六日目の事件
「忠司!」同じ階の正成が叫んで扉から飛んで出て来て駆け寄った。「恵子さんもか!どういうことだ、いったい何があった?!」
この階で出て来ているのは俊三、正成、憲子の三人だけだ。
「…貞吉は…?」
俊三は、嫌な予感がした。
もし、忠司が夜中ではなく、人狼の襲撃が入力される前に死んでいたのだとしたら…?
仮に役職行使が終わっていたとしても、行使する本人が追放されていたのなら、守ることができなかったのではないか。
俊三が青い顔をして6の部屋の方を振り返ると、三階から、憲子の悲鳴を聞きつけた源太、武、昌雄、浩二、政由が駆け下りて来た。
「なんだ?!なんでこの二人が外に倒れているんだよ!?」
昌雄が、混乱したように必死に忠司を抱き起している。
だが、忠司は老いた姿でぐっすりと眠り込んでいて、目覚める様子は全くなかった。
「…もしかして、ルール違反なんじゃ。」
後ろから、浩二が言う。
振り返ると、怯えたようにびくびくとした顔で、倒れた二人を見ていた。
「…何か知ってるのか?」
政由が言うと、浩二はおずおずと頷いた。
「昨日の夜のことだ。オレ、一人だけ風呂がまだだったし、8時半ぐらいに急いで風呂場に降りて来たんだよ。それで、急いで入って出て来て廊下を走ってたら、そこ、忠司の部屋の前で、恵子さんがなんか血相変えて叫んでて。」
武が、びっくりして浩二の顔を見た。
「え、叫ぶ?ここで?」
浩二は、頷いた。
「そうなんだ。もう時間が迫ってたから、一応声はかけたけど、二人共言い合いに必死で何も答えてくれなかった。なんか、私の命を懸けても村を守るとか狩人がどうとか何とか、恵子さんは興奮していて回りが見えてないみたいだったな。腕時計を見たら、もう20:58で。走らないと間に合わないし、もう時間がないぞ!ってだけ言って部屋に走って帰ったから、その後の事は分からない。でも、ここで倒れてたって事は、あのまま二人とも部屋に帰らなかったんだな。」
俊三は、もしかしたら恵子に足止めされて、忠司は部屋へ入れなかったのではないか、と思った。
それで、9時になって無情にも追放処分になったのだ。
恵子は、そこまでして忠司をどうしたかったのだろう。
すると、震えていた憲子が、言った。
「…昨日、恵ちゃんは忠司さんが怪しいってすごく言ってたの。みんなが自分を信じてくれないのも、多分忠司さんが裏で根回ししていて言う事を聞いてくれないようにしているんだって。どうしたらみんなが信じてくれるんだって、凄く悩んでた…でも、まさかこんなことをするなんて…。」
政由が、それを聞いてスッと真顔になると、立ち上がった。
「…とにかく、忠司と恵子さんを部屋へ戻そう。」と、目の前の忠司の8の部屋のドアノブを回した。「部屋に寝かせて…、」
ガツン、と鍵が引っ掛かって開かない。
「え…?」政由は、何度もノブを引っ張った。「追放になったら廊下に転がしとかなきゃならないのか?」
俊三は、ポケットに手を突っ込んだ。
「あ、いやオレがマスターキー持ってるから。」と、それで鍵を開いた。「よし。これでいい。」
そして、忠司を皆で持ち上げて運んでいる間、恵子の方は上の階の昌雄と武が手足を持って持ち上げた。
すると、その手からコロン、と何かが落ちて、床へと転がった。
それは、今俊三が出したのと同じ、赤いマスターキーだった。
「あれ…?おい、恵子さんがマスターキーを持ってる。」
部屋の中へと忠司を運び込んで寝かせていた政由と俊三、源太は、驚いた振り返った。
「え、マスターキー?」
あの、なくなった一つだ。
俊三は、急いで出て来て昌雄からその鍵を受け取った。
間違いなく、それは下のキーボックスにあるはずの、マスターキーだった。
「もしかして…忠司を外へ呼び出して、不意打ちで鍵をかけて中へ戻れないようにしたのか?」
昌雄は、顔をしかめた。
「なんでそんなことを…。」
武が、言った。
「恵子さんを上に運ぼう。そこでも鍵がかかってたら追放処分だと部屋の鍵がかかってしまうんだ。だが、開いてたら俊三の予想通り、恵子さんが忠司を疑って、浩二が聞いたように自分も追放されるのを分かってて心中しようとしたんだって思う。」
昌雄は、頷いた。
「そうだな。」と、俊三と政由を見た。「お前らは、もう気付いてるんだろうが貞吉がこれだけ騒いでるのにまだ出て来てない。もしかしたら、襲撃されたのかもしれない。見て来といてくれないか。」
それは分かっていたことだったので、俊三は頷いた。
「分かった。行って来る。」
昌雄は頷いて、武と共に恵子を三階の、17の部屋へと運んで行った。
気が進まなかったが、俊三と政由は、貞吉が居る6の部屋へと急いで向かったのだった。
結論から言うと、貞吉は眠っていた。
姿は老いた元の姿に戻っていて、あれだけ枕の下に結果を置いておくと言っていたのに、枕の下には何も無かった。
だが、枕元にはきちんと何も書いていないメモ用紙とペンが遺されていたので、恐らく後から誰かに回収されてしまったのだと思われた。
貞吉は、ルール違反で追放されてしまった忠司に守ってもらうことができずに、襲撃を受けてしまったのだと考えられた。
そして、恵子の部屋の鍵はかかっていなかった。
つまり、忠司の部屋の鍵は意図的に誰かに施錠された状態だったということだ。
忠司は、それで部屋に戻る事ができずに、恵子から鍵を奪おうと揉めていたと思われた。
もう、会議の準備だの朝ごはんだの言っていられなくて、皆は忠司と恵子を部屋へと収めて貞吉の襲撃を確認し、すぐにそのままの格好でカフェへと集まった。
全員が朝のトイレだけを済ませただけの状態で、俊三に至ってはあれだけ気を付けていた髭がぼうぼうの状態だったが、こんな状況ではそんな事まで構っていられない。
何しろ、吊り縄に余裕があると思っていたのに、一気にゲームとは関係の無いところで、二人が追放となってしまったのだ。
今残っているのは、俊三、正成、憲子、源太、武、昌雄、浩二、政由の8人で、一気に村人が三人も減ってしまった状態だった。
あと3縄、もしもここに二狼居たら、間違えたくない盤面だ。
昨日考えていたように、絶対に白だと分かっている俊三、正成、浩二を覗いた残りのグレーを吊り切るという選択が、もう取れなくなってしまっている。
何しろ、グレーには憲子、源太、武、政由の四人が残っていて、昨日守られたので生き延びたと信じている昌雄は、白だと思っているが、薄い確率で狐噛みだった時は黒にも見えなくはない場所だ。
だが、俊三はそれは追っていないので、皆の前では昌雄を確白と置くつもりだった。
俊三は、確白の役目として、口を開いた。
「今日は、忠司と恵子さんが恐らくルール違反で追放、貞吉が襲撃で追放になっていた。もうこうなったから話すが、オレと昌雄、正成の三人は、忠司から早い段階で狩人であることを打ち明けられていた。忠司が、試すと言って、オレ達三人の前でCOしたんだ。その日は狩人だと皆に思われていた、茂男が噛まれてオレ達の中には狼は居ない、と結論づけていたんだよ。それからも、同じように守り先を教えてくれていて、オレ達は知っていた。全てが白いので、護衛成功が出たのもあって、昌雄は白置きするので残り、憲子さん、源太、武、政由の四人から三縄使うつもりだ。貞吉の白の正成と浩二から意見を聞こうか。」
正成が、大きなため息をついた。
「まさかこうなるとはな…。昨日、俊三がマスターキーが無いと血相変えてた意味が、今朝やっと分かったんだ。オレ達が昌雄の部屋で話していたのを、聞かれてたんだな。恐らく、敏男の部屋で。」
正成も分かったかと、俊三は険しい顔で頷いた。
「ああ。だから、率直に言って、オレは憲子さんがやっぱり怪しいと思う。」憲子が、え、と顔を上げた。「なぜなら、君と恵子さんが忠司が黒で疑われたら狩人COするんじゃないかと話しているのを、貞吉が聞いていて昨日オレ達に話してくれた。昨日の時点では、昌雄の攪乱する目的の行動で、正成が狩人だと、昨日話した武も政由も思っていたんだ。なのにそんな事を思い付く辺り、オレ達の話をコッソリ隣りの部屋で聞いていたとしか思えない。昨日はどうあっても貞吉が生き残る未来しかなくて、狼は詰み盤面だった。それを避けるためには、どうしてもゲーム外で狩人に死んでもらわなければならなかった。君は、恵子の妄信を利用して忠司が怪しいと吹き込んだんじゃないのか?恵子さんが皆に信じられなくなったのを気にしていたのはオレ達だって知っていた。それに付け込んで、自分の身を捧げて村を守れとか何とか言ったんじゃ?」
それには、浩二も頷いた。
「そうだ!言われてみたらそうだよな、恵子さんがあの時言ってたこと、私の命を懸けても村を守るって、そういう事だったんじゃ。恵子さんは、忠司が狼だと信じてたんだ。だとしたら、その思い込みを助長できたのは憲子さんだけだ。何しろオレ達は、みんな恵子さんとは議論以外で話さなかったからな。」
憲子は、見る見る顔を真っ赤にして、こんな顔になるのかというほど眉を吊り上げ、目を充血させて見開いて、鬼というのはこれかと思う形相で叫んだ。
「違うわ!恵ちゃんが勝手にやったことよ!確かに私達は忠司さんを疑っていたわ。狩人なんて知らなかったもの!初日から村を誘導していると思っていたし、あまりにも私とか、共有者の恵ちゃんを邪険にし過ぎなのよ!まして、私は忠司さんと同じ意見を出して来てたのよ?そこを怪しむなんておかしいわ!だから疑ってたの!あなた達が、変に隠すからいけないんじゃないの!だから恵ちゃんだって、思い詰めてあんなことをしたのよ!」
浩二が、言った。
「だったら誰が狼なんだ?確かにオレ達目線じゃまだ、武も政由も源太もあり得るけど、誰もこんなことをする必要なんかなかったじゃないか。恵子さんが君以外の意見を聞いてこんな極端な行動に出るなんて考えられない。そもそも誰も恵子さんと接していた様子がないし、見てないんだ。」
憲子は、キッと浩二を睨んだ。
「知らないわよ!私はただ恵ちゃんと話して部屋に戻っただけよ!その後の事まで分かるはずないわ!そもそも、こうしてみんなが私を責める事が分かってるのに、唯一の味方の恵ちゃんを失うような事をすると思う?!あなた達が確白の恵ちゃんを追い詰めるから、思い詰めてこんなことをしたんじゃないの?!どうせこの中に狼が居るのよ、私を嵌めてさっさと処理して生き残るつもりなんだわ!大体、昨日は貞吉さんは誰を占うと言っていたの?!私なの?!」
俊三は、言われて顔をしかめて浩二と正成と顔を見合わせた。
憲子が言う通り、こんなことをしたら真っ先に憲子が疑われる位置になるのだ。
忠司が狩人だというのなら、それが嘘だと押し通したら良かったかもしれない。
それしか、狼にはどうしようもなかっただろう。
いや、狼は昨日の時点で、もう詰みだったのだが。
昌雄が、言った。
「…狼は、貞吉をどうしても噛みたかっただろう。そして、忠司が真狩人だと知って、貞吉を守るなら勝ち筋がない。だから、恵子さんの孤立を助長させてなんとかゲーム外で追放になることを画策した。それに成功して、まんまと村は縄を失った。憲子さんは怪しい…他と比べて。だが、こんなことをしたら真っ先に疑われて吊られる位置なのに、捨て身の行動にも思えるな。だからって、他の誰かが恵子さんに入れ知恵できるか?…貞吉は、確かに恵子さんと憲子さんが話していたとか言ってたよな。」
正成は、眉を寄せた。
「確かに言っていた。だが…カフェに昨日、俊三、オレ、忠司、武、政由、貞吉が居たよな。居なかったのは、浩二と源太ぐらいだ。」
源太が、びくと顔を上げた。
憲子が、それを聞いて強張った笑顔になると、叫んだ。
「そう!そうだったわ、源太さんが私達に言いに来たの!忠司が黒幕だったらこのままじゃ村が負けるって。吊られそうになっても狩人COしたらその時は吊りを逃れるし、そのつもりで狩人を共有にも伏せさせてるんじゃって…!恵ちゃんはそれで、このままじゃ負けるって思い詰めたのよ!」
源太だって…?
俊三は、源太見た。
源太は、青い顔をしながらも憲子を睨み付けていた。
その顔は、あの気弱な様子は全く無かった。