第100話 戦略魔法を使われるようです
ナトリが疑問点があるらしく、手を挙げます。
「そういえば魔王は戦略魔法が使えるのだが、闘技場で戦略魔法は使えるのか?」
「あっ」
私もはっと気付きました。まおーちゃんはこの世界で唯一、戦略魔法が使える存在と聞きました。闘技場のような狭い場所で戦略魔法を使われたら、相手の敗北が確定するだけならまたしも、建物ことぶっ壊れてしまうのではないでしょうか。
しかしハギスは、それを否定します。
「戦略魔法の使用は、原則禁止なの」
「原則‥とは、どういうことなのだ?」
「戦う相手が戦略魔法OKの登録をしている場合は、使ってもいいことになってるなの」
「なるほど。まあ、そんな人はさすがにいないか」
ナトリは安心した顔で、椅子にもたれます。しかしメイは逆に顔をしかめて、私に言います。
「アリサ、あんたを実際にエントリーしたのは魔王でしょ?魔王ならアリサを戦略魔法OKで登録するのもやりかねないわ。一応自分の参加証確認しときなさいよ。もしもよ、もしも」
「まさかそんなことはないと思います、お姉様」
ナトリは、はっと何かを思い出したように反応してから、何度も素早くうなずきます。
「確かにテスペルクは、1度だけ魔王の戦略魔法を防いたことがあるのだ」
「ええっ、そんなことがあったの!?姉として誇り高いというか、逆に怖いというか‥‥」
メイは引き気味に私を見ます。
「‥‥一応見ときなさいよ、一応」
「はい」
メイに言われたので私はもう一回本棚まで来て、封筒を取り出して参加証を確認します。
「‥‥あっ」
その文字を見た瞬間、私は目を点にして、がちっと硬直します。楽観的だった私の表情が一気に固まってきているのが、鏡を見なくても分かります。
「どう?書いてあったわけ?」
心配そうにメイが尋ねると、私は振り向いて、ぎこちなくうなずきます。私は顔を青ざめて、冷や汗をかいていたと思います。
その参加証には「戦略魔法OK」と確かに書いてありました。
「‥‥驚かないわ」
メイは腕を組んで、ぽんと椅子にもたれます。
「え、ええっ、少しは驚いてくださいよお姉様、ええっとこれって、まおーちゃんが私に戦略魔法を使ってくるって意味?どうしよう、どうしようナトリちゃん!!」
「どうしようも何も、お前は戦略魔法を一度防いただろう」
ナトリはふんぞりがえります。ハギスはそれを聞いて、テーブルから身を乗り出します。
「テスペルクは姉さんの戦略魔法を防いたことがあるなの!?」
「ああ、1度だけな」
ナトリがうなずくと、ハギスは私を「稀有な存在なの」と羨望の眼差しで見つめます。痛いです。
「うう、私、生きて帰れるかな‥‥」
私は涙目で、ナトリの体をゆさゆさとゆすります。
「いくら魔王でも死なない程度に手加減するだろう」
「そうよ、落ち着きなさいよ。大体、アリサは重臣として登用されたんでしょ。アリサが死んだらこの国にとっても損失になるわ。魔王はそのことも理解してるはずよ。死ぬことはないから安心しなさい」
ナトリやメイに言われますが、私は不安そうにうつむきます。
「そんなこと言われたって‥‥」
「はぁ‥‥」
ナトリはため息をつきます。
「攻略を教えてやろう。戦略魔法は詠唱が長い。その間に何とかしてみるのだ」
「ううっ、で、できるかな‥」
私はナトリの腕に抱きついてしまいます。
「おい離れるのだ」
ナトリが腕をふるので、私はようやく離れて、自分の椅子に座ります。が、頭をテーブルの上にぺったりくっつけて転がします。
私、この大会で頑張れるのでしょうか。不安なことがいっぱいです。
◆ ◆ ◆
数日後。夕食の時、まおーちゃんが私に話題を振ります。
「いよいよあさってから大会だな」
「ううっ、考えないようにしてたのに‥‥」
私はすねながら、ステーキをちびちび食べます。
「そうすねるでない」
まおーちゃんはふふっと笑います。心なしか、いつものいたずらっぽい、何かよくないことを考えているというか腹黒な笑いに見えます。
「まおーちゃん、私に戦略魔法を使うの‥?」
ストレートに聞いてみます。まおーちゃんは笑いながらうなずきます。
「当然だ。貴様にはそれだけの実力がある」
「むぅ‥‥買いかぶりすぎだよー」
「むしろ、妾の攻撃を受け止められなければそこまでの女だということだ」
そう言って、ナイフで切ったステーキをフォークで刺して口に入れます。むー。
「ところで貴様、1つ頼みがあるのだが。決闘大会の運営を手伝ってほしいのだ。なに、明日夕方にちょっと魔法を使うだけだ」
「私、戦略魔法で不安いっぱいなんだけど‥‥」
「明日は妾も一緒に手伝う」
「私も手伝う!」
私は背筋をぴんと伸ばして、元気の入った笑顔で返事します。
「‥‥分かりやすいな、貴様は」
まおーちゃんは呆れて笑います。
◆ ◆ ◆
翌日から決闘大会です。
今日のナトリは仕事を休んで、私たちの部屋に使い魔のドラゴンを連れてきます。3歳児くらいの身長で、8〜90センチはあります。ナトリの腰に届くかくらいの高さです。成長し始めたようで、体はもともと灰色の混じった濃い緑色でしたが、少しずつ赤くなってきています。これはレッドドラゴンでしょうか、炎のブレスを吐く種類です。
「わあ、かわいい!名前はなんていうの?」
テーブルの椅子に座っていた私は思わず、近寄ってきたそのドラゴンの頭をなでなでします。ううっ、かわいいです。
「名前か‥そういや決めてなかったな」
「うん、ペットはともかく、使い魔に名前をつける習慣ないもんね」
私も仕方なさそうにうなずきます。使い魔は一般に名前を持たず、種族の名前で呼ばれることが多いのです。ナトリもこれを「ドラゴン」と呼んでいました。
「だが、魔族の土地でドラゴンと呼んでいたら何かと不便だろうな」
ナトリはそう言って、私がなでている途中のドラゴンを抱き上げます。ドラゴンがナトリの頬をぺろっと舐めます。
「くすぐったいのだ」
「えへへ、すっかりナトリちゃんになついてるね」
「うむ、魔王城の中の飼育スペースに置いてはいたが、毎日会って世話していたからな」
ナトリはドラゴンの頭や背中をなでます。
「かわいい、アタシにも触らせて」
ラジカが言うのでナトリは、ドラゴンをラジカに手渡します。ラジカはペットのように優しく撫で回します。
「どーいえば、魔族も使い魔を持っているのかな?」
私はナトリに尋ねます。決闘大会でも、使い魔自体が選手として出る時の規定は今大会から新しくできたようですが、使い魔も一緒に出られるという規定自体は昔からあったようです。現に、魔王城の中にも使い魔専用の飼育スペースがあるのです。そもそも魔族が使い魔を召喚すること自体、自分の仲間を召喚してしまうということです。人が人を召喚するようなものです。
「昔は戦争のために召喚する人もたまにいたが、今はそんな魔族はいないとのことだ。この城の飼育スペースも、ナトリのドラゴン以外何もなかったのだ。ドラゴンが来るまで、100年くらい閉まっていたらしいのだ」
「うわあ、そんな昔からだったんだ」
一方、ラジカはドラゴンを抱いてなでていましたが、自分の肩に乗っている緑色のカメレオンがじーっとドラゴンを見つめているのに気づくと、ドラゴンをナトリに返して今度は肩のカメレオンを抱いてあげます。
「使い魔との関係は大事」
そうラジカがつぶやきます。
「はぁ、使い魔とはいえ魔族と仲良くなれるなんてどういう神経よ」
メイはベッドに座って、遠巻きに私たちを眺めています。
そういえばメイは私と同じ魔法学校に通っている先輩でしたが、使い魔を連れてきたことも、使い魔の話をしたこともありませんでした。
「お姉様は使い魔を召喚していないのですか?私見たことなかったかも」
「召喚したわよ。卒業してすぐに放したけど」
「ああ‥‥」
そういえばメイはそういうものは苦手でした。私は納得しました。




