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呪い子 オア  作者: ジャミゴンズ
呪い子
1/12

.01 呪い子


      00. 創世



 どれだけの陽が大地の水平線から登ろうと。幾億の星が闇夜を切り照らし地平線へ堕ちようと。

生き永らえ続けている限り、この日を忘れる事はないであろう。

地に伏し、血河の流れ染み入っていく渇いた砂の大地の上で、その眼に映し出される惨憺さんたんたる光景。

燃える木々はけたたましい音を立ててくず折れ、ただ赤の光が黒ずんだ闇の中を切り裂き闇夜に溶けるよう灰色の噴煙を上げてゆく。

土煙を撒き上げて這いずり、四股を失っていた私が不幸にも未だ生き永らえている事に気がついたのか。

惨状を産み出した原因である、異形のモノが黄色く輝く眼を向けてくぐもった声を耳朶に響かせた。


嗤っているのか。いや、そうなのだろう。

このモノ共からすれば、私は……いや、私を含む集落に住んでいた人間たちは、まるで虫けら。無碍むげの存在。

抗う事など不可能で、手慰みに遊ばれて命の手綱を自由に振るうことが許される超越者。

私にできた事は、この惨劇を引き起こし、傍若無人に振舞う彼らに憤怒の色に染まった視線を投げることだけであった。


「――――」


 まだ生命活動を続けているだけで何も出来ない、という状態であった私を見つけたその異形は、近づいてきて何かを話していた。

生憎と私の耳の機能は正確に音を伝える事ができなくなったのか。或いは、異形の発する声ゆえに言葉を理解出来なかったのか。

それは判らなかったが、一つだけ確かなことは。


「お前は生かされた。悪魔に玩具として選ばれ、弄ばれているのだ……呪い子よ」


 翌日、村の惨状を見渡しながら私の話を聞いてくれていた老が、自らの口元を指しながらそう言ったのを良く覚えている。




      01. 呪い子


 

 自らが呪い子であると教えてくれたのは、異形の者共が襲撃の日、村からは離れた遠くで狩猟をしていた男だった。

この集落でも一番狩りが上手く、多くの大地の恵みを与えてきてくれた30の歳にもなろうかという、我々の村の大老の一人であった。

名をグン。剛直を意味する言葉を冠している。

長くても40歳頃までしか生きられない、とは命を刈る者の意味を持つ名を授かった大老の一人が教えてくれたことだ。


集落近くの森で大老が1日、ないし3日ほど篭り、獲物を狩猟で取ってきて日々の糧を得る事で、我々は生活を営んできたのである。

運がよかったといえば、そうなのだろう。

しかし、グン大老にとっては命が無事であること以上に不運な事は無かったようだった。

その時の私はまだ10を過ぎたあたりであった。

年若く集落の歴来などには詳しくなかったが、大老は私たちの祖が月の満ち欠けが数えられないほど前に居を構え、この場所で暮らしてきたのだと話してくれた。


「だがもう、それも終わりだろう」

「おわり……」

「俺達は全てを失ったのだ。 どこか安住の地を求めて旅に出るか、このまま朽ち果てるか……」


 他にも私たちのような集落を営み、生活をしている者―――そういう人間が居るそうだ。

幼いながらも他の大老の一人が話していたのを聞きかじった事があった。

捕ってきたばかりの処理されたウサギの肉を丁寧に切りながら、火で炙っていた大老は胡乱うろんな目つきで、異形の悪魔どもが食い荒らした破壊の跡を眺めている。完膚なきまで破壊された村落は、赤黒く腐り落ちていた。

私も同じように大老の視線の先を追っていく。

緑木と樫で組まれた堅牢だった家屋は完全に叩き潰され、昨日まで笑って過ごしていた家族達が竹串に刺され天に顔を向けて骸となって息絶えていた。


私は。

私はどうして自分が、あの地から生えたる槍に貫かれて絶命していないのかと言う思いに捕らわれ、直視することができずに手元へと視線を落とす。


 出来上がったばかりの渡された肉を受け取って、その肉を見つめ視界を埋める。

あの時、確かに千切れて地面に転がっていたはずの自らの右腕で、私は肉を持っているのだ。

大老は私が悪魔の玩具となったことを教えてくれた。

呪い子というものだ。

魂を穢され、その肉体構造は悪魔により近しいモノへと、やがて変容していくという。

仮に新天地を目指すとしても、大老は私を連れてはいけない。悪魔の使いと間違われてしまうからと言っていた。

集落は家族だ。

四肢が千切れていたはずの体が、一晩経つだけで繋がっている自らの腕と足を見ながら、家族を失ってしまったという事実を噛み締めていた。


「また腕を千切ろうなどと、無茶をするなよ」


 私が意識を取り戻した直後にグン大老は話をしてくれたが、その時の私は狂乱してしまい 『生えて来た』 腕を破壊しようとした事を思い出したのだろう。

まだ幼い故に伸びていない手足に大き目の石を必死に振りながら、自らの右腕目掛けて打ち付け、骨肉を削り取る様子を大老はどの様な思いを胸に秘めて私を眺めていたのだろうか。

石に削ぎ落された血肉は僅かな時間を置いて身体の内から再び生えてきた。

その事を指摘され、私は本当に人間ではなくなってしまった事に、むせび泣いてしまった。

一日経って、荒くれだった心は絶望と共に落ち着いてきたが、やはり憎悪とも言えそうな心中で燃え盛る淀みは拭いきれない。

この悪魔に与えられた魂を削ぎ落とすには、勝手に生え変わってきた自身の四股を壊す事が人間に戻れる手段なのではないかと、どうしても思ってしまうのだ。


大老は深い溜息を吐き出しながら、私の頭をゆっくりと撫でた。

それは甘く、安心してしまう偉大な掌であった。

私を含めた多くの"家族"を養い続けた、歴戦の修羅場を駆け抜けた大老の持つ大きさであった。

いつまでも甘えてしまいたい欲にかられた私を無視し、グン大老は言葉を紡いだ。


「さぁ、準備をしてしまおう」


グン大老の手が、名残惜しかった。




 完全に陽が落ちてしまう前に。準備を促されて、私は立ち上がった。

グン大老は家族を弔うために、まだ数日は村に留まるそうだ。

私はこの村……家族が住んでいた故郷を旅立たねばならない。

悪魔に魂を変容させられたものは、決して我が故郷の信奉する神に愛される事はなくなり、人とは相容れぬ存在と成ってしまうから。

神は悪魔とそれに連なる存在を許さず、集落に必ず存在しているというモニュメントを通して討滅しに来るという。

もしも人間が悪魔を庇っていれば、人間も同じように神の浄化の対象になるのだ。

少なくとも私の集落の大老たちは、全員同じような事を話して教えてくれていた。

だから、例え悪魔に滅ぼされてしまったこの場所であろうと、今やたった一人の家族となってしまった大老だけが住んでいる所だろうと。

神の眼たるモニュメントが村の中央に無傷で残っている以上、呪い子となった私はこの場所に居られない。


風が強く吹いた。

髪の毛も半分焼け爛れて消失してしまった私の頬を吹き抜けて行く。

渇いた木々をつたでくくりつけ、背中に通すだけの簡素な籠の中に簡素な食料と水だけを詰め込む。

籠の奥底に大老が長年の間、狩猟で使っていた石を削った小剣と木製の弓矢が入っていた。

そして、籠の底に鈍い光を放つ『家』の印石が紐にくくり付けられている。

この集落を示すシンボル。すなわち『家族』の家長に授けられる証の石。 

それが"家印石"の役割であった。

顔をあげた私に、大老はゆっくりと頷いて眉間を指で押さえた。


「狩猟の道具は予備がある。その気になれば、狩猟道具は自分で作れる。持って行け、助けになるだろう」

「大老……家印石があります……」

「俺もそう遠くないうちに死ぬことになるだろう。寿命か、それとも別のことか。全てを破壊されて、今この場所でお前に残せるものは……この"家印石"くらいだ。少しばかり早いが……くれてやっても、良いだろう」

「……」


「我が家族の証」


 確かな意味のある形を持って造られただろう。家を示すシンボル。

私の前に手で掲げて、よく見えるように示す。私は網膜に焼き付けるように、家印石を見つめた。


ややあって。

そこで一つ、大きく息を吐いて廃塵と化している集落を眺めながら大老は言った。


「この家に族する者が在ったという証を残せるのは、もはやお前しか居ないのだ。例えそれが、呪い子であろうと」


 心の奥、胸の内に痛みが走る。

恐らく、確信を持ったのはそう言ったグン大老の顔を見たときだった。

この廃虚と化した故郷で静かに逝くことを、家族と共に逝く事を。グン大老は人の生の終着地として選んでいるのだと。

10歳である私でも、大老の生きる気力が僅かにも残っていないことを察して余りある貌であった。

籠の底にある家印石を左手で掴み、しっかりと握る。

僅かな熱を石から感じたが、きっと気のせいだ。


「お前はこれから『始』を意味するオアと名乗れ」

「始まり? ……オア?」

「お前の名だ。そして、我々、家族が生きた証だ」


 12歳で始めて成人し、大老達が考え、与えられる名。

私は10歳にして『始まりの者』を意味する名をグン大老から受け取ることになった。

くしゃくしゃに顔を歪めた私に、大老はその日初めて破顔して、厳めしい顔を崩し、昨日のように掌を頭に乗せてきた。偉大なる手。私を抱擁する様に、暖かい手だ。


「このすべてを失った家族達の新たな始まりを継げるのは、お前だけだ、オア」


 だけど、この時に触れてくれた手は。

あれだけ大きかった大老の掌は、その時は小さく見えた。



「グン大老、お世話になりました。 行ってきます」



 この日、私……恐れ多くも偉大なる家族を示す"家印石"と、家族の名を授かって故郷から旅立った。

家族と故郷を奪われ、私は人としての『生』を終えた。


呪い子としての長く『生きる』旅がその日、始まったのである。




 始まりを告げる、オアという名を戴いて。



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