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始まり

公民館の入り口には、女性達が不安そうな顔で待っていた。

武の妻の、富恵らしい女性が言った。

「武さん、先生達は?」

武は、首を振った。

「居なかった。バスが二台とも無いんだ。霧が深くても、あんなに大きな物があったら分かるからな。」

富恵は、不安そうな顔をして、隣りに立つ美智子を見た。

美智子は、ともすると冷たくも見える美しい顔の眉を寄せて、言った。

「…帰ったってこと?」

すると、美智子の夫の、貞吉が言った。

「分からない。ここの娯楽室にたくさん機材を入れてただろう。だから、そっちを見てみようって。」

美智子は、ため息をついた。

「そう…何が起こっているのか分からないから不安だわ。それに…こんな霧、今まで見た事ないし。」

このままでは、家に帰ることもままならない。

俊三が、言った。

「霧の方はどうしようもないし、とにかく先生達だ。探して来よう。」

忠司が、もう何も言わずに中へと足を進めている。

俊三は、急いでその後を追って娯楽室へと向かった。


娯楽室、談話室と並んだ廊下へと差し掛かると、俊三は忠司に追いついた。

すると、忠司がじっと立ち止っているのが見えた。

「…忠司?」

言って、忠司が凝視する方向を見ると、そこにはあるはずの娯楽室の扉がなく、ただ壁があるだけだった。

「え…」俊三は、思わず飛び出して、その壁に触れた。「あれ?!無い?!」

扉があるはずのそこには、すべすべとした壁しか無かった。

「…幻覚じゃないか。」忠司は、寄って来て同じようにその壁に触れた。「オレ、頭がぼうっとしてた時な、あるはずの無い物があるように見えたり、あるはずの物が見えなかったりしてたんだ。だから、もしかしてって今思ったんだが、本当に無いんだな。」

だから一瞬、黙って固まったのか。

俊三は、思った。

源太が寄って来て、言った。

「なあ、これって夢なのか?」俊三と忠司が驚いて振り返ると、源太は続けた。「オレだってこんなに若い。あり得ないほど楽だし、嫁の明子だって娘より若い。あるはずの娯楽室が無い。外は霧だし先生達は消えるように居なくなったし、夢だと思うしかないじゃないか。とうとうぼけたのかと自分でも怖いぐらいだ。」

後ろでは、源太の妻の明子が、富恵と一緒に立って、顔をしかめている。

確かにこれが夢じゃないと、証明する術もない。

だが、現実だと認識している以上、これが現実だと思うしかなかった。

「…オレには分かる。その不安がな。オレも、ここのところ先生達が来る前は、回りがぼんやりしていて、ハッキリ見えてもそれが本当にそこにあるのかも判断できなかった。加奈子が見えるし…確かに毎日話をしていてな。だから公民館で皆が話しかけて来ても、それが自分の幻覚なのか本物なのかの区別がつかないんだ。幻覚だとしたら話していてもむなしいだけだろ?だから、あんまり話さなくなって、余計に自分の世界に籠っていた。加奈子が居ると思うだけで、気が楽になったからな…オレが思うに、認知症というのは狂ってるんじゃなくて、回りの物が正確に認知できなくなる事なんじゃないかと思うんだ。中身は正常だ。ただ、お前達が本当にそこにあるのか分からないだけ、回りの物も本物なのか分からないだけ、幻覚と本物の区別がつかないだけなんだ。」

そう言われて来ると、本人も辛いだろう。

自分が心地よいと思う状況だけを、信じて生きるという気持ちも分かるかもしれない。

政由が、言った。

「…でも、今は全員がここに居て、同じように認識してるんだ。」皆が政由を見る。政由は続けた。「だから、この状況を何とかしないと。娯楽室は無い。先生達も居ない。今はみんながそう見ている。だから、次を考えよう。霧が晴れるまでは、家に帰らない方がいいだろう。あの霧の中じゃ危ないからな。とにかく、一度カフェに戻ってこれからの事を考えよう。今ある状況を、みんなで解決していくしかないじゃないか。このゲームをするかしないか、とにかくしっかり考えよう。やるならやるで、役職が部屋のテレビ台の引き出しにあるんだろ?見て来ないといけないしな。」

憲子が、ハッとしたように言った。

「…先生が居ないなら、薬は?」焦ったような様子だ。「薬よ!細胞を活性化させるヤツ!あれが無いと、私達きっとこの体を維持できないのよ?!」

忠司が、ため息をついた。

「それどころじゃない。」と、足をカフェの方へと向けた。「とにかく、もう一度しおりをしっかり読もう。ざっとしか読んでいないが、もしかしたらそこら辺も書いてあるかもしれないしな。確かに夢であろうと何だろうと、ここの全員がこうして同じものを見て聞いている限り、この19人にとってはこれは真実なんだ。若さもそうだが、結局このゲームをさせて最後はどうなのか、読んでないじゃないか。戻ろう。戻って会議だ。」

忠司が、とんでもなく頼りがいがあるように見える。

俊三は思いながら、その高い背を追った。

若い頃、職場の上司の背を追っていた時の事を思い出した。


しおりをよくよく読んでみると、どうやらゲームを終えないと公民館から出るのは危ないらしい。

つまりはこの霧も、誰かが作為的に発生させているということになる。

追放されるとその本人は眠りに入り、ゲームが終わるまでは目覚めない。

どうやら部屋のテレビ台の引き出しの中には、薬もきちんと入っていて、毎日一錠飲むことができるらしかった。

だが、眠っていたらそれも飲めない。

なので、若い体を維持するのが難しいので、若さをかけてと表現されているようだった。

ちなみに、ゲームをしないとルール違反になるので、皆追放になる。

この体を少しでも長く維持したければ、ゲームをするよりないようだった。

「…私はやるわ!」憲子が叫んだ。「だって…私の担当の先生が言ってた。ある程度細胞の状態が維持されるためには、経口の薬はあと一週間は飲み続けないといけないって。そうしたら後は数年は緩やかに元に戻る形になるけど、今止めたら数ヶ月も持たないでしょうって。思い出した、私、気になって聞いたんだもの!」

昭三が、顔をしかめて言った。

「落ち着け憲子、お前若返ってからおかしいぞ。とにかく、みんなで決めるんだ。別にゲームぐらいやってもいいが、追放ってのはほんとに眠るだけなのか?死ぬんだったらどうする。」

「死ぬとしたら余計にゲームをしなきゃまずいぞ。とはいえ…オレ達にゲームをしない選択肢はない。」忠司が言う。「オレ達はみんな七十過ぎの老人だった。何ならオレなんか八十に近かった。それが、今は頭もハッキリしてるし体も動く。確かにこの体が維持できるのなら、健康寿命とやらは長くなる。確か、活性化してるだけで本来の細胞は老人のままなんだろう?どうせ先はそう長くない。若かろうが年寄りだろうが、その時は先に伸びることはない。だったらここで残りの時間を有意義に生きるチャンスにかけて、ゲームをしても損はないだろう。死ぬとは書いてない…殺したければ、いくらでも殺せたはずだし、オレ達を殺して何の特があるんだ。体を三週間もかけて治す意味があるか?」

言われて、確かにそうだ、と俊三は思った。

殺したければ、ここへ来た日に点滴にでも毒を混ぜたら、みんな死んでいた。

だが、わざわざ治して若返らせて、こちらに損などないのだ。

ただ、若い体を少し長く維持したいのなら、ゲームに興じて欲しいということなのだ。

「…あの先生達に何の特があるのかわからないが、やるだけやろう。」俊三は、言った。「オレ達に損なことはないんだよ。忠司が言うように、健康で元の体のままか、健康で若い体なのかの二択だ。殺すつもりなら治す必要もない。だから、やってもいいんじゃないか。やらなきゃ全員元通りで、それでも健康だが、みんなは若い体のままがいいんだろう?」

言われて、全員が顔を見合わせた。

確かにどうせ同じ時間を過ごすなら、若い方がいいに決まっている。

「…やるか。」武が言った。「別にどっちに転んでも健康なんだしな。じゃあ、部屋に戻って役職の確認してくるか?他人のカードを見たら追放だぞ。夫婦同士でも見せるんじゃないぞ。」

全員が頷いて、カフェを出て自分の部屋に向かう。

俊三は、こんな状態だが何やら大きなゲームをするようで、胸が沸いてくる気がしていた。

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