表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

00

 ただ、暗闇の中に居た。

 瞼を開けていても、閉じていても、見える景色は変わらない。どこまでも、どこまでも、暗い闇が続いているだけだ。

 何時間経ったのか、それとも何日経ったのか、それすらも分からない。

 水音と喘ぎ声、そして時折、獣のようなうめき声が聞こえる闇の中。非現実的なアダルトゲームのようなそこは、まだ精神的に幼い少女である陰縫陽子の心を苦しませるには、十分過ぎる場所だった。


(誰か、助けに来て……)


 ボロボロと涙を流す陽子は服を脱がされ、口には自殺を防ぐ為と栄養を送り込む為の管を咥えさせられ、柱へと縛り付けられていた。

 いくら暗闇の中とはいえ、隠したい箇所を隠す事も出来ないのは、酷く恥ずかしい。この状態にされた時には、まだそう思えていた。けれど、一つまた一つと嬌声の声が増えて行くにつれて、そんな事を考える余裕すらなくなっていった。

 何時、自分が彼女たちと同じようにされてしまうのか。暗闇の中ではあるが、何が行われているのか、判断する事は出来た。

 逃げ出したくても、体を捩る事すらできない。

 自死しようと思っても、出来る事は何もない。

 いつか来る、周りで犯されている彼女たちと同じ運命を辿る事しかできない。


 ガチリ、と陽子の隣で音がした。


「嫌!やめて!ねえ、やめてよ!こんな事して何が楽しいのよ!そうだ、私じゃ無いで隣のあの子にしなさいよ!ねえ、ほら、あの子の方がきっと良い声で啼いて──あぐぅっ。いやぁ……抜いてよ、これぇ。抜きなさいよぉ……」


 陽子と同じように捕らえられていた名前も知らない娘が、ほかの娘たちと同じように泣き始める。

 隣の少女が犯され始めた事を察した陽子は、さらに多くの涙を流し始めた。拭う事のできない涙が頬を伝い、陽子の足下に小さな海を作っていく。


(嫌だ、こんなところで終わりたくない)


 動かない腕を動かそうと藻掻く。足枷を壊す為に力を込める。喉元まで詰められた管を噛み砕こうと歯を立てる。

 ギチギチと腕が嫌な音を立てる。力を込めた足が無理な動きに痛み始める。硬い管に突き立てられた歯から嫌な音がする。

 逃げ出せないと分かっているのに、そんな事をしても無駄だと分かっているのに、生きる為に今更藻掻く。遅いのだと分かっていても、それでも藻掻く。

 涙が流れるのなんて気にしていられない。身に纏うものがないのも気にしている暇はない。隣の彼女と同じようになる前に、名前も知らない誰かと同じ目に遭わない為に、今はただ、生きる事だけを考える。

 力の足りない腕は動かない。非力な足では枷を壊せない。獣のものよりも脆い歯では管を噛み砕けない。


 こつコツこつコツ。


 足音が、聞こえる。水音と喘ぎ声に混じって、固い床を蹴る靴の音が。陽子を壊す為に、足音が近づいてくる。

 玉のような汗が落ち、涙の海へと加わる。

 ガチャガチャと体をやたらめったらに動かし、逃げだそうと藻掻き続ける。


 こつコツこつ、コツン。


 陽子の目の前に、一人の男が止まった。暗闇の中でも分かるほど近くに止まった男は、黒い長髪を後ろ手に纏め、モノクルを掛けていた。

 男は、陽子の事を視界に収めると、口を歪めて笑った。


「おや、おやおやおや。まだここまで元気な子が居るなんて、良い事じゃあないか。さあ、ようやく君の番だ。他の子らと同じように、泣き、叫び、喘ぎ、そうして私たちにとって都合の良い苗床と成って──」


 ──轟!


 男が言葉を紡ぎ終えるよりも先に、言葉を遮る轟音が響いた。

 暗闇に光が差し込み、周りの様子がよく見えるようになる。陽子が目だけを動かして周りを見ると、口に出すのも憚られる光景が広がっていた。

 陽子は、思わず目を閉じた。これから自らの身に起きようとしていた事、他の子らに起きていた悲惨な事から、目を逸らす為に。

 そして、目を閉じた陽子の耳に聞き慣れた声が届いた。


「よい、しょっと。見つけたよぉ、こんな所に隠しちゃってまあ、そんなにここが大事かねぇ?」


 その声は、少女のものと言うには少し低く、けれど大人の女のものであると言うには高かった。


「どうやって見つけた。ここは、誰にも見つからないように厳重に守られれいたたはずだが?」

「目に付いた壁、全部壊してきただけだよ。ここの壁、もう少し固くした方が良いよ。私程度で壊せるなんて脆すぎる」

「忠告感謝するよ。それで?ここには何の用で?まさか、単身でここに捕らえられた人間を助けに来たとは言わないだろう?」

「その"まさか"だよ。私の大切な幼なじみが捕らえられたって聞いてね。ついでだから、全員助けに来た。それだけだ」


 何日も聞いていない訳でもないのに、懐かしく感じるその声に、陽子は目を開いた。

 光の差し込むそこから少しだけ横にずれた場所に、彼女は立っていた。普段とは違う髪の色に、豪華絢爛と評するのが正しいドレスを身に纏っていた。


「はっ、ははははは!お前一人で、全員を助ける?冗談はよしてくれ。お前一人では、ここにいるこいつ一人すら、救う事など出来はしないさ」


 男の手が、陽子の足を撫でる。

 ぞわぞわとした感覚が陽子を襲い、止まりかけていた涙がまた、溢れ出す。


「……よし、殺す。今すぐ殺す。お前の肉も、灰も、細胞の一片たりとも残さず殺す」


 その様子を見た少女の様子が変わる。敵地にありながら弛緩していた雰囲気が、冷たく、鋭利なものへと変わった。


「殺す、殺すときたか。ならば、お前がこの娘を助けるよりも前に、私がこの娘を殺して見せよう。腹を割き、臓腑を掻きだし、惨たらしく、世界の染みへと変えてやろう」

「残念だけれど、それは叶わないよ」


 パチン、と少女が指を鳴らす。


「大切な人に、何も施さないとお思いで?」


 嘲る声。いつもとは違う、人を馬鹿にする声音。陽子の知る彼女が出すとは到底思えないその声は、陽子のすぐ隣から聞こえた。

 腕を固定していた器具の感触はない。足を止めていた枷の感触もない。喉元まであった管の異物感もない。体全体を覆っていた窮屈な感覚も、全てなくなっていた。


「君の事は、命に代えても守るって決めてたからね。助けに来たよ、陽子」


 柔らかく、暖かな小さい手のひらが陽子の頭を撫でる。


「あ、ああぁぁあぁあ……ひいろ、ありが、とう」


 大粒の涙を流し、幾日かぶりに発した声は、酷く震えていた。


「うん、でも、ありがとうはまた後でちゃんと聞くよ。まずは──」

「嗚呼、なるほど、なるほど。もとよりその娘を救出する術は、はじめから用意していた訳だ。ならば今一度、その娘を捕らえよう。そうして、お前すらも捕らえよう。小娘、お前は、死んだ後ででも苗床として利用してやろう」

「あの、糞野郎を殺してやる」


 涙に霞む視界の奥で、男が笑ったのが見えた。モノクルの奥で瞳を楽しげに歪め、人のものとは思えないほど鋭い犬歯を剥き出しにし、笑っていた。

 冷たく、鋭く、体の内を刺すような殺気が陽子たちを襲う。

 戦いを知らない陽子は、その殺気に死を幻視する。首が飛ぶ、四肢が切り離される、胴体が泣き別れる。その他、陽子に想像する事が出来た死の映像が、脳内に流れた。


「陽子、大丈夫。すぐにここから逃がしてあげるから」


 耐える事の出来ないその幻視に、陽子の意識が落ちる直前。優しい声に混じって、カチリと音がした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ