MVP投票について
長い武の話を聞き終えて、俊三はそうだったのかと肩の力を抜いた。
俊三と昌雄は最終日ただただ必死だったが、案外に政由と武は穏やかに話していたようだ。
元々仲が良い二人なので、長い時間を掛けているとはいえ、これはゲームで、敵陣営でもこだわりは無かったのだろう。
昌雄が、言った。
「…まあ…恵子さんが悪いとは思ってない。オレ達が邪険に扱ってたのは確かだし、それでもっと憲子さんに依存してしまった気持ちも分かるしな。女性なのに、オレ達から寄って集って批判されたら、確白役職なのに辛かったかもな。」
俊三は、頷いた。
「だな。オレ達も浅はかだった。武の部屋が真横なのに、昌雄の部屋で話してたわけだろ?最初、マスターキーが失くなってたから敏男の部屋で誰かが聞いてたんだと思っていたけど、そうじゃなかったんだ。武の部屋で、源太が聞いてたわけだ。」
政由は、頷いた。
「分かったのは貞吉が占い師、敏男が狐、忠司が狩人で美智子さん、源太、武が狼って事だな。狂人と霊能者は、まだハッキリ分かってないが、ほぼ霊能者は昭三だろう。狂人なら、わざわざ憲子さんの事を言い置いて行く必要はなかった。あの助言が無ければ、あそこまで憲子さんを疑えたか分からない。それにしても分かっていて狼を追い詰めるようなCOをした由子さんの話が聞きたいな。明日の朝、二人にそこのところを聞いてみよう。」
浩二が、満足げに腹を擦りながらビールを片手に、言った。
「もうどっちでもいい。終わったらホッとしたよ。朝になったら一度家に帰ってトマトに水やってくる。MVP投票は7時なんだろ?どうせ目が覚めるからな。」
俊三も、言われて生前嫁が育てていた花壇を思い出した。
一週間以上放置して、大丈夫なのかと急に心配になった。
「オレもそうしよう。」と、ビール缶を潰した。「もう寝よう。片付けてしまうよ。もう10時前だ。」
言われて、皆が時計を見る。
確かにもう、寝ておかないと明日がつらい。
五人は次々に席を立ってテーブルの上を片付けて、そうして自分の部屋へと帰って行ったのだった。
次の日の朝、日が昇る頃には俊三と浩二は久しぶりに自分の家へと向かった。
一旦家の中を確認したが、荒らされている様子もなくあの日出たままの状態だった。
水をやろうと花壇を見たが、誰かがもう水をやってくれているようで、花達はキラキラと水滴をしたたらせていた。
どうやら、自分達にあんなゲームをさせている間にも、植木の世話などきちんとやっておいてくれていたようだった。
…思えば、特に理不尽な事はされていない。
俊三は、思った。
確かにいきなりあんなところに閉じ込めて、事前に説明が無かったのはゆゆしき問題だが、食費は掛からなかったし頭は使ったし、非日常が良い刺激になったのだ。
何か面白い事はないか、と、毎日退屈していた自分達には、体に負担が掛かるわけでもなく、楽しめたかもしれない。
追放されたら眠るだけ。
追放されなかった俊三には、その後どんな扱いだったのか気になったが、この様子なら良い待遇だったんじゃないだろうか。
俊三は、ホースを引っ張り出そうとしていたのをやめて、また坂道を登って公民館へと戻って行った。
カフェへと外から入って行くと、そこに集まっていたみんなが振り返った。
「俊三!」
俊三は、目を丸くした。
追放されて老いた姿に戻っていたはずのみんなが、若い姿のままそこに居て、笑っていたのだ。
「茂男!」俊三は、茂男に駆け寄った。「なんだ、若い!」
確かに元に戻っていたのに。
俊三が皆の顔を代わる代わる見ていると、忠司が苦笑した。
「あれは良くできた幻覚だったらしいぞ?その方が追放されたくないから頑張るだろうって事らしい。ちなみに、みんなオレの家に居た。相変わらず誰も居なくて腕輪から声が流れてくるだけだったが。」
確かに、忠司の家なら全員入る。
俊三が納得していると、喜美子が、それは嬉しそうに言った。
「俊三さん、お疲れ様!今昌雄さんと政由さん、武さんとも話してたとこだったのよ。私、初日に追放されて気が付いたら忠司さんちで。外は霧だし、腕輪から食料は用意してあるからここでゲームを観戦してくださいって言われてねぇ。由子ちゃんと二人で、テレビに映るこっちの様子を見ていたの。」
そこへ、浩二が戻って来てカフェのガラス扉の前で叫んだ。
「うわ、お前ら!元気かー?!若いじゃないか!」
昭三が、苦笑した。
「なんだよ、また畑を見て来たのか?なんか、世話はしてるから問題ないって、腕輪が言ってたけど。」
浩二は、顔をしかめた。
「そうなんだよ。草はのびてたけど、水はやってあった。帰ったらまた草引きだなーってうんざりしてたとこ。」
忠司が、言った。
「そういえば、マスターキーが失われたとか言ってたけど、全部戻ってたぞ?後は、俊三が持ってる一つだけだ。」
俊三は、そうだった、とポケットからそれを引っ張り出した。
「…もしかして、紛失したと思っていた最初から無かった一個は、先生達が持ってたのかな?」
忠司は、肩をすくめた。
「さあな。」
すると、唐突に腕輪から声が流れた。
『それでは、皆様お揃いのようですので話し合いを始めます。席にお着きください。』
全員が、顔を見合わせる。
忠司が、黙って頷き掛けて、皆がそれぞれ好きな椅子に座った。
恵子と憲子は、不自然に遠い位置に別々に座っている。
まだゲームを引きずっているようだった。
…確かに二人はやり過ぎた。
俊三は、思った。
人狼だったならいざ知らず、村人だった二人が裏切ってしまったのだ。
恵子は村のためだと思っていただろう。
だが、憲子は自分の若さのために村人を売ったのだ。
ゲームだからで、済まされることではなかった。
腕輪が、お構い無しに言った。
『それでは、皆様お疲れ様でした。体だけではなく頭もリフレッシュしたのではないでしょうか。本気で何かを成そうと考える時、人は秘められた能力を発揮することができます。皆様の体と脳は、確かに若く見えますが根本的には何も変わっていません。今回の皆様の素晴らしい思考は、皆最初からお持ちだった能力です。これからも毎日いろいろなことにチャレンジして、ご自分の限界はまだ先にあるのを自覚して楽しんでください。』
やっぱり、完全に若くなったわけではなかった。
俊三は、それを聞いて思った。
同時に、もう歳だからと新しいことにチャレンジする気力もなくなっていたが、こうして初めてのリアル人狼をやり遂げることができた。
まだまだ、頭は現役なのだ。
声は続けた。
『さて、これからしおりに書いておりました、MVP投票をして頂きます。』皆がごくりと唾を飲み込む。『上位三名は敗者陣営であっても報酬を受け取ることができます。そして、最下位の方は何人同票であっても、そして勝利陣営であっても報酬がありません。参加賞は贈らせて頂きます。つまり、0票や1票が複数人居ても、それが最下位であったら報酬はありません。これはゲームではありませんので、誰が誰に入れる、というように、事前の票操作はして頂いて結構です。』
それを聞いて、俊三は思わず側の茂男の顔を見た。
「…最下位にならないように計算して何とかするってことか?」
茂男は、困惑した顔で頷く。
「泣いても笑っても一人一票しか持ってないしなあ。絶対誰かは0票だよな?全員同じにしたら、全員最下位になるってことだろ?」
言われてみたらそうなのだ。
全員で隣りの人に入れる、という形にしてみんな一票だと、全員が最下位扱いになってしまう。
なので、誰かを0票にして、誰かを2票という形にして綺麗に上位と下位の形を作らなければならない。
そう考えると、案外に難しいのだ。
『その通りです。票操作をしても良いという事は、皆様で誰に誰が入れるかを話し合って頂き、報酬を誰が受け取るべきなのかと考えて頂くということです。』
話しが通じている。
つまり、こちらが問う事に、答えてくれるということだ。
喜美子が、急いで言った。
「あの!」皆が喜美子を見た。喜美子は自分の腕輪に言った。「投票の事は分かりましたけど、報酬って何ですか?しおりには若さのために頑張ってって書いてありましたけど、つまり若さを固定してくださるってこと?」
離れて座っている、憲子が真剣な顔をしてこちらを見ている。
声は、答えた。
『いいえ。今も申し上げたように、今は無理に細胞を活性化させているだけで、本当に若くなったわけではありません。私達がしおりに書いていたのは、ゲームから追放されるまではその姿の維持を確約するということで、そこから追放されたらまた、徐々に元の姿へと戻って行くことは分かっておりました。なので、今現在も、初日に追放されてしまった方々よりも、最後まで生き残っていた方々の方が細胞は元気です。目に見えて分かっていないだけですね。』
だが、後ろに座っていた憲子が言った。
「でも!報酬の代わりに毎日飲んでいたお薬を一年分でもいいから戴けませんか?!固定されるって先生から聞いてたのに!」
あまりにも必死な様子に俊三はドン引きした。
しかし腕輪は、淡々と答えた。
『あの薬はただの栄養剤です。実際は、皆様が腕に巻いている腕輪から、毎夜リモートで薬を投与していました。夜はしっかり眠って頂くために、睡眠導入剤も投与していました。これ以上は皆様には同じ処置はしない予定です。なぜなら、細胞がこれ以上は耐えられないからです。稀に、この薬に適合するかたが居て、その場合なら固定化することができる可能性がありますが、皆様は検査の結果適合しないと分かっています。』
喜美子は、困ったような顔で言った。
「それでも、処置をお願いしたらどうなりますか?」
腕輪は、それにも答えた。
『まず、最初に申しますが願い出があっても処置はしません。が、もし処置を続けた場合、細胞が限界に達した瞬間一気に全身の細胞が崩れて、老化が進み想像もできない容姿になって生きるか、最悪死に至ります。普通にしていれば健康でいられるはずなのに、そのようなリスクを背負わせるわけにはいかないので、これ以上の処置はしません。』
忠司が、見兼ねて割り込んだ。
「さあ、もう良いだろう。つまり一般的な薬じゃなかったってことだ。合う人と合わない人が居て、オレ達は合わなかったってわけだ。合う人がまだ少ないのかもしれないな。このまま開発していたら、もしかしたらオレ達にだって合う薬ができるかもしれない。とりあえずは、また段々元に戻って来るんだろうから、いいじゃないか。しばらくはちょっと若い状態ってことだ。」
すると、腕輪が言った。
『これから、最初の一か月は一気に衰えるような印象があるかもしれませんが、実際は緩やかに個人差はありますが、三カ月から四カ月で元の細胞の姿に戻って行きます。今の状態でしたら特に問題なく元の生活に戻れるかと思います。これ以上は、細胞に負担になるのは今ご説明した通りです。』
つまり、今の姿は砂上の城なのだ。
それでもこれから四ヶ月ほどは、少し若い姿で行動できる。
俊三は、それで充分だった。
「じゃあ、報酬って実際何なんだ?」茂男が言う。「勝った人と投票上位の人全員に?」
声は答えた。
『現金です。』
現金か!
俊三は、目を丸くした。
つまりは、勝ったら賞金があるのだ。
「ええっと…それはいくらぐらい?」
由子が言う。
声はまた答えた。
『まず、勝利陣営にはお一人百万円、更にMVPの方には百万円。参加賞は今回のゲームに参加して頂いた対価としてお一人十万円。つまり、参加して勝利して尚且つMVPであった場合は、最高二百十万円獲得することになります。最下位で敗者陣営の場合も、十万円は確約されているということですね。』
「ひゃ、百万円?!」
ちょっとゲームをして勝っただけなのに。
皆が思わず顔を見合わせた。
が、勝っても票が無ければ十万円になるのだ。
「…それは確かに調整が必要だな。」政由は、口を開いた。「みんな頑張っていたわけだし、ゲームへの貢献度も考えて票を振り分ける話し合いをしよう。」
皆が思いもよらず大きな額を提示されたので、ごくりと唾を飲み込んで頷く。
腕輪は、言った。
『こちらでも観戦していた23人がおりますので、その投票もそれぞれに加算されます。なので、必ずしも皆様が思った通りの結果にはならないかもしれませんが、それは結果が出るまでのお楽しみに。』
そうか、あのドクター達がいる。
というか、20人だったように思うが、他に3人居たのか。
俊三は思いながら、まだそこに置いてあるホワイトボードに書かれてある、名簿へと視線を向けたのだった。