第87話 ビリヤードをしました
さっき落としたボールは5番のようです。私が5番を落としたので、次も私が撞きます。
最初に落とすボールは1番でいいでしょう。1番はどこに‥‥と思って探すと、手球のすぐ隣りにありました。ボールの並んでいる方向に、ポケットはありません。えええっ、いきなり難しくないですか!?
「う〜っ‥‥」
私は手球に狙いを定め、撞きます。1番目のボールは何度も台の端と端を往復した後、真ん中あたりで止まります。手球と距離があります。いけません、セーフティ(相手が打ちにくい場所を狙って手球を動かすこと)を狙うべきだったのでしょうか。
「打つなの」
ハギスはためらいなくキューで狙いを定め、次のショットを撞きます。でも手球と1番目のボールの距離が近すぎず遠すぎずだったのでしょうか、コーナーポケットのすぐ前で止まります。
やりました。私はガッツポーズをして、手球を撞きます。1番目のボールはあっさりコーナーポケットに落ちましたが‥‥。
「しまったあ、スクラッチ(手球がポケットに落ちること)だ!」
私は頭を抱えます。1番のボールに当たって跳ね返った手球が勢い余ってサイドポケットに落ちてしまいます。
「無計画に撞くからこうなるなの」
ハギスはふふっと不敵な笑みを浮かべて、ポケットから手球を取り出します。
「さて、この手球をどこに置こうかな、なの。このままランアウトにするなの」
「いやああ、やめてー!」
「2番はここか、なの。ここから打つなの」
2番、続いて3番、4番を連続で打った後。次は6番目のボールですが。
「え、ええっ、手球がはねた!?」
手球のすぐ前に8番目のボールがあったので、ハギスはジャンプショットでそれをとばして、6番のボールを叩きます。今の、すっごい高度なテクニックじゃなかったのではないでしょうか!?
‥が、6番のボールはクッション(ポケット以外の壁の部分)にぶつかって止まってしまいます。よかったです、ランアウト(台上のボールを連続で全てポケットに入れ一方的に試合を終わらせてしまうこと)にはならなかったです。私にもまたチャンスがめくってきました。
「わ、私の番だね!手球はどこだ、手球‥‥ええっ、何でそんなところに!?」
クッション近くにある6番のボールに対し、手球が反対側のクッション近くにあります。この距離はちょっと無茶じゃないでしょうか!?一応撞きましたが6番に当たらず途中で止まってしまいました。
「ファウルなの。フリーボールなの」
次に撞くハギスは手球の位置を調整して、あっさりバンクショットで6番を仕留めます。そのまま10番まできれいにランアウトしてしまいます。
「ハギスちゃん、すごいね‥‥」
空中ブランコやゴーカートがダメだったのが嘘みたいに、今のハギスは頼れるオーラが全開です。ふんと鼻を伸ばしています。
「‥お前はビリヤードが下手すぎるなの」
「いやいや、ハギスちゃんが上手すぎるよ、ジャンプショットって高度なテクニックだよ」
「そうかそうか、なの。もっと褒めろなの」
ハギスは得意げに、肘で私の脇腹を小突いてきます。うん、私の負けです。
まおーちゃんのほうはどうなったのでしょうか。ふと、隣の台を見てみると。
「貴様、さっきからセーフティしかしてないではないか!しかもファウルなしとは質が悪いな」
「えええっ!ど、どこに撞けばいいのか分からないのよ!久しぶりすぎて!」
「‥‥メイはセーフティのプロ」
台を覗いてみると、6番目、7番目のほかには、まだ1番目のボールしか落ちてないです。これはしばらくかかりそうですね。
「ハギスちゃん、どうしよう」
「仕方ないなの。ウチがお前を仕込んでやるなの。ありがたく思えなの」
「えーっ」
ハギスはぽんと、自分の胸を叩きます。
「お前が下手だとウチも張り合いがなくなるなの」
というわけで、私とハギスはもう1ラックやることになりました。次のラックの準備を終えると、私はまたキッチンでキューを構えます。
「姿勢がおかしいなの。もっと背中を低くしやがれなの」
ハギスが私の背中を下へ押さえます。それから、私の隣に立って、キューを持って手本を見せてくれます。
ハギスも普段は私と同じ方向を向いてショットするのですが、今回は私の体を鏡に写したように、私と体を向かい合わせて見せてくれています。あっさり左右逆にして同じ姿勢がとれるあたり、レベルの違いを感じずにいられません。
「なるほど、私はひざも曲がってなかったね」
私はできるだけハギスの真似をします。そうして手球を撞きます。なんだか前回のブレイクショットよりも力が入って、狙いが定まりやすいような気がします。全然違います。ボールはまた勢いよく乱舞し、今度は3番、5番、8番が落ちます。次は1番を落とします。
「お前はさっきの試合で、台の上を見るだけで立つ場所を決めたなの。初心者は初心者らしく色々な角度から実際に見て位置を決めやがれなの。くるくる回れなの」
ハギスの言う通りにして私は台を回って、手球をいろいろな角度から見ます。
「ここがいいかな」
「そこが一番簡単なの。お前はいい場所を見つけたなの」
「えへへ、じゃあ撞くね」
そう言って私は撞きます。今度は1番のボールがあっさりポケットしました。
「2番のボールはここなの。このままブレイクランアウトしやがれなの」
「それは無理かな‥ううん、やってみるね」
私は台を回りながら慎重に位置を決めて、狙いを定めます。
「その位置だと7番に当たって方向が変わるなの」
「うーん、じゃあこっちかな」
「そこから2番を狙うと途中で9番とかすってファウルになるなの」
「えー、難しいなー、じゃあここかな」
「そこもいいけど次点なの。技量がないとポケットインしないリスクがあるなの」
そのあとも、ハギスに指導されながら試行錯誤していきます。2番をポケットインしましたが、4番のボールを狙う時に空振りしてしまいました。
「ファウルなの。ブレイクランアウトはお預けなの。ウチのお手本を見やがれなの」
ハギスのお手本を見ながら、教えてもらいながら、私たちは次々とボールを落とします。
「2ラック目終わった―!まおーちゃんはどうかな?」
と言って私とハギスはまた隣の台を覗きに行きますが‥‥。
「この位置のセーフティはエグい。ファウルを最低2回しないとほどけないではないか」
「えうう、わ、わざとじゃないからね!?」
フリーボールが2回も必要になるってどんな状況でしょうか。天才的です。またメイのせいで大変なことになっている様子でした。ラジカもため息をついています。でもボールはちょっと減っているので、少しはゲームが進んだのでしょうか。
「‥‥ハギスちゃん、もう1ラックしようか」
「分かったなの」
そのあと、ハギスと6ラック目までいきました。ハギスはビリヤードも教え方も上手いです。私はハギスのテクニックに引き込まれそうになりながら、しっかり撞いていきました。
「ハギスちゃん、すごいね。一体どこで勉強したの?」
「娯楽として専門のクラブに通っていたなの。50年生きていれば身につくなの」
「すごい!」
ハギスは見た目は10歳ですが、よく考えれば中身は50歳なのでした。ハギスってすごいんだなと感心しながら、ハギスに興味を持ち始めている自分に気づきました。
「ねえ、ハギスちゃんってどーしてくさやが好きなの?」
「あのにおいと味、極上なの!」
ハギスがくさやを好きになった理由、ハギスの日常、魔族の学校など。魔族の生活に話題を移せば、話が止まりません。私とハギスがアーケード内のベンチに座って話しているうちに、まおーちゃんたちの試合もようやく1ラック終わったようです。




