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第103話 亡命した男に会いました

当日の朝になりました。

私は魔法中心で戦うので普段着のままですが、ナトリ、ハギスは普段の室内着ではなく、動きやすい、汚れてもいい服装に着替えています。2人とも、値段の高い生地を使った服ではなく、すぐ破れてもいい安い生地を使った服をあえて選んでいます。ナトリも魔法を使って戦うと思っていたのですが、使い魔と一緒に走ったりするらしいです。私も明日はいっぱい戦うから、明日はナトリたちと同じ服に着替えたほうがいいのかな。


闘技場の入り口付近はすでに、多くの人でごった返していました。

ほとんどが魔族です、牛のようなツノを生やした人、かと思えば豚のように身長が低く足取りのおぼつかない太った人もいます。各地からいろいろな魔族が集まってきているようです。


「怖いわ」


メイがラジカに抱きつきます。ナトリ・ドラゴンやハギスも一緒です。まおーちゃんは運営にも関わるので、先に会場へ入っています。


『ただいまの時間は選手入場時間です。一般の方は8時までお待ち下さい』


そういうアナウンスが繰り返し響きます。

私たちは、魔族語のわかるナトリを先頭に、人混みをかき分けて選手入場口まで行きます。


「もしかして、アリサ・ハン・テスペルクさんですか?」


人混みの中で不意に誰かに声をかけられたので、私たちは立ち止まります。声の主は、知らない人間でした。見た目30歳くらいの人間の若者です。


「はい、私がそのアリサです」

「本当ですか、会えて嬉しいです!」


若者は私の手を握ります。


「失礼、私は最近ウィスタリア王国から亡命した者です。2人の強力な救世主があらわれ、ウィスタリア王国をほろぼし、万民を救う新たな世界を作るという神託を聞き、魔王と同等の力を持つとして指名手配されたアリサさんのことかと思いました」

「はい、私もその神託を司祭さんから聞いて、私のことだとも言われました」

「本当ですか!それはありがたいです」


若者は嬉しそうにむせび泣いて、その場でひざを地面につけます。


「ウィスタリア王国の現状は知っていますか?」

「はい、知っています」

「最近、王様が王都に人を集めるという法律を作って、各地の町から金、食べ物や芽体がたいのいい若者を持ち去っていることは知っていますか?」


クァッチ3世ならやりかねないと思っていましたが、そこまでしていたんですか。


「いいえ、それは初耳です」

「私はそれで亡命しました。今はどの町の住民も財産を巻き上げられ、食べ物もなく、生活は困窮し、共喰いを始める家庭も出始めている状況です。賊も毎晩出て町を荒らすようになりました。あれはもはや人の住める場所ではありません」

「私が亡命したのは1ヶ月あまり前ですが、それよりひどくなっているんですか?」

「はい。最近、急激にひどくなりました。ギフという町を知っていますか?」


それを聞いて、私はメイやナトリと顔を見合わせます。


「はい、私も亡命する時にギフに寄りました(第3章参照)」

「そのギフで反乱が起きましたがすぐ鎮圧され、首謀者たちは残酷な刑で殺されました」

「んなっ‥‥」


私は青ざめて、全身を震わせます。

あの元領主さんが殺されたというのでしょうか?第一印象はやさしいおじさんだったのですが、殺されたのでしょうか?


「落ち着いてアリサ、あたしたちのあの時の判断は間違ってなかったわよ」


メイが後ろから大きな声で言いますが、私はうつむきます。


「それがあまりにも残酷だったのでこの話は全国へ広がり、民衆は王様を恨みたくとも何もできず、迫りくる死を待つだけになっています。集団自殺を選ぶ村や町も増えました。イクヒノという場所を発端に、次々と無実な人々が命を落としています」

「‥‥‥‥」


男は私の顔を見上げて、大きな声で嘆願します。


「アリサさん、どうか‥‥あの国に住んでいる人たちの命を助けてください。私は妻子供と一緒に亡命しましたが、祖父と祖母、親戚を置いてきました。あの国はもうおしまいです‥‥」

「分かりました」


私は片膝を地面につけて、そっと男に手を差し出します。


「立ってください。私は魔王の右腕として仕える予定です。私がきっと何とかします。心配はいりません」

「ありがとうございます」


男は私の手を握って、立ち上がります。


◆ ◆ ◆


私たちは選手向けの入り口から闘技場に入ります。闘技場の廊下は、野球場みたく、まっすぐな道はなくて、ずっと曲がっています。あれ、この世界に野球ってあるのでしょうか?

一般人入場はまだなので、私たち以外にはあまり人がいません。外とは裏腹に、とても空いています。


「‥この1ヶ月の間で急激に大変なことになったようだな」


ナトリが両手を後頭部で結んで、歩きながらぼんやりと天井を眺めます。


「そーだね‥」


私はふわふわ浮きながら、力なく返事します。

私たちが亡命の旅をしていたあの頃も十分ひどいものでしたが、あれでも今よりはましだったそうです。それを考えると、寒気が止まりません。あと1ヶ月遅ければ、どのような旅になっていたのでしょうか。


「ウチ、政治のことはよくわからないなの。でも大変なことになってるのはわかるなの」


ハギスも空気を読んだのか、元気控えめな声で発言します。


「あの元領主、ナトリの知り合いなのだ。その家族とも食事しながら話したことがある。家族たちも一緒に処刑されたのだろうか」


ナトリが言います。ナトリの実家はギフ近くの関所にあるので、ギフの人たちとも関係が深いのでしょう。ナトリにとってはギフ全体が故郷のようなものかもしれません。

私はそっと、ナトリの片耳に触ります。もふもふしていて、触り心地がいいです。


「い、いきなりどこを触るのだ、くすぐったいのだ」

「えへ‥そろそろ暗い話はおしまいにしようと思って」


私がにっこり言うと、ナトリは少し間を置いて、黙ってうなずきます。


「あ、あそこ人が集まってるけど、何なの?」


ハギスが前の方を指差します。何かの掲示でしょうか、その前に集まる人混みがすごいです。

私たちが見に行ってみると、それはトーナメント表でした。上に大きく『個人戦 トーナメント表』と魔族語で書かれています。

掲示の下に、同じトーナメント表の書かれた紙が積まれていましたので、私たちはそれぞれ1枚ずつ抜き取って、人混みを離れます。


「名前のところ、魔族語で書かれていて読めないな。私の名前も書かれてるだろうけど、どこ?」


私はナトリに確認します。

ナトリから、私、まおーちゃんの位置を教えてもらいました。私はトーナメント表の真ん中付近から右寄りのところに名前があります。一方のまおーちゃんは、左端に名前があります。この位置ですと、やはり決勝戦で戦うことになるでしょう。

参加者は235名で、うち20人程度がシードとなっており試合数が1回少ないです。私もまおーちゃんもシードなので、試合数は7回です。今日中に2回戦までやるので、明日は64人が残る計算になります。おや、今日1日で結構振り落とされるのですね。ただ、234試合のうち、今日は171試合が消化されることになります。それに対して明日は半分以下の63試合。それだけ、今日は実力差が圧倒的ですぐ終わる試合も多いということでしょうか。ふと紙の裏に書いてある大会の期間を確認すると、今日は21〜22時終了予定と書いてあります。


「2回戦までってことは、今日の私の試合は1回だけか。明日は1人あたり6回も試合するんだね。明日が本番って感じだね」

「ナトリはシードではないから、今日中に2回戦うことになるのだな」

「ウチはシードになったなの。テスペルクと同じ1試合だけなの」


それぞれがトーナメント表を見て、自分の立ち位置を交換します。


「それにしても、235人って結構多いんだね」


私がつぶやくと、すぐさまハギスが返事します。


「普段の個人戦は80人から100人くらいしか参加しないなの。今回は賞金が1億ベルだから、みんな気合が入ってるなの」

「1億ベルあれば、豪華な家が買えるだろうな。できた暁にはお前らも住まわせてやる、ナトリも、いずれテスペルクも王城勤めになるから使用人を雇っても問題ないだろう」


ナトリはすでに、自分が優勝する前提で話を始めます。


「ウチは1億ベルを元手に儲けるなの。まず、1億ベルで豪華な盆栽を買うなの。それで作った盆栽作品を出展してかっぽり賞金をもらうなの。そのお金でくさやをたっぷり買うなの。じゅるり」


ハギスも自分の夢を語ります。今からよだれが出ていますよ。


「‥どうせナトリが優勝するからどうでもいいかもしれんが、テスペルクは1億ベルがあったら何に使うのだ?」


ナトリが私を向いて聞いてきます。


「うーん‥‥」


私はというと、お金のことは全然考えていなかったです。


「お金そんなにたくさんはいらないかな。彼女と2人で過ごせれば、それだけで幸せ。えへへ、決勝が終わったらデートするって、彼女と約束しちゃったの」


私はにへらにへら笑います。決勝に出られなかったら破局とか、決勝でまおーちゃんが全力で攻撃してくることとかは、いったん考えないようにしましょう。夢はあくまで夢なのです。


「テスペルク、顔がキモいなの」

「ひどいなーハギスちゃん。みんな頑張ろー!」

「おー!」「おー!」


私たちは天に向けて拳を高く突き上げます。

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