第92話 ハギスと買い物に行きました
一方のまおーちゃんは、王都の隣の都市を治めている貴族たちを食事室へ呼び出して、細長い食卓を囲んで食事かてら、最近の実情を聞いていました。
「畑をイノシシに荒らされるのが問題になっていまして」
「領主として対策はできないのか?」
「はい、最近は趣味で狩りをする人が少なく、兵士を動員してはいますが公費を使って狩るにも限界があり‥‥」
そういう真面目な話を食べながら聞いていたまおーちゃん。
家臣たちの顔を見るたび、ここにアリサがいたらいいのにと何度か思ってしまいます。アリサがそばにいると妙に居心地が良くて、落ち着けるのです。こんな何気ないときにも、アリサと一緒にいられる幸せを感じられずにいられません。
「魔王様?」
まおーちゃんが気を抜いていたのか、気になった家臣が尋ねてきます。まおーちゃんは慌てて姿勢を正して、返事します。
「大丈夫だ、少し考え事をしてしまった。続けてくれ」
政治の話から、最近の娯楽の話、地方産のおいしい食べ物の話。いろいろ話が広がりますが、なぜか前ほど面白くはありません。もっと楽しいことを知ってしまったからなのでしょう。でもまおーちゃんは、周りから怪しまれないように、いつも通り話を掘り下げ、盛り上げていきます。
「魔王様のお話はいつも面白いですな」
「時を忘れるくらいでございます」
「うむ、貴様らが楽しめていると妾は嬉しい」
そうやってまおーちゃんが、残り少ないスープを飲んでいる途中で。
「そういえば、魔王様は最近お見合い相手をお探しになっておいてと聞きました」
家臣が下から伺うように、おそるおそる話題を切り出します。
「!!?‥‥そうか、以前大広間でそういう話をしてたな。誰かから聞いたな」
「はい。それで、私の息子は如何かと思いまして」
「ほう」
まおーちゃんは、今まさに彼女がいることを悟られないよう、興味津々なふりをします。
「親の私が言うのも何ですが、勉学熱心で、小さい子供を大切にし、弱者をいじめる強者が嫌いで、民のことをよく考え、私もその考えには頭が下がる思いをしていまして」
「ほう。貴様の名はシュタンバウムといったな。覚えておこう」
そうやって、いつか会いに行くという含みを持たせます。いつかとは、その日がやってくるかどうかはまおーちゃんの気分次第ということです。アリサと別れるようなことがあったら、その時の選択肢に入れておきましょうか。
しかしそれを見透かしたように、家臣が続けます。
「実はその息子を連れてきております」
「なに」
連れてこられたのであれば、会わないわけにはいきません。まおーちゃんは舌を噛んで、作り笑顔で答えます。
「せっかくの機会だ。一目会ってみたい」
「ははっ。今は別室で食事をとっておりますので、午後の遊戯会のときにでも引き合わせましょう」
「うむ、よろしく頼む」
◆ ◆ ◆
「彼女って浮気するのかな?」
書店の本棚に並んでいる本のタイトルを流し読みした私が、ふと気になってハギスに聞きます。
私はまだ魔族語を勉強し始めたばかりなので小説など読めませんが、タイトルくらいであれば意味くらいは読み取れます。
「するなの」
ハギスは平然と答えます。
「ええーっ!?なんでー!」
「そりゃ、するんでしょ」
後ろからメイも普通に同調します。メイの向こうにいるラジカもうなずきます。
「カメレオンが今彼女の近くにいるんだけど、今まさに浮気している」
「え、ええっ、それってどういう意味!?」
私はラジカに食って掛かります。
「落ち着いて、アリサ様。浮気といっても、お見合い相手に会う程度で、彼女に交際の意志があると決まったわけではない」
「そうよ。平民同士だったらお見合いだけでも余裕で浮気認定だけど、貴族、それも領主や王族だったら仕方ないでしょ、家臣との付き合いもあるんだから」
メイは腕を組んで、うなずきます。
「ううっ、そういうものなのかな‥‥」
「そういうものなの。婆さん(魔王ヴァルギスの母ルフギス)は婚約を正式公表する前に、婚約相手がいるのに何度か別の男とお見合いをしていたなの。それは姉さんも例外ではないなの」
「王族って難しいんだね‥‥ううっ、もし私よりいい男を見つけちゃったらどうしよう‥‥」
ハギスの言葉で私がうなだれていると、メイが私の肩を強く叩きます。
「アリサ。彼女のことを信じてあげなさい。彼女も別の男と会わされて悲しいって思ってるはずよ、アリサが慰めなさい」
「う、うん、私頑張ります」
私は涙が出そうでしたがこらえます。
「‥‥この話はおしまい、本を探そう!といっても私、小説とか長い文章は苦手なんだけど」
「じゃあ絵本はどうかな、なの。ウチも絵本で魔族語を勉強したなの」
「わあいハギスちゃん、おすすめの絵本紹介して!」
私たちはハギスについて行きます。
◆ ◆ ◆
「ふう、買った買った!」
新しい服や絵本、ついてにハギスの大好きなくさや、それからまおーちゃんとみんなで食べるケーキも買ってきました。みんな袋を持っています。ハギスは早速、袋からくさやを取り出して食べ歩きしています。やっぱりといえばやっぱりですが、臭いがすごいです。
メイが我慢できなくなったのか、ハギスに注意します。
「次からは誰もいないところで食べなさいよ」
「それ、姉さんにも言われたなの‥‥」
ハギスは肩を落とします。
空はもう夕方です。まおーちゃんの用事もそろそろ終わった頃でしょうか。私たちは魔王城への帰途につきます。
と、私たちを何人かの男が取り囲みます。みんな、狼が二足歩行したような、狼に人間が混ざったような姿をしています。周りを歩いている人たちもびっくりして、私たちから距離をとって、野次馬のように遠巻きに私たちの様子を見ています。
メイがラジカにしかみつきます。
「どーしたの?」
私が周りをぎょろぎょろ見ながら言うと、狼男の1人が言います。
「お前、人間だな?」
「うん、そーだけど」
「人間は魔王様の弟ハク様の体をバラバラにし、国境に住む魔族たちの体もゴミクズのように扱い息をするように殺したと聞いた。平気でひどいことをする連中だ。俺たちは人間が嫌いだ。お前らも同罪だ、死ね!」
そのハクの長女がここにいるのですが。ハギスは口の中にくさやを入れたまま、返します。
「争いのための争いはよくないなの。姉さんがよく言ってることなの」
「うるさい、人間こそがまさに争いのために争う種族ではないか!」
「ここにいる人間たちは、そんな人ではないなの。とっても優しいなの。ウチが言うから信じやがれなの」
「子供の言うことなどあてにできるか!お前ら、かかれ!」
男たちが武器を持ってかかってきます。私が結界を張るより先に、ハギスが身を乗り出します。
「えっ?」
ハギスの手にはいつの間にか、大きなフォークが握られています。金属でできた一般的なものではなくて、空気を固めて作ったように透明で、夕焼けを反射してピンク色に輝いています。
「話を聞かないお前らには、こうしてやるなの!」
ハギスはぴょんとジャンプしてフォークを振り上げ、男たちをまとめてなぎ倒します。フォークが通り過ぎた後にすごい風圧がきて、男たちが勢いよく地面にふっとばされます。後ろから来た男たちは私が片付けて、全身を空気の縄で縛り上げてあげましたが、それにしてもハギスのフォークの威力がすごいです。前から来た男たちが、相当な距離まで飛ばされています。
「ハギスちゃん、すごく強いんだね」
「これでも王族として自分の身を守る術は習ってるなの。この前の決闘でお前にも使ったけど全く効かなかったけど、なの」
「そうだったんだ」
ハギスはフォークの先を地面に挿して、えへんと鼻を鳴らします。
すぐさま衛兵たちがやってきて、男たちを捕らえてどこかへ連れていきました。




