決断と終わり
結局、二人はどちらか決められないまま、投票時間ギリギリにカフェへと降りて行った。
もう、武と政由は降りてきていて、むっつりと座って黙り込んでいる。
そこへ昌雄と共に入って行って座り、同じように黙っていた。
そして俊三は、腕輪が10分前を告げるのを聞いて、我に返ったように言った。
「…結局、オレ達はハッキリ決められずに来たんだ。でも、もうこうなったら騙されても腹が立たない方へ入れようかなって。」
昌雄も、頷く。
「そうだよな。昨日の源太吊りだってそうだった。結局疑ってるのに役に立ってない源太を、逆に白いとかで残して負けたら腹が立つからって。」
俊三は、苦渋の決断で、頷き返した。
「やっぱり、武を吊るよ。政由は初日から白い意見しか出してない。ただ占われてないだけで、役に立ってたのにだから潜伏狼だろうなんて、違った時に後味が悪過ぎる。だったらもう、負けても上手くやったなと笑って言える政由を信じて、武に投票するのが筋だろう。」
政由は、肩の力を抜いて言った。
「そうか。だったらそれで終わる。オレは村人だ…今夜の襲撃を待たずに、ゲーム終了ってことだ。」
武が、しかめっ面で言った。
「オレが村人なんだぞ?もう決めてるんなら何を言っても無駄だろうが、バカな決断をしたもんだよ。」
『投票してください。』
腕輪が、時を告げる。
四人は、腕輪にもう慣れたように番号を打ち込んだ。
すると、残った四人の入力が終わると同時に、腕輪が言った。
『投票が終わりました。結果を表示します。』
たった四人の結果が流れて行き、大きく14と表示された。
『No.14は、追放されます。』
武は、ハアとため息をついた。
「…終わった。ダメだったか。」
どっちの意味だ?
俊三と昌雄がハラハラしながら待っていると、武は椅子へとそっくり返って気を失うように眠りに入った。
しばらく、シンと静まり返って何の音もしなかった。
政由だけが、穏やかな表情でそこに座っていた。
終わらないのか…?
俊三は、背中に冷や汗が流れるのを感じた。
ここまで頑張って来て、最後に間違ったでは、村のみんなに申し訳が立たない。
すると、唐突に腕輪が言った。
『狼が居なくなりました。村人陣営の勝利です。』
昌雄が、それを聞いて信じられない、という顔をした後、椅子から飛び上がって叫んだ。
「やったぞ!勝った!武がラストウルフだったんだ!」
俊三も、安堵感で涙が浮かんで来た。
勝った…終わったんだ。
昌雄が、喜びのあまり政由に抱きついて涙を流して背中をバンバンと叩いた。
「すまん、信じきれなくて。お前が狼なわけないもんな!そうだよ、お前は白なんだ!」
政由は、困ったように昌雄をなだめながら言った。
「わかったわかった、落ち着け。で、これからどうしたらいいんだ?」
ふと外を見ると、霧が確かに立ち込めていたそこは、晴れ渡った夕焼けが沈む時刻で、森を夕日が赤く染めて暗くなり始めたところだった。
「…家に帰れる!」
俊三が言うと、昌雄も我に返って言った。
「ほんとだ!他の奴らは…?」
ううん、と武の呻き声がした。
え、と振り返ると、武は目を覚まして回りを見ていた。
「あれ?追放は?」
武は、急いで自分の腕を見ているが、姿は若いままだ。
政由が、言った。
「追放されて一瞬寝てた。ゲームが終わったんだよ。で、霧が晴れてるし、どうしたもんかと話してたとこ。」
武は、ハアと大きなため息をついて頭を掻いた。
「全く…美智子さんに叱られるな。政由が白いからそれに徹底的に合わせて上手く潜伏しろって言われてたのに。何しろ源太があんなだからさあ。」
俊三と昌雄は、え、と武に詰めよった。
「待て、狼は美智子さん、源太、お前か?」
武は、頷く。
「そう。もう初日から美智子さんに怒られっぱなし。全部美智子さんの指示だったんだよ。」
そこまで聞いた時、腕輪から一斉に声が聴こえた。
『ゲームが終了しましたが、ゲーム後のMVP投票は明日の朝7時に一階、カフェにて全員揃って話し合いの後、行います。本日はこのままこちらでお休みください。尚、消灯時間の制限などはありません。』
明日なのか。
俊三は、どうせ答えは返ってこないのだろうと思いながら言った。
「家には?帰ってもいいのか。」
驚いたことに、声が答えた。
『お戻りになることは可能ですが、ご自分の家にだけ立ち入りが許されています。これまで追放された方々は、まだ準備中ですが明日の朝にはカフェに向かわれます。』
昌雄が、それを聞いて言った。
「もう、めんどくさいから全部終わってから帰ろう。どうせ明日の朝みんな来るんだろ。家に帰っても晩飯ないし。それより、武の話が聞きたいんだよ。飯食いながら話そう。時間関係ないって言うし。」
俊三が頷くと、政由も頷いてカフェの冷蔵庫へと皆でぞろぞろと歩いた。
武は、面倒そうにしながらも、自分がラストウルフだったのだから仕方がないと、一緒に夕食の準備を始めたのだった。
忠司は、自分の家の居間で、追放された者達と共にその映像を見ていた。
今朝襲撃された浩二はまだこちらへ来ていなかったので、恐らく向こうでまだ寝ているのだろう。
だが、今頃目を覚ましているかもしれなかった。
あの時自分が目覚めるのを待っていたジョンは、ここには来なかった。
ここで最初から居る喜美子に聞いた結果、誰も顔を見せないが、腕輪からいろいろ教えてくれるのだそうだ。
食べ物も皆、キッチンに運び込まれてあったらしい。
外が霧だから出られないけど、忠司さんの家は広いし綺麗だから快適だった、と嬉しそうに言われた。
忠司は、苦笑しながら役に立って良かった、と答えたものだった。
美智子が、舌打ちをした。
「結局吊られたじゃないの。あれだけ六日目以降はしっかり意見を落として行かなきゃ駄目だって言っておいたのに、政由さんの受け売りばっかりで来て。」
喜美子が、笑って言った。
「もう、ゲームなんだからマジにならないの。私なんか初日噛みよ?あなたが噛んだ癖に、もっと大きな心で許さないと~。」と、茂男を見た。「あなたも。勝ったからって投票が1票も入らなかったら報酬無しよ?最下位ってことだもんね。もっとしっかりしなさいってせっかく言ってあげてたのに。」
茂男は、頬を膨らませて喜美子を見た。
「いっつもお前がいろいろやってくれるからオレが口出すこともないし、癖になってるんだっての!別にいいさ、若くなくたって。」
それには、由子が言った。
「でもさあ、私は初日に吊られたのにこうして若いままでしょ?報酬って若さ?」
正成が、言った。
「あのな、あの直後はほんとにもとに戻ってたんだぞ?びっくりしてオレ、腰を抜かしそうになったほどだ。なんでまだ若くなってるんだろうって、ここで目を覚まして見てびっくりしたんだ。」
由子は、肩をすくめた。
「でも、私は目が覚めた時からこんな状態よ?他の人達も、朝起きたら運ばれて来てて寝てるんだけど、別に若いままだし。集団幻覚でも見てたんじゃない?」
正成は、顔をしかめた。あれが幻覚だとしたら、かなり自分の頭はヤバイ状態だということだろう。
忠司が、割り込んだ。
「まあ、もういいだろう。とにかく、明日の朝まで寝よう。ゲームは終わったんだ、村人勝利でな。」
貞吉が、言った。
「ごめんな、みんなで部屋使ってて。お前の家、めっちゃ広いから、ここで寝ろって指示されてヤバイんじゃないかって思ったけど充分眠れたよ。明日が終わったら掃除に来るから。」
それには、喜美子が何度も頷いた。
「そうよ、ありがとう。一応毎日掃除機はかけておいたんだけど、やっぱり人数増えて来ると大変よね。明日みんなで綺麗にしよう。」
だから家がいつもより綺麗だったのだ。
やはり女手が入ると違うなと、忠司が脇をふと見ると、恵子が隅で小さくなっていて、会話に入って来ていなかった。
憲子の方も、姿が見えないところを見ると、皆と馴染めず他の部屋に居るのだろうと思われた。
ここへ来てから役職を聞いたが、憲子は普通の村人だった。
美智子が狼だろうと当たりをつけた憲子が、狼が噛まないで居てくれるなら力になるのになあとわざとらしく言ったのが、裏切りの始まりらしい。
昭三は、そんな憲子の動きを何となく察していたらしかった。
長年連れ添った夫婦なので、そういう所は勘が働くようだ。
真霊能者だった昭三は、なのでそんな妻の異常な様子を、ほぼ白だと疑っていなかった俊三に言い残して、吊られて行ったのだ。
ちなみに由子は、ああして自分が騙りに出て、狂人があの状態で霊能者に出ることのリスクを皆に提示し、真霊能者を吊らせようとした、狂人だった。
由子は、出てしまってからしまったと思ったようだったが、もう引っ込みが付かないので、逆に気が付いた狼不利な状況を説明して、白くなろうとしたのだという。
最初の判断は、なので村人たちは間違っていなかったのだ。
皆が伸びをしながら寝る部屋へと戻って行くのを後目に、忠司は生き残った俊三、昌雄、政由が武の話に耳を傾けようとしているのを、モニターの中に気付いた。
…狼目線の話が、別の角度で分かるかもしれない。
忠司は、なので一人、じっとモニターを食い入るように見つめたのだった。