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第26話 捨て鉢

昨日はどっと疲れた。

5階層でAランクの狂虎と戦った後、

ネコちゃんから付け回しを受けたからだ。

Sランクのネコちゃんに執拗に追いかけられ、

午後いっぱい逃げ回る羽目になった。


そもそもここラクスにやって来たのは、

比較的浅い階層にタバコをドロップする魔物がいるという理由だったのだが、

未だその奇特な魔物に遭遇できないでいる。

はやる気持ちとヤニ切れの苛立ちから今朝は早く目が覚めてしまい、

一人お茶をすすりながら皆が起きてくるのを小屋の外で待っている。


皆が口を揃えて不味いと言う濃いお茶だ。

こちらの世界のお茶は薄く白湯としか思えない自分にとって、

煮出す事でエグ味までも滲み出てしまうこのお茶が口に合うのだ。

火起こしに多少手こずりはしたが何とか一人で淹れられた。

お気に入りのオイルライターが使えさえしたら苦労せずに済んだものの、

どこかでオイルを入手せねばなるまい。


お茶をすすりながらも考えるのは勿論タバコの事。

あぁータバコが吸いたい。

今日こそ何としてでもタバコを入手するぞ!

ときにタバコは何階層の魔物が落とすんだっけ?

思い出せないでいるとトラヴィスとアイリスが小屋から出て来たので、

彼ら用に準備したお茶を手渡しながら確認した。


「タバコ?それなら6階層だな。草の魔物がドロップする」

「おぉー6階層!今日でようやく悲願が叶います」

「ん?ヒデキさんは6階層に行きたいのか。

 それなら言ってくれたら送ったのに」

「えっ、どーゆーこと!?」


自分から受け取ったお茶に警戒しながら口を付け、

不味いお茶でないと安心したトラヴィスはそのままお茶をすすっている。

理解できないでいる自分を理解したのか、

朝食を準備する手を止めアイリスが代わりに答えた。


「それはねヒデキさん、トラヴィスなら全階層に移動できるのよ。

 だって冒険者ですもの。ねぇートラヴィス」

「あぁ、オレはそれ要員だからな。

 一応戦闘もするけど部隊の移動が主な担当なもんで」


冒険者だから迷宮の全階層に移動できるのか?

しかし、一度踏んだ魔法陣でなければ移動できなかったはずだが。

トラヴィスがいかにも自慢らしい顔つきで話す。


「自慢じゃないがここラクスだけじゃなくて、

 オレは南部にある小迷宮は踏破してるんだ。全部じゃないけどな。

 従騎士の採用試験のために知り合いの冒険者に頼み込んで、

 手当たり次第潜ったからな」


そうかトラヴィスは根っからの騎士団ではなく転職者だったか。

騎士団員は叩き上げ集団ではなく中途採用の求人があるようだ。

恐らく冒険者の採用には即戦力が求められ、

多くの迷宮を踏破しておく必要があるのだな。

一見、必須資格としては難易度が低めと思うが、

小迷宮は辺鄙な場所にある上に、

冒険者は騎士団の移動用ゲートが使えないのでそうでもないか。


それにしてもトラヴィスも意地悪だなー。

全階層行けると知っていればわざわざ馬鹿正直に1階層から入らず、

6階層へ送ってもらったのに、まぁ少し考えれば分かった事だが。


「おはようございます」

「おはようカーリナ。はいっ、これ」

「ありがとうございます師匠。はぁ……」


カーリナが起きて来たので自分が飲む濃いお茶を手渡した。

昨日から自分と同じお茶を飲むと言って聞かないのだが、

身震いしながら飲んでいるので、

好き好んで飲んでいるわけではなさそうだ。

カーリナには無理しなくて良いと言っているのだが、

義務だと感じているのか、はたまた意地を張っているのか、

煮出して淹れたお茶を飲みたがる。


カーリナの自由にさせているが、

ちびちび飲むカーリナを見ながら思う。

早く飲み終えてくれないかなー。


時間をかけてコップ一杯のお茶を飲むのをやめて欲しい。

カーリナがお茶を飲み終えるまで待たされるのが難儀なのだ。

特に今日は早く迷宮に入りタバコをドロップする魔物を倒しに行きたいのだ。

しかし何だろう何か引っかかるものがある、この違和感は何だ。


***


6階層の探索開始早々に宙に浮く2つの塊に出くわした、魔物だろう。

見た目は卵型、色は黒、いやよく見ると深紫か。

しかし卵の頭上にはヘタのような物が付いている――巨大なナスだ。


「師匠、噛みつきに注意してください」


そう言うとカーリナは巨大ナスに向かって槍を構えた。

巨大ナスには当たり前だが顔は無いが、当たり前ではない大きな口がある。

あれだけ大きければ丸のみされそうだ。


それよりもあいつはタバコを落とすだろうか、

見るからにタバコは落としそうにないが、鑑定スキルを使う。


デビルエッグプラントLv.6 デビルエッグプラントLv.6


鑑定スキルの結果は悪魔?卵の植物?ナスではないのか。

タマゴはタバコをドロップしないだろうな、この魔物はハズレか。

一応、何のアイテムがドロップされるかカーリナに確認しようとしていると、

巨大タマゴの二匹が大きな口を開け襲いかかって来た。


カウンターを狙い銅の剣を振り上げ斬りかかろうとすると、

目の前に槍が現れた、カーリナが巨大タマゴ二匹に槍を横に薙ぎ払ったのだ。

あぶねー、同士討ちになるところだった。


「しっ、師匠すみません」

「カーリナ!攻撃する時は声掛けを頼む。同士討ちは勘弁だぞ」


カーリナの槍を受けた巨大タマゴ達が再び噛みついて来た。

今度こそカウンターを――


「師匠!行きます」

「うわっ!!」


カーリナの声と共に再び目の前に槍が現れた。

声掛けが遅いぞカーリナ。

槍を受けると巨大タマゴ達は黒い煙に変わった。


さて巨大タマゴのドロップは何だろう。

地面に落ちている深紫色した卵型のアイテムを拾う。

どうみてもタバコではなく茄子だ。


見た目が巨大ナスの魔物は実は巨大タマゴで、

そのドロップアイテムは卵ではなく茄子。

んー、とんち?

カーリナに茄子を渡し迷宮を進む。


その後、カーリナの活躍によって昼前に中間の部屋に辿り着いた。

部屋までに遭遇した巨大タマゴ達がドロップしたのは、

全て茄子で、タマゴやタバコを落とすことはなかった。

部屋で休息を取りながらカーリナに確認する。


「カーリナ、さっきの魔物について情報を教えて」

「はい、あれはデビルエッグプラントというナスの魔物で、

 主に茄子を落とします。たまにですが瓜の種と利尿薬を落とすそうです」

「あれってナスなの?タマゴじゃないんだ?」

「タマゴ?ですか。見た目通りナスなんですけど……

 あっ、師匠はナスをご存じないのですか?

 えーっと、ナスというのは野菜の一種でして――」


魔物について尋ねるとカーリナが野菜の講義を始めたので適当に聞き流す。

アレは見た目通りナスの魔物だったか、ではエッグとは何なのだろう。

しかし、タバコを落とさない魔物なのでこれ以上深堀してもしょうがないか。


短い休息を終え迷宮奥へ進もうとすると、カーリナが質問してきた。


「師匠、迷宮奥へ進みますか?」

「ん?あぁ勿論、Bランクの魔物を倒しておきたいからね」

「あのーもう少しでトラヴィスが迎えに来ると思うのですが……」

「はぁ?トラヴィスさんは待たせておけばいいよ。それも後方支援の内でしょ。

 それよりも何としても昼食までにタバコを入手するんだ、いいね」


いち早くタバコを入手したいと言うのに、

カーリナの阻止するような一言にイラッとしてしまった。

タバコ呑みの気持ちを汲み取れない奴め、

弟子は師匠の言う事だけを黙って聞けばいいのだ。

あぁーもうーイライラするー。


「あっ師匠、待って下さい」


タバコが吸いた過ぎて激しい焦燥に駆られ速足で迷宮を進む。

待って下さいとカーリナの声が聞こえるがそんなものは無視だ、

一刻も早くタバコを入手しなければならないのだ。


「あっ師匠、止まって下さい」


待てだの止まれだの、師匠に向かって何を言うかこの弟子は!

まったくもー何故止まらなければ――あれ?

通路奥から植物が歩いて来る。

ヤニ切れで幻覚を見ているのではない、

丈の低い植物が大きな葉を振りながらこちらに近づいて来る。


おお!アレは!!

鑑定スキルを植物に使う。


ニコチアナLv.9 ニコチアナLv.9


名前からしてタバコだ、やっと会えたね。

絶対こいつだ、こいつがタバコをドロップする魔物に違いない。

これまでが嘘のようで、目の前はバラ色の人生だ。

嬉し過ぎてカーリナに思わず声をかける。


「我々スタッフが一生懸命、一生懸命捜しました。

 カーリナさん見つかりましたよ」

「……」


カーリナはキョトンとしているがお構いなしだ。

はやる気持ちを抑えきれず、一匹のタバコに銅の剣を斬りつけると、

声も出さずタバコはよろめいた。

追撃しようとするともう一匹からの攻撃を背中に喰らう。


「あっ痛―!」

「師匠!大丈夫ですか!?」

「もっ、問題ない。カーリナはそっちの相手を頼む」


カーリナと手分けしてタバコを倒す。

さてさてお楽しみのドロップアイテムは――

あれ?タバコは……


地面にタバコは落ちておらず視界には葉っぱしか映らない、

それも青々しい葉っぱだ。

え?タバコは……


隠れているのかもしれないと思い葉っぱを拾いあげても、

地面にシケモクすら落ちていない。


受け入れがたい事実に直面し、

耐えきれない真実に押しつぶされそうになりながら、

何とか理性を保ち、拾った葉っぱを見せてカーリナに尋ねる。


「あっ、あっ、あのーカーリナ……

 ドロップアイテムは……これであっ、合ってるかな」

「はい、ニコチアナのドロップアイテムはそのタバコです。

 それ以外ですとカードもあるようですが、そう滅多に落とさないようです」


カーリナが紙を読みながら答えた。

これが、この葉っぱがタバコだとー。

タバコではなく葉たばこだろ。

自分が欲しいのはタバコ!そんでもって魔物がドロップするのは葉たばこ!

全然違うじゃないか!

ずっと感じていた違和感はこれだったか。

アイリスにタバコをお遣いに頼んだ際、間違って葉たばこを買って来た。

非喫煙者にとってタバコも葉たばこの区別がつかないのか?

いや、見た目が全然違うのだから区別はつくだろう、

区別はつくがどっちでも良いと言う事か?


念のため葉っぱに鑑定スキルを使う。


葉たばこ 葉たばこ


「ああああー」


2枚の葉たばこを持ったまま、

地面にしゃがみ込み声をあげて激しく嘆き泣いてしまった。


「師匠……」


何と声をかけて良いのかカーリナが困っている様子だ。

困っているのは自分の方だ。

背中に手を当てたカーリナが優しく声をかける。


「師匠……」

「すっ、すまないカーリナ。みっともない所を見せちゃったね」

「良かったらこれで涙を拭いてください」

「ありがとうカーリナ」

「師匠……」

「うぅぅ……」

「師匠、よかったですね。念願のタバコが手に入って」

「あん!?」


この期に及んでこいつタバコと葉たばこを混同しておるぞ!

悲しみは一気に吹き飛び、怒りが込み上げて来た。

自分が欲しているタバコと葉たばこは違うのだよカーリナ。

そこんとこを懇々と説明して差し上げた。


「じゃあカーリナ。もう一度確認するけど、

 ここの魔物はタバコをドロップしないんだよね」

「えーっと、葉たばこ?をドロップしますがタバコは落としません」


弟子のカーリナにタバコ教育を施し、一時の満足が得られたものの、

タバコを入手できないことに変わりはなく、

失意のどん底のまま中間部屋へ戻った。


部屋にはトラヴィスが待ちかねた様子で立っていた。


「ヒデキさん!昼食の準備がもう……ん?どうしたんだ。」

「いや何でもありません」


トラヴィスの心配をよそに、部屋の隅で膝を抱え座り込んだ。


「カーリナ、何がどうなってるんだ?」

「それが――」


カーリナからことの経緯を聞いたトラヴィスが口を開く。


「なるほどなー。

 ヒデキさん、落ち込んでいてもしょうがないよ」

「……ほっといてください」

「さぁ、元気出して昼飯あるから小屋へ戻ろう」

「……食べたくないです」

「そんな事言わないでさー」

「……ここから一歩も動きません」

「んーじゃ、ここに飯持って来るから、それなら食べてくれるよな」

「……」

「カーリナ、オレ飯取って来るから、ヒデキさんに付き添ってあげてくれ」


そう言うとトラヴィスは移動のため魔法陣に立った。


「あっ、そうそう。アイリスがキュメンでタバコを買って来たんだが、

 迷宮で火は使えないから持ってこないけど、どうするヒデキさん?」


それを早く言えよトラヴィス、三人で小屋へ戻った。

デビルエッグプラント/ devil eggplant

系統:植物 種:草(ナス科) ランクC

弱点:火 耐性:水 特殊:―

攻撃:噛みつき

特徴:宙に浮いた巨大ナス、目鼻は無いが大きな口がある

ドロップ:食材/茄子、アイテムレア/瓜の種、薬レア/利尿薬


ニコチアナ/ nicotiana

系統:植物 種:草(ナス科) ランクB

弱点:火 耐性:水 特殊:―

攻撃:大きな葉による平手打ち

特徴:たばこ、大きな葉を振り回しながら歩く

ドロップ:薬/葉たばこ、カード/精神力のカード


カイエン/cayenne

系統:植物 種:草(ナス科) ランクA

弱点:火 耐性:水 特殊:―

攻撃:目潰し

特徴:全身赤色、目鼻口はなく見た目は全身タイツを着用した人型魔物、

   皮膚を舐めると辛い

ドロップ:食材/スパイス、アイテム/魔除け、アイテムレア/形代、薬/胃薬


タバカムとルスチカ/ tabacum & rustica

系統:植物 種:草(ナス科) ランクS

弱点:火 耐性:水 特殊:―

攻撃:ノンアクティブ

特徴:姉タバカム(白ワンピース)、妹ルスチカ(ピンクワンピース)

ドロップ:素材/麻(シガレットペーパー)、アイテム/燃える水(白)、

アイテムレア/伝波の心、薬/頭痛薬、宝石/煙水晶

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