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混乱と不安

俊三は、難なく管理室へと入って、そこにあるキーボックスを開くと、一際目立つ赤い色のマスターキーを手に取った。

これは、老人達でも分かるようにとここを建てたもの達の配慮で、とにかくどこか開きたい時はこの鍵ならどこでも開くと皆に知らせるためのものだった。

ありがちな紛失にも対応していて、全部で5本もある。

しかし、そこにぶら下がっていたのは4本だった。

…また誰か持ち出して返すの忘れてるな。

俊三は、顔をしかめた。

マスターキーが失くなるのは、これが初めてのことではない。

失くなる度に大騒ぎで探して、大概誰かのポケットの中から出て来るのがオチだった。

また探すのかと軽く舌打ちしてから、俊三は二階で待つ正成と忠司のもとへと取って返した。

戻ってきた俊三を二人は黙って迎えた。

俊三は、キーを見せながら言った。

「持って来た。でもまた1本なかったぞ。誰か返すの忘れてるんじゃないのか。」

忠司が、眉を寄せた。

「またか。だが、今はそれどころじゃない。」と、俊三から鍵を受け取って、鍵をノブに差し込むと、回した。「よし、開いた。」

ノブを回すと、扉は難なく開いた。

正成が、心配そうに先に中へと飛び込んだ。

「由子。」

忠司と俊三も、それに続く。

しかし、そこはガランとしていて、誰も居た痕跡がなかった。

「え…」正成は、急いで畳の上に足を踏み入れた。「居ない!」

布団は綺麗に畳まれて脇に積み上げてあり、シーツはどこかに失くなっていた。

押し入れを開いて見ても、布団があるだけで由子は居ない。

正成は、消えた由子に混乱した顔をした。

「どうなってる…?!あいつ、この霧の中どこに行ったんだ?!」

俊三も、わけが分からず呆然と立ち尽くす。

忠司が、険しい顔で言った。

「…どこかへ連れて行かれたんじゃないか?」二人がまだ混乱したまま忠司を見ると、忠司は冷静に続けた。「正成も言ってたように、あのままゲームが終わるまで寝ていたら体に負担が掛かるだろう。どこかで起きて、ゲームが終わるのを待ってるんじゃ。」

正成は、完全に狼狽えて言った。

「そんな!もしどこかで殺されてたらどうするんだ?!何も言わずに…どこかに捨てられてたら、野垂れ死ぬことになるんじゃ…!」

忠司は、それでも冷静に首を振った。

「だから、殺すつもりならもっと早くに殺している。」正成を落ち着かせるように、忠司はその肩に手を置いて言った。「心配ない。殺すならこんな面倒なことはしない。むしろ生かすために、食事をさせようと連れて行ったと考える方が妥当だ。分かるな?冷静になるんだ。」

確かに、殺すなら追放になった時で良かっただろう。

俊三は、少しずつ思考が戻って来て、頷いた。

「そうだぞ正成、忠司が言う通りだ。殺すなら追放の時に殺してる。体を三週間も掛けて治す必要もなかった。とにかく、落ち着いて先に進もう。」

確証はない。

だが、そう考えるよりなかった。

正成は、二人に説得されて、渋々ながら頷いた。

「…分かった。由子はどこかで生きてる。殺すつもりならもっと早くに皆殺しできたもんな。あいつ…どっかで一人で飯食ってるのかもな。」

忠司と俊三は頷いて、正成を促した。

「じゃあ、風呂にでも行こう。その後下でオレ達も飯食って準備だ。先に進めて終わらせないと、由子さんにも会えないぞ。」

俊三がそう言うと、正成は頷いて部屋を出て歩いた。

だが俊三は、いったい何が行われているのかわからないまま、進むことに不安を感じていた。


風呂は二つ、男女で分かれていたが、とりあえず数人なら一緒に入れる大きさだ。

被災した時に避難所となるようにと建てられていたので、問題なく皆が風呂に入ることができた。

俊三が、忠司と正成と共に風呂へ入って行った時には、先に来ていた武や政由が、浴槽に湯を貯めていてくれたので、準備する必要もなく助かった。

何とか持ち込んだ髭剃りでさっぱりすると、俊三はようやくホッとした。

そこで、男性達には由子が居なくなっていた事実を話した。

最初全員が固まったが、よく考えたら確かにゲームが終わるまでは、まだ恐らく数日あるだろう。

その間、ひたすら寝ていたらさすがに体が心配なので、由子はどこかで解放されて、気楽にしているのかもしれなかった。

忠司が言うように、殺すつもりの老人達を、わざわざ時間を掛けて治療して、若い体にすることからおかしい。

風呂で裸になって分かったが、全員がすらりとした体躯で、曲がっていた背筋も伸びて信じられないくらい体が軽い。

昨日まではまだ、体力は無いような様子だったのに、今日は何でもできるような気がするほど力がみなぎっていた。

見た目も昨日は四十代から五十代の姿だったのが、今日はどう見ても三十代前半から後半だ。

個人差はあるが、間違いなく昨日より今日の方があちこち若くなっていた。

「…忘れてたよ。」茂男が、自分の腕を見ながら浴槽に浸かり、言った。「こんな感じだったよなあ。怖いもの知らずで…この頃のオレは、脱サラして独立しようなんて喜美子に言って、よく泣かれた。そんなに甘くないから、頼むからそのまま会社に勤めてくれってさ。子供二人も小さかったし、思えば無謀な賭けをしようとしてた。結局定年まで勤めたけど、それが良かったのか悪かったのか、今じゃもうわからない。」

俊三は、苦笑して言った。

「良かったんじゃないか?嫁さんに出て行かれてたかもしれないぞ。それなりに退職金ももらって、年金で暮らせてるんだろう。田舎で悠々自適な生活だ。」

茂男は、苦笑して頷いた。

「だな。でも、またやれる気になってしまって。今なら子達も独立してるし、オレも経験詰んでる。このままだったら、やり直せるような気がしただけさ。」

武が、首を振った。

「いや、やめた方がいい。」皆が武を見る。「見た目はこうだが、いつまでかわからないじゃないか。仕事じゃなくて、何か他のことを考えたらどうだ?ここらは冬には雪が積もるし、スキーとか。スノボーとか、若い奴らはやるだろう。オレも現役時代はいろいろやりたかったが、仕事が忙しくて結局定年後にやろうとしたら、もう体がついて来なくて諦めてたんだ。若い間に、そっちをやろうかなって思ってる。」

政由が、顔をしかめた。

「生き残ったらだろ?」言われて、皆が黙り込む。政由はため息をついた。「喜美子さんと由子さんが見る間に元に戻ってしまった。襲撃されたり追放されたらパアッてことだ。やりたいことがあるなら、ゲームを真剣にやるしかないんじゃないか。」

確かにその通りだった。

この若い姿も、どれぐらい起きて薬を飲んでいたら維持されるのかまだわからない。

この姿に固執するわけではないが、こうなって来ると元に戻るのが段々に怖くなって来る。

忠司が、ため息をついた。

「まあ…こんな体で年金がもらえるのかとか、果たして子供達がオレをオレと認識してくれるのか、オレとしては心配なんだが、自分だけのことを考えたらこのままで居たいのは確かだ。やれるだけやるしかないが…そうして、いったいどうなるんだろうな?それは考えたか?」

俊三は、ハッとした。

若くなった自分を、子達は誰だと認識できないかもしれない。

子達を説得できたとして、社会的に信じてもらえるのか、そもそもこれがかなり特殊な薬で、このまま実験動物のように奇異な目で見られながら生きることになるのではないのか…。

何しろ、こんな薬のことは、聞いたことはないのだ。

もし一般的なら、世の中に老人など居ないだろうし、自分達もこんなに驚かなかっただろう。

仮に、あの医師達がここに実験のために来ていたとしたら…?

考えれば考えるほど、今の状況が異常に見えてきて、俊三は不安を覚えるのだった。

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