三日目の朝
二日目の夜は、さっさと数人ずつ集まって好きなおかずを持ち寄り、レンジでチンする米を温めてそれで夕飯を済ませた。
そして、その後次々に風呂へと流れ作業のように向かって行き、さっさと部屋へと押し込まれて、そうしてきっちり8時には部屋へと入る事になった。
元々が早寝早起きの習慣が出来ていたので、俊三もこの時間に部屋へたった一人で放り込まれても、退屈どころかほんの一時間ほどで眠くなって、すんなり眠りにつくことができた。
もう、襲撃されるのが怖いとかそんな事はなくて、ただ眠った後はどうなるのだろう、そっちの方が楽なんじゃないかとか、そんな事まで考えるようになっていた。
だが、俊三はきっちり朝6時前に目を覚ました。
…オレは無事。
俊三は、布団から起き上がった。
そうして、カーテンを開いて窓の外を見たが、相変わらず濃く深い霧が立ち込めたままで、とてもじゃないが外へ出られる様子はなかった。
トイレへと入って用を済ませると、判でついたように腕輪の声が言った。
『6時です。自由時間になります。』
忠司は、昨日はどこを守ったのだろう。
俊三が思いながら扉を開くと、目の前の6の部屋の扉も同時に開いて、貞吉と目が合った。
貞吉は無事だ。
まさか他に真占い師が居て、自分達の思い違いだったかと旋律が走る。
すると、隣りの7の部屋の扉も開いて、そこから美智子が顔を覗かせた。
「…二人とも無事なんだな。」俊三は、次々に廊下へと出て来る皆の方へと視線を移した。「みんな居るか?」
全員が顔を見合わせた。
見えているのは目の前の貞吉、美智子、そして、正成、忠司、憲子、昭三。
自分を入れて七人が出て来ている。
…もしかしたら、敏男が真で噛まれたのか…?
だが、何かが欠けている気がする。
「ちょっと待て、お前、隣りの茂男は?」
貞吉に言われて俊三は、あ、と隣りの扉を見た。
そういえば、間隣りなので気にしていなかったが、茂男が居ない。
扉は、しっかりと閉じたままだった。
「…まさか茂男が…?」
皆がこちらへと歩いて来る中、俊三は慌ててノブを回して開いた。
「おい、茂男!まだ寝てるのか?」
友達のよしみでずかずかと部屋の中へと入って行くと、確かに茂男は寝ていた。
しかし、その姿は見慣れた元の年老いた姿で、それこそ気持ちよさそうに熟睡している状態だった。
…茂男が襲撃された…!!
俊三目線、これで分かったことがある。
まず茂男は、狼ではなかった。
そして、グレーの中の茂男は、噛まれる位置でも無かった。万が一狩人でなかったら、いくらでも黒塗り出来る位置だったし、残しておいても損はない。
それでも噛まれたのは、狩人だと思われたから。
つまり、狼は狩人を知らない。忠司のCOを知っている、昌雄、正成は白いという推理になるのだ。
「…やはり狼は、簡単には占い師を透かせない手段を選んだか。」
忠司が、後ろから言う。
俊三は、我に返って忠司を振り返った。
「…茂男が狩人だったかもしれない。どちらにしろ、真占い師は明日まで生き残れないってことだな。」
俊三がわざとそう言うと、覗いていた正成が言った。
「仮に他に狩人が居たとしても、昨日は絶対占い師を守ってるだろうし、明日は絶望的だな。全く、最悪の展開じゃないか。せっかく今日真占い師が確定すると思ったのに。やっぱり今日までしか、占い師の結果が残せなかった上、村人を一人失った。まあ、縄はまだ7縄あるが。」
すると、上からぞろぞろと番号後半組が降りて来て、扉の前へと集まって来た。
「もしかして、今日は茂男さんだったの?」
恵子が、皆の間をかき分けて前へと来ながら、忠司と俊三に聞いた。
俊三は、頷いた。
「そうみたいだ。茂男は元の姿で爆睡中。きっと由子さんみたいに、喜美子さんも居なくなったのかな?」
喜美子は3の部屋なので、目の前に居た憲子がドアノブを回してみたが、ガチンと鍵が引っ掛かって、開かなかった。
「あれ。鍵が掛かってるわ。」
俊三が、ああ、とポケットをまさぐった。
「マスターキーあるぞ。そういえば昨日下から持って来て、忘れてた。」
その色のついた鍵で憲子が解錠して、もう一度ドアノブを回して開くと、思った通り、中にはもう喜美子の姿はなく、布団も綺麗に畳まれてあった。
やはり、一晩過ぎたらその時眠らされていた者達は、全員どこかへ連れて行かれるようだった。
恵子が、腰に手を当てて言った。
「はあ、とにかくは襲撃されたのは茂男さんってことで。敢えて狩人の事は聞かないでおくわ。茂男さんがそうでなかったことを祈るだけ。ただ…真占い師が特定できなかったわね。ここで結果を聞いてもいいかしら?」
貞吉を見ると、貞吉は言った。
「オレは、正成白。」
そこは白いと知ってる所だったんだよなあ。
俊三が残念に思っていると、美智子が言った。
「私は、俊三さん白。」
俊三は、え、と美智子を見た。
自分を確白にした…狼には、利がないはずなのに。
俊三の戸惑いには気付かず、敏男が言った。
「オレは、忠司白。」
どれも知りたかった結果じゃない。
俊三は思ったが、それでも美智子の自分白はとても真っぽく見えた。
昭三が、言った。
「ええっと、みんなオレの結果なんか聞いても聞かなくても同じだと思うが、昨日吊られた富恵さんは白だ。」
全部、予想できた答えだった。
俊三が幾分気落ちした顔をしていると、恵子が大きなため息をついた。
「そう。じゃあ、後でどうしてそこを占ったかの意見は聞きましょう。まだ占い師がどこが真なのか分からないしね。昭三さんの結果は、昨日今日と白だったけど、なんだか真っぽく感じて来たなあ。狂人なら、狼に知ってもらわないといけないし、自分が吊り先になりたいだろうから、どっちかに黒って言いそうだもの。特に昨日の富恵ちゃんは、占い師が全員入れてるから白だろうって予想してたし、黒だって言いやすかったと思うの。なのに白と言ったから、少し真目が上がって来たなって感じるわ。」
妻の憲子も、昭三を見て頷いた。
「なんだか、私もそう思えて来たわ。最初は由子ちゃんの意見が真っぽかったから、ダンナは狂人かあって思ってたんだけど。」
昭三は、肩をすくめた。
「まだ生き残ってるのが奇跡みたいだな。狼はオレに吊り縄を使いたいのか、噛む様子もないし。このままいつか吊られるなら、いっそ噛んでほしいけどな。」
忠司が、じっと寝ている茂男を見ていたが、言った。
「…とにかく、一度解散だ。顔を洗って飯食って、会議の準備をしよう。オレも今聞いた結果を踏まえて、いろいろ考えてみるよ。」
恵子が、それを聞いて慌てて言った。
「そうね、そうしましょう。」と、皆を見た。「じゃあ、7時半にカフェで。」
恵子がさっさと慣れたようにまた、階段を上がって行くのを見て、俊三も部屋へと足を向けた。
確白…美智子が、自分を確白にした。
俊三は、眉を寄せて考えながら扉の中へと足を踏み入れる。
すると、真後ろから声がした。
「ほら、早く入れ。」
え、と驚いてつんのめるような形で部屋の中へと跳んで入ると、後ろからわらわらと入って来た忠司、正成、昌雄が急いで扉を閉めた。
押し入られたような状態になった俊三は、どぎまぎしながら三人を見た。
「え、え、どうしたんだ?!」
正成が、唇に指を当てた。
「シッ!声を落とせ。」
昌雄が、腰に手を当てて頷いた。
「お前確白だろ。お前から見て今朝の状況はどう見えた。」
俊三は、困惑しながら言った。
「そりゃ…オレを確白にした美智子さんが急に白く見えた。茂男は狩人と間違えられた。だから、正成と昌雄は白いと思ったし、忠司は真狩人だろう。狼は狩人を噛めたと思ってるはずだ。」
忠司が、頷く。
「その通りだ。茂男が狩人でないことはオレは知っている。昨日わざと守らずに恵子さんを守っていた。狼に狩人が他に居るとまだ知られたくない。だから、茂男が狼でないなら噛まれるだろうと分かっていて守らなかったんだ。これで狼は噛み放題だと思ってるから、恐らく今夜真占い師を噛んで来るだろう。」
昌雄が、腕組をしながら言った。
「だが、美智子さんが俊三を確白にしたぞ?これをどう思う。」
忠司は、答えた。
「美智子さんが狼だとしても、恐らく今日黒を打ってもどうせ明日には真占い師が透けるから、俊三は白くなると踏んだんだろう。それなら真っぽくなった方が、今夜の投票で自分の意見が通りやすい。仲間を守れるんだ。とはいえ、まだ美智子さん真も捨ててない。むしろ俊三に黒を打ってくれたら分かったのに、狼も一筋縄ではいかないってことか。みんな白結果だったしな。」
俊三は、ここに居る皆目線で白いので、黒を打った方がこの四人の中では怪しめたのだ。
なのに、貞吉は正成白、敏男は忠司白と、全く情報にならない結果しかなかった。
正成が、ため息をついた。
「問題は今夜だな。占い師が生き残れても明日まで。忠司が連続護衛できないからな。それに、今夜外したらもともこもない。やっと狼を引っかけたのに、それを生かせないことになる。」
忠司は、唇を噛んだ。
「…このまま、もしかして狼が全員生存を選んだら?」皆が驚いた顔をするのに、忠司は続けた。「最初の数日は、これでもいい。だが、縄が足りなくなってくる。狼が他の白を噛みながらお茶を濁して、少々黒が出ても真かどうかわからないから吊れなくなるだろう。分かった頃には縄が足りなくなっている、ということもあり得る。相互占いを止めたから、狐も生き残っている。仮に昭三が狂人だったらまだ5縄必要なのに、あと7縄しかないんだぞ?昨日散々占い師を特定したいから噛めと暗に言い続けた結果、もしかしたら狼は、このままなんとかなるかもと思い始めているんじゃないか。」
言われてみたらそうだ。
真占い師は、今日黒を引けなかった。
明日も引けなかったら、もちろん白圧迫ということもできるが、まだグレーが多すぎる。
「…じゃあ、やっぱり相互占いを続行させるか。」
昌雄が険しい顔で言うと、忠司はじっと考えていたが、言った。
「…明日でいい。」と、皆の顔を見た。「真占い師は、何としてもオレが今夜は生き残らせる。今夜もう一人色をつけてもらって、明日の夜呪殺させよう。そうしたら、占い師の狼は必然的に透けて吊れる。昌雄、指定先に入るなよ。この中で色がついてないのはお前だけだ。お前白は知ってるから、他の所を何としても占ってもらわないと。オレは今でも貞吉が真だと思ってるが、確証がない。だから、誰の指定先にも入るな。正成が占われて無駄にした気分だしな。」
正成は、それを聞いて顔をしかめた。
「でも、恵子さんが決めるだろうが。オレだって適当に入れられた感じだったぞ。昌雄が拒否したら吊られるかもしれないだろう。難しいぞ。」
忠司は、首を振った。
「白いと思わせたらいいんだ。オレとしては、政由や憲子さんの方が色を見たい。だから、そっちを吊るほどではないが怪しいとか言ってみる。今日の吊りは…源太か憲子さんだな。まあ、源太が一番いいかもしれないが。」
俊三が、え、と目を丸くした。
「源太じゃないか?憲子さんは白いと思うけど。」
忠司は、首を振った。
「ことごとくオレ達と意見が同じなのも気に掛かる。そんなに頭が切れる方ではなかったのに、今回のゲームでは目立って発言しているだろう。狼なら、見えているからいろいろ言えるはず。他の狼と対極位置にならないと、ラストウルフは生き残れないからな。怪しんでおいて損はない。」
言われてみたらそうだ。
俊三は、思った。
もちろん、若くなったので頭の回転が早くなっていたとしても、無難でありながら印象に残る意見を出して生き残ろうとしている狼としたら、そう思えて来る。
正成が、言った。
「もう行く。とにかく貞吉が真だと思うなら、その辺りを指定先に入れられるように発言しよう。狼はグレーを噛まないが、俊三はヤバい。その分発言力が上がるだろうし、頼んだぞ。」
頼まれてもなあ。
俊三は渋い顔をしたが、正成は扉を開いて、誰も居ないと確認してさっさと部屋を出て行った。
昌雄も忠司もそれに続き、残された俊三は伸びた髭を触りながら、もういっそ襲撃してくれと思っていたのだった。