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第112話 私の出場する理由

『次の試合ができません』

『早く立ってください』


気がつくと、私はスタッフから両腕を掴まれて、広大なグラウンドを引きずられていました。

目の前にナトリの姿はもうありません。スタッフが担架で運んだのでしょう。

私はさっきまでが嘘のように、全身に力が入りません。人形のように、スタッフにもてあそばれています。


会場の興奮はどこへやら、場はしんと静まり返っています。


ぜんぶ、私のせいだ。

私がナトリを殺したんだ。

メイの忠告を聞かなかったから、こうなったんだ。


『‥棄権しますか?』


見かねたスタッフが、引きずりながら私に尋ねますが、私は答えることができません。

自分を責める言葉が、頭の中をくるくる回ります。

もうそれだけで、頭の中が爆発してしまいそうです。

さっきの竜巻の所々に発生していたソニックブームが、耳鳴りとなって頭の中を何回も貫通します。


『この選手ですが、どうしますか?』

『いったん廊下のベンチに寝かせておきなさい。棄権は1分制限があるからそれでいいでしょう』


スタッフが魔族語で何かを話していますが、私はまだ魔族語を習い始めたばかりで、それを聞き意味を解釈するには頭を使わなければいけません。スタッフが話している内容も全く分かりません。


◆ ◆ ◆


観客席で、メイは壁にもたれて、はあっとため息をついています。ラジカはグラウンドから目をそらしています。


「‥‥‥‥」

「‥‥‥‥」


メイもラジカも、言うことはありません。

ただ、お互いの顔を気まずそうに避けて、そっぽを向いています。


さっき起きたことを考えたくない。私の悲痛な悲鳴がすべてを物語っていました。会場はすっかり沈黙しています。


「‥‥勘当ね」


メイがようやく口を開きます。しかしその顔はどこか不本意です。

ラジカは声のトーンからそれになんとなく気づいて、放心状態で動かせなかった体を必死で動かして、ふらつきながらもかろうじて椅子から立ち上がります。


「‥‥アタシはアリサ様のところへ行く」

「‥‥待って、あたしを1人にしないで‥‥」


メイも泣きそうになりながら、椅子から立ちます。ラジカはそんなメイにフォローもせず、ただゆっくりと歩き始めます。メイはぎゅっとラジカの袖を掴んで、涙を流しながら、あとについていきます。


◆ ◆ ◆


私は放心状態で、気がつくと、更衣室前の廊下のベンチで横になっていました。

日光を受けて明るくきらきら光るグラウンドとは対照的に、薄暗い空間が広がっています。窓から差し込む光が明るさを保っています。


「そっか‥わたし‥ナトリちゃんを‥」


私は、右手を持ち上げて、その手のひらを震わせながら、自分の顔の上にかざします。

今の試合から、次の試合まで12試合あります。

でもそんなことも考えられないくらいに、私の手は汗びっしょりで、しわでいっぱいで。


「フォークで突き刺すなの!」


手を視界の外に出すと、ハギスが頬を膨らませて、身長より少し大きいフォークを持って立っていました。


「ウチがそこに座りたいなの!とけてくれないと、フォークで突き刺すなの!」

「‥‥突き刺して。私、楽になりたい‥‥」

「‥‥バカなことを言ってないで、早くとくなの!」


ハギスはフォークを消すと、私の上半身を手で無理やり起こして、背もたれにかけます。私は普通に座っている姿勢になります。ハギスはそれから、さっき私が頭を置いていた場所に座ります。


「つらいなの?よしよししてあげるの」


ハギスは私の背中をなでます。慣れていないのか、少し荒っぽいです。私の体が揺れます。


「落ち着きやがれなの。頭もなでてあげるの」


私の頭も、荒く揺すられます。

なで終わってから、ハギスは背もたれに背中を預け、ふうっと一息ついて私を見ます。


「ウチも、父さんが死んだ時は悲しかったの。でも乗り越えられたなの。お前もこの悲しみをいつか乗り越えられるなの。だから、楽になりたいって冗談でも言っちゃダメなの。ウチはテスペルクが好きなの」

「‥ありがとう」


私はうつむきながら返事します。


「ハギスの言うとおりよ」


ハギスの反対側から声がしたので、私は振り向きます。メイが腕を組んで立っています。後ろにはラジかも控えています。

メイは私の隣に座って、少し気まずそうに言います。


「アリサ‥いったんゆうべの話は忘れなさい。さっきの試合は終わった、アリサが勝った、それでいいんじゃない?これからのことはこれから考えなさいよ」

「その通り」


ラジカも同調して、私の前に立ちます。涙目になっている私を見下ろして、ラジカは片方の膝を地面につけて、私と目線の高さを合わせます。


「‥アタシはアリサ様に触れることはできないけど(第1章参照)、今は誰かに甘えていいときだから。しばらく頭を空っぽにして、過ごして。大丈夫、次の試合までまだ20分ある」

「うん‥ありがとう。でももういいや、私、棄権する」


私は目を閉じて、涙を流しながら、感謝の気持ちを告げます。


「えっ?」


3人が一気に私を見ます。


「だって‥私、手加減ができなくてナトリちゃんを殺しちゃった。あんな試合していたら、私の次の相手は怖がるよね?そんなの、試合として楽しくないよね?この大会全体を恐怖にさらしたくないから、ね‥‥」

「人のせいにするな」


控室のドアが勢いよくばんと開いて、中から黒いマントに羊のツノをつけた‥‥まおーちゃんが出てきます。


「貴様が傷つきたくないからだろう?」


まおーちゃんはつかつかと私のところへ歩いてきて、正面にいるラジカをどかします。


「貴様、歯を食いしばれ」


まおーちゃんはそう言うと、握りこぶしを振り上げ、私の頬を強く殴打します。


「あ、ああっ!?」


私の体はハギスを超えてベンチの外まで吹き飛ばされ、廊下を滑って壁の柱にぶつかって止まります。


「姉さん、何をするなの?」


驚くハギスを無視して、まおーちゃんは、壁にもたれて座っている私のところへまた歩み寄ります。


「貴様、よかったな。ここが戦場でなくて。戦場なら、貴様は死んでいたぞ」


しゃがんで、私の胸ぐらを掴みます。


「貴様はあの時、妾に戦争を勧めた。それにかかわらず、自分は人を殺したから逃げるという言い訳が曲がり通ると思っているのか?」


まおーちゃんは、すごい剣幕で怒鳴ります。こんなまおーちゃん、見たことありません。

私は手に力が入りません。震えながら、まおーちゃんの話を聞きます。


「争いで人が死ぬのは当然だ。貴様は虫一匹殺せぬ生半可な覚悟で妾に進言したのか?そんなことで人民を守れると思っているのか?」

「‥‥っ」


私は涙に濡れた顔で、まおーちゃんを見上げます。


「それとも貴様は、たった1人の命のためにすべてを失いたいのか?次の試合を棄権したら貴様は交際相手を失うし、家臣の話もなかったものと思え。才能に性格の伴わない家臣は使えないからいらぬ。貴様らは城から追い出され、無一文で魔族の町をうろつくことになる。嫌か?」

「‥‥‥‥嫌」


私は静かに首を振ります。汗びっしょりになってしまった手をぎゅっと握ります。

まおーちゃんは私の襟元から手を離して、言います。


「‥嫌なら試合に出ろ。ここを戦場と思え、優先順位を間違えるな」


そして、私の背中に手を回して、抱きます。

強く、しっかり、私を抱きしめます。

まおーちゃんの体温が、私の体に刻みつけられます。それは厳しさとは裏腹に、優しさと愛情にあふれるものでした。


「まおー‥ちゃん」

「妾も貴様を失いたくない。ここで棄権することは、戦場での死を意味する。逃げないでくれ、ずっと妾のそばにいてくれ。妾も貴様のそばにいてやる」


私は、気がつくともう一度涙を流していました。


「まおーちゃん‥ごめんなさい‥ごめんなさい」


私はまおーちゃんの肩に顎を乗せ、何回もしゃっくりしながら、泣き続けていました。

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