追放と二日目
俊三が急いで二階の部屋へと向かおうと廊下を茂男達と歩いていると、突然正成の声が聴こえて来た。
「うわあ!」
同じように部屋に向かっていた、忠司もこちらを振り返る。
正成の部屋は4だが、どうやら一番端の5、由子の部屋から聴こえたようだ。
ここは廊下を挟んで1から5、向かい側に6から10と部屋が並んでいるのだが、茂男が言った。
「…なんだろ。行ってみるか。」
俊三は、もう早足で歩き出しながら言った。
「行こう。何かあったのかもしれない。」
その時廊下に居た皆が5の部屋の方へと向かう中、もう部屋に入っていた美智子や貞吉も顔を覗かせた。
忠司が、その前を通り過ぎながら言う。
「役職は部屋に居ろ。時間に間に合わなかったらもしかして占えなくなるかもしれない。」
言われて、二人は気になるようだったが、部屋の扉から出なかった。
三階から、武の声がした。
「なんだ?!何かあったのか?!」
俊三が、叫んだ。
「確認してくるから、お前達は部屋に居ろ!役職行使できなかったらまずい!って忠司が言ってる!」
上に叫ぶと、確かにと思ったのか、上から誰も降りて来なかった。
「…狩人も居るんだ。」忠司は、険しい顔で言った。「来れる者だけ来たら狩人が透ける。だから全員部屋に居た方がいい。」
そうだった。
役職行使は狩人もしなければならないのだ。
狼にバレるわけにはいかないので、忠司は正しい事を言っていた。
5の部屋を覗くと、正成が由子の寝ている布団の前で、座り込んでいた。
「正成?!なんだ、どうした?!」
俊三が急いで入って行くと、正成は呆然と由子を見ている。
まさか、死んでいるのか…?
途端に不安になった俊三が慌てて由子を見ると、由子は布団の中で静かに寝息を立てていた。
だが、その姿は見慣れた年相応の姿だった。
「え…」俊三は、思わず後ずさった。「…まさか…こんなに一瞬で元に?」
若い由子を見慣れて来ていたところだったので、今の由子はまるで枯れ木のように見えた。
肌もシミが出て弾力を失い、元通りよりさらに老いたようにも見える。
忠司が、それを後ろからむっつりと無表情に見つめ、茂男は言葉を失っていた。
正成は、ふるふると震えながら言った。
「…そうだ、確かに由子…」と、その手に触れた。「化粧を取ったら元々こんな感じだった。よく考えたら最近は何か若々しくなって来てたんだ。三週間前はこんな感じだった。だが、一瞬で…?下で飯食って来ただけなのに、戻ったらこんなで。もう若いのに慣れてたから…びっくりして。」
こうして見ると、正成が息子、いや悪くしたら孫に見えるほど見た目が違う。
徐々に変わって来ていたのを、それで知った。
いきなり昨日こうなったのではないのだ。
俊三は、急に怖くなった。
ずっと長い時間を掛けて老いて来て、そんなに気にしていなかったが、老いとは残酷なのだ。
印象が、ガラッと変わってしまう。
「…これが追放なのだな。」忠司が、後ろから言う。「薬がどんなものなのかわからないが、こういうことなのだ。固定されないとはこれだろう。継続して投与しておかないと、直ぐに元に戻ってしまうのがオレ達の状態。つまりは、若さを掛けてとは、こういうことなのだ。最後まで生き残らないと、薬を飲みきることができないので、こうして元に戻るのだろうな。」
茂男が、何とか言った。
「じゃあ…どうする?みんなに言うのか。」
忠司は、ため息をついた。
「黙っていられないだろう。とにかく、もう8時過ぎた。村役職が役職行使しているだろうし、オレ達も部屋に戻ろう。うろうろしてたら変に勘ぐられるぞ。」と、正成の肩に手を置いた。「さあ。元に戻っただけで死んだわけじゃない。君も部屋に戻るんだ。」
正成は、微かに震えながら頷く。
俊三は、下手に若返ってしまったばかりに、また老いが怖くなって来ている自分に今、気付いた。
必死に若さを保ちたがる憲子が異常に見えていたが、その気持ちが痛いほど分かってしまったのだ。
忠司に促されて部屋へと戻りながら、今夜の襲撃はいったいどこなのだと心底怖くなってしまったのだった。
俊三は、怯えながらも仕方なく部屋へと戻り、トイレだけは部屋にあるのでそこで用を済ませて早めに布団の上に横になった。
…オレはどこまでも確白。共有者は狩人が守る可能性があるので、狼が噛むなら確白に近いオレなんじゃ…。
俊三は、考えれば考えるほど自分が襲撃先筆頭なのではと思えて来て、怖くなった。
…あんなに強い意見を落とすんじゃなかった。
俊三は、後悔していた。
もし美智子が人外なら、確白で自分を疑っている自分はいい襲撃対象になるだろう。
だが、逆に考えると、自分を襲撃したら村に美智子が偽だと言っているようなものだから、噛まないのでは…?
俊三は、天井を見つめながら、そんなことを考えていた。
隣りの部屋からは、もう寝たのか大きなイビキが聴こえて来ていた。
…茂男、あいつイビキをかくから口にテープ貼っとけって言えば良かった。これじゃ気になって眠れない。
だが、元々早寝早起きの健康的な生活をしていたのも合わさって、俊三はそのまま、電気を消すのも忘れていつの間にか寝入ってしまったのだった。
ハッと目を開けた俊三は、ガバッと起き上がった。
電気がつけっぱなしになっている…どうやら、寝てしまったようだった。
そういえばと慌てて時計を見ると、もうすぐ6時になろうとしていた。
…6時に部屋から出ても良いんだったな。
俊三は、とりあえず目が覚めたということは、自分は襲撃されなかったのだと判断して、トイレに向かって用を済ませ、服を着替えた。
…昨日は風呂にも入れてないなあ。
俊三は、顔をしかめた。
とりあえず、時間があったら風呂に入りたい。
顎に触れると、髭がのっぴきならないほど生えて来ていて、若い頃苦労した剛毛が復活しているのをそれで知った。
すると、腕輪がピピと鳴った。
『6時です。自由時間になります。』
自動音声っぽい声がそう告げた。
急いで扉を開いて外へと出ると、同じように皆が出て来る所で、目の前の6の部屋の貞吉と目が合った。
「…お。貞吉、占ったか?」
思わず言うと、貞吉は深刻な顔をして頷く。
「ああ。」
隣りの7の部屋からは、その妻の美智子も険しい顔をしていた。
廊下の向こうから、忠司が言った。
「全員居るか?」
俊三は、じっと人数を確認した。
この階には10人居るはずだが、昨日由子が追放されたので9人、しかしどう数えても8人だ。
「まだ喜美子が寝てるみたいだ。」隣りの茂男が言った。「起こすよ。」
自分の妻のことなので、茂男は急いで隣りの部屋を開けて入って行った。
俊三は、そういえばと外から声を掛けた。
「あ、お前イビキ凄かったぞ。気をつけろよ。」
茂男は全く気にしていないように言った。
「オレのイビキは喜美子のお墨付きだからな。」茂男の声が漏れて来る。「…うわ!」
「なんだ?!」
俊三が慌てて扉を全開にして中を覗くと、茂男が布団に向かって座り込んでいる。
…もしかして、襲撃か。
俊三は、ゆっくりと中へと入った。
呆然と座り込む茂男の肩越しに見ると、喜美子はやはり元の姿で、そこに横たわっていた。
「…多分、狼の襲撃だろう。」俊三は、息をついて茂男の肩に手を置いた。「仕方ない。寝てるんだろ?」
茂男は、頷く。
喜美子の胸は確かに上下していて、気持ち良さそうに爆睡している状態だった。
後ろから入って来た、忠司が言った。
「今日は喜美子さんが襲撃された。占い師達の結果も知りたいし、とにかく先にカフェに降りよう。」
俊三は、忠司を振り返った。
「でもオレ…髭がすごいんだよ。何しろ昔はこれに悩まされてて、夕方また会社で剃ってたぐらい濃かったから。」
忠司は、苦笑した。
「別に仕事じゃないからいいって。とにかく先に結果を揃えて、そこから身支度しよう。もう一人の共有者に出てもらわなきゃならないしな。このままじゃ進まない。」
俊三は、仕方なく頷いた。
「わかった。」
廊下には、不安そうな皆が待っていた。
どうやら三階からも、人が降りて来ていたようだった。
「喜美ちゃんは…?」
言ったのは、喜美子と仲が良かった恵子だ。
俊三は、答えた。
「寝てる。襲撃は喜美子さんだった。」
憲子が割り込んだ。
「起こした?揺すってみたら?」
それには、忠司が答えた。
「それが…」と、正成をチラと見てから、続けた。「追放されると元に戻るみたいで。由子さんも、昨夜正成が部屋に入る前に見に行ったら元の姿に戻ってた。」
「ええ?!」
憲子は、悲鳴のような声を上げる。
そして、止める間もなく喜美子の部屋へ駆け込むと、布団で眠る喜美子の姿を見て、愕然とした顔をした。
「憲子ちゃん…。」
恵子が、声を掛ける。
よく見てみると、恵子はさらに若くなったようだ。
驚いて他の皆の顔を見ても、そういえば昨日よりさらに年齢を遡ったような顔をしていた。
「…なんてこった。」俊三は、隣りに立つ貞吉を見た。「お前もか。みんなそうだ、もしかしてオレも…?昨日より若返ってないか。」
言われて、全員が顔を見合せる。
確かに、昨日より肌に張りが出ているように見えた。
「オレ、怖くなってきて。」言い出したのは、武だった。見た目がどう考えても三十代前半だ。「このままじゃ子供になっちまうんじゃとか。」
忠司が首を振った。
「あり得ない。いくらなんでもな。肉は何とかなっても、骨があるのに。そんなに急激にどうにかできることなどない。オレはドクター達と話して知っているが、こんな処置にも限界があるんだ。やり過ぎると反動が出るので、必ず一人一人にあわせているのだと。それでも怖いなら、君は今日の分の薬を飲まなければいい。」
武は頷いたが、まだ不安なようだ。
美智子が言った。
「とにかく、昨日お風呂にも入る時間がなかったから早めに集まって時間をくれない?」そういう美智子は、やはりそれは美しかった。「なんならここで言うわ。黒よ。敏男さんは黒。」
思えば敏男は美智子に占われたのにそこに立っている。
貞吉が慌てて言った。
「違う、美智子が黒だ!昨日腕輪に出た。」
知らなかったが、そう言う貞吉もかなりの美形だった。
この二人は美男美女のカップルだったらしい。
敏男が、ため息をついた。
「オレは、貞吉が黒。つまり全員黒結果ってことだな。」
俊三は、顔をしかめた。
真占い師が確実に居るので、つまり内訳は真、狼、狐か、真、狼、狂人の二択だ。
昭三が言った。
「霊能結果は白。由子さんはオレ目線狂人か狐。」
だが、狐が霊能者に出る確率は限りなく少ないので、恐らく狂人と考えるのが妥当だろう。
なのでやはり、占い師は真、狼、狐だと予想できた。
とはいえ、昭三が本物とは限らない。
忠司が、息をついた。
「そうか。とにかく共有、出てくれないか。会議をどうするか決めてくれ。」
すると、じっとまだ喜美子を見つめて動かない憲子の背を見ていた恵子が、振り返った。
「私よ。」そして、驚く夫の敏男の視線を無視して、続けた。「私が共有者。七時半にカフェに来て。話し合いましょう。」
喜美子と恵子が共有者。
俊三が思っていると、忠司は言った。
「他に居ないな?」誰も答えない。忠司は頷く。「では恵子さんの指示通りにしよう。七時半に、カフェだ。」
全員が疲れた顔をしながら頷く。
憲子はまだイビキをかいて熟睡する喜美子を見下ろして呆然としていた。
正成が、解散する皆の中で一人、足を止めて言った。
「忠司。」
忠司は、振り返った。
「なんだ?由子さんか。」
正成は、困惑した顔で頷く。
「あの、扉が開かない。」え、と俊三も足を止めると、正成は続けた。「今さっきみんなの点呼してる時に、ちょっと覗こうと思ってノブを回したら鍵が掛かってて開かないんだ。」
忠司は、言われて一番端の5の部屋へと歩き、ノブを回した。
ガチン、と何かに引っ掛かって開かなかった。
「…本当だな。会えなくなるってことか?」
正成は、顔をしかめた。
「でも、いくら寝てるだけでも飲まず食わずで大丈夫なわけないだろう。どうしよう。」
俊三が、言った。
「多分、何とかしてくれてるんじゃないのかな。点滴とか。」
正成は、首を振った。
「それにしても最終日までか?…もう歳なのに、体が耐えられないと思うのに。」
俊三は、忠司と顔を見合せる。
忠司が、言った。
「…確かここの管理室にマスターキーがあっただろう。」忠司は、正成を安心させるように言う。「それを取って来よう。」
確かに正面玄関脇に小さな受け付けのための部屋があり、そこにここの設備の鍵が全てあったはずだ。
俊三は、髭を剃りたかったが気になるので階段に足を向けた。
「取って来る。待っててくれ。」
そうして、頷く二人を背に俊三は、昨日より軽くなったような気がする足をさっさと動かして、階段を駆け降りて行った。