一日目夕方
結局、二時間ほどそうして詰めて話していたので、皆疲れてしまって休憩することにした。
そろそろ昼の時間なので、女性達がカフェの厨房に入って、いつの間にか山ほど冷蔵庫に詰め込まれていた食材を使って、軽い昼食を作ってくれた。
それを皆で食べて、もはや習慣の昼寝をしようと自室へと引き揚げようとすると、喜美子が言った。
「寝て来るのはいいんだけど、投票の時間が6時なのよね。だから、その前にもう一度会議しましょうよ。5時には降りて来てね?」
皆は頷いたが、いくら脳トレをしていたとはいえ、こんなに長い時間詰めてやることはなかった。
疲れて来たら医師のサポートを受けて、簡単に体力を回復していたし、今とは状況が違った。
若くなったので少しぐらいは大丈夫だろうと考えていたが、こうしてみるとやはり、見た目だけで完全に若いわけではないのだと思い知らされる。
降りて来いと言った喜美子ですら、もうあくびをしていて疲れているようだった。
そんな様子なので、全員が重い足取りで階段を登り、そうしてやっとのことで部屋へと戻って眠った。
これで何とか、体力が回復してくれたらと俊三は思っていた。
夕方になり、家から持って来ていた目覚まし時計が派手な音を立てて俊三を起こした。
…もう5時か。
俊三は、のっそりと起き上がると、部屋にあるトイレに向かい、用を足してから廊下へと出る。
すると、茂男が居て、あ、という顔をした。
「起きたか俊三。起こしに来たんだよ。」と、階段を顎で示した。「行こう。もうみんな集まってるぞ?喜美子が4時に目覚まし掛けてたから、オレは三時間ほどしか寝てない。」
三時間でもよく寝ている方だろう。
俊三は、四時間も寝ていたことになるのだ。
「…疲れてるのかな。」俊三は、階段を降りながら言う。「いくらなんでも昼寝だったらよく寝て二時間だったのに。この薬、自分の限界が分かりづらいんじゃないか?見た目が若いから油断しちまうが、多分中身は先生達が言ってたように老人のままなんじゃ。」
茂男は、頷いた。
「オレもそう思う。」と、廊下を歩いてカフェの扉を開いた。「もう暗いな。」
カフェは、電気が着いていて明るかったが、その窓から見える外はもう真っ暗で、しかし霧が白く充満しているので、中の灯りを反射して白かった。
「…こんな霧、異常だろう。」俊三が椅子へと向かいながら言った。「やっぱりこれはわざと出してるヤツとかなのか?」
忠司が、首を振った。
「オレもそう思って、霧はこの近辺だけかと手探りで道を下ろうとしたんだが、ずっと下まで霧のようだった。帰れなくなるから下までは降りきってないが、人工的ならこんなに広範囲は無理だ。」
喜美子が、頷いた。
「電話で役所に問い合わせようとしたんだけど、繋がらなくて。携帯電話の電波も全く無いの。息子が契約してくれてて、何とかここでも繋がってたのに…完全に孤立しているみたいで、怖いわ。」
政由が、言った。
「自然現象ならいつまでも続かないだろう。ここは当初決めた通りゲームをして、終わったら先生達がどうにかしてくれるかもしれないしな。今は与えられた事をするしかない。」
俊三は、黙って頷いた。
電話も繋がらないとなると、霧が晴れないと身動きできない。
喜美子が、ため息をついて言った。
「じゃあ…さっさと決めましょうか。霊能者よね?由子さんか、昭三さん。」
「自由投票でいいんじゃないか。」忠司が言った。「二人のうちどちらかに入れるってことで。票の流れ方で狼が出てるのか狂人が出てるのか分かるかもしれない。」
喜美子は、頷いた。
「そうね。それでいいかも。ローラーすることになっているし、そうなって来ると票の入れ方ぐらいは見たいものね。決めてしまうとそれもないわ。」
「こうなって来ると、終わるまで寝てた方が楽かもしれないなあ。」昭三が言った。「なんか、若いと思ってサクサク動いたら疲れがどっと来てな。やっぱり若くないんだなって思うんだよ。」
それは俊三も同感だった。
寝ていて起きたら全て終わっているなら、その方がいくらか楽な気がした。
とはいえ、やはりこんな手の掛かるゲームはやり遂げたいという気持ちもあって、複雑だ。
皆も同じのようで、同じように複雑な顔をした。
「でも…ゲームが壊れてしまうと全員眠って終わりでしょ?」憲子が言った。「疲れる体のままよ?先生は、しっかり最後まで薬を飲んだらある程度は固定されるって言っていたの。ちゃんとやるべきだと思う。」
憲子の、若さに対する執着は強い。
皆そこまでこの体に固執していないが、憲子だけはなにやら強迫観念のようなものを感じた。
若いに越したことはないが、そこまでこうありたいとは、俊三は思っていなかった。
喜美子が、言った。
「まあまあ。皆でゲームを続けると決めたんだし、頑張りましょう。それで、霊能者の話をしないなら、占い先の指定をしない?相互占いでしょ。どうする?」
美智子が言った。
「絶対私が真だから、みんなの意見で狐っぽいって言っている、敏男さんを占いたいわ!」皆が驚いた顔をする。美智子は続けた。「だって、呪殺を出さないと信じてくれないんでしょう。皆の意見を聞いていると、みんな私が狼だとか言うのよ。だったら、証明する機会をもらいたいわ。」
貞吉が言った。
「待てよ、オレが呪殺を出すんだ!敏男が狐なら、オレが占いたい!」
敏男が、肩をすくめた。
「オレはどっちでもいい。どうせ次の日またどっちかを占うんだから、みんなが言うように占い師の中に狐が居るなら、遅かれ早かれ呪殺できるんだ。村に決めてもらう。」
美智子が、困った顔をする。
俊三は、言った。
「…いいんじゃないか?」皆がこちらを向いた。俊三は続けた。「ほら、皆が偽だと言ってるんだ。美智子さんの主張は筋が通ってる。明日も占うわけだし、今日のところは美智子が占いたいところを占わせてやれば。」
忠司は、じっと黙っている。
源太が、頷いた。
「そうだよ、偽者だって言うなら、証明する機会を与えたらいいじゃないか。まだ発言からしか精査してないんだし、言葉が他の人より強くても、結果さえ出たら全部無しになるんだし。その方がいい。」
言われて、喜美子は皆の顔を見回したが、全員が特に反論もないようだったので、頷いた。
「…そうね。一番疑われているんだから、占いたい所を占わせてあげましょう。じゃあ、美智子さんが敏男さんだから、敏男さんは貞吉さん、貞吉さんは美智子さんって感じで占ってもらいましょうか。それで明日は、美智子さんが貞吉さん、貞吉さんが敏男さん、敏男さんが美智子さんって感じで。それで占い師の中に狐が居るなら、必ず呪殺が出るはずよ。」
皆が、ウンウンと頷く。
そうして、俊三はふと、ホワイトボードを見た。
すると、ホワイトボードの空きスペースに、しおりに書いてあった名簿がきちんと番号と共に書いてあった。
「あれ」俊三がそれに気付いて言う。「番号を書いたのか?」
喜美子が、苦笑して頷いた。
「ああ、そうなのよ。一々しおりを見て番号なんだったっけって効率悪いかなって思って。あれなら分かりやすいでしょ?投票は、今日は由子さんか昭三さんだから、5か10よね。脳トレで何回もやったから、投票の仕方はみんな分かるよね?」
全員が、頷く。
とはいえ、投票までまだ20分ほど時間があった。
「…お茶でも入れる?あのね、ここに無かったはずの食材がいっぱいあって、お茶っ葉も新しいのが補充されてるのよ。玉露よ?奮発してくれてるなあって。お饅頭もあったから、持って来ようか。」
恵子が、話が止まってしまったので、気を利かせてそう言った。
敏男が、頷いた。
「そうだな。ポットに湯があるから湯を沸かす時間もかからないし。淹れて来てくれるか。」
恵子が頷いて立ち上がると、明子がつられて立ち上がった。
「手伝うわ。」
「私も。」富恵が立ち上がった。「さっき大きな急須使ったから洗っておいてあるの。あれに入れたらいいわよ、この数だし。」
三人は、何やら話し合いながら厨房の方へと歩いて行った。
俊三は、それを見送りながら壁にある時計を見上げた。
時間は、五時四十三分を指していた。