第25話 ネコちゃん
目の前で対峙するのはAランク魔物であるサーベルタイガー、
頭にターバンらしき物を巻き、スカートの様な腰布を纏った人型の魔物だ。
発達した筋肉を見せびらかしたいのかサーベルタイガーは半裸で、
褐色の肌が筋肉のラインをより一層際立たせている。
胸板は厚く、丸太のように太い腕、顔は髭を貯えた人間のそれで、
見た目は筋骨隆々な格闘家のようで、獣要素はどこにも無い。
「師匠、あの手に注意してください。喉を狙って来ます。
一度掴まれると、倒すまで離さないようです」
カーリナが警告を発する。
確かにサーベルタイガーは見た目からして腕っぷしが強いだろう。
フライパンを簡単に曲げ、リンゴなら片手で握り潰せそうだ。
いわゆるパワータイプの魔物、ただのトラでは無く荒々しい猛虎だ。
それ故、手に持っているサーベルが気になる。
カーリナの情報には武器攻撃に関する内容が無かった、
武器として使わないならば、
この猛虎は何の為にサーベルを持っているのだろう。
銅の剣を構え出方を窺っていると、猛虎はおもむろにサーベルを掲げた。
その姿を見てカーリナは槍を構え直し、自分も剣を握る手に力が入る。
「カーリナ!確認だけど、こいつはサーベルで攻撃してこないんだよね」
「そのはずです、情報が正しければ」
カーリナも初めて対峙するので確信が持てないようだ。
だがカーリナの情報源は騎士団が作成した魔物に関してまとめた物、
迷宮の管理を行なっている騎士団なのだ、その情報は信頼に値する……はず、
猛虎のサーベル攻撃は無いと信じて良いだろう。
攻撃しないとなると、あの掲げたサーベルの行き場はどうなる。
カーリナと共に猛虎の動きを注視する。
猛虎は目を見開きサーベルの剣身を咥え、唸り声を上げた。
ンー!
えっ……どーゆーこと?
猛虎は見開いた目でこちらを直視したまま剣先を掴み、
両手を下へ動かしゆっくりとサーベルを曲げ始めると、更に唸り声を上げた。
ンッンー!!
はっ?何してんの?
褐色の肌が少し赤らんでいるので、物凄く力んでいるのだろう、
一見するとボディビルのポージングのようだが、
何をやりたいのかがわからない、肉体美を見せびらかしているとしか思えない。
目の前の出来事が理解できず唖然としていると、
上半身が更に膨れ上がった猛虎が再度大きく唸った。
ンー、ンー、ンー!!!
だから何なの?サーベルを咥え両手で曲げたからって何なのよ。
こいつは猛虎ではなく狂虎だったか。
待てど暮らせど、狂虎が攻撃を仕掛ける様子は無く、
これはある種の咆哮で威嚇なのだろうか、それとも戦いの儀式だろうか。
いずれにせよ狂虎は隙だらけ、今攻撃したら可哀想かなー。
いや、魔物に義理立てる必要はなかろう、
隙がある今こそこちらから仕掛けるべきだ。
ガシャン
足を一歩踏み出すと何かが地面に落ちた音がした。
地面に槍が転がっている、カーリナの鋼鉄の槍だ。
「なーにやってんだよカーリナ、早いとこ拾いなさい」
「……」
「迷宮で武器を落とすんじゃないよ、さっさと拾いなさい」
「……」
「武器ではなく命を落としかねないよ、とっとと拾いなさい」
「……」
カーリナは一向に槍を拾う気配が無い、
視線をやるとわなわなと身を震わせていた。
えっ!ナニナニナニ、どーしちゃったのカーリナ。
トイレ?トイレ我慢してるの?その感じだと大だね、大だよね。
漏れそうなの?我慢できる?ねー漏れちゃうの?
「カーリナ大丈夫?無理そうなら隅の方でささっとしちゃっていいよ。
紙は――」
「しっ……師匠……かっ……体の自由が利きません」
理解不能な行動を取る狂虎を眼前に、
カーリナが原因不明な状態異常に陥っていた。
見ると、狂虎はカーリナに向かってポージングを取っているではないか。
状況から判断するに、
狂虎がカーリナへ何かしら状態異常を仕掛けているのだろう。
「カーリナ、多分だが魔物から攻撃を受けている。
ダメージはあるか?」
「うっ……動けないだけ……です」
「そうかわかった、槍を借りるよ」
ダメージが無い、もしくは感じないとなると、
カーリナが受けているのは毒や火傷といったスリップダメージではないだろう。
また、見た目も変わっていない事から石化の類でも無さそうだ。
動きを封じられているだけ、未だ狂虎がポージングしていることから、
このポージングをしている間だけ動きを封じるのだろう。
銅の剣を捨て、カーリナが地面に落とした鋼鉄の槍を拾う。
狂虎はまだ唸り声を上げながら肉体美を見せつけている、隙だらけだ。
狂虎の6つに割れた腹筋目掛け、勢いよく槍を突き入れた。
ンーガッ! カシャーン
槍で腹を突かれると狂虎は呻き声を上げ、咥えていたサーベルを落とし、
それによって状態異常が解かれたのかカーリナがその場に崩れる。
腹を突かれ腹を立てた狂虎が自分向かって嘯く。
ンガガァー!ガゴォー!
筋肉キレッキレの狂虎が邪魔をされてキレてしまったようだ。
槍を構えた態勢でカーリナに声をかける。
「カーリナ大丈夫?」
「はっ、はい。動けます」
「よかった。またサーベルを拾われたら厄介だ。
自分が隙を作るからカーリナはサーベルを回収してくれ」
両腕を広げた狂虎が腰を落とし前傾姿勢を取っている、
自分に飛びかかろうとしているのだろう。
望むところだ、来たところに槍をお見舞いしてやろうではないか。
槍で待ち構えていると、狂虎が地面を蹴り突進して来た。
直線的な動き――フフフ、筋肉バカめ。
槍を突き出すタイミングを見計らう。
今だ!
間合に入った瞬間を狙い槍で突く。
だが、狂虎は槍が刺さる寸前で体を捻り躱した。
しかし、それはこちらも想定内だ、槍を引き戻し横薙ぎに払う。
だがしかし、これも躱された。
なるほど、それはこちらも想定外だ。
まずい!そう思った瞬間、
ガルッ!
狂虎が声を発し背中を反らした。
背後からカーリナがサーベルで斬りつけたのだ。
狂虎が振り返り今度はカーリナに襲いかかる。
無防備な狂虎の背中に槍を振り下ろす。
うっ、ぐっ!
ガオッ!
狂虎の呻き声の直前、カーリナの声も聞こえた。
カーリナの喉を掴み片腕で軽々と持ち上げながら狂虎がこちらへ振り返った。
声にならない声を出しながらカーリナは足をバタつかせている、これはまずい。
カーリナを救出すべく鋼鉄の槍で狂虎の足を薙ぎ払う。
槍先が腿に当たるも狂虎はカーリナを手放そうとはせず、
こちらを睨みつけた後、カーリナを高く上げ更に掴む力を強める。
失神したのか、先程までバタつかせていたカーリナの足が止まっている。
早いとこカーリナを助けねば。
追撃を――
ドサッ
狂虎がカーリナをこちらに投げつけてきた。
カーリナは……気絶しているだけだ……多分。
素人なもので咄嗟に容体など判断できない、希望的観測結果だ。
呼吸をしているから大丈夫だろう。
戦闘の邪魔にならぬようカーリナを移動させねば。
それにしても……気絶している人というのは……
どうしてこうも……重いものかね……
カーリナを通路端まで引きずり移動させた。
やっておいてなんだが、動かしてもよかったかな?
気絶してもなおカーリナはサーベルをしっかり握りしめていた。
えらいぞカーリナ、褒めてやろう。
その前に先ずは虎退治だ。
槍を振り上げ狂虎に斬りかかると左腕で受け止められた、
これはダメージに加算されないだろうな。
狂虎が右腕を突き出し襲って来た、喉を掴まれたら一大事だ。
バックステップで距離を取る。
狂虎はこちらが避けるのをわかっていたかのように、
突進し距離を詰め左腕を突き出す。
狂虎の左腕を避け走り抜けながら槍を薙ぎ払う。
そのまま狂虎の背後に回ると、狂虎が振り向きざまに右拳を振り下ろしてきた。
それを槍で受け流すとその勢いで狂虎は体勢を崩す。
これはチャンス一気に畳みかけるぞ、すかさず槍を突き――
ウッガァァルゥゥッ!
狂虎が黒い煙となって消える。
煙の向こうにカーリナが銅の剣を持って立っていた。
「師匠、やりましたね」
カーリナが最後の美味しいところをもっていった。
***
昼食を終えて5階層中間から午後の探索を再開、
「カーリナもう大丈夫なのか?」
「ご心配おかけしました。もう大丈夫です。
それにダークパンサーを倒せるようになりませんと」
「そうだね、すばしっこい奴らを倒せるようにならないとだな」
「あっ、師匠こそ大丈夫なのですか?タバコ吸えてないですけど」
「ああああー、考えないようにしてたのに!もうカーリナ!」
「すっ、すみません」
「バカバカバカ」
「ごっ、ごめんなさい師匠。許してください」
「こら!待てカーリナ!」
逃げ出すカーリナを追いかける。
「うわっ」
角を曲がった所でカーリナにぶつかる。
「こら!カーリナ、急に止まるやつがあるか」
「師匠、あれ見てください」
また人が立っている。
午前中に遭遇したのはAランクの人型魔物であるサーベルタイガーだった。
と言う事は……はぁーついてないな。
こいつはSランクか……
カーリナと共に警戒しながらゆっくり近づく、
Sランクの魔物は俯いた女の子、12、3歳といったところだ。
ミディアムロングの黒髪を後ろで結んでいる。
黒のジャンパースカートに白シャツ、フォーマルな服装だ。
なんだか葬式帰りみたいだ、だから下を向いているのかな。
鑑定を使う。
プッシーキャットLv.35
トラではなくネコちゃんだったか。
表情は窺えず、こちらに気付いているのかわからない。
更にゆっくり近づきながら魔物についてカーリナに聞く。
「カーリナ、プッシーキャットは攻撃してくるか」
「どうして名前を……あっ、鑑定スキルですか。
はい、プッシーキャットもまた喉を狙って来ます」
「見た目は女の子だけどサーベルタイガーみたいに喉を掴んでくるの?」
「いえ、武器を使うようです」
「武器?手元にはそんなもの見えないけどな」
「どうしますか師匠。間合いに入らない限り攻撃してこないみたいです」
「えっ!そ、そうだなーやめとこっか。
ダークパンサーを倒せるようになってから挑もう」
スライムガールの様にノンアクティブを期待したがそうではなかった。
通路壁を背にして横向きに歩く。
ネコちゃんは通路中央に立っているのでここなら間合いに入らないだろう、
思惑通りネコちゃんは下を向いたまま微動だにしない。
「師匠、ここなら大丈夫そうですね」
「そうだね。落ち着いてゆっくり進もう。
カーリナ、間違っても鈴を鳴らさないようにね」
「そこは問題ありませんよ師匠、鈴は布に包んでいます。
それにSランクの魔物は招き鈴に滅多なことで反応しません」
「そうか、Sランクが引き寄せられるのはこの香料だけだったか」
「師匠、それって……まずいんじゃ」
あっ、
首にかけたネックレスをカーリナに見せてから気付いた。
ネコちゃんが近づいてくる。
武器は?武器はどこに隠し持っている?
右手に光る物が見えたぞ、アレか。
認識したと同時にネコちゃんが自分の喉元にソレを突き出してきた。
カツーン!
身をかがめ攻撃を避けると、
ネコちゃんがフォークを壁に突き立てている――武器はコレだったか。
これなら手の中に十分納まる、どうりで見えなかったわけだ。
ネコちゃんを両手で突き飛ばしカーリナに確認する。
「カーリナ逃げるぞ全速力だ。階段はどっちだ?」
「こっちです付いて来てください」
カーリナの後に付いて走る。
ネコちゃんは――振り返ると直ぐ後ろを付いて来ている。
まずい、このままでは――
ネコちゃんに飛びかかられ倒れてしまった。
「師匠!」
尻餅をついた自分にネコちゃんが馬乗りになって来た。
ネコが馬乗りだとー、こしゃくなー。
体を揺らしたりブリッジしたりして悪あがきするも、
ネコちゃんを跳ね除けられない。
カーリナが槍で助けに入るも攻撃が効いているのかいないのか、
ネコちゃんはお構いなしに自分の喉元を狙ってくる。
左手で自分の顎を抑えつけ、右手のフォークで狙いを付けている。
「師匠、じっとしてください」
カーリナが自分と猫ちゃんの間に槍を通し、
てこの原理でネコちゃんをひっくり返した。
「師匠、立ってください。さぁ、こっちです」
慌てて起き上がりカーリナを追いかける。
直ぐ後ろに足音が聞こえる。
やばい、やばい、やばい。
まだ足音が聞こえる。
あのネコちゃんは危険だ、逃げなければ確実に殺される。
足音が止まない。
午後の迷宮探索は終始ネコちゃんから逃げ回り、
6階層へ下る階段へ辿り着いた。
今日の迷宮探索は終わりだ。
マスクドタイガー/masked tiger
系統:獣 種:トラ ランクC
弱点:― 耐性:雷 特殊:沈黙
攻撃:突進
特徴:鉄仮面を被った虎、仮面のせいで噛みつきはできない
ドロップ:素材/虎の爪、素材レア/虎の毛皮
ダークパンサー/dark panther
系統:獣 種:トラ ランクB
弱点:― 耐性:雷 特殊:沈黙
攻撃:噛みつき、爪攻撃
特徴:鋭い牙を持った黒豹、敏捷
ドロップ:素材レア/虎の毛皮、食材/虎肉、ラベル/雷のラベル
サーベルタイガー/saber tiger
系統:獣 種:トラ ランクA
弱点:― 耐性:雷 特殊:沈黙
攻撃:コブラクロー、威圧
特徴:頭にターバンを巻き強靭な肉体を持つ人型の魔物
武器として使用しないサーベルを持っている
ドロップ:素材/虎の牙、武器/サーベル、香料/霊猫香
プッシーキャット/pussycat
系統:獣 種:トラ ランクS
弱点:― 耐性:雷 特殊:沈黙
攻撃:フォーク攻撃
特徴:常に伏し目がちな女の子、黒のジャンパースカート、白シャツ
黒髪ミディアムロングを後ろでまとめている
右手に持つフォークで相手の喉元を狙って来る
喉しか狙ってこない、間合いに入らない限り攻撃してこない
ドロップ:アイテムレア/招き鈴、宝石/虎眼石