六日目の混乱
ここまで来たのに、俊三は全てが余計に分からなくなってしまっていた。
やっとの事で貞吉の真が確定し、その占い先である俊三、正成、浩二が白確して残った忠司が狩人だったので、後の精査は余裕だと考えていた昨夜が懐かしい。
それでも何か不安を感じていたのだが、狼は黙っていないという、こういう事に対する不安がどこかで俊三の心を圧迫していたのだろう。
まさかゲーム外でこんなことをするとは思ってもなかったので、恵子には心底恨みたい気持ちだった。
忠司さえ生きていたら、まだ縄は足りただろうし、今夜もグレー吊り切りを目指す作業ゲーだったはずなのだ。
それを、こんなややこしい事になってしまった。
憲子と源太は敵対しているようだ。
憲子は迷いなく源太をやり玉に挙げていたし、この二人が両方村人でもない限り、無駄な争いをしているようには見えなかった。
ということは、一人が狼なのだろうか。
残りの武と政由では、武の方が怪しく見える。
政由は昨日、貞吉に占われるはずだったが、正成が言っていたように白であるからこそ狼がこんな暴挙に出たように見えるので、白っぽい。
ただ、政由がラストウルフだったとしたら、あり得ることだとは思えた。
とはいえ、発言の内容から考えて、武の方が怪しむ要素があった。
そんなに積極的な方ではないし、毎回無難に会話に割り込む程度で、そこまで大きく村を動かす様子もなく、皆と同じような意見に終始していたのは確かだ。
潜伏狼の行動としては、打倒に見えた。
源太と憲子では、俊三の中では圧倒的に憲子が黒かった。
というのも、やはり忠司の狩人が透けていたのが大きい。
何気なく忠司を黒だと思わせようとして、吊られそうになったら狩人COするんじゃないかとか言ったというレベルではなく、皆が正成だと当然のように思っている中でのことだったので、余計におかしく見えた。
恵子がマスターキーを持っていたというのも怪しい。
それを簡単に受け取るということは、やはり憲子なのではないかと考えてしまう。
これまでの事を考えたら、政由が言うように憲子は白く見える。
美智子にあれだけ吊り押されたし、美智子が明子を庇っていたのは確かなのだ。
最後の忠司黒はヤケになったと言われてもおかしくはないが、前日はまだ真が確定しておらず、憲子が吊られる可能性が限りなくあったのだ。
その中での黒出し、そして吊り押しなので、美智子が狼だと分かった今では、どう考えても源太の方が怪しく見えるはずだった。
なのに、憲子を怪しませるのはあの、こちらを思う通りに動かそうとするような発言スタイルと行動だろう。
そして、夫の昭三の遺言だ。
冷静に考えたら憲子は白いのかもしれないが、感情がついていかないし、浩二が言っていたように最終日まで残すと吊りたくなる位置なので、どうしても吊っておきたいのだ。
俊三が考えながらコーヒーを片手にため息をついて、カフェの窓の外を相変わらず占拠している深い霧を見つめていると、後ろから声がした。
「誰を吊るかまだ悩んでるのか?」
振り返ると、正成と浩二が立っていた。
みんな風呂だトイレだと上に上がって行ってから一時間、戻って来たようだった。
「ああ、戻って来たのか?」と、ハッとして顎に触れて顔をしかめた。「…先に飯食ってた。オレも髭剃って来ないと。」
正成が、目の前の椅子へと腰掛けた。
「憲子さんと源太で悩んでるんだ。」俊三は、立ち上がりかけて正成に向き直った。正成は続けた。「憲子さんはよく考えたら美智子さんに本気で吊り押されてたし、白いはずだろ?源太は一度あきらめたような発言をしてたから白く見えただけで、あれからはそう白くない。でもな、どうにも怪しすぎて憲子さんを吊りたくなるんだ。感情の問題だなと浩二とも話してたんだが。」
浩二が、脇に立ったまま答えた。
「そうなんだよな。昭三の遺言のこともあるし、残せないだろ?白かもしれないとは思うよ。でも、残したら最終日は絶対吊りたくなる。だから、ここは吊っとくべきだって。」
俊三は、苦悶の表情で頷いた。
「そうなんだよ。オレもそれを考えた。まだ一縄なんとかなるなら、ここで吊っとくべきなんだ。だが、もしもだよ?源太も憲子さんも白で、政由と武が黒だったら?オレは早くから確定白だったが、噛まれてない。まあ、狩人を噛みたかったからかもしれないが。もしかしたら、間違ってるから残されてるんじゃとか思い始めてな。」
正成は、目の前で顔をしかめた。
「…まあ、それでもだ。狼が2残りだったとして、仮に最終日政由と憲子さんが残ったとする。お前はどっちに入れる?」
俊三は、答えた。
「それは…憲子さんだろ。」
正成は、頷いた。
「だよな。それなんだよ。だから憲子さんはどっちにしろ残せないんだ。白だったとしても、絶対噛まない位置だろうから。今夜憲子さんを吊ってみて、終わらなければ政由か武のどちらかを吊って、バランスを取るのが良いのかもしれないな。そして最終日、源太と政由で…」と、ますます顔をしかめる。「ま、そこまで終わらなかったら状況が変わらない限り源太になるのかもしれないが。」
浩二は言った。
「これまでの動きを見ていても、政由と武は普段から仲が良いのもあるが、一緒に行動していて意見も似ている。だから、明日この二人のうち一人を吊っておけば、最終日は来るんじゃないかと思うんだが。残っているのがオレ、俊三、正成、昌雄の確白組と、政由、武、憲子さん、源太のグレー組の8人で、この中から投票と襲撃で一人ずつ減って明日確白組3人、グレー3人になるだろう。オレは普通に考えて対立している二人を先に吊ってと思っていたけど、この二人が村同士の可能性もある。だから、政由、武のどちらかを明日吊ってバランスを取る方が良いのかもしれないと正成と話し合ってな。結論を最終日に持ち越すだけになるが、それでも後で後悔するよりいいかって。」
俊三は、うーんと唸った。
それでも政由と武は狩人が誰なのか知らないようだったのだ。
知っていて知らないふりをしていたのかもしれないが、少なくとも武は風呂に行っていて自分達の会話を聞けなかったはずだし、狼ならマスターキーをわざわざ持って来なくても、自分の部屋で普通に聞けただろう。
仲間を部屋に囲って聞かせる事も容易だったはずだ。
マスターキーを持ち出す必要はなかったのだ。
だが、そもそもがマスターキーは別の目的で持ち出されただけだったとしたら…?
そう、恵子に真狩人を排除させるために持ち出しただけだったら?
俊三は、時系列を考えた。
あの時、まだ狩人を知らなかった狼が、正成と確定白の会話を聞きたいと考えて隣りの部屋に行く。
その時、まだ狩人を知らないので、恵子を嵌めることは考えていないだろう。
武が誰かを招き入れるとして、そんなリスクを負うだろうか。
自分がそこに居たままの方が自然だったのではないか。
階下へかけ降りてマスターキーを取って来て、敏男の部屋の鍵を開けて入るのは、危ないのでは…。
そもそも、マスターキーはいつ失くなったのだろう。
俊三は、考えれば考えるほど分からなくなった。
武を完全に白だとは、まだ言えなかった。
「…そうだな。明日の状況次第だが、とりあえず明日は武か政由のどちらかを吊っておいた方が無難だ。だが、貞吉が居なくなって明後日もグレー精査だぞ?狼は噛み放題だし、明日も昌雄が生き残ったら狐噛みも考えて昌雄まで疑わなきゃならなくなる。もちろん、あいつは最初から忠司真を知ってたから、無駄な噛みをして首を締めてる狼だとは疑ってないが、狼はたった一人生き残ったら勝ちだからな。どんな戦略を立ててるのかわからないし。」
正成が、それには頭を抱えた。
「そうなんだよ、それだ。初日、相互占いを決めた時からおかしくなってるはずなんだよ。狼は追い詰められているから、たった一人を生き残らせるために動いているとも考えられる。だが、そうなると憲子さんは白くなる。なぜなら狼同士での話し合いで、昌雄一人を生き残らせる戦略を、憲子さんが飲むはずはないんだ。昨日のこともそうだ。あれだけ生き残ることに貪欲な憲子さんが、あんなことをしたら自分が真っ先に疑われる位置になるのにやるだろうか?そんな事を飲むとは考えられないんだよな。」
すると後ろから、声がした。
「…もし二狼残りだったとして、相方が勝手にやったことだったら?」驚いて振り返ると、昌雄がカフェの扉から入って来ているところだった。「自分が生き残ろうと、憲子さんを切り捨てようと思ったのだとしたら?オレは、多分狼同士も意見が合ってないんだと思うけどな。」
今昌雄を疑うような意見を出していたところなので、皆バツが悪そうな顔をした。
だが、昌雄は気にする様子もなく、側の椅子へと座った。