ゲーム
それぞれが担当の医師に説明を受けて点滴を刺してもらうと、何やら体の中からスーッと楽になるような感覚がした。
足が思ったより上がり、段差も気にならない。
ちょっとのことなのに、俊三はプラシーボ効果なのかもと不思議に思った。
もう夕方だったが、最近疲れてすぐに眠くなるのに今日はそんなことはない。
夕飯には、カフェの厨房で医師達が持ってきた食材でカレーライスを作ってくれたのを、皆で食べた。
いつもなら、胃がもたれるのでカレーなど食べる気にもならない俊三だったが、今日はお代わりまでして平らげた。
それは、皆同じようだった。
「凄いな!なんか胃が元気でいくらでも食べられそうだ。」
貞吉が言う。
武も、何度も頷いた。
「普段なら無理だったのに。胃が軽いよな。」
「それは良かったです。」颯が、笑顔で言った。「では、せっかくなのでゲームをしましょう。認知機能に不安があるというお声が多かったので、みんなで考えてやるゲームをしてはと医師みんなで考えたのですよ。私達もよく暇な時にするゲームなのですが、人狼ゲームというのはご存知ですか?」
俊三は、首を傾げた。
「…なんだろう、鬼ごっこみたいなもんか?」
すると、茂男がハッハと笑った。
「いくらなんでもジジババで鬼ごっこって。頭を使うって言ったじゃないか。」
颯も笑った。
「そうですね、体を使うのは少し早いので、頭を使いましょう。」と、トランプのようなカードを皆に見せた。「これに、いろんな絵が書いてあります。村人、占い師、霊能者、狩人、それに狼などです。これを配って、自分に回って来たカードの役になります。説明するだけだと分かりづらいので、まずは五人だけ誰かこのテーブルの廻りに座って頂けますか?」
すると、じっと見ていた政由が手を上げた。
「オレ!やってみるよ。」
政由は最近そんなに話さない奴だったのに。
皆が驚いたが、確かに最初妻と一緒の時は、ノリの良い男だった気がする。
今はその妻も居ないので、政由は一人で住んでいた。
俊三は、自分もなんだか何でもできそうな気持ちになっていたので、手を上げた。
「じゃあ、オレも。」
その後、だったらオレもと仲の良い貞吉と茂男、それに茂男の妻の喜美子も入って合計五人、颯に言われた通りにテーブルを囲んで椅子へと座った。
すると、颯は手に持っていたカードを器用に繰って、一枚ずつ伏せて全員の前に置いた。
「これは、練習にしましょう。まず、皆さん自分の前のカードをひっくり返してください。」
五人は、言われたようにカードをひっくり返す。
他の住民達は、それを興味深げに見ていた。
俊三のカードは、狼の絵が書いてあって、下に人狼、と文字があった。
「あ、オレ人狼のカードだ。」
俊三が言うと、隣りの茂男は言った。
「オレは占い師だぞ。」と、隣りの喜美子を見た。「お前は村人だな。」
喜美子は、頷いた。
「そうみたい。」
政由が、言った。
「オレは狩人。」と、貞吉を見た。「貞吉は村人だなあ。」
貞吉は、頷く。
颯が、頷いた。
「これは練習なので、こうしてみんなで絵柄を見ましたけど、本当は隠して、自分が何の絵を取ったのか、分からないようにするんですよ。それで、村人たちは、人狼が誰なのかを当てるんです。村の人狼を全部見つけられたら村人の勝ち、村人と人狼の数が同じになったら狼の勝ちというゲームです。このまま、五分間誰が人狼なのかを話し合って、その後一人一票ずつ、自分が人狼だと思う人に投票します。一番多く票をもらった人が、その日追放される人になります。追放されたら、もう次の日からはゲームに参加できません。狼を追放できたら勝ちですけど、狼は夜の時間に村人を一人、追放にすることができるんですよね。だから、今は五人だから二回間違ったら村人は負けになってしまうってわけです。」
喜美子が、言った。
「そんなの、何の手掛かりもないのに隠していたら分からないわ。今は、俊三さんが狼だって分かってるけど…。」
颯は、それに答えた。
「そうなんです。だから、占い師っていう役があるんですよ。占い師は、夜の間に一人を占うことができて、その人が人狼か人狼でないか知ることができるんです。とっても重要な役なんですよ。」
政由が言った。
「じゃあ狩人は?」
颯は、頷いて政由を見た。
「狩人は、夜に人狼が追放にしようとしている人を予想して、守ることができるんです。予想が当たって同じ人を人狼が選んでいたら、その日は誰も夜に追放にならないんです。これも重要な役です。占い師とか、守ることができますからね。でも、自分の事は守れないので、狼に狙われたら困るし、知られたら追放されるかもしれないので、隠した方がいいと思いますけど。」
後ろから、忠司が言った。
「聞いたことがあるな。なんか、パーティーでやった気がするよ。でも会議で追放とは言ってなかったな…hangって。」
「吊りですね。」颯が言う。「驚くかと思って言ってませんでしたけど、縄を掛けて首を吊るってイメージなんですよ、狼の。村人が夜に狼に襲撃されて食べられてしまうので、狼の疑いがある人は処刑するってゲームなんですね。でも、ゲームですから。ほんとに死ぬわけじゃないし、どっちでも良いんですけどね。」
確かに言葉次第でとても怖く聴こえる。
喜美子が、身震いした。
「なんだか怖くなって来たわ。」
颯は、苦笑した。
「平気ですよ。狼探しゲームだと思ってもらえたら。」と、説明に戻った。「まず、夜時間はみんな目を閉じてもらいます。今は開いたままでいいですよ。それで、ゲームマスターって言うゲームを補佐する役目の人が、言います。『人狼さん人狼さん、目を開けてください』って。そうしたら、人狼の、今は俊三さんですね。目を開いてもらいます。」
皆がウンウンと頷く。
「最初の夜は、狼は誰も追放できないので、誰が人狼なのかゲームマスターが見たら、目を閉じてください、というのでまた目を閉じます。その後、占い師さん占い師さん、目を開けてください、と言います。そうやって、呼ばれた人以外は目を閉じている中で、全員がゲームマスターに必要なことを聞いて、また目を閉じると繰り返して、朝になります。そうしたら、全員で話し合いをするんです。」
貞吉が言った。
「じゃあ、占い師とかは夜に教えてもらえた誰かの結果をみんなに言うことができるんだな。」
颯は、頷いた。
「そうです。でも、狼も黙っていたら占い師に黒、つまり狼だと知られる可能性があるので、占い師だって嘘をつくこともできます。そうしたら、村人からは誰が本物かわからないでしょう?でも、どっちかが偽物で、どっちも二日掛けて追放しきったら勝ちになるので、狼が一人しか居ないこの村ではやめた方がいいですね。」
由子が、後ろから言った。
「それって、もっとたくさんの人数でもできるの?」
颯は、また頷いた。
「はい。むしろたくさん居た方がたくさん頭を使って考えるので、脳のトレーニングになりますよ。ここには19人も居るし、みんなでやったらきっとたくさん考えるから、頭にも良いかと。でも、慣れるまでは少しずつ人数を増やしてやりましょうか。」と、カードを俊三達の前から回収した。「さあ、じゃあ本番ですよ。もう一度カードを配ります。やってみましょう。」
俊三は頷いたが、まだ何やら心許ない。
しかし、そこに居る誰もがそんな感じだったし、何よりこれは遊びなのだ。
目の前にカードが置かれて、颯は言った。
「では、隣の人にカードが見えないように、確認してください。」
俊三は、両脇を気にしながら、ソッと自分のカードを確認した。
そうして、初めての人狼ゲームを始めたのだった。