第105話 ナトリの初戦
『続きまして、次の試合はヴェゲッチュ・ハルギード対、ナトリ・ル・ランドルトです』
魔族語のアナウンスが会場に響き渡ります。私はアナウンスの中になんとなく『ナトリ』という発音が聞こえたのと、スクリーンにナトリの後ろ姿が映し出されたので、これはナトリの試合であると思いました。
「ナトリちゃん、出番だね!勝てるかな?」
「まあ、ナトリだったらそこそこ強いから勝てるんじゃない?」
数多い試合の中での友達の登場です。興味を持たずにはいられません。私、ラジカやメイ、ハギスは椅子から身を乗り出して、グラウンドに視線を釘付けにします。グラウンドの中央まで来たナトリが、相手の選手と向かい合って立っています。
『ナトリはこの大会で優勝するのだ。どこからでもかかってこいなのだ』
隣に使い魔のドラゴンを従えたナトリが相手を指差して、魔族語で挑発します。相手の選手は小太りの魚の魔族のようで、ウロコを皮膚につけています。不敵な笑みを浮かべて、持っている斧を振り下ろします。すごい地響きがします。
『面白い。かかれるものならかかってみな』
ナトリは腕を組んでみせます。
『お前には失望したのだ。お前は弱いのだ。つまらないのだ』
『‥‥なに!?」
相手が怒ったようで、斧を振り上げます。
『このヴェゲッチュ様を侮辱するのか!地鳴りの斧を喰らえ!!!』
しかしその斧を持ち上げるときに、もたつきが発生します。相手はふらっと倒れそうになり、左足を動かして体重を支えます。
『道具に頼っているあたりが弱いと言っているのだ。ドラゴン、やってしまえなのだ』
ナトリの命令とともに、ドラゴンが大きな炎のブレスを吐きます。
『なんだとお!?うわあああ!!!』
ドラゴンのブレスで相手が怯んでいる間に、ナトリは呪文の詠唱を始めます。
「ナ・ウヒノルト・カルマ・ニャランダ・ホ・アルゼントス‥‥ガリヌ!!」
呪文の詠唱には時間がかかりますが、ドラゴンが必死でブレスを吐き、相手が邪魔できないようにします。
その呪文の詠唱の終わりとともにドラゴンの炎のブレスが一気に強化され、小さな小屋1つなら軽く入るほどの大きさになって相手を襲います。
『うああああああ!?』
やがて炎のブレスが切れる頃、相手は地面にあおむけになって伸びていました。
『道具に頼らず、道具を生かして鍛錬することなのだ』
ナトリはそう言い捨てて、出口へ歩いていきます。代わりに担架を持ったスタッフが走ってきて、相手を担架に乗せてまた走り去ります。
『この試合はナトリ・ル・ランドルトの勝利です』
観客たちのまばらな拍手で、試合が讃えられます。
◆ ◆ ◆
そうしてナトリは観客席へ戻ります。
「ふっ、口ほどにもない相手だったのだ」
「ナトリちゃん、すごかったよ!」
私はナトリを絶賛します。ラジカも拍手しています。
「でもこうして観戦するのは楽しいわね。どちらが勝つか見守るのは面白いと思っちゃうわ」
メイが珍しくうきうきと話します。メイは長女で卒業生ということもあって貴族同士のお茶会にもよく招かれているので、貴族としての娯楽に馴染みがあるのかもしれません。
この闘技は、平民だけでなく貴族も等しく盛り上がれる催しなのです。メイもラジカも楽しんでいる様子です。ハギスはつまらなさそうに目をぱちぱちさせていますが。
「そうですね、お姉様。私も他人同士が戦うのを見てるのはいいと思います」
私も同調します。自分が戦うと思うとちょっと胃が痛いですが、他人たちが楽しく争っているのを見る分にはいいかもしれません。
「‥‥盆栽いじりのほうが好きなの‥‥」
ハギスはものすごく眠たそうです。
「魔族は争いが好きって聞いたけど、ハギスちゃんはそーでもないの?」
私が聞いてあげると、ハギスは首を横に寝かせて、面倒そうに返答します。
「‥‥他人同士が争うのを見るのが好きな魔族もいるけど、ウチは自分が争いたいタイプなの‥‥」
あー‥‥そういうタイプの魔族もいるんですね。なるほど。反応を見た時は意外だと思いましたが、分からなくはないです。
「‥‥そういえば、昼食は食べたけど小腹が空いたわね」
「そうですね、お姉様」
メイの言う通り、会場内で販売されているファストフードやお弁当は、どれも量が少なくさっぱりしたものです。少ないものを高く売って儲けようというものでしょうか、それとももともと早朝から深夜までの開催は異例だそうなので想定していなかったのでしょうか。現地で買うのではなく魔王城からお弁当を持ってこればよかったかもしれませんね。
「彼女の出番までまだ時間がありますし、私何か買ってきますね」
「ナトリもついて行くのだ」
「わあいナトリちゃん、私魔族語まだ苦手だから助かるね!」
私とナトリの2人で、何か買いに行くことになりました。
観客スペースを出て、円い廊下へ出ます。いろいろな食べ物のお店が並んでいるエリアまで向かいます。
私は浮いて移動します。普通の人なら、戦いの前は魔力を温存したがるのでこうしたことはしませんが、私は常に魔法を使っていないと逆につらくなっちゃうタイプなのです。えへん。
「おやつは無難に果物入りクレープかな」
「パンでもいいと思うぞ」
そうやってナトリと話しながら移動していると、壁に掲示されたトーナメント表の近くで、何人かが話しています。何やら話し声がこちらにも聞こえてきます。
『今回は獣人や人間が多いな』
『全体の人数が多いから仕方ないかもしれないが、魔族に勝ってほしいな』
『心配はいらないぞ、今回は魔王様も出場されている。優勝は魔王様で決まりだろう』
そういういつもの会話で。
「なんだと、優勝するのはこのナトリなのだ」
ナトリがすねて腕を組みます。
「まあまあ、私たちは無名だし仕方ないと思うよ」
私が慰めてあげていると、人たちの話し声はまた続きます。
『しかし気になるのが、このアリサ・ハン・テスペルクという人間だ』
え、私の話ですか?
『ああ、そいつだな。ウィスタリア王国で、魔王様と同等の力を持つ人間として指名手配されていると噂だ』
『そんな奴もこの大会に出ているのか、やばいな』
うん、私なんだけどね。まおーちゃんとは戦いたくないんだけどね。
ナトリは「ナトリにも注目するのだ!」と息巻いていますが、聞かなかったことにしましょう。
『だが、やっぱり魔族としては魔王様を応援せざるを得ないな』
『そうだな。この女とは決勝で当たるだろう、決勝が楽しみだよ』
うーっ。できれば戦いたくないんだけどな‥‥。
◆ ◆ ◆
16時30分ころ。ようやく長い長い1回戦が終わったようです。次は2回戦です。試合観戦を楽しんでいたメイもさすがに「飽きたわ、アリサの試合が終わったらすぐ帰るわよ」と眠たそうに言っています。うん、今日最後の試合は私じゃなくてナトリなんですけどね。
トーナメント表で一番左に位置するまおーちゃんが、2回戦最初の試合に登場します。それだけでなく、シードにいる私、ハギスの出番もやっと来ます。私の出番、できればないほうがよかったんだけどなあ。
『次の試合より2回戦になります。2回戦最初の試合は、ヴァルギス・ハールメント対ユイノル・アイモールです』
まおーちゃんの名前が読み上げられます。まおーちゃんの試合ですから、きちんと見なくちゃいけませんね。私は目を凝らして、グラウンドを見ます。
まおーちゃんと、もう1人の相手が相対します。相手は羊の魔族らしく、全身をもふもふした毛が覆っています。羊が二足歩行したようなものです。
勝敗は一瞬で決まりました。まおーちゃんがその相手を蹴り上げると、相手は思いっきり遠くへふっとばされて、そのままのびてしまいます。
『貴様、歩けるか?‥‥気を失ったか、だがこれも勝負だ』
まおーちゃんは魔族語でそう言って黒く輝くマントをひるがえし、空の担架とすれ違ってグラウンドを後にします。
会場には、魔王の勝利を祝う歓声が轟きとなって響きます。まおーちゃんはこの国で一番人気があるのでしょうか、音量がとにかくすごかったです。




