素敵でぼっちなイザベラさん
○月○日
今日もイザベラさんは素敵でした。彼女の美しさも優しさも可愛らしさも気高さも世界一だと思います。だからこそ、彼女が周囲に理解されないのが悔しくて堪りません。彼女は、いつも一人ぼっちです。
僕は今日も、そんな彼女を遠くから見守っています。だって、恥ずかしがり屋で臆病な僕が、彼女のような素晴らしい女性に声を掛けるなんてこと、出来る訳がありませんから。
○月○日
今日もイザベラさんは素敵でした。今日は一人で山菜取りに出掛けていました。途中、人の声が聞こえてさっと木陰に隠れていました。見つからなくて本当に良かったです。いつか、彼女と二人でお喋りしながら山菜採りデートなんて出来たら……などと、つい妄想してしまいました。
山菜は油で揚げると美味しいと聞いたことがあります。今度試してみましょう。料理が出来れば、ひょっとしてイザベラさんに好きになってもらえるかもしれませんし!
○月○日
今日もイザベラさんは素敵でした。今日は、なんと崖から転げ落ちて怪我をした間抜けな人間を助けてあげていました。なんて優しいのでしょう! 幸い気絶していたらしく、彼女が姿を見られずに済んだので良かったです。僕も崖から転げ落ちてみようかなんて、馬鹿なことを一瞬考えてしまいました。
○月○日
今日は、とても腹が立ちました。愚かな人間共がイザベラさんを退治しようとやってきたのです。まさか先日の怪我人が案内してきたのでしょうか? 恥知らずめ! 結局あっけなく全員やられてしまったのですが。ざまあみろ!
でも、そんな自業自得で当然の報いを受けた奴等に対して、彼女は涙を流して謝るのです。ああ、なんて尊く慈悲深いのでしょう。いつものように彼らを洞窟の奥へと運ぶイザベラさん。コレクションにでもするつもりなのでしょうか? ちょっとサイコなイザベラさんも素敵です。
○月○日
今日は、とても驚きました。今まで彼女が集めていたのは、山菜ではなく薬草だったのです。しかも、それは彼女自身ではなく、人間を治療する薬を調合するためのものでした。人間が崇める聖女などより、よっぽど彼女の方が高潔で慈愛に溢れています。今日もイザベラさんは素敵でした。
残念ながら、まだ有効な薬は見つかっていないようですが……今度、僕もたくさん薬草を集めて、こっそり彼女にプレゼントしようと思います。
○月○日
今日は、とても喜ばしい日です! ついにイザベラさんが薬を完成させたのです。僕が持ってきた薬草が、ほんの少しでもその役に立っていたのなら嬉しいのですが……見事に回復した人間達は、ろくに感謝の言葉を口にすることもなく、一目散に逃げだしました。本当に礼儀知らずで醜く下等な生き物です。
それでも心底嬉しそうにしているイザベラさんを見ていると、つまらないイライラなんて吹き飛んでしまいました。今日もイザベラさんは素敵でした。
〇月〇日
あああ!!! 許せない!!! 許せない!!! あのクソ人間共め!!!
思い出すだけで血が沸騰しそうです!!!
イザベラさんに見逃してもらった恩も忘れて、狡賢い手を使い彼女を襲うなんて!!!
僕は愛馬コシュタに跨り、奴らを撥ね飛ばしながら、傷ついた彼女の元に駆け付けました。驚く彼女を馬の背に乗せ、その場を後にしました。本当なら全員呪い殺すところだったのですが、恩知らずのカス共とはいえ、彼女があれだけ苦労して救った命を刈り取るのは気が咎めたのです。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……イザベラさん、大丈夫ですか?」
「ええ、ほんのかすり傷です。鏡を使って寝込みを襲われるとは思いませんでした。人間の知恵とは恐ろしいものですね。幸い完全に石化する前に治療薬を使うことが出来ましたが……あなたは、アランさんですよね?」
「僕のことを知っているのですか?」
「勿論、この辺りでは有名ですから。それに、いつも私を見守ってくれていたのでしょう?」
「えっ……その……てっきり気付かれていないとばかり……」
「私には目がたくさんありますからね。彼らが教えてくれました」
そう悪戯っぽく微笑むと、彼女は頭上のキュートな蛇達を指差しました。僕に向かってウインクしています。
「あっ……そうだったのですね……勝手にストーカーのような真似をしてしまい、本当にすみません……」
「ストーカーだなんてとんでもない。最初は一体何の目的があるのか不思議でしたが、薬草を届けていただいて素敵な方だと分かり安心しました。おかげで薬も完成しましたし……結果は、あんなことになってしまいましたが……」
ああ、彼女の悲しむ顔を見ていると、胸が張り裂けそうです。元はと言えば、僕が早く勇気を出して、彼女の傍についていれば、こんな事態にはならなかったのです。もう二度と同じ過ちは犯しません。
「……イザベラさん! ……僕を、あなたに仕える騎士にしていただけませんか?」
「まあ……とても嬉しい申し出ですが……一つだけ条件があります」
そう言うと彼女は僕の手を取りました。首無しの騎士でなければ、きっと彼女に情けなく、だらしない顔を晒してしまっていたでしょう。
「私を、あなたの妻にしてくれませんか?」
「……そんな……僕なんか……根暗ですし……臆病ですし……デュラハンですし……不吉ですし……」
「アランさん。根暗で臆病で不吉なデュラハンでも、ピンチに駆け付けてくれる騎士様を好きにならない女性なんていないのですよ。それに、あなたがデュラハンだからこそ、私を助けて下さることが出来たのでしょう? それとも、呪われたメデューサの夫なんて、お嫌ですか?」
「……そんなことありません!!! あなたを夫として、騎士として、生涯愛し、守り抜くと誓います!!!」
「……私も妻として、この両目に賭けて、生涯あなただけを愛すると誓います」
今日は首無し人生最良の日です。
「……ところで、誓いのキスは何処にすれば良いのかしら?」
「ええっと……それは……ご存知の通り、僕には顔がありませんので……」
「そう……ところで、常に大事そうに抱えていらっしゃるその布袋には何が入っているの?」
彼女は僕が思っていたより、ちょっと意地悪なのかもしれません。袋から取り出した僕の顔は既に真っ赤に染まっていました。石になってしまわぬように目隠した僕の生首は、イザベラさんと熱い誓いのキスを交わしました。