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遠い夢の再来

忠司は、フッと目を開いた。

そこは、どうやら自分の家のようで、天井に慣れ親しんだ気持ちになる。

だが、確か自分は恵子に言いがかりをつけられて扉の前に居たはず…。

「気が付いたか?」

忠司は、その声にガバと起き上がった。

この声は、長い年月追い求め、敬い続けた忘れようもない声。

振り返ると、そこにはもう二十年は見ていなかった、心の底から尊敬し、今も忘れたことのない男が立ってこちらを見ていた。

「…ジョン!」

忠司が言うと、相手は気が遠くなるほど懐かしい様で、クックと笑った。

「まだその名前で呼ぶか。どうやら認知症を患っていたようだが、君は自分で治療しようと思わなかったのか、クリス?いや、今は忠司と呼ぶべきなのか。」

忠司は、首を振った。

「クリスでいいです。ジョン、新は…成功したんですね。」

自分の手足は、若い姿のままだ。

そして、もう70歳はゆうに超えているだろうジョンも、今の自分とそう大差ない30代後半ぐらいの姿で自分に笑いかけていた。

「いや、まだ成功はしていない。」忠司が驚いた顔をすると、ジョンは続けた。「固定されているわけではないのだ。つまり、根本から若くなっているわけでは無くて、美容液と大差ないと言われたらそうなのだ。細胞を活性化させて古い細胞は瑞々しく見えるように改善させ、新しく生まれる細胞は生き生きしているわけだが、しかし続けて投与しなければ次に生まれる細胞は元のままだし、古い細胞も戻って行き、テロメアの長さは削られて行く。つまりは、姿を留めたければやめることができない、一種麻薬のようなものだな。」

忠司は、自分の手をじっと見つめた。つまり、これは一時的なものか。

「…あの、一夜にして老いた姿になっていたのは?」

ジョンは、また笑った。

「君は自分が作った薬の影響を考えた事は無かったのか。あれはハリーと君の共同開発だっただろう。君達は、幻影をそこにある物として見ていたのだ。つまり、誰も姿は変わってなどいない。薬の影響で若く見える見た目のまま、この家の一階で皆、モニターを睨んでいるよ。」

忠司は、え、と目を丸くした。

「私の家が拠点に?」

ジョンは、頷いた。

「そう。そもそも、君が引き籠った先を教えてくれと新に言われて、私がここを教えたのが発端だ。君の家なら使っても文句は言わないだろうとこちらにいろいろ設置させてもらっている。この裏の林を抜けたところに、プレハブ小屋を立ててあってね。そこで皆と滞在しているのだ。ちなみに私と紫貴は高級テントを立てさせてグランピングとやらを楽しんでいるので問題ない。もう気付いているだろうが、霧も全て幻影だ。そこにあると思っているから見えているのだ。」

現役時代は、散々実験体にやっていたことだった。

忠司は、ため息をついてもう、諦めたように頷いた。

「でしょうね。途中から颯の顔を思い出して来て、もしかしたら新が、とは思っていたんですよ。それにしても…ここまで出来ていて、まだ完成ではないなんて。」

忠司は、自分の腕をまじまじとひっくり返したりしながら見ている。

ジョンは、腕を組んで言った。

「で?私の質問に答えていないぞ。どうして自分の認知症を治療しなかったんだ?あれぐらいなら、すぐに戻せただろう。」

忠司は、言われてジョンを見た。

そして、遠い目になると、ため息をついた。

「…やっと、妻と二人で暮らせると思っていたのですよ。私は、あの研究所の大部分とは違って下界に妻が居りましたからね。どこで働いているのかも分からない、一年に数回しか戻らない夫でも、加奈子は文句も言わずに待っていました。そんな様子でも、子達も私を父として尊重してくれたのも、結局加奈子のお蔭でした。だから、加奈子がここに別荘を買って田舎暮らしがしたいと言った時も、反対もしませんでしたし、好きにさせました。間取りも、たった二人なのに子達が孫を連れて来られるようにと他よりとても大きめなものですけど、妻がそうしたいならと同意した。ここへ引っ越して来た後も、やりたいようにさせていた。それが…僅か数年で、あんなことに。研究所に居た時は、ひと月に一度受けていた健診を、ここへ来てから全く行っていませんでした。それが仇となって、加奈子は手遅れになってあっけなく逝ってしまった。なので、自分に認知症の症状が出始めたのを自覚した時、もう良いかと思ってしまって。何もかも、忘れた方が楽なのではと思ってしまったのです。結局、私は逃げることを選択したのですよ。」

ジョンは、それを黙って聞いていたが、小さく息をついて、頷いた。

「…私も、同じ事があったらそう思っただろう。いっそこの頭が狂ってしまったら楽になるだろうとな。だが…」

「彰さん。」

後ろから、若い女性の声がする。

忠司が振り返ると、そこにはジョンより少し若いのではないかという姿の、ジョンの妻である紫貴が立っていた。

「紫貴さん…?!」

確かジョンより五歳年上だったはず。

忠司が驚いて目を丸くすると、紫貴らしい女性は微笑んだ。

「クリスさん。お久しぶりですわ。新が何もお知らせせずに申し訳ありません。知らせても今のクリスさんには何も分からないとか言って、勝手にこんなことを。」

忠司は、慌てて首を振った。

「いえ、お蔭でジョンに会えました。紫貴さんも…あの頃より、お若くなって。」

ジョンが、紫貴に歩み寄ってその肩を抱いた。

「紫貴は相変わらず薬に反応が良過ぎるほど良いので、私と同じことをしても私より若くなるのだよ。新も紫貴には殊の外力を入れているから、段々にテロメアの長さが維持できそうな段階へと入って来ている。まだまだ紫貴とはいろいろな事を一緒に楽しみたいと思っているし、新には急いでもらいたいと思っているのだが…」と、紫貴と目を合わせたジョンは、苦笑した。「紫貴は、人並にと言う。私も、そこまで長生きして何ができるのかと思うし、紫貴が逝くと決めたら一緒に逝こうと思っている。新が何を言おうともな。やはり、寿命というものはそうそう操作するものではないと思っているのだ。私としたら、あの子にはシキアオイの方を改良して欲しいと思っているのだがね。」

シキアオイとは、ジョンが開発した癌の特効薬だ。

現場に現れた時には大騒ぎで、その効果に皆が希望を見出して多くの患者が助かったが、やはり末期に達している患者となると、体中の癌細胞が一気に死滅してしまう事になるので、体が持たない。

少しずつ消していく、従来の抗がん剤と併用してある程度減らしたところで使わなければならないので、従来の抗がん剤が効かなかった忠司の妻の加奈子は命を落とすことになってしまった。

確かに、徐々に効くシキアオイを開発してくれたら、もっと多くの人を助けることができるだろう。

「…新は、ご両親のお二人と少しでも長く一緒に居たいと思ったのでしょう。」忠司は、言った。「皆、それを研究するにはワケがあるんですから。でなければ、あんな面白くないことを淡々と来る日も来る日も続けてられませんからね。」

ジョンは、ハッハと笑った。

「確かにそうだ。私も、あそこまで執着していたのがウソのようだ。」と、紫貴を見て微笑んだ。「今は、紫貴が居ればそれでいい。別の目標を見つけてしまったからな。要もしょっちゅう来るし、君も近くに住めばどうだ?なんなら私の屋敷に部屋が余っているから、引っ越して来てもいいぞ。」

忠司は、それを聞いて驚いた顔をしたが、笑った。

「本当に?そうか、ジョンと同じ屋根の下もいいですね。ここではもうやることもないし…皆、本当の私を知らないんですよ。職業ですら嘘をついていたから。」

ジョンは、クックと笑うと、足を扉の方へと向けた。

「さあ、君の家だから申し訳ないが、下へ行くか。恐らく今日が最終日、八日目の朝が来る。」

忠司は、そうだった、と慌てて立ち上がってジョンを追った。

「そうだ、私はルール違反で。もう八日目ですか?結構寝てしまっていたんだな。」

ジョンは、頷いて歩き出した。

「君の認知症だけ何とかしておきたかったしな。体が元に戻ったとしても発症しないように治療していたから、君だけ一日目覚めるのが伸びたんだ。君を陥れて一緒に追放になった女性は昨日目覚めている。居心地が悪そうな顔をしているよ。とても正攻法とは言えないゲーム進行を取ってしまったことを悔いているようだな。何しろ、君は狩人だったから。」

忠司は、頷いて急いで階段へと足を踏み出しながら言った。

「せっかく勝ち確定でしたのに。皆の様子が気に掛かります。誰を追放したのか、私も早く見たいんで急ぎましょう。」

さっさと階段を先に駆け下りて行く忠司の背中を見ながら、ジョンは笑った。

「やる気になったようで結構だ。無気力な君など、見ていられないからな。」

しかし、忠司はそんな事は聞いていないかのように、リビングの方へと速足で向かっていたのだった。

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