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第108話 ナトリからのお願い

すっかり夜も更ける頃ですが、まおーちゃんの仕事はまだ続いています。私たちはまおーちゃんのいない食卓で夕食をとります。


「ひとまず、全員勝ち残ったわね」


メイがサラダを食べながら言います。ハギスはもう別に夕食を終わらせたようで、ハギスのところに皿はありませんが、それでも私たちと話したいと言って食卓に同席しています。

ハギスの隣に座るナトリが、スープを飲みながら言います。


「まあ、優勝はこのナトリだがな」

「はは‥ナトリちゃんが優勝すると私破局しちゃうじゃん、困ったな‥‥」


私はため息をつきます。

ナトリはまた続けます。


「だが、今日で個人戦は235人が64人に減る計算なのだ」

「結構減るんだね」

「今日、ナトリは2回、お前たちは1回ずつ戦ったのだ。でも明日は優勝までに6回戦うことになるのだ。1人あたりの試合回数が段違いに増え、試合間の回復が重要になるのだ」


ナトリは、床でご飯を食べているドラゴンを見下ろします。


「‥使い魔も温存して、万が一に備えなければいけないのだ」

「うん、そーだね」

「それから、テスペルク」


ナトリは真剣な顔で、私を指差します。


「明日の4回戦は、ナトリとお前があたるのだ」

「え、ええっ!?」


4回戦ということは、明日の6試合の中での2試合目ですね。


「‥‥私、勝てるかな」


自信なさげに言うと、隣のメイが肩を思いっきり叩いてきます。


「当たり前でしょ!勝てるかどうかじゃなくて、もうアリサが勝つのは当たり前よ。普通にしていれば必ず勝てるわよ」

「なにを!」


ナトリはテーブルを強く叩いて、激昂します。


「メイ、テスペルクが勝つと言ったな?おい、テスペルク!」


ナトリがどなります。隣の席のハギスはびっくりして、椅子を動かしてナトリから離れます。


「明日は全力でぶつかってこい!遠慮するな、テスペルクの全力を見せろ!ナトリはそのうえでお前に勝って優勝するのだ!」

「えう、うう、分かったよ‥」


私はのけぞり気味に返事します。実際、ナトリに負けたらまおーちゃんと別れることになるので、やるしかないです。


「中途半端な魔法はいらん。全力で来い!」


今度は見かねたメイが、私たちの会話に口を挟みます。


「ちょっとナトリ、それは言わないほうがいいわよ、さっきのアリサの戦いを見たでしょ?あの炎に対応できるっていうの?バカなことはやめなさい」

「うるさいのだ。ナトリはテスペルクより強い。揺るぎない事実なのだ」

「何でそこまで勝ち負けに拘るの?」


ラジカも手を挙げて発言します。


「お風呂でも、ナトリにはナトリにしかできないことがあるから大丈夫って話になってたじゃん。ナトリの言う通りにすると、ナトリ、死ぬよ?」

「そうよ、ナトリ確実に死ぬわよ。アリサも最低限の力だけ使って死なないようにしときなさいよ」


ラジカもメイも、死ぬとか不穏なことを言い出します。えっと、私の全力ってそこまで強いんでしょうか?


「アリサ、さっきの試合のあの爆発も全力じゃなかったんでしょ?」

「うん、あれで3割か5割くらいかなあ‥‥」


私がそうやってぼんやりした感じで返すと、ナトリはさすがにひるんだのか、口をつくんでしまいます。

メイはその様子を見て、ナトリを諭します。


「ナトリも命が惜しかったら、アリサを挑発するのはやめなさい。これは脅しではないわよ」

「う、ううっ‥‥」


ナトリはひざに手を置いて、今にも泣き出しそうにしています。


「ねえ、ナトリちゃん、どーしてそこまでして私に勝ちたいの?」


私が首を傾げると、ナトリはぽつりぽつり、話し始めます。


「‥‥エスティク魔法学校に行く前に、初等教育があっただろう?」

「うん」


ウィスタリア王国では、初等教育、高等教育というふうに学校が分類されています。初等教育では読み書きや計算などを3年かけて学びます。これは国民全員に共通の内容で、全員が学ばなければいけないことになっています。前世の義務教育のようなものですね。これを終えた人たちが、自分の将来の夢や興味に合った学校を選び、そこで高等教育を受けるのです。魔法について詳しくなりたいと思ったら、私たちみたいに魔法学校を選ぶのです。他にも剣技学校、専業主婦向けに家庭学校なんていうものもあります。

ギフ出身のナトリとは魔法学校で初めて会ったので、ナトリは初等教育をギフで受けたのでしょうか。‥‥と思ったら違うようです。


「ナトリは初等教育のころからエスティクに来ていたのだ」


初等教育を行う学校はエスティクの中にも複数あるから、学校が違っていたのかもしれませんね。


「ナトリは学校でずっと一番だったのだ。勉強もスポーツも一番だった。みんな、ナトリに憧れて、応援してくれたのだ。ナトリは魔法学校でも一番になると、初等教育の同級生と約束したのだ。今ここでお前に負けたら、ナトリはその約束を守れない」


そうだったんですね。今までナトリは私に何度も勝負を挑んてきては負けていってしまいましたが、初等教育で誰かと約束していたのですね。


「ナトリはお前に何度も勝負を挑んできたが、魔法に関してはことごとくお前に負け続けてきた。ナトリは魔法学校でも一番になるはずだったのに‥‥」


そこまで言って、ナトリは言葉を詰まらせます。


「‥ナトリちゃん、魔法学校では歴史や文学をすごく頑張っていたよね。しっかり努力してきたと思うよ」

「ああ。魔法で勝てないならせめて別の分野で勝とうと思って、努力してきたのだ。努力して、魔王の信頼を勝ち取ったのだ。だが、魔法で一番になれない事実は変わらない。テスペルク」


うつむき気味になっていたナトリは、ここで突然顔を上げて、私を見ます。


「明日の試合でお前に負けたら、ナトリは魔法で一番になるのを諦めてやる」


その言葉に、ラジカが驚きます。


「ナトリ‥諦めるって言うの、珍しい」

「ああ、ナトリはこれまでもお前に対して諦めたくなかった。諦めたくなくて何度も戦いを挑んだのだが、一回も勝てなかった。‥だが今は別の分野で魔王の信頼を得ている。その分野では、お前よりも強いと言ってくれたのだ」


そう言って、一回水を飲んで一呼吸おいてから、続けます。


「ナトリも、テスペルクに対して負けを認める事は不本意なのだ。だが、どうせ負けるのなら、圧倒的な力の差を見せつけられて負けたい。一生お前にはかなわないとはっきり分かった上で負けたい。今までのお前はナトリと戦う時、中途半端な力しか見せてこなかったのだ。だから、ナトリはお前の全力が見たい」


そう熱弁します。しかし私の隣のメイの反応は冷ややかでした。


「ナトリ、どういう事情があるかは知らないけど、アリサに全力で攻撃されたら、あんた、死ぬわよ。旅しているときも見たでしょ?地球の4分の1くらいの巨大な結界を作ってたところ」

「いいのだ。ナトリはそれでいいのだ。一番を狙う者の宿命なのだ」


ナトリの顔は、至ってまじめです。

その目は、完全に悟りを開ききった純粋で汚れのない目です。私に強く要求します。

メイはまずいと感じたのか、今度は私に向けて言います。


「アリサ、ナトリの言うことは本気にしないで。死ぬわよ」

「‥‥分かったよ、ナトリちゃん」


ナトリの気持ちは受け取りました。

今まで何度も私に勝負してくると思っていたら、そういうことだったんですね。

私はメイをはために、ナトリに正面を向けて言います。


「それでナトリちゃんが満足するんだったら、私は明日、全力出すね」

「やめなさい!」


間髪入れず、メイが怒鳴ります。


「あんた、もう少し友達を大切にしなさい!」

「大丈夫ですお姉様、私の全力と言ってもそんなに強くありませんから」

「強すぎるから言っているのよ!」


メイは懸命に、顔を真っ赤にして、私の肩を揺すってきます。

でも、一度ナトリの気持ちを知ってしまったからには、メイのその表情にも偽善が混じっているような気がして。


「ごめんなさい、お姉様。‥‥お姉様はナトリちゃんより真剣ではないように見えるんです。ナトリちゃんは真剣なので、私はその気持ちに応えてあげたいです」

「‥‥っ、これでナトリが死んだら勘当よ!後先考えなさい!」


メイはそう怒鳴って、食事もそこそこに、部屋を出ていってしまいました。

ラジカも、私やナトリに何か言いたいことがあるようにどこか不満げな表情をしていましたが、自分が何を言っても状況は変わらないと思ったのでしょうか、黙って食事を進めます。

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