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第107話 私の初戦(2)

「うわあ、大きい‥‥」


私は一度作った結界を壊した後、新しい結界を作り直すのを忘れてドラゴンに見入ってしまいます。


『覚悟!!!』


相手の叫び声とともに、ドラゴンの攻撃が始まります。炎の中で増幅された巨大なブレスが、ドラゴンの口から放たれます。それ1つで小さな森ならもう丸焼けになっていそうな大きさです。

一方の私はというと、自分が新しい結界を張り忘れたことに気づいて、慌ててしまいます。


「あわわ、結界、新しい結界張り忘れた!!」


つまるところ、私は丸裸です。


「何やってるのーーー!!!」


隣りに座っているラジカからカメレオン越しに報告を受けたメイが悲痛の叫び声をあげます。ていうかこんなときでもカメレオン、私の肩に乗っているんですね。目には見えないけど。

私は急いで結界を張り直そうとしますが、ドラゴンの炎を見て、1つひらめきました。

私は結界を作りました。ドラゴン全体に。


結界は、術者が許可しないと出入りすることはできませんが、別に術者を包む必要はありません。

私は巨大なドラゴンを、さらに巨大な結界の中に閉じ込めました。炎のブレスが結界から抜け出せず、丸く巨大なボールの中をくるくる回ります。まるで、大きな火の玉のようです。


『そんな、莫迦な!?』


相手が目を丸くして結界を眺めます。


「‥さて、次はあなたを倒さなくちゃいけないですね」


私はそうつぶやくと、相手がひるんでいる隙に自分の周りに結界を張り直します。それから、ドラゴンを包む結界の中に、さらに火炎の魔法を発生させます。火炎が勢いよく増殖し、結界全体を包みます。

グラウンド全体を包む障壁も、結界も、術者による指示があれば空気を通すことができます。障壁も空気を通すのでグラウンドの換気は不要ですし、何より巨大な火の玉に見える何かを包む結界が酸素を通せるのはでかいです。

私は火炎の魔法を惜しげなく使います。新しい炎が湧き出て、巨大なからも狭い結界の中で暴虐します。


はっと我に返った相手は、ドラゴンがもはや自分の統率下にないことに気付きます。急いで本をめくって新しい魔法を次々に繰り出すのですが、それらは全て私の結界に吸い込まれます。

相手は、迫りくるタイムリミットに気づいて必死で攻撃してきますが、硬い結界に守られた私はそれを全く意に介さず、ひたすら自分の詠唱に集中します。


「ア・ビノ・ド・ナラ・ウヒスグルメ・ホゼ・オ・ナンデール」


私の体の周りに、薄いピンク色に光る魔法陣が出現します。

詠唱の終わりに、私は片手を振り上げます。


「イクスプローション」


巨大な爆弾が、大きな轟音をたてて爆発します。

もともと爆弾に内包されていた炎が、爆炎とともに障壁いっぱいまで広がり、目に見えない障壁の輪郭をはっきりさせます。

炎がきのこのように、障壁を満たします。

観客席から見ると、目の前にいきなり炎の壁が現れたようなものです。それを真近で見た観衆たちはひびり、立っている人はもれなく腰を抜かし、何かを食べたり飲んだりしている人のほとんどは食べ物をうっかり飲み込んでむせび、試合そっちのけで話していた人はもれなく口をつぐみます。グラウンドの上空にあるライドの光が幻になるかと思うほど炎は会場全体を大きく照らし、かつてない恐怖を観衆全員にばらまきます。

誰もが口をあんくりと開けて、その巨大な炎が消えるまで見守っていました。


さて、空気の出入りを禁止した結界に入っている私は無事でしたが、相手は‥‥地面にうつぶせに倒れています。

私はあわてて相手のところへ駆け寄ります。


『大丈夫ですか?』


しかし相手は動きません。体は燃えていないので焼死ややけどを負ったわけでもありません。巨大な炎にあらゆる酸素を吸い寄せられて炎の下が一時的に無酸素状態になり、その空気を吸い込んだために酸素欠乏症を引き起こして気を失っていたのです。

急いで脈を見ます。‥‥うん、脈はまだあるみたいですね。でも息がありません。このままだと死んでしまいます。こういうときってどうすればいいんでしょうか、人工呼吸でしょうか?私はその場で相手をあおむけ状態にして、頭の角度を調整して気道をまっすぐに近づけます。そして胸を何度も押したりひいたりして、次に相手の鼻をつまんで口を‥‥


『それは私たちがやります!』


そう声をかけられたので私ははっと我に返ります。駆けつけてきたスタッフたちが、相手の体を持ち上げて担架に乗せて、運んでいきます。私もそれについていって、グラウンドを出ます。


『あっ、アリサ・ハン・テスペルクの勝利です!』


アナウンサーも豪快な爆炎で我を忘れていたのか、あわてて試合の終了を宣言します。


◆ ◆ ◆


私はこの試合が終わった後、観客席に出れば周りから視線を集めまくっていました。一気に注目の的になってしまったようです。

もともと話題になっていたのが一気に観衆全員にかつてなかったようなインパクトを与えてしまったのです。私は悪いことをしてしまった子供のように、頭を下げながらおずおずと進みます。


『次も頑張れよ!』

『よせバカ』


こんな声が聞こえます。私のことを応援してくれる人もちょっとできたみたいです。私はそういう人のために、手を小さくひらひらと振って答えます。

自席にたどり着くと、メイが腕を組んで待ち構えていました。


「アリサ、派手にやってくれたわね」


私とメイを取り囲むように、周りの魔族たちが様子を見ています。


「周り見たら分かると思うんだけど、アリサが近くに座ってるってだけであたしまで目立ってて迷惑なんだけど。ただでさえあたし魔族嫌いなんだけど、どうすんのこの状況」


そう言って、ぷいっと顔を横にそらします。


「ご、ごめんなさい、お姉様‥‥」

「明日は私に近づかないでくれる?」

「はい、お姉様‥‥」


なぜか叱られました。しかも明日は別々の席に座れと言われました。とほほ。


私が出た後の試合は、どれも選手たちがどんなに全力で戦っても、観衆たちの拍手に勢いはありませんでした。ナトリが出場して相手をあっさりドラゴンの大技で仕留めますが、1回戦のときよりも拍手はあまりなかったかもしれません。


「貴様、派手にやってくれたな」


私が観客席で帰る準備をしようと思ってトーナメント表を折り畳み始めると、さっきから私に付いてきていたのか、それとも観客たちの様子で私の居場所がすぐ分かるくらい目立ってしまったのでしょうか、深緑色のフードに身を包んだまおーちゃんが近付いてきます。


「あ、まおーちゃん」

「貴様のおかげでそのあとの試合が盛り下がったではないか。まったく、派手にやってくれたな」


まおーちゃんは、ナトリがさっきまで座っていた私の隣の席に座り、そっとフードの上を持ち上げます。

まおーちゃんが自分を見つめる目は、どこか滾っていて、楽しそうでした。


「‥‥今日は朝から貴様を見てなかったから、ひと目見たかった。明日の決勝、楽しみにしておるぞ」


そう言って、ぎゅっと私の手を握ります。そういえば今朝はいつもの食事室で朝食を取りましたが、まおーちゃんが不在だったので、今日一日まおーちゃんの顔を見ていなかったです。

私の心臓の鼓動が速くなります。

夜になって寒くなった中で、まおーちゃんの手はとても温かいものでした。

まおーちゃんの熱い気持ちが、私の中に入ってきます。


「妾は貴様に全力で勝つ。戦えることを楽しみにしている。精々、途中で脱落するな」

「う、うん‥‥破局だけは回避するよ‥‥とほほ」


決勝には行きたいけど、決勝で戦いたくないです。このジレンマ、どうすればいいのでしょう。

まおーちゃんはにっこり笑って、席を離れて行ってしまいます。すれ違ってナトリが私の隣に座ります。そういえば深緑のフードの人がまおーちゃんということ、一緒に遊園地に行ってなかったナトリは知らなかったのでした。フードの人には無反応でした。


「まったく、テスペルク、お前のせいでナトリの試合が目立たなくなったじゃないか」


ナトリは文句を垂れます。ラジカからもらったジュースを飲み終わった後、立ち上がります。メイも立ち上がります。


「ナトリの試合が終わったから、あたしは帰るわよ」

「私も帰ります」

「アリサ様が帰るなら、アタシも」


まだ2回戦の試合は続いていますが、私たちはここで魔王城に帰ることにしました。

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