第106話 私の初戦(1)
「まおーちゃん、かっこいい‥‥」
私はまおーちゃんの勇姿に思わず見とれてしまいます。
この歓声を聞くだけで、もう自分のことのように誇らしくなってきます。私、そのまおーちゃんの彼女なんです。まおーちゃんの女なんですって、声を大にして叫びたくなってきましたがそこは我慢です。
でも、まおーちゃんが褒められていると、私まで嬉しくなってきます。えへへ。
「アリサ様、嬉しそう」
ラジカもにっこりして言いました。
「えへっ、えへっ」
「アリサ様にもそこまで喜んでもらえて、魔王が羨ましい。アタシちょっとトイレ」
ラジカは席を立って、トイレに行きます。ラジカの足取りも心なしか、軽やかになっているように見えます。
その約1時間半後の18時ころに、ハギスの番が回ります。空はすっかり暗くなり、闘技場の真上に魔法で作られた複数のライトが、会場全体を照らします。グラウンドに立っているハギスと相手には、いくつもの薄い影ができています。
ずっと観客席で出番を待ってすっかりくたびれていたハギスは、元気いっぱいに、空気を固めて作った大きなフォークをぶんぶん振り回します。風圧で相手が数メートルも飛ばされてしまいます。
しかし相手はここで耐えてみせます。一回尻餅をつきましたが立ち上がって、手に持っている武器を振り上げてハギスを襲うのですが、向かってくる体にハギスはフォークを突き刺します。
フォークは貫通しませんでしたが相手は全身から血を流します。
『どうなの?降参なの?』
ハギスは楽しそうに面白そうに、久しぶりの娯楽を謳歌しているかのように、フォークを構えて言います。相手も大怪我してすっかりこたえたのか、地面に膝をついて『まいりました』と言います。
担架が運ばれてきますが、『自分で歩けるからいい』と言って相手はよろめきながら出口へ行きます。ハギスはフォークを消して、自信満々に胸を張って出口へぴょんぴょん走っていきます。
『ハギス・ハールメントの勝利です!50歳の子供が、老練の剣士を倒しました!』
こんなアナウンスが流れて、スクリーンにハッスルしながら歩いている途中のハギスの上半身が映し出されます。
『ウチ、がんばったなの!姉さん、見てるなの?』
本当に楽しそうです。こっちまで幸せになってしまいそうです。
実際、会場はそういう雰囲気になっていました。元気いっぱいの幸せそうな幼女がスクリーンに映し出されて、みんなほっこりしていました。
『あれが魔王様の姪か』
『いい子じゃない、私は好きよ』
どこからか、そういう会話が聞こえてきます。今の笑顔でハギスの好感度上がったかもしれません。
ちなみにハギスは一度観客席に戻りましたが、満面の笑顔で「今日はもう帰って盆栽いじりするなの」と言って帰ってしまいました。
◆ ◆ ◆
もうすぐ19時になるところで、2回戦でのトーナメントの右半分が終わり、左半分が始まります。19時40分ころに私の番が回ってきました。
空はもう真っ黒です。真夜中です。今日は新月で、グラウンド上空にあるライトだけが光源です。
正直、戦いとか怖くて苦手ですが、それでも戦わなければいけません。ウィスタリア王国と戦争をしようと自分で言ってしまった手前、逃げてはいけませんね。自分が逃げたら、これから戦争に行く兵士たちに申し訳ないです。まあ、まおーちゃんと破局したくないというのが本音ですけど。
今まで試合に出た選手の中には戦闘に特化した動きやすい服を着ている人も多かったのですが、私は魔法中心で戦うので普段着のまま、グラウンドにあがります。
頭の中には、さっきメイから受けたアドバイスが繰り返されています。
”アリサは必ず決勝まで行くわ。とりあえず結界を作ってから攻撃しなさい”
お姉様の作戦がどこまで通用するかは分からないけど、他にできることはありませんし、やってやりましょう。
『続きまして、次の試合の選手はマフユ・ドルグタング、対する相手はシード枠のアリサ・ハン・テスペルクです!』
アナウンスとともに、観客席の一部からどよめきが発生します。ウィスタリア王国で「魔王並の力を持つ」として指名手配されていることを知っている人がいるのです。
『1億ルビの指名手配はこの人で間違いないんだな?』
『魔王様並みの力を拝見させていただこう』
『精々魔王様を侮辱しないようにするんだな』
こんな話し声が、メイやナトリのところに嫌でも飛び込んできます。どちらかといえば、私に純粋に興味があるわけではなく、ぽっと出の無名の人間が、みんな大好きまおーちゃんに比肩する実力があると評価されていることに対する皮肉とも、嫌味とも受け取れます。
「ふん‥ほざいてろ、優勝するのはこのナトリなのだ」
ナトリが空気も読まず、そう自慢気に反論します。隣の席では、ハギスがいなくなった代わりに座ったナトリの使い魔のドラゴンも、一緒にえへんと胸を張っています。メイは「はは‥」と、突っ込むのに疲れたようです。
私たちはグラウンドの真ん中で対峙します。相手は、赤混じりのローブを身に着け、いっかくウサギの大きなつのをつけた魔族です。魔族は魔物から進化したものとのことなので、相手の先祖様は魔物から進化したのでしょうか。
相手は本と杖を持っています。魔法で戦うタイプのようです。
相手がまず、私に杖を向けます。私は思わず結界を作り、自分の体を守ります。
相手が叫びます。
『お前はウィスタリア王国で魔王様と同等の力を持っていると評されたアリサ・ハン・テスペルクと聞く。魔王様と同等とは、畏れ多すぎると思わないか?お前の実力、とくと拝見させて頂く!』
魔族語なので、ところところの単語から全体の文脈がなんとなく伝わります。
「え、えーっと、まおーちゃんと同等って、私が言い出したわけじゃないんだけど‥‥」
私の人間の言葉が相手に伝わるか不明ですが、相手は私の返答が終わると、すぐさま魔法で本を浮遊させ、魔法でページをめくって、本に手をかざします。本が金色に光り、相手の全身を黄色いきれいな光が包みます。
これは、呪文の詠唱を必要とせずに強力な術を連発できるタイプですね。別途専用の本が必要とは言え、マスターが難しいんです。相手は相当の使い手であることが読み取れます。私は無詠唱で大体のことができてしまうから本も邪魔だから使いませんけど。
相手の杖から、ピンク色のビームが出ます。しかしそれはことごとく、私の結界に吸い込まれてしまいます。
『なるほど、少しは腕に覚えがあるようだな。ではこれはどうかな』
相手は次々と魔法を繰り出します。大きな地響きを会場中に響き渡らせるくらいのビームが、絶え間なく次々と相手の杖から繰り出されます。けたたましい音が、周囲に響きます。やっぱりこの相手、かなりできる使い手です。しかしすべての攻撃を、私の結界は吸い込みます。
「‥‥あれ?」
すごい威力の魔法だったので、全部が私の結界で無効化されるとは私も予想していなかったです。
『守ってばかりでなかなか攻撃しないじゃないか』
『結界だけは上手いんだよ、きっと。攻撃するとボロが出るからさ』
観客席でメイの周りにいる魔族たちも、こう話しています。そのやり取りにメイはむかっとしたのか、席から立ち上がってありったけの声で叫びます。
「アリサーー!!攻撃しなさいよーーー!!!」
一方の私は、守りのことを考えすぎて攻撃できていないことに気づいていたところです。
魔法を全部吸い込むタイプの結界はどんな強い魔法にもよく耐久する一番硬い結界なので今回使ったのですが、ここは思い切って、外部からの魔法を反射する結界に切り替えたほうがいいかもしれません。
私は覚えたばかりの魔族語で、たどたどしく話します。
『待っててね、結界張り替えるから』
『待つと思うか!?』
相手は本のページを変えて、新しいページに手をかざします。
本が今までで一番、強く光ります。今までで一番強い魔法なのでしょうか。
と、相手の背後に無数の炎が現れたかと思うと、それらが素早く合体し、ひとつの獣を形成します。体が炎でできたドラゴンです。




