八日目
俊三は、目を覚ました。
昨夜は、結局あのまま源太が吊られ、その言葉の通りゲームが終わる事はなかった。
それは、二狼生存もないということなのでとりあえずホッとしたものだったが、やはり源太は狼だったのだろうか。
それとも、憲子が狼で本当に源太を陥れようとしたのだろうか。
それは、今は分からなかった。
確白になったのに、ここまで生き延びた自分を恨みながら、昨日は誰が襲撃されたのだろうと、いつものように腕輪からの声を待って廊下へと足を踏み出す。
最初、あれだけ居た人達はもう誰も残っては居らず、俊三は黙って三階への階段を登って行った。
すると、三階で生き残った四人が立って、こちらを見ていた。
「俊三。」昌雄が、言った。「…浩二だった。」
俊三は、頷く。
同じ確白の中で選ばれた浩二に、何かわけがあるのだろうかと考える。
だが、特に意味はないように思った。
「…あと一狼だな。」と、政由と武を見た。「この二人のどちらかだろう。」
政由は、言った。
「やっとここまで来てオレにはわかったが、武が狼だな。昌雄がもしかしてと昨日までは思っていたんだが、浩二を噛んだ事で違うかと思った。」
俊三は、眉を上げた。
「わけを聞いていいか?」
政由は、頷いた。
「ああ。昨日の夕方、投票の後にゲームが続いたからと話をしていただろう。その時、昌雄と浩二の意見が対立していた。昌雄はオレ、浩二は武。それぞれ理由は納得できるものだったが、昌雄が狼なら適当に合わせてもう一人吊らせれば良かっただけだった。わざわざ対立意見を出す必要はない。そして、その上で浩二を噛めば、自分が怪しいと言っているようなものだろう。もしもオレなら俊三を噛む。そして今日、妥協したふりをして武を吊っただろう。そして、自分を怪しんでいた浩二を噛んだのは、武だ。そう結論付けたんだ。」
武が、顔を赤くして言った。
「何を言ってる。オレ目線じゃもう、政由しか残ってない。昌雄のことは前から疑っていなかった。狩人を知っていたと聞いていたしな。お前こそオレを怪しませるために、わざとオレを怪しんでいた浩二を噛んだんだろう!こうやって、オレを怪しませるために!」
政由は、冷静に武を見た。
「こうなったからには、もう初日からの動きを見て俊三と昌雄に決めてもらうよりない。オレは当然お前に入れる。お前もオレだろう。あとは二人の票の流れで決まるんだ。もう意見は出し尽くしているから、オレは質問に答える事しかしない。何を言っても弁解にしか聴こえないだろうしな。」
俊三は、顔をしかめた。
今日が最終日、誰が狼だったのかわからない。
美智子は確定だが、憲子と源太が村人だった可能性もあり、明子が白にもなり得ない。
憲子と源太のうち、どちらかが狼だったとしたら、この二人と繋がっていたのはどちらか。
考えても、それは無さそうだった。
どちらが狼だったとしても、かなり上手く潜伏していたことになる。
美智子とは、綺麗に切れているのだ。
昌雄が、言った。
「…分からなくなった。」昌雄は、苦悶の表情で言った。「昨日は漠然と政由が上手い狼なんじゃと思っただけで、絶対政由だと思って言ってたわけじゃないんだ。浩二が思考ロック気味だったから、別の見方も落としておかないとと思っただけで。対立意見を出しておけば、噛み先で狼が分かるかもしれないと単純に思ったしな。だが、確かに政由なら逆に浩二を噛むこともするだろうし…マジで分からん。最終日だと思うと余計に決められない。」
俊三は、同感だった。
昌雄は、確白達の集まりで対立意見を出すべきだと一昨日から言っていたのだ。
そうして誰が噛まれるかで判断もできるだろうと。
だから、俊三は昨日の議論はわざとだろうと思って、特に考えもなく中立のふりをして聞いていた。
だが、そんな事を確白達が話し合っているのを知らない政由と武は、あれを本気の議論だと思って聞いていたらしい。
そうなると、素直に考えたら自分を疑っていた浩二を噛んだ武が狼に見えて来る。
だが、政由が狼ならかなり上手く立ち回る狼だということなので、そんなこともやってのけそうに思えた。
昌雄の言うように、本当にわからないのだ。
「…顔洗って飯食って来よう。」俊三は、伸びた髭を癖で触りながら、言った。「昌雄、その後オレの部屋に来てくれ。この二人に聞きたい事をまとめて、聞きに行く形で。オレはお前をもう疑ってない。あの日は狐噛みのターンじゃなかった。護衛成功が出たんだと思ってるし、行動は白い。だから二人で話し合おう。」
昌雄は、まだ悩みながらも、頷いた。
俊三は、そのまま部屋へ戻るべく、三人を残して階段を降りて行ったのだった。
二階の共同洗面所で髭を剃って顔を洗うと、俊三はカフェからパンとペットボトルのお茶を取って来て部屋に籠った。
外は相変わらずの霧だ。
もう八日間この様子なのに、これは自然現象ではないのだと確信していた。
恐らくは、ここへ皆を閉じ込めるためのものなのだ。
どうやっているのかまで、俊三にはわからない。
だが、全てはゲームを終える事で解決すると信じていた。
もう味も分からない状態で自動的にパンを咀嚼して飲み込んでいると、昌雄が疲れ切った様子で入って来て、目の前に胡坐をかいてどっかりと座った。
「…もう、朝飯どころでなくてな。」と、持って来た柿の種の小袋を目の前の畳に放り出した。「これでも食っとこうと思って。」
俊三は、むっつりと言った。
「もう今日で終わりなのに、もたないぞ。体は若くなったが、中身のことまで説明を受けてないし分からない。体にガタが来たらどうするんだよ。」と、自分のパンを半分千切って渡した。「食えよ。」
昌雄は、渋い顔をしながらもそれを受け取った。
俊三は、言った。
「もう、ここまで来たらみんなのためにも勝ちたいんだが、本当に分からないんだ。普通に考えたら武だ。何しろ、あいつは政由ほど役に立つ意見を出してないように思うし、議論にも積極的ではなかっただろう。だが、政由が初日から潜伏を選んで単独で生き残ろうとしていた狼だったらと思うと、怖いんだよな。」
昌雄は、パンを手に持ったまま、がっくりと項垂れた。
「そうなんだ、それなんだよ。昨日、浩二が武だと言うのに、不安になって別の意見を出したのもそのせいだ。オレ達の印象じゃ、武の方が断然怪しい。昨日の噛みにしてもな。たった一人になったんだし、怪しんでる奴は残しておきたくないと考えたらそうだろう。だが、政由ほど度胸がありそうなやつなら、武を引っ掛けようとわざとやりそうな気もして来て。どう思う?」
俊三は、顔をしかめた。
政由は、忠司の次くらいに切れるヤツだった。
ここまで来て、他の者達が考え付かないような事も発言して来るし、どこまでも白く見える。
だが、それがここまで生き残った狼なのではと勘繰らせるのだ。
俊三は、言った。
「…あの日、貞吉が噛まれる前の夜、飯食ってる時に貞吉は政由を占うと宣言していたよな。あの時、政由が占われていたらどうなってたと思う?」
昌雄は、うーんと顎に手を置いて考えた。
「そうだなあ…黒なら吊られてただろうし、白だったら狼は詰み?」
俊三は、頷く。
「そうだよな。あの時正成は、政由が黒だったらここまでする必要がなかったと言っていた。つまり、恵子を焚き付けて忠司をルール違反で追放させるって行為な。だから、正成は白だろうって。何しろ、黒だったら二狼残りの時、自分を吊らせてラストウルフが生き残る道を残していけばいいから。でも…政由が黒だったとして、仲間の狼は誰だと思う?武は違ったし、美智子さんの他に、源太?憲子さん?それとも明子さんか?」
昌雄は、ますます唸った。
「どうだろう。でも、政由はその全部を吊り押してたと思うぞ。何しろあいつは、ここってところでいつも発言してたからな。だから白いって判断されてたんだし。」
俊三は、思い出そうと眉を寄せて畳を見つめた。
そう、政由は村のためになる意見しか言って来なかった気がする。
だが、仲間を最初から切っている狼だとしてもあり得るので、印象だとしか言えなかった。
「…だが、ここまで生き残ったのは白かったからだ。武だって他との繋がりは切れてる。ただ…他の狼だって、ラストウルフに賭けてると思うんだよな。オレが今挙げた三人は、とにかく皆に怪しまれていていつ吊られてもおかしくない位置だった。誰が狼だったとしても、ラストウルフとして生き残るのは困難だったろう。そんな時に、期待していた潜伏狼の政由に黒が打たれたら?…どこまでも、陣営勝利は厳しくなる。政由黒だけは、狼だって出してほしくなかっただろう。となると、正成の論は通らないんじゃないかと思うんだ。どこまでも、白寄りのグレーで居て欲しかっただろうから。」
昌雄は、食べもしないパンをちぎりながら俊三を恨みがましい目で見た。
「…政由が怪しいと思うのか?」
俊三は、その昌雄の目を見ながら、う、と詰まった。
「いや…その、分からないんだって。でも、とりあえず占われそうだったから白いだろうって考えは違うのかなって思っただけで。」
昌雄は、ふうとため息をつくと、天井を見上げた。
「もう…ここまで来たら運だ。昨日の源太吊りにしてもそうだっただろう。あいつはもしかしたら村人だったかもしれないが、三人の中で一番怪しい位置、役に立ってない位置だから吊った。だから、オレは今夜も同じで良いと思い始めてるんだ。つまり、政由と武の内、どっちが怪しいと言われたら、より役に立ってない方、武でいいんじゃないかなって。」
確かにそれなら楽でいいが、武がラストウルフならお粗末すぎないだろうか。
もっと、数日前からしっかり意見を出して村を誘導するぐらいでないと、政由を相手に戦う事になることは分かっていたはずなのだから、取り返せないはずなのだ。
「待ってくれ、安易に決めていいのか?武が狼なら、あんまりにもお粗末じゃないか。せっかくここまで潜伏したのに、自分を怪しんでる浩二なんか噛んで。疑ってくれと言ってるようなものじゃないか。」
昌雄は、チラと俊三を睨んだ。
「だったらお前は政由だと思うんだな?お前がどうしてもと言うんなら、別に合わせてもいいけど。ここで割れたら最悪の結果になるぞ。同票なら再投票でそれでも決まらない場合は吊り無しになると書いてあった。オレ達は、絶対にどっちかに票を固めなきゃならないんだ。オレ達は割れるわけにはいかないんだよ。」
俊三は、そう言われてもまだどちらか決められないでいた。
政由は白いのにそれが逆に怖い、武は政由に比べて劣っているのに必死になっていないところが狼だったらおかしい、そんな狭間で気持ちが揺れ動いていて、全く決まらないのだ。
「…もう、あの二人の話を聞いても新しい事は出て来ないだろうか。」
俊三が言うと、昌雄は大きなため息をついた。
「分からん。もしかしたらボロを出すとか?だが、ここまで潜伏できたんだぞ。何か特別に聞きたいことがあるなら聞きに行こう。だが、何でもいいから話してくれ、じゃあ、多分これまでと変わらないだろうな。」
もっともな意見に、俊三はもう思考放棄してしまいたい気分だった。
どうして、自分が残されたんだろう。
俊三は、恐らくこんな風に悩んで決められない自分を知っている奴が自分を噛まなかったんだと、狼が恨めしくて仕方が無かった。