投票
皆の分の茶を入れて来て、饅頭を食べながら時間を過ごしていると、喜美子が言った。
「…終わったら、ご飯にしましょう。」全員が喜美子を見る。喜美子は続けた。「さっき会議前に女性で集まって夜ご飯の準備してあるの。8時になったら役職行使でしょ?9時には部屋に入らないといけないし。早めに終わらせないと後片付けできないのよね。だからお饅頭食べ過ぎないでね。」
こうなって来ると、女性達は大変だ。
毎日していたとはいえ、この人数分の夕飯を毎食皆で揃えるわけだから、メニューも悩む事だろう。
俊三が、言った。
「後片付けぐらいオレ達でやるよ。君達に作ってもらってるんだしな。オレは毎日一人だから、全部自分でやってる。毎食作ってくれるだけでも助かるよ。」
茂男は渋い顔をしたが、喜美子はパッと明るい顔をした。
「まあ、俊三さんはいい人ね。うちの人なんか全部私に丸投げなのよ?それが当然って感じ。この際後片付けぐらい覚えて欲しいから、そうさせてもらおうかな。」
明子が、何度も頷いた。
「そうね。考えたらそうだわ。一人の人達はみんな自分でしてるんだものねー。」
思えば自分もそうだった。
俊三は、バツが悪そうな茂男や他の男性達にそう思った。
幸子が生きている間は考えたこともなかった…だが、一人だからやらざるを得なくなり、やっと知ったことだった。
「時間だぞ。」忠司が、時計を見上げて言う。「投票しよう。」
すると、同時に腕輪が一斉に声を発した。
『投票の時間です。投票してください。』
機械的な女声だ。
びっくりした皆が思わず固まると、俊三は慌てて言った。
「ヤバい、なんか時計がタイマーみたいになってる。」みると、デジタル時計の部分が何やらカウントダウンしている動きを表示していた。「1分から減り出した。急げ、入力だ。」
時間制限があるのか。
全員が慌てて腕輪に向き合う中、あちこちで声が聞こえる。
『もう一度投票してください。』
俊三は、悩んでいた。
昭三…由子…どっちでもいい。どうせ明日はもう片方を吊る。
なので、俊三は、打ち込みやすい5と入力して、0を三回押した。
『投票を受け付けました。』
腕輪から声がする。
顔を上げると、焦って入力ミスを繰り返していたらしい、茂男が冷や汗をかきながらこちらを向いた。
「焦った。時間があると思うと慌てちまって。」
気持ちは分かる。
すると、腕輪が言った。
『投票が終わりました。結果を表示します。』
腕輪の液晶画面に、ズラーッと表示が流れて行った。
1俊三→5
2茂男→5
3喜美子→10
4正成→10
5由子→10
6貞吉→5
7美智子→10
8忠司→5
9憲子→5
10昭三→5
11明子→10
12源太→10
13富恵→5
14武→5
15昌雄→5
16敏男→5
17恵子→10
18浩二→5
19政由→5
…どっちだ…?!
見たところ、由子の5が多かったような気がする。
腕輪が、言った。
『No.5が追放されます。』
由子が、ため息をついた。
「仕方ないわね。ここで私は脱落ね。」
言ったかと思うと、由子はそのまま、スイッチを切ったようにかくんと前に倒れた。
慌てた隣の夫である正成が、それを支えた。
「おおっと、おい、大丈夫か?」
だが、由子は動かない。
仕方なくゆっくりと床に寝かせると、眠っているのは分かるのだが、全く起きる様子はないようだった。
「…一瞬で爆睡だ。」顔を覗き込んでいた、浩二が言う。「どうやったのか知らないけど、息はしてるし生きてるのは分かる。めっちゃ寝てるな。」
「部屋に連れてくよ。」正成が言った。「仕方ない、どうせローラーだしなあ。」
そして由子をよっこいしょと抱き上げると、続けた。
「とにかく先に飯の準備しててくれ。こいつは上に寝かせて来るから。」
皆が頷く。
正成は由子を連れて、上階へと向かって行った。
…やっぱり死ぬわけじゃない。
俊三は、それを見送りながらホッとしていた。
ああして眠っている間に、ゲームが進むのだろう。
だが、その間の栄養はどうなるんだろう…?それに、何も気配もなかったのにいきなり眠らせることができるなんて、どうやったのだ…?
俊三は気になったが、殺すつもりなら今、殺しただろうと、気を取り直して女性達が夕飯を温め直すのを見守ったのだった。
「それにしても、どうやったんだろうな。」武が、神妙な顔をして言った。「一瞬だったぞ?どっかから睡眠薬でも流してるのかな。」
浩二が、首を振った。
「いや、それなら回りに居たオレ達だって寝てるだろうが。」
すると、忠司が左腕を振った。
「もしかしたらだが、腕輪じゃないか?」
皆が、驚いた顔をする。
俊三は、食器を洗いながら忠司を見た。
「こんな小さい腕輪の中に何か仕込んであるって?」
忠司は、洗った皿を受け取って拭きながら、言った。
「他に思い付かない。さっき、もしかしたらって思って耳に当てて軽く振って見たら、微かに水音みたいなのがした。絶対中に何かあって、何らかの方法でそれを打ったんじゃないかな。」
言われてみたらこの腕輪は、ぴったりとくっついていて離れそうにない。
取り外そうにも無理なので、完全防水だと聞いているし、何をするにも外すことはなかった。
「…これで心拍とか見てるって言ってたけど、じゃあ始めからこうやって使うつもりで。」
浩二が、食器を棚に戻しながら言う。
汚れた食器を運んで来た、茂男が言った。
「なんだよ、深刻な顔して。由子さんが急に寝たからか?」
俊三は、頷いた。
「忠司が、腕輪に薬があるんじゃないかって。これ、どうやっても取れないよな。もしそうだったら、マジでどうしようもないな。」
「だったら殺そうと思ったら簡単だったんじゃないかな。」正成が言った。「由子は寝てただけだったよ。イビキかいてたから間違いない。寝返りも打ってたしな。そんなに怖がる必要はないんじゃないか。」
それはさっきから忠司も言っていたことだった。
少なくとも、殺そうというのではない。
もしかしたら知らないだけで、これは脳トレの最終段階なのかもしれない。
緊張感の中で居れば、ボケている暇などないからだ。
「…もしかしてこれも脳トレか?」俊三は、その考えを言った。「ほら、緊急事態になったら脳って活性化するだろ?忠司だって元通り以上だし、こんな感じでゲームすることで今後脳みそになんか良いことがあるとか。」
忠司は苦笑した。
「それはわからないが、そう考えた方が気が楽だな。確かにボケてる暇もないし、しっかり考えるから脳には良さそうだ。」
緊急事態が長引くことで、ずっと脳にストレスを与えて良いとか、そんなとこだろうか。
だが、過度のストレスは余計に脳を萎縮させて、とか、記事を読んだ気もする。
何しろ忠司がおかしくなったのは、加奈子が死んでからだったのだ。
加奈子を失ったストレスが、かなり影響していたのは否めなかった。
俊三は、黙って頷きながら、食器を全て洗い終えて、そうしてそろそろ部屋に帰らねばと時計を見上げると、もう8時に近くなっている。
あと十五分ほどで村役職は役職行使の時間だった。
「…まずい。」俊三は言った。「役職行使の時間が来るぞ。みんな部屋に上がるんだ。またルール違反がとかなるんじゃないか。」
このままここに居たら、役職行使の現場が見られる。
だが、それはルールで許されていなかった。
このままみんなでここに留まると、全員追放になる可能性があった。
「ほんとだ。」茂男が言う。「ルール違反になっちまう!行くぞ、みんな部屋に急げ。」
風呂に入る時間もなかった。
俊三は思いながら、明日の朝に入ろうと、急いで二階へと向かったのだった。