょうか」


しつこい男だ。

何故、初めて出会ったこの男に根掘り葉掘り尋ねられないといけないのだ。

だんだんとムカついてきたぞ。

エルンストの質問に答えず無視していると、


「これは失礼。誰しも人に言えぬ秘密が一つや二つあるもの。

 特にそれが団長からの依頼ともなれば尚更でしょう。

 商人が取引するのは品物だけでなく、情報も扱っていますので、

 つい商売柄、聞きすぎてしまいました」


何やら勝手に納得したようだ、沈黙は金だな。

これに懲りて他人をあれこれ詮索するのを悔い改めれば良い。

愛想笑いで会釈しエルンストとの会話を終わらそうとしたが、

まだエルンストの話しは続く。


「では、別のお話をしましょう。

 そうですねー。このジェルベールについてはどうでしょう。

 女亭主メリーが紹介業を始めたのは――」


エルンストが勝手に話し始めた。


この店ジェルベールは元々評判の良い食堂であった。

値段は張るが旨い食事を出す店として、

多くの客が胃袋をつかまれ繁盛していた。


そんなある日、常連の冒険者が勝手に求職情報を壁に貼ったところ、

豪商の傭兵として雇われたそうだ。

その話しが広がると多くの冒険者が雇われ先を求め来店し、

次第に壁が貼り紙に覆われるようになった。

そうするとそれまで食堂を利用していた客が減り、

一方で店は評判を聞きつけた冒険者が入り浸るようになった。


食堂の営業がままならなくなってしまった事を受け、

それまで黙認していた女亭主メリーだったが、

少しでも冒険者の数を減らそうと思い立ち、

求職者と求人者の両方から仲介手数料を取る事にした。


しかしそれでも冒険者が減ることはなく、

寧ろベテランの冒険者が集まるようになってしまい、

本格的に紹介所として運営するようになった。


***


ベテランの冒険者、パーティーメンバーとしては申し分ないが、

自分の事を見下しそうで嫌だな。

紹介業の成り立ちを話し終えたエルンストだったが、まだ話す。


「先程の注文を取りに来た店員。大層お気に召したご様子でしたが」

「素敵な女性だなーと思っただけですよ。

 変な下心なんてこれっぽっちもありません」

「それは残念です。ご存じですか?この店は紹介所を兼ねた食堂ですが、

 もう一つの顔がありまして」


生唾を飲み込む。

自分の狭く浅い知識で何となくだが想像できる。

ひょっとしてアレか?いやアレだろ?きっとアレだ!アレに違いない!


興奮している自分にエルンストが声を潜めて言う。


「ここの店員は娼婦として買う事ができるのです。

 娼婦として買われた店員は胸元に花を飾ります。あのお気に召した店員、

 まだ胸元が飾られていなければお楽しみいただけますよ」


あのお姉さんと楽しい事ができるだと!

どぎまぎしているとお姉さんがこちらに歩いて来る。

胸元、胸元、胸元は……花は……

よぉーっし!花は無いぞ。


「エルンスト様、いつもご利用ありがとうございます。

 傭兵5名揃いました。二階へお上がり下さい。

 この先の成約には亭主メリーが立ち会わせて頂きます」


お姉さんに呼ばれたエルンストが席から立ち上がると、

ボソッと言葉を発した。


「この娘はシュゾンと言いまして、この店で一番の店員です。

 先客がないようなので、気が向きましたら楽しんでみてはいかがですか」


そう言うとエルンストがお姉さんを連れて、目の前から去ろうとしている。

綺麗なお姉さんだ、この機を逃すと客がついてしまうかもしれない。

だが、どう声をかけたら良いのだ、システムがわからない。

それにどこから花を入手するのだ、近くに花屋なんてなかったぞ。

それとも一見花屋とはわかりずらい、景品交換所みたいな所があるのか?

辛抱たまらず、エルンストと去ろうとしているお姉さんの背中に声をかけた。


「あのー、お姉さん」

「お兄さん、ちょっと待っててね」

「はい~」


振り返りざまに素敵な笑顔を見せてくれた。

やばい、興奮が抑えきれない。


「師匠、どうされました?」


数枚の貼り紙を手にしたカーリナが戻って来て、

不思議そうに自分を見ている。


あっ、カーリナがいたんだ……どうしよう。

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