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.02 麒麟



       .02  麒麟




 ほとんど即席で、風雨を凌ぐだけという為だけに造られたあばら屋があった。周囲には数人の男女がその家を取り囲み、小屋の外を見張る様に円状に広がっている。

この小屋には何があっても、獣一匹を通さないというような人々の共通意識が込められている位に厳重だった。あばら屋の中に居る者はこの集団を率いる中心人物だ。彼らが神経質なくらいに守護しようと目を光らせているのは当然の事だった。

だれも不満を漏らさず、誰も疑問を感じていない。まるであばら屋の中に在る人物こそが神であるが如く、過ぎた敬念に等しいものだった。


家の中は案外と簡素な造である。家具は殆ど置いておらず、質実で幅広な木造の椅子が一つ。その目の前に円卓が一つ。

飲み物を貯蔵する籠が二つ並んでおり、床は砂利を敷き詰めて馴らされ大型の獣が毛皮が上に被さって絨毯となったものだ。部屋にはそれしか無かった。

住人も、ただ一人の若い男だ。


 彼の名を人々は 先覚者・アハート と呼んだ。


先覚者とは、本来の彼の名前に含まれない。アハートが一人、名乗ったものだ。人々は【先覚者】が何を指すのかは理解していなかった。言葉の意味も、また言葉が指す物も。

それを知っているのはこの部屋で椅子に腰かけて脚を組み、鞭と思われる短く撓る指示棒を両手で弄んでいる青年だけである。

正しく、それは先を歩む者だった。初めてだったのだ。この世界で人の上に立つという事を目指した存在は。

アハート。彼は端正であり雄々しい顔つきであった。人によっては攻撃的な物が含まれる表情に恐れを抱くだろう。厳つさはないが、冷淡さは感じられる貌の持ち主であった。

金の髪を持ち、目立つのは輝く赤い瞳である。人よりも大きな耳と、幼いころに残った傷痕が眉の上にある。

髪に被っているのは獣の皮を鞣した頭環だ。邪魔にならない程度の獣の角を巻き付け、立場を誇示するものであり、己を頭部を守る防具でもあった。

虎模様の外套を背負い、手には獣の骨で造られた小手を装備している。


 アハートは今、この場所で過去を思い出していた。

彼が過ごしてきた時間は長くない。記憶だけで言えば20年ほどの時間だ。しかし、アハートは自らを【先覚者】と称するに値する規格外の麒麟児であった。


最初の記憶はアハートの故郷で過ごしたものだ。


 彼の父親は7人の妻が居た。そして確かに父親は集落の権利者であった。地位が高く、そしてやや傲慢さが見える、そんな特筆すべきことのない人間。

ある時、アハートは夜空を見上げていた。星の位置は常に一定ではなく、それは定められた方向に向かっている事に気付いた。

そして月と太陽が昼夜で入れ替わる事に疑問を持った。

集落で一番賢いと称賛される父にアハートはこの疑問をぶつけた。


「父上。なぜ空は動いているのでしょう」


 父は何も答えなかった。アハートは父が理解していないことをその場で気付いた。翌日にアハートは尋ねた。


「父上、なぜ農を拓かないのでしょう」


 父は答えた。大地は気紛れであり、神は肉を好むからだと。アハートは父の言葉に整合性の欠片も無い事を認めた。翌日にアハートは尋ねた。


「父上、なぜ人々は各々の集落でのみで完結し、暮らしているのでしょう」


 父は答えた。神がそう定めたからだ、と。


 こうしたアハートの疑問は何一つとして納得できるものとして父親からは返ってこなかった。そもそも、父の答えは見当が外れている事を直感で察してしまう。

幼いアハートは何度も父に尋ねたが、やがて父はアハートを疎むようになった。時には質問は暴力でもって返された。間違いだと思った事を指摘すれば、激発して折檻され、食事を抜かれた。

ただ単純な疑問をぶつけるだけでは、アハートは疑問の答えを得ることは出来なかった。それがどんな大人であっても変わらなかった。

肉親以外の誰に聞いても同じこと。理論が無かった。理屈が無かった。誰も彼もが祖に教えられた事をそのまま考えも無しに鸚鵡返しするだけで、その本質を見る事をまるで悪い事だという様に避けていた。

それこそアハートにとっては理解の外であった。



 疑問の答えを自分で見つけることにした。アハートはその時から集落の一番高い場所から大地をしばらく眺めた。

大地に木の枝を用いて、一つの円を描く。

翌日、アハートは同じようにしばらく天体を眺め、円をもう一つ描いた。

その翌日、アハートは夜に月を見上げていた。家族が寝静まった頃にこっそりとこの場所に来て、大地に円をもう一つ描いた。


 その翌日、アハートは天を見上げることをしなくなった。大地に描いた三つの円は、大地と、月と、太陽だ。

それだけでもうアハートにとって天体を観測する意味は殆どなくなった。大地が水平線を描く意味を理解し、月が大地の近くに在って太陽の光を夜中に反射して闇を照らすこと。そして太陽が最も大きな天体であり光を齎していることを理解した。

星々は同じように大地を巡る様に回っている。少なくとも天体は大地から見上げるに円を描いて 『周回』 しているだけである。

天体が起こすそれ以上の役割にもアハートは薄々と感付いていた。例えばそれは星の位置などだ。しかし、もうアハートにとってソレは役に立つ情報ではなく、深く解析するのは無駄な事である。少なくとも、今は。

故にアハートの興味は天体から離れたのだ。


 こうした幼いアハートの行動は集落にとって奇異な物として映った。神を信仰することも無く、家族に寄るでもない。情愛は時折見せるものの、それだけだった。

一貫した行動原理は、果てなく集落という一つの集団の意思に逆らう物として見るに、異常な振る舞いだったのである。

父を、家族を含めて、集落の者たちはアハートを忌避するようになったが、アハートはそれを恐れなかった。予測していた事でもあるし、分かっていた事でもあった。自身の理屈と思考が疎まれるだろうと早々に推測していた。



 遥かな高みから大地を睥睨するように、大きな視点からミクロな観点にまで。

アハートの視界は広がっていた。

この世界のどのような人物よりも、物事の本質を捉え、それが自分を立てるにどれだけあれば足るのか。そのことが出来る才知に溢れていたのだ。

人の営みは集落の中で全てを終えようとしている。生まれ、生きて、縮こまった世界の中で世の理を悟ったつもりになり、息絶えて終わる。少なくともアハートの集落はそうだった。


腫物扱いされてはいるが、仕来りでは家を継ぐことになっている。それはアハートにとって、とてもバカバカしい事に思えた。

興味を持ったのは他の集落の人々が、どのような暮らしを営んでいるか。そしてどのような考えを持っているかだった。

故郷を出たアハートはしばし外遊の旅をした。およそ2年をかけて自分の居る集落とは別の人々を観察した。


理解を放棄した人々に、アハートは興味を持つことが出来なかったからだ。

そんな存在は、例え血を戴いた家族であっても必要ないものだと思えたし、実際にそれを切って捨てるだけの度量に彼は溢れていた。


 アハートは15歳の時、故郷を切り捨てた。





 結論として人は。

 そう、人はこの先も何も為さないだろう。


 変わることなく小さな集団を形成していくだけで一生を終えて行く。

 アハートはそれは如何にも、つまらない事だと思ったので、壊すことにしたのである。





「いかんな、退屈は人を殺す。待つだけと言う行為に慣れなければな」


 人の気配を感じると同時、過去を振り返っていた事に気付いたアハートは瞼を開いて足を組み直した。

扉が開き、一人の大柄な男がアハートの前まで歩み寄ると、彼は腕を組んで一礼をする。これは誰が始めた訳でもなく、ほんの少しの遊び心から始まった物だが、今ではアハートの前での敬意を捧げる儀式へと変貌していた。

見上げるほど大きな体の男。啓稔を持ってアハートの前で頭を下げ、それから一転して態度を崩し、粗野に対面の椅子に座り込んだ。


「おう、連中のねぐらを探って来たぜ。まともに当たりゃ数日ってとこだろうな」

「数は?」

「集落の数は多分3つ位だ。恐らくはもともと5個が6個か。それ以上くらいあっただろうけどな。大将が言った通り、争い合ってるみたいだぜ。原因は神らしい」

「激しい闘争だな。信仰を捧げる神を相手にした派閥争いなのだろうが……にしては死人が多すぎる。腐臭がここまで漂うようだ。ふむ、引き時を誤ったか?」

「そいつを俺に言われてもだ。わからねぇよ」

「それもそうか。神の名はなんという?」

「とっ捕まえた奴は神クガの下にって言ってたな。多分それじゃねぇか」

「神クガか」


 アハートはそこで初めて興味深そうに顔を上げた。

アハートが始めた事は、単純だ。始めたのは侵略戦争と変わらない。人の結びつきを強く束ねる為、神のくびきを解き『人』に括りつける為の解体作業だ。

人は人と協力をすることができる。


そして人が多く集まれば、それは力となる事が分かっていた。力が集まれば、人は世界を支配することが可能だ。それこそ神の力を借りずとも自立することが出来るはずだった。

だが、人々は集落に神という偶像を作り出し、その中で一生を縛り付けていた。緩やかな停滞と保全を選んで世界に対して縮こまっていた。

導く者が必要だった。人は小さな世界から踏み出せると気付かせてあげねばならなかった。

その礎を築くためにはアハート自身が動かねばならないと、彼は気づいていたし何時からかそれが彼の描いた夢ともなった。

集落を繋ぐそれぞれの『神』は人間が人として邁進するには枷である。その考えが他者にとって正しいかどうかはアハートにとって重要ではなかった。



既に20の集落を力で従わせた。

13の集落は闘争には至らずアハートの下に降せた。


『神』は消えて、『人』の力が新たな偶像と変わった。

すなわち、それは先覚者を自称するアハートそのものである。



アハートは自分の事を取るに足らない人間であると心底から思っていた。だが、人は神に傅くだけではなく、人そのものに貢献を成し、誇りを得ることができる。

信仰を捧げる事も、他者と手を取り合う事もそれは同時に出来るものだと気付いていた。

蒙昧な瞳を開かせるには少々難儀である。長大な時間の中、人は自立することを神を理由に逃避していた。少々の荒療治が必要になる事もアハートは知っていた。


アハートの侵略は早く、版図を着実に広げ、それは今なおも続いていた。それは派手に映っていることだろう。噂に登っていることだろう。

もうそろそろ、頃合いなのである。

目を瞑りながら報告を聞き、やがて瞼を開けてアハートは周辺の地形図を眺めて顎を擦る。そのまま掌を頬に当てて、大男の名を呼んだ。


「戦士オクラ。そろそろ揺り返しが来る頃だ」

「あん?」

「神・クガを信仰しているというその集落を落としたら、地に足を付ける必要があるだろう。力攻めは賢いとは言えないが、時には速度を求めなければならない時もある」

「俺に細かい事を説明してもわからねぇよ、アハート。要点だけ言ってくれ」

「攻める」

「いいねぇ」


 大男オクラはニヤリと笑みを浮かべ、アハートの言葉に素直に頷き立ち上がった。振り返りもせず、疑問も持たず。オクラにとって先覚者であるアハートが確信を持って言えば、それは真に必要な事なのである。

横やりを入れる形、かつ万全な自軍と疲弊した数個の集落。既に勝敗は決している。

理解する者が居ないのは、慣れているとは言え、もどかしいものだ。

アハートは立ち上がり、両腕を上げて身体を伸ばした。これからまた忙しくなるだろう。机の上に置いていた指揮棒を掴み上げ、勢いよく家を出た。







 集落の殆どは燃え、灰燼と帰していた。建物の殆どは消失し、燃え残った木材が燻って煙を上げている。

戦禍の後であった。神クガを信奉する集落同士が互いに殺し合い、それが日常となって長きに渡って闘争を続けた結果である。

そこに横やりを入れたのが、アハートの軍隊だ。

彼らの侵略は実に簡単な物だった。既に疲弊しきった相手、慣れ親しんだ侵略の手管。アハートの目論み通り、そう時間をかけずに神クガの下に集った集落はあっけなく滅んだのである。



「生き残りは40名も居ないか。死者は数えるのも馬鹿らしい程だ。その内、半分の死体は心臓を刳り貫かれている」

「まるで夢から覚めたかのように呆然としてますな、しばらく現実を受け止めるのに使い物にならないでしょう」

「同じ人間とは思えない所業だ。『神』に盲目的になると、常軌を逸した行動ですら正しい事だと誤認するようになるのだな」

「ああ、怖い怖い。大将に着いてきて良かったってもんだ」


 アハートの下に上がってくる報告は普段から聞こえてくる当然の事と、異様な物が混じっていた。

彼は数人の男女を傍に侍らせ、戦禍の残る集落へと向かっている。道中、報告通り心臓を失った死体を見た。あばら骨が皮膚から突き出し、内臓を無理やり引きちぎった後が残る物だった。

アハートはそこに少しばかりの興味を抱いていた。

人を殺害するのに、その内臓を獲ることは果てしなく無意味だ。しかし、神クガの信奉者たちは、その無意味な行動に意義を持っているかのように刳り貫いている。

つまり、心臓を得る為に動く者たちと、そうでない者たちとで争い合った結果、滅んだという事になる。


「なにかあるな」

「うん?どういうことですか」

「同じように狂うのは、いくら狂信があったとしても豹変するような物ではない。例えば、俺がお前にそこの死体を喰えと言ったら、お前は素直に食うのか?」

「……やめてください、アハート様。大概の命令には従うつもりですが、私は人を食う趣味などありませんよ」

「そう。お前たちは俺が命令したとしても、理不尽なものだと思えば拒否をしよう。ここに居る人間全員がそうだろう。では、この心臓を刳り貫くという常軌を逸した行動を、躊躇いなく実行できるコイツ等はなんだ?」

「そりゃ……その、神クガとやらの信仰や儀式がそうさせたのでは」

「果たしてそうか。ふふ、面白いな、俺も知らない何かの絡繰りがあるぞ」


 アハートは指揮棒を肩で叩き、薄く笑った。

そこから下された命令は簡単だ。神クガという存在。その敬い方や儀式。集落で行われた祭典や伝承など、生き残りった人達から調査を始めた。

人員を割いて戦後処理と平行し、建築様式や生活。過去の彼らの生態をアハートは5日ほどかけて、じっくりと詳細を調べて回った。


 そしてほどなく、アハートはとある集落で死者の山に埋もれた、数人の子供たちを発見したのである。




 オア、そして呪い子たちは動くことが無かった。

暫くして身体は完全に修復が終わり、自由に動ける四肢が揃ったが、オアは何も出来なかったのである。

そもそも動く気力というものが乏しかった。自分から何かをしようとすれば、何かをするだけ命が零れて行く。それを掬うにはオアの手は小さすぎるとでも言うかのように、滑り落ちてしまう。

オアは絶望の渦中に居た。このまま風化して消えてしまう事を本当に望んでいたのだ。


 それはもう、屍人となんら変わりなかった。


ある時、争いの声が止んだ。

それには気付いたが、オアはもうどうにでもなれば良いと思っていた。

アクルアムの頭蓋骨の事が一瞬、頭の奥をよぎったが、神クガの集落は亡くなってしまった。いや、長の言葉が全て正しいのであれば、オアが滅ぼした。 

悪魔を討滅するという激烈な意思だけは灯っているが、その悪魔は行き方の分からない映し世の世界に存在している。

オアはどうすれば良いのか分からない。だから動くことが出来なかった。


 ゆっくりと死臭に包まれて停滞していた。

手のひらほどの小動物が徘徊し、指先ほどの虫が壁を這って伝っている。

どこからか水滴が地面をたたく音が時に聞こえた。

その音が水なのか、それとも人が流した血であるのか、オアには分からなかった。




 ある時、聞こえなくなった人の声がオアの耳朶を打つ。それは呻くような声だった。きっと死臭に咽ているのだろう。

スヴェログとインガサモが、オアを困惑した様子で覗いていた。子供たちは既に復活しており、動かないオアにくっつく事しか出来ていなかった。


「うげぇ……大将、こんな死体の山をうろつくなんて、もう止めましょうや」

「戦士オクラ、ここが最も干からびた心臓が積み上がっている。恐らく、生き残りの証言にあった不死者が近くに居るんだろう」

「はぁ、しっかし、不死者ねぇ。死なない奴なんて、もうそりゃあ人間じゃあないだろうに」

「アハート様。不死者などを見つけてどうするのです?もし、アハート様は不死をお望みであられるか?」

「うん?くははっ、笑わせるなディユスーズ。次に面白い事を言うと、首を刎ねたくなるかもしれんぞ」

「……申し訳ございません」


 かなりの人数の足音が響いていた。インガサモがオアへと眼差しを贈る。オアはそっと首を振った。理由は分からなかったが、オアはこの場から消えることを拒んだのだ。

神クガの集落の人間ではないことは、彼らの話を聞いているとオアでも理解ができた。

彼らは一体、この死した集落に何用で立ち寄ったのだろうか。

オアは再び、首を振った。

自分を見つけないで欲しかった。もしも自分と関われば、彼らは呪い子たちの影響を受けて破滅へと至るだろう。

息を潜めて、オアはそう願っていた。ではなぜ、インガサモの提案を断った。

インガサモの異能を行使すれば、オアたちは彼らの前から時間ごと消え去れるというのに。


オアの懊悩を他所に、彼らは目的の物を捜索するのが得意なようで、すぐに声が飛んで来た。


「待て。おい、こっちだ。どうやら地下に空洞があるようだな。土砂で埋まっている」

「アハート、見てくれ。この頭蓋骨、異様だぞ」

「瑕ひとつ無い、まるで完璧な形のままだ。こんな頭蓋骨、見たことが……」

「ウアアアアッ!」

「おい、何をしている!」

「止めろ!」


 

 闇の中、漏れ出てくる声。やがて叫びだし、オアは喧噪に顔を上げた。アクルアムの頭蓋骨。

胸の奥で鼓動する心臓が跳ね上がったような感覚だった。また、人が死んでしまうのか。


「―――射ぬけ」


 先ほどから指示を出している男の声が、やけにハッキリと聞こえて、瞬く間に騒ぎは収まったようである。

まだ上で会話を続けているようだが、オアには聞こえてこない声量だった。



「ふん、どうやら怪異の原因はその頭蓋骨のようだな?俺の部隊に狂った人間は居ないはずだからな」

「ガハゥ……こ、声が聞こえる。アハート様、ずっと声が。声が。オア様の為に、心臓を捧げよという声が……」

「オア?」

「神クガと敵対していた、不死者の神の名でしょう。生き残りからの証言で、出てきたものです」

「ほう……ではこの抗争の根幹は、その不死の神とやらとの対立か。ディユスーズ、楽にしてやれ」

「はっ……すまんな」

「アハート様、ああ、オア様……」


 肉を潰すような音が聞こえてきて、同時に除去が進んでいるのかガラリ、とオアの目の前の空間。土砂と人の死体で出来上がったバリーケードのようなものが、少しずつ崩れていく。

眩い白と赤色が混じったような赤光が、オアたちを少しずつ照らし、あまりの光量に目を細めた。

少しずつ、輪郭が浮かび上がっていく。

数人の男女だった。眩い光の中で、中央に堂々と立って居る男が一歩、瓦礫に足を伸ばして。


「ほう、水も無く、糧も無い。こんな場所で子供が生きているとは」


 闇の中、死者に囲まれたオアを見つけ、アハートは唇を歪めて笑った。


「貴様、名は?」


 問われ、オアは喉を鳴らした。スヴェログが、メトゥを抱えながらオアの手に抱き着いて。


「……私は……私は……オア」

「オア。不死の神か。では、試そう」


 オアは何を言われたのか分からなかったが、後ろで動いた者たちが、弓を構えたことでその行動を察することができた。


「射れ」


 アハートの指揮棒が動き、短い命令を的確に彼らは実行した。




 その矢はオアの脳天を正確に、一瞬で貫いた。




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