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第94話 大イノ=ビ帝国からの使者

私はその日の夜から早速、魔族語の勉強を一生懸命するようになりました。

私たちの部屋の本棚に人間語と魔族語を変換できる辞書がありましたので、それを見ながら絵本を読み進めます。発音はラジカやメイと一緒に3人で練習します。


「どうして急にそんなに練習したがるの?」


メイが尋ねますが、ラジカは無言でうなずきます。一見すると無表情ですが、口角が少し上がっているようです。私がまおーちゃんと2人きりで部屋で話していた時に、カメレオンを放たれていたんですね、恥ずかしいなあ。でもラジカも私のことを応援してくれているのが伝わるし、嬉しい気持ちになります。

ちなみにラジカの行為について、メイはこの前「自分なら絶交する」と言っていたのですが、私っておかしいのでしょうか?


「魔族語をいっぱいいっぱい勉強して、まおーちゃんと一緒に働くんだよ!」

「そう、まああたしは家臣になったわけでもないし、アリサは精々頑張りなさい」

「アタシは手伝う」

「ちょっと‥ラジカがやるならあたしも手伝うわよ」


私たちは毎日毎日、魔族語を勉強するようになりました。


◆ ◆ ◆


それから何日かがたったある日、魔王城の大広間に使者が来ます。

代表者1名の後ろに、従者十数名が何やら貢物を持って現れます。


「顔をあげよ。妾はハールメント連邦王国国王、ヴァルギス・ハールメントである」


玉座に座ったまおーちゃんが、そう挨拶します。代表者が顔を上げ、自己紹介します。


「私たちはだいイノ=ビ帝国・帝王の命を受け、参りました」

「ほう、初めて会う国だな。人間国なのに魔族語も上手い。遠路はるばるご苦労だ」


大イノ=ビ帝国は、帝国と名はついていますが領土はそんなに広くなく、ウィスタリア王国によって滅ぼされたクロウ国の奥にある人間の国です。クロウ国の残党がこの国に集まって亡命政府を樹立し、ウィスタリア王国への反抗の機会を伺っているのです。大イノ=ビ帝国はクロウ国と関係が深く、どちらかといえばウィスタリア王国と敵対する立場にありました。そのことからも、今回の使者の意図は、用件を言う前から分かりきっているものでした。


「用件は?」

「ぜひハールメント王国に朝貢をしたく、貢ぎ物を持ってきてまいりました」

「我々魔族に朝貢という習慣はない。通常の交易ということでよろしいか」


まおーちゃんは即答します。

朝貢とは、自分より強大な国に定期的に貢ぎ物をする代わりに、自分の国に何かあったら経済的・軍事的に支援してもらうという人間の国の間にある外交のシステムです。しかし、朝貢した国が滅ぶようなことがあったら、朝貢された国のイメージにもかかわります。もともと魔族に朝貢の習慣がない上に、遠方にある大イノ=ビ帝国のために朝貢を受け入れるべきか、まおーちゃんは決めかねていました。

使者はあらかじめ想定していた答えであるかのように続けます。


「承知いたしました。それでは、このような交易はいかがでしょうか。返礼品の代わりに、ある契約を結ぶのです。この契約であればあなたの国は私の国を直接助ける必要もなく、遠方にあるあなたの国にデメリットはございません」

「ほう。それは面白いな。詳しく聞かせよ」

「はい。ウィスタリア王国が我が国に攻め込むようなことがあれば、あなたがウィスタリア王国へ攻め込むのです。あなたがウィスタリア王国から攻められるようなことがあれば、私たちも戦争を起こします。お互いの国の存亡は保障しません」

「それは面白そうだ」


それも想定の範囲内だったのか、まおーちゃんはふふっと笑います。実際、大イノ=ビ帝国は、クロウ国の残党を匿っていることで、ウィスタリア王国からたびたび圧力をかけられているのでした。


「小国が超大国に攻め込むとは、面白い試みだな。

「我々には由緒正しき伝統的な兵種がございます。同時侵攻作戦に対応できるだけの軍事力は万全であると確信しております」

「わかった。これは妾たちの間で検討する。貴様らは宿舎に戻って休め」

「ははっ」


使者たちは礼をして、貢ぎ物を持って大広間を出ます。


「どう思うか?」


まおーちゃんは周りの家臣に諮ります。


「私は反対でございます。あんな小国に、ウィスタリア王国に対抗できるほどの軍事力があるとは思えません。相手が約束を守っても反故ほごにしても、どっちみちこちらが損するだけです」

「小国でも数あれば大きな力になります。たった1つの小国に我々大国と同じ力を求めるような考え方を持っていれば、ウィスタリア王国による各個撃破を許してしまい、ますます対抗手段がなくなります。私は賛成です」


賛成意見、反対意見が次々と出されては反論されての繰り返しです。家臣の間で意見が真っ二つに割れてしまっています。


「‥‥ケルベロス、貴様の意見は?」


まおーちゃんは、ケルベロスの顔を窺います。


「私は条件付きで賛成です。私たちは現在、ハールメント王国を滅ぼすべく情報収集と下準備をしている最中でございます。その観点で味方が少しでも増えるのば心強いですが、私たちハールメント王国の魔王軍は現在訓練の途中で、今すぐ攻め込める状態ではありません。来年または2年後など、発効までに一定の期間を設けるのであればよろしいのではないでしょうか」

「うむ、そうしよう」

「ははっ」


もともとハールメント王国は、いずれウィスタリア王国へ攻め込む予定があります。攻め込むにあたって、大義名分は多ければ多いほどよいでしょう。

まおーちゃんがうなずいたので、家臣たちは賛成派も反対派も両方、それぞれの持場に戻ります。


「それでは、こちらが出す条件の詳細を詰めたいのだが」


まおーちゃんがそう言うのと同時に、1人の伝令が大広間に入ってきます。


「魔王様、申し上げます。ウィスタリア王国より使者が参りました」

「なに、面倒なタイミングで来たな。先ほどの使者と鉢合わせしないよう遠くの宿舎に案内しろ。明日ここに呼べ」

「ははっ」


伝令が大広間を出ていってしまうと、まおーちゃんはため息をつきます。


「‥最近は来客が多いな。大イノ=ビ帝国の話は明日使者を通した後にしよう。そろそろ時間だ、今日は終わりにしよう」

「ははっ」


そうしてまおーちゃんは玉座から立ち上がります。家臣たちが絨毯を挟んで頭を下げ、まおーちゃんを通します。


「‥そういえば、ゲルテ同盟のグルポンダグラード国へ出した使者もそろそろ帰ってくる頃だな。まったく外交の多い時期だ」


◆ ◆ ◆


『森のクマさんはニンジンが好きです。ある日、ウサギさんがニンジンを持っていたので、奪おうとしました』

「うむ、上達したな」


まおーちゃんの部屋で、2人きりで魔族語の勉強をしているところでした。私もまおーちゃんと2人でいることに慣れて、以前よりは落ち着いて勉強できるようになりました。


「貴様がしっかり勉強してくれるから、妾も教えやすいぞ」

「うん、私もまおーちゃんと一緒に働きたいから」

「ふふっ」


そこまで話してから、まおーちゃんは机の上に置いてある2封の薄い緑色の封筒を私に渡します。


「これは‥?」

「来週に決闘大会があるだろう。その参加証と案内文書だ。貴様とナトリの分がある。個人戦と3対3のチーム戦の分だ。説明文に難しい表現も多いから、わからないところはナトリに訳してもらえ」

「わかった。なるべく自分でも辞書引いてみて頑張るよ」

「それがいい」


まおーちゃんはそう言って、机の引き出しを開けて、一切れの厚紙を取り出します。魔族語で「参加証」と書いてあります。


「妾もハギスも参加する。賭博・妨害など不正行為を阻止するためトーナメント表は当日まで発表されないが、ここだけの話、妾と貴様は個人戦では決勝であたる」

「えっ‥」

「貴様なら当然、決勝まで勝ち上がれるだろう。妾は決勝で待っているぞ」

「そんな、私が決勝だなんて‥‥無理だよ?」

「貴様は自分を見くびりすぎだ」


まおーちゃんは、ふーっと息をつきます。


「妾と貴様が参加する時点で、決勝で当たるのは決定事項だ。貴様にはそれだけの力がある」


どうしましょう、まおーちゃんは私を買いかぶっています。

答えるのをためらう私。それを見てまおーちゃんは、さらに私に迫ります。


「貴様が優勝したら、妾が貴様の願いを叶えてやる。結婚以外でな。その代わり、貴様が決勝まで来なければ、交際をやめて別れる。そうすれば貴様のやる気も出るか?」

「え、えええっ!?それはやりすぎなんじゃ‥‥」

「こうでもしないと貴様は本気を出さないだろう」


わ、別れちゃうんですか!?ううっ、負けるわけにはいきません‥‥。

私は言いづらそうにもしもしして、封筒で赤らんだ頬を隠します。


「私がまおーちゃんに勝ったら、で、デートしてくれるかな?」

「それでは戦う意味がないではないか。妾も貴様とデートしたい」


あっさり答えられました。う、ううっ、嬉しいけどストレートすぎて恥ずかしいよー。何でそんな恥ずかしいこと、普通に言えるんですか!

まおーちゃんも自分で言っていて恥ずかしくなったのか、私から顔を背けながら、さらに机の引き出しを開けて2枚の紙とペンを取り出します。


「どうだ貴様、デート中に相手にしてほしいことを紙に書いて封をして、お互いの紙を交換して保管する。決勝で負けた方は自分の持つ紙の封を相手に開けてもらって、書いてあるとおりのことをやる。結婚と婚約と、妾の政務に支障のあること以外なら、キスでもその先でも何でもしてやる。簡単だろう」

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