第102話 障壁を張りました(2)
観客席へ出たまおーちゃんは浮遊の魔法で自らを浮かせて、私の作った青い魔法陣を上空から俯瞰します。
その模様を見て、まおーちゃんは感心してため息を漏らします。
「‥‥ほう」
まおーちゃんの張った障壁は、魔族の間でも伝統的とされる、古代から伝わるものの中でも特に強力なものです。世界最強と言われることもあります。
それに対して私の張った障壁は、人間界で研究された最新の考え方に基づいたものです。私、これでもエスティク魔法学校に通っていた時、休日は定期的に魔法学会に行って魔法の勉強をしていたんです。魔法大好きなので。えへん。
古代の魔法陣は陣そのものが1つの複雑なロジックで構成されているのに対し、最新の魔法陣は複雑なロジックを小さく作り、それらを結合する部分はシンプルにするのが特徴です。魔法陣の中にさらに複数の魔法陣があるようなものです。疎結合で各々のロジックの独立性を高め、お互いを依存させず、かつそれぞれのロジックの個性や特色、性能を最大限に引き出し、高度な魔法技術を組み合わせ、1つの魔法陣を造ります。
「‥‥っ」
まおーちゃんは言葉をつまらせます。私の魔法陣をよく見ると、魔法陣を構成する魔法陣の中に、深紅色のものが含まれていることに気付きました。あれは、まおーちゃんがさっき作った魔法陣そのものです。あれが私の障壁の一部となり、他の魔法陣とも結びついて1つの大きな魔法陣を構成しているということです。
さすがに複数の魔法陣を一度に作っているようなものなので、詠唱には何分もかかります。15分くらいたって、私の詠唱はやっと終わりました。
「ふう‥これでよし、と」
私は、ゆっくり時間をかけて消える魔法陣を眺めつつ、立ち上がります。
下からの風が次第に弱くなってきます。
「おい、ちょっと待て」
風が完全にやまないうちから、グラウンドの入り口に戻ったまおーちゃんが駆け込んできます。
「次はまおーちゃんの番だけど、どーしたの?」
「貴様、さっき魔法陣の中にいくつも魔法陣を作ってたな?」
「うん、そーだけど?万能な障壁を作ろうとすると弱くなるから、光、風、火、地、木、その他にもいろんな魔法を防ぐ障壁を組み合わせて、1つの大きな障壁を作ってみたよ。まおーちゃんがさっき作った魔法陣も、闇の魔法を防ぐのに役立ちそうだから取り入れちゃった」
「貴様、妾がついさっき作ったばかりの魔法陣を取り入れたというのか!?」
まおーちゃんは目を大きく見開いて驚きます。
「うん、そーだけど?」
私はあっさりうなずきます。まおーちゃんはそのまま言葉を続けずに固まっているようだったので「大丈夫?次まおーちゃんの番だよね?」と声をかけてあげます。
まおーちゃんが小さくうなずいたのを見ると、私はふわりと宙に浮いて、入り口のところへ戻ります。
と、まおーちゃんとすれ違うタイミングで、まおーちゃんがこんなことをぼそっとつぶやいているのに気付きます。
『‥こやつと戦うのがますます楽しみになってきたぞ』
まおーちゃんの感情がそのまま口から出たのでしょうか、人間語ではなくネイティブの魔族語での独り言でした。
「あ‥戦略魔法は控えめでお願いします」
私はさりげなく要望しますが、まおーちゃんはそんな私の片腕を掴んで止めます。
「‥‥妾はあさっての決勝で少しは遠慮するつもりだったが、やめるぞ。これほど強い障壁があれば、我慢することなど何もない。全力で行く。貴様は精々死なないようにするんだな」
「えっ‥‥えええええええええーーーーーーっ!!!!!!」
まおーちゃんは闘志をたぎらせ、楽しげな顔で私に言います。
強い障壁を作ったせいで、全力のまおーちゃんと戦うことになってしまったようです。
◆ ◆ ◆
「‥‥ってことがありまして」
「ふーん、まあ死ぬことはないんじゃない?」
魔王城の中の私たちの部屋で、メイは私の話を聞き流しながら、ベッドでうつぶせになって魔族語のテキストを読んでいます。
「ふーんって言ってる場合じゃないですお姉様、私、まおーちゃんに殺されるかもしれないんです!愛してる人に殺されるかもしれないんです!つらくないですか?普通つらいですよこんなの!」
私はぱんぱんと、メイのベッドを叩きます。
夕食のときもまおーちゃんに懇願しましたが、出てくる答えは一緒で「死なないようにしろ」でした。
「うるさいわね」
メイは体を揺らしながら、普通にテキストを読んでいます。後ろからラジカが、私の肩を優しく叩きます。
「大丈夫。少なくともアリサ様は死なない」
「えええっ、何でそう言い切れるの!?」
私は、今度はラジカの肩を掴んで揺らします。ラジカの顔が前後に激しく揺れます。
「当然だ。テスペルクが魔王に殺されることは絶対ないと言い切れる」
明日に向けてテーブルの椅子に座って大会の冊子を読んでいるナトリが、自信満々に言います。
「ど、どうして!?どうしてそう言い切れるの?」
「なぜなら‥」
そこでナトリは勢いよく私を指差します。目をきらきらさせています。
「テスペルクはこのナトリに倒されるからなのだ!」
一瞬の静寂が部屋を包みます。
「だ、ダメだよ!私が決勝に行けないとまおーちゃんと別れちゃうって約束があるんだよ!?でも決勝まで行ったらまおーちゃんに殺されるし、どうしよう、どうしよう!!!」
私は頭を抱えて、部屋中を飛び回ります。
「‥ったく、このナトリが勝つのは確定というのに失礼なのだ、テスペルクは」
ナトリは椅子に座り直して、冊子の続きを読みます。
「アリサ、うるさいわよ、黙りなさい!」
「うーっ‥‥」
メイの怒鳴り声で私は暴れるのをやめますが、ぶら〜っとクラゲのように浮いたまま、明日とあさってのことばかり考えていました。
決勝まで行けなければまおーちゃんと破局、決勝へ行ければまおーちゃんに全力の戦略魔法を使われます。どっちみち私が痛い目に合うのは確かです。どうしましょう。どうしましょう。どうしましょう。どうしましょう。どうしましょう。本当にどうしましょう。
考えれば考えるほどつらくなってきます。
「‥‥もういいや、寝よ‥‥」
頭の回路がショートしました。ぷすんぷすん。私は宙に浮いたまま、寝始めます。
◆ ◆ ◆
その日のウィスタリア王国。
「なにっ、賊が増加傾向にあると?」
「ははっ、すでに遠く離れた土地では夜間を中心に1日に10件ほど報告がございます。村の住民も怖がっております」
クァッチ3世は王城のとなりにできた8階建ての豪華な宮殿でベッドに寝転がりながら、家臣の報告を聞いていました。この日も大広間に出ず、一日中遊んでばかりいました。見かねた家臣たちが、クァッチ3世が王城の大広間に来るのを待たず、こうして直接宮殿へおもむいて報告するようになっているのです。
「賊の討伐は兵士ともの仕事ではないのか?」
「それが、兵士たちも最近は給料が減ったと言って、夜の仕事をやりたがらないのです。賊を討伐したいのなら、まず兵士の給料を上げるべきです」
圧政により、公務員や兵士たちの給料が減らされているのです。
「黙れ。仕事は遂行しろ。それもできない兵士はどこのどいつだ?特に賊の被害が大きいのはどこだ?」
3世はベッドを叩きながら、すごい剣幕で家臣に迫ります。
「は、はい、旧クロウ国に近い、ダガール、ペヌの2都市周辺で特に被害が顕著でございます」
「よし、ではそこの2都市にいる兵士は仕事をさぼっているということだな?全員殺して新しい兵士と入れ替えろ」
それを聞いて、家臣は顔を真っ青にします。
「そ、それはいくらなんでもやりすぎです!あの2都市の兵士はあわせて10万人ほどおり、中には元々夜や賊討伐を担当しない兵士も多くいます。一部の兵士が、本当に一部の兵士がさぼっているだけでございます。それ以外の兵士に罪はありません!」
「黙れ、そいつらをのさばらせる他の兵士にも問題がある、全員殺せ!」
「わ、私は反対です!」
「‥‥なら、お前も交換しようか。おいお前ら、こいつを殺して別の家臣を呼べ」
「ひ、ひいいい!!!」
報告した家臣はその場で兵士たちに逮捕されて別室に連れて行かれ、その部屋の浴槽を使ってスカフィズムの刑に処されました。
代わりに呼び出された別の家臣は3世の命令に震え上がりながらも、自分も殺されるかもしれないと思い、10万人の兵士全員に対する死刑を執行する方法を考えます。
「あの10万人の兵士たちが素直に死刑に応じるとは思いません。人数が十分にいるので、反乱を起こすでしょう」
こう進言すると、クァッチ3世は言います。
「それでは兵を編成してあの2都市に攻め込め」
「そうすれば兵士だけでなく住民の命もあやうくなりますが」
「そんな細かいことは気にするな。ダガール、ペヌの2都市は今すぐ攻め滅ぼし、皆殺しにしろ」
「は、ははっ」
家臣はその日のうちに、ダガールとペヌの周囲の都市へ早馬を出しました。




