第88話 トロッコに乗りました
「はぁ、ひどい目に合ったわ‥」
アーケードの外に出た私たち。メイが道端のベンチにくったりもたれています。
「セーフティだけ無駄に上手いというのも考えものだな」
「だから、やりたくてやってるわけじゃないのよ!」
メイもいつの間にか、まおーちゃんと打ち解けたように堂々と直接反論したりできるようになっています。いや、本当に打ち解けているのでしょうか?これは。そういえば、ラジカもメイの隣に座っていますが、メイはまおーちゃんに話しかけられても特にラジカの腕を抱いたりしていません。進歩かもしれません。
「さて、次はどこにしよう」
私がパンフレットを広げると、またまおーちゃんが寄ってきます。
まおーちゃん、今はフートをかぶっているのであまりにおいがしないのが残念です。
「お姉様がひどく疲れているようだからしばらく休ませなくちゃ」
「座ってるだけで楽しめるアトラクションがいいな。トロッコに乗るのはどうだ?」
「そーだね。操縦か‥操縦は私とまおーちゃんの2人かな」
「うむ」
そこにハギスが割り込んできて
「ウチもトロッコ操縦するのー!」
「貴様はダメだ」
「ううっ‥」
まおーちゃんに拒否されて、あっさり轟沈してしまいます。
というわけで私たちはトロッコに乗りました。私とまおーちゃんが運転席に座り、他の3人は後ろの席に座ります。
「実はこのトロッコは最近できたばかりで、どのように運転するのか妾にもわからないのだ」
そんなことをまおーちゃんが言います。広大な敷地には無数の線路が敷かれていて、まるで迷路のようです。
その時、スタッフから紙を5枚渡されます。どうやらこの線路の全体図のようです。
「なるほど‥この迷路を解きゴールまで辿り着けということだな」
紙に書かれていた説明を読んで、まおーちゃんが説明します。
「迷路か、難しそうだね」
「舵が2つあるのだが、運転席の2人が同時に同じ方向へ舵をきらないと分岐を曲がれないシステムなのだな」
「ってことは、迷路を解くと同時に私とまおーちゃんの息が合わないと」
「そういうことだな」
そう言って、まおーちゃんは後ろを向きます。
「妾たちは運転に集中するので、分岐でどちらを選択するか貴様らが指示して欲しい」
「分かったなの。ウチに任せるなの」
そうしてトロッコは動き出します。一定のスピードでゆっくり動いています。検討する時間を与えられたのか、最初の分岐まではかなり距離があるようです。が‥‥
「この方向がいいなの!」
「だからそっちはスタート地点に戻るわよ!こっちが近いからこっちにすべきよ」
「いや、そっちも不正解」
後ろの3人がなんだか揉めています。
「3人とも大丈夫?そろそろ最初の分岐なんだけど、どっちがいい?」
「右なの!」
「左よ!」
「左」
見事にハギスとそれ以外が別々の方向を指定します。まおーちゃんはため息をついて、紙を見ます。
「‥‥左だ」
結局、まおーちゃんの指示に従って最初の分岐は左を選択します。私とまおーちゃんは「せーの」でタイミングを合わせて舵を切ります。トロッコが左に曲がりました。やったー。
でも、最初の分岐が終わるとそれ以降は分岐と分岐の距離が短くなります。ますます後ろの席での作戦会議が欠かせませんが‥‥
「右」
「右」
「まっすぐなの!」
2人が右と言うのに対し、ハギスが別の方向を指定します。
「‥‥右だな」
まおーちゃんは少し呆れたのか、紙を見ずに言います。
「うん、右だね」
さっきビリヤードで頼れると思ったのが嘘みたいです。その後いくつかの分岐ではメイとラジカの言うとおりにしていましたが、次の分岐まで時間ができたところで。
「‥ハギス、そこにペンがあるだろう。それを使って地図に書き込め」
「わかったなの」
まおーちゃんの指示で、ハギスは席を探してトロッコに備え付けのペンを見つけ、取り出します。
「えっと、次の分岐はここなの‥違ったなの、前の分岐に戻るなの」
「ゴールから順に辿れば分かりやすい」
「もっと先のことを考えなさいよ」
メイやラジカもなんだかんだで、ハギスにフォローを入れています。
次の分岐に差し掛かりました。
「どっちだ、ハギス?」
「左なの!」
まおーちゃんの質問に、ハギスが勢いよく答えます。私たちは左に進みます。
「右なの」
「まっすぐなの」
「ここもまっすぐなの」
「間違えたなの。分岐が3つ戻るなの。考え直すから待ってなの。お前ら手伝いやがれなの」
ハギスは両隣に座るメイやラジカに紙を指差してもらいながら、次々とペンを入れていきます。
「‥‥左なの」
「左だな」
私とまおーちゃんは指示に従って、舵を切っていきます。5人の連携プレイです。なんだか楽しくなってきました。
「‥名残惜しいけど、これが最後の分岐だね」
「紙がなくても前を見ればすぐ分かるのだが‥‥ハギス、どっちだ?」
「まっすぐなの」
私とまおーちゃんは舵を切らず、トロッコをまっすぐ進めます。トロッコはぴたっと止まり、私たちはゴール地点に着きました。
「やったー!」
私はバンザイして、トロッコから下ります。その次にまおーちゃんが下ります。
「やったよ!これもハギスちゃんのおかげだよ!」
「‥‥テスペルクの姉とナロッサ(ラジカの苗字)のおかげなの」
そう言って下りたハギスは、後ろを振り返ります。メイもラジカも、お互いを見て少しだけ笑った気がします。
「ハギスよ、貴様が自分の功績にしないとは珍しいな。まあ、魔王たるもの家臣の功績は認めねばならぬものだが」
「‥‥だって、2人がいなければ何もできなかった」
ハギスは、持っていた紙を私たちに見せます。「うわっ」と、思わず声を出してしまいます。ハギスがペンで書き入れた線はすごくこちゃこちゃになっていて、最初はまっすぐに書いていたものを途中でバツ印を入れて引き直したり、何度もバツ印が入っていたり。ハギスが苦労していたのは、その紙を一目見るだけで分かりました。
「‥‥ハギスちゃん、頑張ったんだね」
私はにこっと、ハギスの頭をなでてやります。
「うう‥ううっ‥」
ハギスは半泣きで私に抱きつきます。私はそんなハギスを抱いてやって、背中をなでてあげます。
「ハギスちゃんが頑張ったおかげで、私たちも頑張れたよ、ありがとう」
「うん、2人は息ぴったりだったしね」
メイはそう言って、スタート地点を指差します。次の挑戦者たちが乗ったトロッコで、運転席の2人がお互いに言い争っているのが見えます。
「‥あたしたちが迷路を解くのに集中できたのも、2人の息が合ってたからよ」
「そんな‥私は何も」
「そうだな」
まおーちゃんは、私が抱いているハギスの頭を、横から手を伸ばしてなでてあげます。
「貴様と息が合ったから、妾も安心できた。貴様ら‥妾も入れて5人全員のおかげだ」
「うん!」
私は元気よくうなずきます。
トロッコの次は、メルヘンカップみたいなものを選びました。コーヒーカップの形をした乗り物の中に丸いテーブルと椅子があります。中に入った人は椅子に座って、丸いテーブルを掴み、コーヒーカップそのものが回転しながら動くのを楽しむのです。
「見たところ、1つのカップの定員は4人だな。2人、3人に分かれるか」
まおーちゃんが言ったので、私とハギスが「はいはーい!」と手を挙げます。それからお互いを見ます。
「姉さんと乗りたいなの‥‥」
「‥うん、いいよ。ビリヤード教えてもらったし」
「やったなの!姉さん、ウチと一緒に乗るなの!」
そうやってハギスがまおーちゃんに抱きつきます。
「‥いいの?」
メイが私のところに寄って尋ねますが、私は黙ってうなずきます。
「なんか‥なんとなく、今回は別にいいかなって思いました」
「ふうん、勝者の余裕ってやつね」
メイは、ふふっと笑います。その顔は、何かに安心していそうな感じがします。
「えっ、それってどういう意味ですか?私はビリヤードで負けたんですし‥‥」
「さあ、自分で考えることね」
「お姉様!?お姉様‥‥」
ハギス・まおーちゃん2人、私・メイ・ラジカ3人で2つのカップに座ることになりました。




