第98話 魔王たちと入浴しました
私は湯船の中で正座して、ナトリと目が合わないように顔をそらしながら言います。なんという羞恥プレイなのでしょうか。
「わ、私、まおーちゃんと付き合うことになりました‥‥」
「なんと、テスペルクがこのナトリを差し置いて交際を始めるとは‥くそっ、また負けたのだ!」
ナトリは頭を抱えて叫びだします。
「慌てないで。ナトリにもきっといい殿方が見つかる」
暑くなってきたのでしょうか、浴槽の端に座って上半身を湯の外に出したラジカが、ナトリを慰めます。
「ううっ、それはそうだが、テスペルクに負けたのが許せないのだ‥‥」
ナトリはしばらく、そのまま震えながら座っていましたが、突然何かを思いついて私を指差します。
「そうだ、来週は決闘大会があったな!?テスペルク、来週の大会でナトリはお前に勝つのだ!」
「すでに何度も負けてるじゃん、フツーに」
さっきは慰めていたラジカが一転、冷静に突っ込みます。
「ラジカ、勝負はやってみないと分からないのだ!」
「はいはい」
ラジカは適当に受け流して、そうしてまた寒くなったのか、座るのをやめて湯船に浸かります。
「大体、テスペルクはナトリに勝ちすぎているのだ。初交際といい、魔力といい、胸の大きさといい」
「胸の大きさ以外は競わなくでいいんじゃない」
ラジカはすいーっと、浴槽の端から離れて私たちのところへ寄ります。
「あれ、胸の大きさ?」
言われてみると確かに、自分の胸はナトリより大きいかもしれません。まおーちゃんより大きいかも。
ナトリは拳を振り上げます。
「ナトリの勝てるところは魔法以外の勉学くらいしかないのだ。ナトリはいつか、全てにおいてテスペルク、お前を超えてみせるのだ」
「ナトリが弱いんじゃなくて、アリサ様が強すぎるんだと思う」
ラジカがそれを言うとナトリはぴたりと止まってしまいます。何を言おうか迷っている様子です。
「そ、それはそうだが‥‥」
拳を降ろして、恨めしそうにラジカをにらみます。
「無理して競わなくても、ナトリにはナトリのいいところがある。それを伸ばせばいい」
「むむっ‥‥」
「その通りだ。現に、今回の極秘任務もナトリにしかできなかった」
体を洗い終わったまおーちゃんが、湯船に入ってきます。
「あ、あっ!?」
私は思わずまた体育座りに戻って、ぎゅうっと脚を抱いて体を隠します。
まおーちゃんはつかつかと近付いてきて、ナトリと私の間に座ります。
「‥ところで貴様、なぜ体を隠すのだ?女同士ではないか?」
まおーちゃんは堂々と、片足をあぐらのように寝かせ、もう片足のひざを立てます。
まおーちゃんの体を見るのも恥ずかしくて、私はまた目をそらします。
「‥‥まあ妾も恥ずかしいのだがな。同じ女でも、交際相手にはさらけ出しづらいものだ。だが、堂々としていないと体の関係を意識していると思われるぞ」
「うう‥‥」
「無理強いはしないが。妾も貴様はそんな人ではないと知っておる、気の済むまでやっておれ。さて次にナトリだが」
まおーちゃんはナトリの方を振り向きます。
「貴様、任務の報告を今ここでしろ」
「だ、だが、他の2人に聞こえるぞ?」
「安心しろ、ラジカはどうせカメレオンを放つだろうし、そこのやつは貴様の任務の言い出しっぺだ。知られて困ることはない」
まおーちゃんは手を振って否定します。
ラジカはいつの間にか公認のスパイになったようです。
「え、私が言い出しっぺ?」
突然そう言われたので私はぎょとんとします。
「うむ。ウィスタリア王国を滅ぼせと言ったのは貴様だ。そこで超大国であるウィスタリア王国に攻め込むため、ゲルテ同盟に共同作戦を持ちかけてみた。返事はどうだ?」
「ゲルテ同盟全体で協議するため返事は待って欲しい、改めて使者を寄こしてくれると言われた」
「まあ、そうだろうな」
ゲルテ同盟との共同作戦、ウィスタリア王国への侵攻‥‥。確かに攻め滅ぼそうと最初に言い出したのは私かもしれませんが、実際にそれが現実味を帯び始めると、心のどこかがもやもやしてきます。でも、あの国を滅ぼさないと犠牲者がさらに増えるので仕方ありません。あのつらかった逃走生活のようなことは、繰り返したくないです。
「やっぱり戦争、するんだね」
「うむ。家臣の中でも一部にしか話していないが、我が国は準備が終わり次第ウィスタリア王国へ攻め込むつもりだ。退役軍人にも順次召集令状を発送し、訓練を進めておる」
「うう‥」
私は悲しそうな顔をして、うつむきます。
「どうした、何が不満か?」
「だって‥私の一言のせいで、たくさんの兵士たちが戦争のために駆り出されるんだって思うと‥‥」
それを聞くとまおーちゃんは少し笑います。
「それが家臣として王に仕えるということだ。慣れろ」
「‥‥‥‥」
「それに、戦争すると考えたのは貴様だが、命令したのは妾だ。貴様だけに責任があるわけではない」
「‥‥‥‥うん」
私は小さくうなずきます。まおーちゃんは少しの間ほほえんでから、今度はナトリを向きます。
「ナトリ。貴様、先ほどこやつに負けたくないと言ったな」
「言ったのだ」
「こやつでも貴様に勝てないところがある」
「なにっ!?」
ナトリは身を乗り出します。
「貴様は今回の任務で、グルポンダグラード国に今回の作戦について前向きに検討させた。古来より獣人は人間によくなつき、ウィスタリア王国との関係は良好だった。貴様はその関係に風穴をあけたのだぞ。詳しいことは後で聞くが、多くの貴族と交渉し手懐けていったのだろう。それは魔法以外の学問でこやつを凌駕すべく、政治、経済、歴史、国語などで努力してきた貴様にしかできないことだ。次の交渉も貴様に任せる。誇るがいい」
「や‥やったのだ!」
ナトリはまおーちゃんに褒められて、嬉しそうに大きくガッツポーズをします。
「いやあ、大変だったのだ。反対者も多かったから苦労したのだ」
「ナトリはやればできる人」
ラジカもうなずきます。
◆ ◆ ◆
まおーちゃんへちゃんとした報告を終えてから部屋に戻ってきたナトリの表情は、どこか清々しく感じられます。
「やりきったのだ。あとは返事を待つだけなのだ」
そう言って、ぽふんとベッドに飛び込みます。
「あ〜、このふかふかのベッド、ナトリは奴隷のふりをしていたからおあずけだったのだ。1ヶ月ぶりなのだ」
「久しぶりね、ナトリ」
メイが隣のベッドに座って、ナトリに挨拶します。
「久しぶりなのだ、メイ」
「元気でよかったわ」
そんな2人の様子を見て、私ははっと思い出して、本棚の上に置いていた封筒を取り出します。
「はい、ナトリちゃんこれ。決闘大会の参加証と説明が入ってるよ」
「おおっ、これが参加証か」
「それとナトリちゃん、お願いがあるんだけど‥‥」
私は手を合わせます。
「私の魔族語の勉強に付き合って!」
ナトリは魔族語が上手いのです。ネイティブほどではありませんが、大広間で家臣として働けるくらいには長けています。まおーちゃん以外はラジカもメイもそこまで上手くありませんから、私ができるだけ早くまおーちゃんのもとで働くためにも、ナトリの協力が必要なのです。
「嫌なのだ。テスペルクがナトリより上手くなると困るのだ」
「そこを何とか!私、まおーちゃんと一緒に働きたいの。だからそこをなんとか、ねえ!」
「嫌なのだ。ライバルに教えることはないのだ」
ナトリは頑なに首を横に向けます。ぷー。いじわる。
私たちの様子を見て、そばに立っていたラジカが提案します。
「決闘大会でアリサ様がナトリより上の成績だったら教えてあげるというのは?」
「望むところなのだ!」
ナトリはあっさり快諾してしまいます。ラジカは「そう」と言うと、ぷいっとナトリから背を向けます。ナトリに見えないよう、手で顔を覆い隠して笑い出します。肩の震えがナトリからも見えます。
「お前、笑ってるのか?どこがおかしいのだ?」
そう言って振り向くと、メイも横を向いて顔を隠しながら笑っている様子です。
「2人ともなぜ笑っているのだ?おい答えろラジカ!」
「だってそれ、結局教えてあげるってことじゃん」
「ナトリをバカにするな!ナトリはテスペルクごときに負けないのだ!」
そして、封筒から書類を取り出しばらばらめくって、1つの記述を指差して私に突き出します。
「見ろ、参加者は原則1人だが、使い魔がいる場合は共に戦ってもよいと書いてある。グルポンダグラード国に行く時に先輩から聞いたのだ。今までナトリはテスペルクに1人で挑んでいたが、今度はドラゴンもいるから無敵なのだ!」
メイは笑うのをやめて、ナトリに尋ねます。
「それって逆に言えば、アリサも魔王を使えるってことじゃない?」
その指摘を聞いたナトリは紙を引っ込めて、周辺の記述を探します。
「むっ‥‥なるほど、ここにも記述があるな、使い魔自身が選手として出場している場合はこの限りでない。今大会からの新規追加ルールか。つまり、ナトリとドラゴンに対して、テスペルクは1人だけだ。負ける気がしないのだ」
「え‥えええーっ、どうしようどうしよう!」
頭を抱える私に、メイは冷笑を向けます。
「どうせアリサが勝つんだからそんな心配しなくていいでしょ」
「なにを!勝つのはナトリなのだ!」
「はいはい」
握りこぶしを作って構えるナトリの手を、メイはあしらうようになでます。




