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第93話 魔王と2人で勉強しました

夕食の食卓で、私たちはまおーちゃんと一緒にケーキを食べていました。


「うむ、このケーキは妾もしばらく食べてなかったから、食べようと思っていたところだ。この店は大衆向けにありふれた材料を使っておるが、砂糖の使い方がよく研究されていて上手いから好きだ」


まおーちゃんは満面の笑みで、ショートケーキを口に運びます。


「えへへ、まおーちゃんに喜んでもらえて嬉しいな」

「何を言う、友とケーキを食べる経験もほとんどなかったのだぞ。妾こそ貴様らと一緒に食べられて感謝している」


ケーキを食べながら、雑談が盛り上がっていきます。今日のショッピングでどんな店に行ったか、何を買ったか、何が起きたか。

それを話している時のまおーちゃんは、心なしか楽しそうに見えました。カメレオンを通してまおーちゃんの昼の表情を知っていたラジカは、無言ながらも、満足げな表情を浮かべて私とまおーちゃんを眺めています。


「‥もうケーキも尽きたか、ゆっくり食べたつもりだったのにな」


まおーちゃんは名残惜しそうに、最後の一片を口に入れます。


「‥貴様には話があるから、食べ終わったら絵本を持って妾の部屋に来い」

「うん、分かったよ、まおーちゃん」

「うむ」


まおーちゃんはほほえみます。それからすぐに表情を戻して、皿を片付けます。でも絵本が必要って、どういう話なのでしょうか。付き合ってる人同士がやるような話ではなさそうな予感もしますが、まおーちゃんと2人きりでいられるというだけで、もう私は舞い上がってしまいそうな気分でした。それを顔に出さないように、私も平静を装って皿を重ねるのですが。


「アリサ、あんたキモいわよ」


横からメイに頬をつねられます。


「いたた、はい、気をつけますお姉様‥‥」


◆ ◆ ◆


「まおーちゃんの部屋って、これで合ってるのかな‥‥」


一応食事の時に部屋の場所を口頭で教えてもらったのですが、不安です。念のためちょうどそこを通りかかった使用人に『ここ、魔王 部屋?』と聞いて『はい』と言われたので、きっとそうなのでしょう。私が質問する時に魔族語の文法を間違ってしまったかもしれませんけど。

私は今日買ってきた絵本を持って、まおーちゃんの部屋のドアをノックします。


「入れ」


中からまおーちゃんの声がします。どきどきします。この中にまおーちゃんがいるんです。

まおーちゃんの部屋に入るのは初めてで、食堂と私たちの部屋以外でまおーちゃんとはほとんど会わないので、こういう場所で会うという経験自体が新鮮で自然と手に力が入ってしまいます。私はゆっくりドアを開けて、覗き込むように部屋を見ます。

壁には、この前ナトリが言っていたように狼のハンティングトロフィー(動物の首近くを切り取って燻製にしたもの)がとりつけられていて、悪魔・ダークを連想させるような黒い壁画も飾られています。


「早く入らんか」


そう言われたので私は部屋に体を入れて、ドアを閉めます。円いベッド、大きな簞笥やアンティークな家具などが色々置かれています。部屋には確かに他の誰も、使用人すらなく、私とまおーちゃんの正真正銘2人きりでした。正面にある大きな苔茶色の机の、黒に近い赤色をした上品で高級感漂う大きな椅子に、まおーちゃんは座っていました。


「まおーちゃん」


私はそれを言うだけでも緊張して、どきどきして、心のどこかがふわふわして、昇天してしまいそうなほど体温が上がっていくのを感じていました。実際、体はいつも通りに地面から離れて浮いているのですが。


「こっちへ来い」


まおーちゃんが手招きするので、私はそこまで進んでいきます。そういえば、椅子に座っているまおーちゃんを見下ろす経験ってほとんどなかったかもしれません。遊園地で何回かあったかもしれないけど、改めて斜め上から見るまおーちゃんはかわいいです。楽しそうな顔で、私を見上げているまおーちゃん。かわいいです。


「そ、それで、話って何かな?」

「うむ、その絵本をよこせ」


まおーちゃんは私から受け取った絵本を一通り読んでからうなずきます。


「貴様に魔族語を教えようと思ってな。そこの椅子を持ってきて座れ」

「ええっ」

「ええ、ではない。椅子をとってこい」

「私、座ってるより浮いてるほうが楽でいいけど」

「それもそうだな」


実はまおーちゃんと恋人らしくイチャイチャするのかな?と想像して興奮していたのですが、そういうわけではなかったようです。私はちょっとだけがっかりしましたが、それでもまおーちゃんと2人きりでいられるこの時間が幸せです。


「うむ、対面だと絵本が見えないな。貴様、妾の隣に来い」

「え、ええっ‥それは‥」

「ええ、ではない。早く来い」

「うっ、うん!」


私は目をつぶって、ええいとまおーちゃんの隣へ移動します。すぐ近くから、まおーちゃんの匂いを感じます。匂いで頭がどうにかなってしまいそうです。やばいです。まおーちゃんって、こんなにいい匂いするんだったのでしょうか。今まで何度も抱きついたのに全然気付かないくらいに、その匂いは心地よくて、私を暖かく包んでくれて。

まおーちゃんは絵本の最初のページを開いて、私に示します。


「ここは何と書いてある?意味はわかるか?」

「うん。クマが朝起きた時の様子を書いてるよね」

「まず、魔族語で音読しろ。その次に、人間語で訳してみろ」

「うん、えっとね‥」


まおーちゃんは、時に厳しく、時に優しく、私に教えてくれました。まおーちゃんが隣りにいて教えてくれるだけで、時間が無限に過ぎていきます。私は恥ずかしいのをこらえながら、絵本を読み上げます。まおーちゃんは私の体に触るなどはしてきませんでした。それでも、隣に好きな人がいるだけで、私の心は幸せになって、満たされていくような。


「‥そ、そーいえば、どーして魔族語の練習をするの?」


絵本を3ページくらい読み終わり、キリのいいタイミングで私が疑問に思っていたことを尋ねます。


「うむ。貴様には早く魔族語を習得してもらいたいのだ」

「えっ、どーして?」

「なぜなら‥」


そこまで言うと、まおーちゃんは頬を赤らめて、恥ずかしそうに私から視線をそらします。


「‥‥早く、貴様と一緒に仕事がしたい」

「えっ?」

「魔族語が分からないと、大広間にいても邪魔になるだろう。早く魔族語を覚えて、大広間に来い。その、わ、妾の近くに貴様がいてくれると嬉しい。食事のときにしか会えないのは寂しい」

「まおーちゃん‥‥」


胸にきゅーんとキューピットに矢を射られたような気がして、私は顔を真っ赤にして、小さくうなずきます。


「‥分かった、私、頑張る。自分とまおーちゃんのためだもんね」

「うむ‥今日はここまでにしておこう。この3ページを復習して明日また来い」

「わかった、まおーちゃん」


食事以外でまおーちゃんといられる時間が増えました。しかも、2人きりです。嬉しくなってまおーちゃんに抱きつきたい気持ちを必死で抑えます。

私はふわっとまおーちゃんから少し離れて、まおーちゃんの体全体を見ます。


「‥‥っ」

「どうした?」


まおーちゃんの左手首に、何かきらりと輝くものが巻かれているのに気付きます。そ、それはもしかして。


「その左手にあるものって‥‥」

「うむ」


そうして、まおーちゃんは肘を折り曲げて、左手首を私に見せます。それは間違いなく、私がこの前渡したブレスレットでした。

私も自分の左手首をまおーちゃんに示します。私は毎日ずっとつけていたのですが、ついにまおーちゃんも私とおそろいのものをつけてくれたのが嬉しいです。


「‥‥これはあまり人に見せられないのだが、誰とも会わない時間はつけていたい」

「まおーちゃん、ありがとう」

「妾こそ嬉しい。大切にする」


そう言って、まおーちゃんはほほえみます。

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